% バナッハ-タルスキのパラドックス

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\begin{document}

\noindent\textbf{バナッハ-タルスキのパラドックス}

通称「バナッハ-タルスキのパラドックス」と呼ばれる定理がある。専門的なことを省いて述べると、『$3$次元の球面を$6$個に分割し、回転と平行移動で組み合わせると、もとの球面と\textgt{同等の}球面が$2$個できる』というものである。

$1$個が$2$個になるなら、$4$個でも$8$個でも好きなだけ増やせるというものだ。このことから『豆を太陽と同等の量に増やせる』などという現実離れした喩(たと)えが生じるのである。そんなことが可能なら、食糧不足なんて有り得ないし、なんなら地球だってもう一個作れちゃう。いつだって``新品の''地球が手に入るんだ。そうなれば地球上のあらゆる問題のほとんどは解決したようなものだね。

数学の理論と現実に違いがあることはときどき目にするが、これはあまりにかけ離れていると思うだろう。こんなことが起こるのは、数学そのものに原因があるのだ。実は数学は、日常の事象を厳密に構成することで成り立っているわけではない。本当は、数学は勝手に自らの世界を構成していて、私たちが現実に適用できるものだけを利用しているのだ。

いろいろな計算方法や図形の性質などは数学において厳密に成り立っていて、これらは現実においてもそのまま適用できるので広く使われている。一方、トポロジーの理論や連続体仮説などは(いまのところ)現実において適用できるものが見つかっていないので利用していないだけだ。バナッハ-タルスキの定理もそのようなものの一つである。いや、むしろ逆に現実に理論を適用できないのである。

どういうことか説明しよう。現実世界の話で、たとえば一辺の長さが$1$単位の正方形の紙を考えよう。この紙を対角線でスパッと切って、辺どうしで貼り合わせると直角二等辺三角形となるが、紙の面積は切る前と後で完璧に同じだ(スパッと切ったとき、紙の一部成分が飛び散ることは考えない)。しかし、数学で同様のことを思考するとそうはならない。

\begin{center}
\begin{tikzpicture}[scale=2.5]
\draw[thick] (0, 0) -- (1, 0) -- (1, 1) -- cycle;
%
\begin{scope}[shift={(-0.1, 0.05)}]
\draw[thick] (0, 0) -- (0, 1) -- (1, 1);
\draw[dashed] (0, 0) -- (1, 1);
\end{scope}
%%
\begin{scope}[shift={(2, 0)}]
\draw[thick] (0, 0) -- (1, 0) -- (1, 1) -- cycle;
\end{scope}
%
\begin{scope}[shift={(3.1, 0)}]
\draw[thick] (0, 1) -- (0, 0) -- (1, 0);
\draw[dashed] (0, 1) -- (1, 0);
\draw[shift={(0, 0.02)}, ->] (0, 0) arc[radius=1, start angle=270, end angle=314] node[midway] {移動};
%
\begin{scope}[shift={(0.1, 0.05)}]
\draw[<->] (1, 0) -- (0.7, 0.3) node[midway, right] {埋まらない};
\end{scope}
%
\end{scope}
\end{tikzpicture}
\end{center}

数学的には、正方形は点で埋め尽くされているが、対角線で切ったとき線分は一方の三角形\textgt{だけ}に属する。これは\textgt{デデキントの切断}の考えによる。次に直角三角形の辺を張り合わせるのだが、異なる辺上の点が同時に同じ位置にあることはないのだから(これもデデキントの切断)、片方の辺上の点は対角線上へ移動するとよい。しかし、対角線の長さ$\sqrt{2}$に対して辺の長さは$1$なので、対角線を全部埋められない。つまり理屈の上では、正方形を二分割して張り合わせると点に過不足が生じることになる。こうなると、現実の紙の切り貼りに理論が合っていないことになる。

しかし、この奇妙な状況は\textbf{同等分割合同}の考えを取り入れれば、見せかけであることの説明がつく。正方形と直角二等辺三角形は同等分割合同である。このことと\textgt{選択公理}によって、バナッハ-タルスキの定理は数学的に証明されるのであるが、残念なことに現実においてこの定理が適用できるものが見つかっていない、というのが真相だ。豆と太陽のたとえは``たとえ''であって``適用''ではない。``たとえ''は真実からかけ離れるものである。

\end{document}