% 限りなく近づく

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\def\baselinestretch{1.33}

\begin{document}

\noindent\textbf{限りなく近づく}

数学では、日常ではあり得ない極限の状態を好んで使う。無限というのも極限の一種だが、それよりも奇妙なのは``限りなく近づく''もしくは``限りなく近い''という考えだ。

たとえば$y = \displaystyle\frac{1}{1-x}$という関数を考えてみよう。$x = 0$を代入すれば$y = 1$だし、$x = -1$を代入すれば$y = \displaystyle\frac{1}{2}$である。しかし、$x = 1$を代入するわけにはいかない。分母が$0$になってしまうからだ。

では、$x = 1$以外なら何を代入してもいいの? そう、もちろん大丈夫だ。$x = 0.99999999$でもよいし、$1.00000001$でもかまわない。$0.9999(数えきれないほどの9\dots)9999$だって問題ない。限りなく近づくというのは、この$(数えきれないほどの9\dots)$が増え続けているさまを想像するとよいだろう。

ちょっと待って。$0.9999(数えきれないほどの9\dots)9999$って$0.99999999(数えきれないほどの9\dots)$と違うの? こう書いても$(数えきれないほどの9\dots)$が増え続けるなら同じことだよね。

残念ながら違う。なぜなら
\begin{quote}
$0.9999(数えきれないほどの9\dots)9999 \ne 1$
\end{quote}
だが
\begin{quote}
$0.99999999(数えきれないほどの9\dots) = 1$
\end{quote}
だからである。

どちらも$9$が無数にあることに違いないが、前者が$1$に限りなく近づくさまを(私のイメージとして)表しているのに対し、後者は数が$1$になる限りないさまを(数学の表現として)表しているからだ。微妙に言葉遣いが違うことに注意を払ってほしい。

前者が$1$と等しくないこと、すなわち$0.9999(数えきれないほどの9\dots)9999$と$1$に差があることを示そう。
\begin{quote}
$1-0.9999(数えきれないほどの9\dots)9999 = 0.0000(数えきれないほどの0\dots)0001$
\end{quote}
となるから、明らかに差がある。$2$数は別ものだ。

一方、$0.99999999(数えきれないほどの9\dots)$と$1$に差がないことも示そう。
\begin{quote}
$1-0.99999999(数えきれないほどの9\dots) = 0.00000000(数えきれないほどの0\dots)$
\end{quote}
となるから、明らかに差はない。$2数$は同じものである。

なんだか煙に巻いたようで恐縮だが、要するに限りなく近づく状態とは、ことさら微妙な感覚の上に成り立つ考えであることは間違いない。数学って、こんな危なっかしい土台に載っているものなんだ。

\end{document}