% 仮定
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\markright{tmt's math page}
\def\baselinestretch{1.33}
\begin{document}
\noindent\textbf{仮定}
数学の話、というより数学っぽい話では\textgt{仮定}が蔑(ないがし)ろにされることが多い。とくに、クイズやパズルの類(たぐい)では。むしろ、仮定を曖昧にすることでクイズやパズルが成り立っているのかもしれない。
たとえば$6\div2(1+2)$がそうだ。$9$とも$1$とも答えられる。原因は、数学の記述の約束を``個人の解釈に頼っている''ことにある。記述の約束が明確であっても使われ方---この場合、それが仮定だ---が示されていないからである。つまり$6\div2(1+2)$は、$6\div2\times(1+2)$をうっかり書き損じたのか、$a\div b(c+b)$に$a = 6$、$b = 2$、$c = 1$を代入したものか判然としない。前者なら$6\div2\times3 = 9$だが、後者なら$6\div(2\times(3)) = 1$だ。なのに、何も仮定することなく各自の理屈で議論をするから混乱するのである。
じゃあ、こんなのはどうだろう。次の□に当てはまるものは何か?
\begin{center}
$0$\quad $1$\quad $4$\quad $9$\quad □\quad $25$\quad $36$
\end{center}
平方数を順に並べたので、$□ = 16$だろうって? 残念でした。$□ = 78$である。なんでかって? $10$種類の\.数\-\.字を\textgt{適当に}---適度にって意味だよ---並べたものだからだ。\textgt{数列}だと思っただろうが、数列であることが仮定されてたわけじゃない。もっとも数列と仮定しても、一般項が$a_n = n^2+n(n-1)(n-2)(n-3)(n-5)(n-6)$だったら$□ = 64$なんだけどね。
世間にはこの手のクイズがたくさんある。で、答を聞いて『ああ、そういうことかあ』となったり、正解者に対して『頭いいねえ』などの反応が起こるものだ。『ああ、そういうことかあ』じゃない! それは出題者の自分勝手な理屈なんじゃないの? 『頭いいねえ』じゃない! それは単に出題者の頭と同レベルなんじゃないの? 頭がいいかどうかは出題者の頭の良し悪しによるに過ぎない。
そもそも数学では
\begin{center}
P $\subset$ Qのとき、『命題 P $\Rightarrow$ Q は真である』\qquad$(*)$
\end{center}
という事実がある。命題においてPは仮定、Qは結論だ。
で、もしPが\textgt{空集合}---つまり仮定がなかった場合---のときはどうなんだ? 空集合はすべての集合の部分集合だから、もちろん$(*)$である事実は変わらない。要するに、仮定がなければどんな結論を持ってきても命題は真となる。これは仮定が曖昧であっても同じことで、仮定が個人の判断に委(ゆだ)ねられるなら、仮定は無いに等しい。だから、クイズは成立するんだな。
クイズやパズルは相応に楽しめるものだが、作成者は自分の勝手な理屈で出題するのは控えてもらいたいものだ。いわゆる一般の常識を仮定したクイズやパズルを作ってもらいたい。そうでなければ、出題者と同程度のレベルの人しか納得してもらえないだろうから。
\end{document}