% ε-δ論法

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\begin{document}

\noindent\textbf{ε-δ論法}

極限値なるものを相手にすると、$x$が$2$に限りなく近付くと$f(2)$の値がどうなるかなどということが話題になる。かりに$f(x) = x^2$だとすれば、$x \to 2$のとき$f(2) \to 4$である。表面的には何のことはなく、単に$x = 2$を代入しているだけだ。

比較的簡単な関数であれば、極限の値も、代入から得られる値も同じになることは多い。しかし「$x$が$2$に限りなく近付く」という表現は、$x$の値がたとえば
\begin{quote}
$1.9$, $1.99$, $1.999$, $1.9999$, $1.99999$, $\dots$
\end{quote}
となることであり、このとき$f(x)$が
\begin{quote}
$3.61$, $3.9601$, $3.996001$, $3.99960001$, $3.9999600001$, $\dots$
\end{quote}
となっていくので、この様子を「$f(x)$が4に限りなく近付く」と表現するのである。

ここには実験的要素が含まれているし、「この調子なら間違いなく$4$に収斂(しゅうれん)するに違いない」といった憶測も含まれる。別に数学の世界に憶測が含まれて悪いわけではないが、もっと厳密に言うことができないものだろうか。ということで、厳密さを前面に打ち出した「$\epsilon$-$\delta$論法」が登場するのである。

$\epsilon$-$\delta$論法をおおまかに述べれば、ある正の$\delta$と任意の正の$\epsilon$に対して
\begin{quote}
$0 < |x-a| < \delta$である$x$で、$|f(x)-b| < \epsilon$となれば、$x \to a$のとき$f(x) \to b$である
\end{quote}
のような定義である。しかし、これでは何だかよく分からない。

先の例で言うなら
\begin{quote}
$0 < |x-2| < \delta$である$x$で、$|x^2-4| < \epsilon$
\end{quote}
となっていれば、間違いなく極限値は$4$であると言ってよいことになる。この場合は任意の$\epsilon$に対して、ある$\delta$を$\delta = \sqrt{4+\epsilon}-2$となるようにとることができる。そのとき$0 < |x-2| < \delta$に対して
\begin{quote}
$\begin{array}{rcl}
|x^2-4| & = & |x+2||x-2| \\
& \le & (|x|+2)|x-2| \\
& < & (\delta+4)\delta \\
& = & \epsilon
\end{array}$
\end{quote}
となる。$2$行目から$3$行目において、$|x-2|$が$\delta$に置き換わったのはよいとしても、なんで$(|x|+2)$が$(\delta+4)$に置き換わるのかすぐには分からないかもしれない。それは
\begin{quote}
$|x|-|2| \le |x-2| \quad\Rightarrow\quad |x|-2+4 \le |x-2|+4 \quad\Rightarrow\quad |x|+2 \le |x-2|+4$
\end{quote}
ということだからである。

しかし、そもそも$\delta = \sqrt{4+\epsilon}-2$としていることが不思議だったかもしれない。これは、つじつま合わせである。$(\delta+4)\delta$が$\epsilon$になるには、$\delta = \sqrt{4+\epsilon}-2$にしておくのが都合がよいからである。

式が出てきて厳密に議論されているようだが、何となく釈然としないでもないようでもある。こういうところが$\epsilon$-$\delta$論法の不人気に拍車をかけるのだろう。

\end{document}