% 三角比
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\def\baselinestretch{1.33}
\begin{document}
\noindent\textbf{三角比}
むかしむかし、直角三角形についてあることに気づいた人たちがいた。「直角三角形って必ず直角があるよね。」物事の一歩先を考えることができる人たちだ。「てことは、直角じゃない角の大きさが分かれば直角三角形の形が決まるよね。」
それに対して意見を言う人たちもいた。「そんなの当たり前じゃないか。」物事を画一的にしか捉えられない人たちだ。「形は決まるかもしれないが辺の長さが分からなければ正確に描くことができないじゃないか。」
このやり取りだけを見れば、後者の方が一歩先のことを言っているように思える。しかし、後者はそこで話を打ち切ってしまっている。図形というのは、角の大きさや辺の長さがきっちり分かってこそ価値があると信じているからだ。
しかし前者は違った。ああ、そうだよね。たしかに辺の長さが分からなければ、三角形が特定できるわけじゃない。でも、何か特定できるものはないだろうか。そして、ひらめいた。辺の長さは違っても、辺の比は一定だ。そう、直角三角形というのは直角以外の角の大きさが分かれば、その三角形の辺の比はある一定の値になる。
たとえば直角以外の角が$30$\textdegree であったとする。すると、その直角三角形の辺の比は短い順に$1:\sqrt{3}:2$である。たとえば直角以外の角が$(36.86989765\dots)$\textdegree であったとする。すると、その直角三角形の辺の比は短い順に$3:4:5$である。角の大きさなんてのは無数にあるから、それこそ無数に直角三角形ができて収拾がつかないことは簡単に想像できる。それでも整数角について、$1$\textdegree から$89$\textdegree までの直角三角形の$3$辺の比が特定できるだけでも利用価値は高いんじゃなかろうか。
ただし$3$辺の比というのは問題がある。扱いが面倒なのだ。やっぱり比は二つの値で表すに限る。というわけで、$3$辺のうち、どれとどれを選ぶのがよいのだろう。だけど$3$辺に優劣なんか付けられないよね。それなら平等に扱おうじゃないか。そうすれば$3$種類の比ができてしまうけど、どれも対等だ。
そこで
\begin{quote}
$\begin{array}{l}
(対辺):(斜辺)の比を、\textbf{正弦}と呼び、\sin\theta と表す \\
(隣辺):(斜辺)の比を、\textbf{余弦}と呼び、\cos\theta と表す \\
(対辺):(隣辺)の比を、\textbf{正接}と呼び、\tan\theta と表す
\end{array}$
\end{quote}
と決めておけば、たとえば$\cos30$\textdegree と言っただけで、
\begin{quote}
一つの角が$30$\textdegree である直角三角形の隣辺と斜辺の比のこと
\end{quote}
を言っていると分かるのだ。知らなければ暗号めいているが、覚えていればこれほど便利な表現もない。
ちなみに斜辺というのは、どのように直角三角形を描こうとも、直角の向かいの辺を指す。同様に、対辺は直角以外に分かっている一つの角$\theta$の向かいの辺を、隣辺はその$\theta$に隣接する斜辺ではない辺を指す(図を描いて考えよう)。つまり、対辺と隣辺という呼び方は、一つの角を指定して初めて決まる名前なのである。だから単に$\sin$と言わずに$\sin\theta$と言うのである。
ところが、便利だったのは表現に止まらなかった。さっき言ったことだが、$1$\textdegree から$89$\textdegree までの整数角だけであっても、三角比の値が分かっていることは大きな利益をもたらしたもんだから、たまらない。利益の一つは三角形の面積に関してだ。
三角形の面積は古来から$(底辺)\times(高さ)\div2$で求めてきたものだが、三角形は底辺と高さでは特定できない。底辺を用意したら、次は両端の角を測るか、もう一辺と間の角を測るかして特定するものである。ま、$3$辺の長さを決めて描く場合もあるけど、それでは三角比が表に出てこないので除外しておこう。
とくに$2$辺と間の角で描く三角形に恩恵が与えられた。なぜなら、その場合の三角形の面積$S$は
\begin{quote}
$S = \displaystyle \frac{1}{2}bc\sin A$
\end{quote}
で求められるからだ。$\sin A$って何のこと?とは言わないように。たしかに$\sin A$とは、一つの角が$A$である直角三角形の対辺と斜辺の比のことである。そして、$2$辺と間の角が分かっている三角形は直角三角形とは限らないので、$\sin A$の出る幕はない気もする。でも、そうじゃない。直角三角形に関係なく$\sin A$がしゃしゃり出て、なんと面積が計算できる。そんな魔法みたいなことが起これば、みんな三角比に夢中になってもおかしくないだろう。測量は三角比の虜(とりこ)になったのだ。
\end{document}