% 確率の表現

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\begin{document}

\noindent\textbf{確率の表現}

$10$m先にある的にボールを当てる試行を考えてみよう。大きさ$1$の的と大きさ$2$の的があれば、当然大きさ$2$の的に当たる確率は$2$倍\textgt{高い}。一方、大きさ$1$の的に向かってボールを投げようとしているとき、係員がやってきて大きさ$2$の的に付け替えたとしよう。すると、的に当たる確率は$2$倍に\textgt{上がる}。違いがわかるだろうか。

最初の例は、$2$種類の的の当たる確率を比較している。異なるものに対する確率の比較なので、高い/低いで区別するのが妥当だろう。一方、次の例は、的の状況の変化が当たる確率に影響している。一つのものに対する状況が確率に影響したので、上がる/下がるで区別するのが妥当だろう。

しかし、ことばなんてのは常に厳密に使われるわけではない。最初の例で『大きさ$2$の的を狙う方が当たる確率は\.上\-\.が\-\.るな』とか、次の例で『やった、当たる確率が\.高\-\.くなったぞ』とか言っても、違和感を抱くことはないはずだ。でも、数学の話を始めると曖昧な表現は誤解を生む。

モンティ・ホール問題は、参加者がたとえば扉Aを選択し、司会者がたとえば(必ずハズレである)扉Cを開けたとき、参加者は『扉Aを扉Bに乗り換えると、当たる確率が$2$倍に\.上\-\.が\-\.るから有利である』などと表現することがある。この表現は危険だ。なぜなら、司会者が扉Cを開けた影響で、扉Bの当たる確率が$1/3 \to 2/3$に変化したように聞こえるからだ。

でも実際は、司会者が扉Cを開けたことは各扉の状況になんの影響も与えていない。確率を正しく理解していればわかることである。しかし、『おかしいだろ。開いてない扉はAとBなんだから、乗り換えても乗り換えなくても当たる確率は$1/2$だ』と言う者もいる。原因は、確率を正しく理解していないことだが、表現にも責任の一端はある。

この場合、誤解が生じない言い方は『扉Aを扉Bに乗り換えると、当たる確率は乗り換えない場合より$2$倍\.高\-\.いので有利である』ではないだろうか。これなら、状況の変化が確率に影響したというより、異なる状況の比較で確率に違いが出る、と読める。

もっとも、こんな枝葉の違いが気に掛けられるなら、モンティ・ホール問題も正しく理解するだろう。この話題こそ本末転倒か。自戒が必要だな。

\end{document}