% 鳩の巣原理

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\begin{document}

\noindent\textbf{鳩の巣原理}

あまり数学的表現とは思えない「鳩の巣原理」と呼ばれる事実がある。これはときに「ディリクレの部屋割り論法」とも呼ばれる。具体的な例で説明すれば、
\begin{quote}
$5$部屋に$6$人を割り振れば、二人以上いる部屋が少なくとも一つある
\end{quote}
というものだ。当たり前じゃないか、と誰だって思うだろう。原理を名乗るなんて大げさな、と思うかも知れない。でも、当たり前だから原理なのである。しかも、数学の根幹をなす論法だ。

「平行線の公理」を知っているだろうか。平行線は交わらない、というものだ。これだって当たり前じゃないか。公理を名乗るなんて大げさな、と考えるかも知れない。でも、当たり前だから公理なのである。しかも、ユークリッド幾何学の根幹をなす考えだ。

むむ。何で片方は「原理 (principal)」で、もう片方は「公理 (axiom)」なんだ? 実はちょっとした違いがある。原理は、まさに根源の理論であり、これなくしては何も始まらないことを意味している。物質を形成する原子のようなものだ。それに対して公理は、公に認められた理論であり、この先の理論展開を保証するものである。違いは、原理が唯一のものの意味合いがあるのに対し、公理は一般的な意味合いが濃い。言い換えると、原理には例外が考えられないが、公理には例外はある。ただ、その例外が一般的ではないだけのことだ。

すなわち平行線の公理は、自然な感覚を基盤としたユークリッド幾何学の根幹をなしているにすぎない。自然でない感覚を基盤とした非ユークリッド幾何学では、平行線は``交わらないわけではない''からだ。おっと、少々横道にそれてしまったかな。

鳩の巣原理は、簡単な内容だが強力である。たとえば
\begin{quote}
割り切れない有理数は循環小数になる
\end{quote}
を証明するのに、鳩の巣原理が応用できる。仮に有理数を$m/n$で表しておく。割り切れないのだから必ず余りがでるが、余りは割る数$n$より小さいので、余りは$1$〜$n-1$となる。余りは高々$n-1$個しかないから、割り切れない計算を$n$回目まで行えば、そこまでに少なくとも一つは同じ余りになっている。同じ余りが出ることが循環する要因なので、これで証明ができたことになる。どうかな。

余談ながら、鳩の巣原理が成立しない場面がある。一般に、ホテルの個室が満室ならば、新規の客を泊めるためには、少なくとも一つの個室を二人以上で使ってもらわなくてはならない。まさに鳩の巣原理そのものである。しかし、ホテルの個室が無数にあれば話は別だ。なぜなら、無限に連なる個室が満室でも、$n$号室の客に$n+1$号室に移ってもらえば$1$号室が空く。どの部屋も一人のままである。

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