% 取引の利益が合わない?

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\begin{document}

\section*{■取引の利益が合わない?■}

『ある人Xが鶏をAから$8$ドルで買ってBに$9$ドルで売った。しかし、すぐにBから$10$ドルで買い戻してCに$11$ドルで売った。ある人Xの利益はいくらか?』という問いに
\begin{enumerate}
\item[1)] $8$ドルで買ったものを、$9$ドルで売った($1$ドルの利益)
\item[2)] $9$ドルで売ったものを、$10$ドルで買い戻した($1$ドルの損失)
\item[3)] $10$ドルで買ったものを、$11$ドルで売った($1$ドルの利益)
\end{enumerate}
ということで、損益は差し引き$1$ドルの利益となる。でも、ちょっと待って。この人の財布のお金の流れは
\begin{enumerate}
\item[1)] $8$ドルで買う(財布から$8$ドル出る)
\item[2)] $9$ドルで売る(財布に$9$ドル入る)
\item[3)] $10$ドルで買う(財布から$10$ドル出る)
\item[4)] $11$ドルで売る(財布に$11$ドル入る)
\end{enumerate}
ということで、財布の出入りは差し引き$2$ドル増えているはずだ。どういうこと?

と、こんな風に人を惑わせる話があるようだ。が、どうもこうもない! この話は『$2$ドルの儲け』が唯一の解である。これで『差し引き$1$ドル儲けたね』なんて言ってるようでは話にならない。

そもそも、なぜもっともらしい$2$通りの解釈ができるのだろうか? その原因は\textgt{仮定}があやふやだからだ。仮定とは利益のことだ。ここでいう「利益」って何?

もし、お金のやり取りがなかったらどうだろうか。すると話は『ある人が鶏をもらって別の人にあげた。しかし、すぐに返してもらって違う人にあげた』となる。ある人は、損も儲けもない。強いて言えば「骨折り」を損して「くたびれ」を儲けただけだ。じゃあ、本当に儲けたのは誰だろう。それは最後に鶏をもらった人だと思うが、それなら損を出した人がいるはずである。なぜなら\textgt{損益はゼロサム}だからだ。つまり総計は$0$になる。となれば、最初に鶏をあげた人が損をしていることになる。

元の話が混乱を引き起こす原因は、鶏の値段が変わることである。最初から最後まで鶏が$8$ドルで取り引きされるなら、全員が等価交換をしているので損得はないことになる。でも最後は$11$ドルになっているのだから、最後の人が$3$ドルの損をしたのだろうか。もし鶏の本当の価値が$11$ドルなら、損をしたのは最初に$8$ドルで売った人ということになる。はてさて、どうしたものやら。

実は、この話の本質はここだ。\textgt{鶏の価値が仮定されていないのだ。}だから儲けもあやふやになる。この話で起こったことは
\begin{enumerate}
\item[a)] 鶏の所有が最初の人Aから最後の人Cへ移った
\item[b)] 最初の人Aの財布は$8$ドル増えた(代わりに鶏を手放した)
\item[c)] ある人Xの財布は($8$ドル出て$9$ドル入って$10$ドル出て$11$入って結局)$2$ドル増えた
\item[d)] このときある人Xとやり取りした人Bの財布は($9$ドル出て$10$ドル入って結局)$1$ドル増えた
\item[e)] 最後の人Cの財布は$11$ドル減った(代わりに鶏を手に入れた) \end{enumerate}
である。お金の増減はA:$+8$、X:$+2$、B:$+1$、C:$-11$だから、全体では$\pm0$だ。XとBは目の前を鶏が通過することで、それぞれ$2$ドル、$1$ドルの利益を得た。これは間違いない。

では、Aは$8$ドル儲けてCは$11$ドル損したのだろうか? しかし、それはなんとも言えないのだ。なぜなら鶏の価値が不明だからである。と言うより、鶏に限らずものの価値なんて時と場合によってどうにでもなるからだ。実際この話でも、時間や人を変えて鶏の価値が変化している。その上、鶏の価値に加えて利益が何であるかが明確に定義されていない。だからこの設定で、ある人Xの利益を問うことがおかしいのだが、お金の増減を利益と呼ぶなら『ある人Xの利益は$2$ドル』だ。これは問いの解答として問題ない。

すると問題は鶏だ。そもそも鶏はどこから来たのか? この話の世界が閉じた世界なら、Cの手元にある鶏がAに戻ったとき全体の損益が確定するだろう。AはCからいくらで買うだろうか。Aが$8$ドルで買えば、Aは損得なしでCが$3$ドルの損。Aが$11$ドルで買えば、Aが$3$ドルの損でCは損得なし。いずれにせよX、Bも含めた全体の損益は$\pm0$である。要するに、最初と最後が閉じない限り取引は完了しないのである。

では鶏の価値がわからなければ、誰が損をし、誰が得をしたのか確定しないのだろうか。そんなことはない。「増減」は客観的だが「損得」は主観的、つまり感情が入る余地がある。Cは$8$ドルで取引されていた鶏を$11$ドルで買っているが、Cが失った$11$ドルはお金の増減の結果ではなく、鶏との交換の結果であることだ。$11$ドルと鶏の交換は損だったのか得だったのか? それはCが鶏をどう扱うかによるだろう。調理して食べればよい買い物をしたと思うかもしれない。ならば全員が利益を得ていることもあり得る。

この話を紛らわしくしているのは$\dots$実は私だ。Xの利益を問うだけなら、それは$2$ドルで決着している。原因は異なる利益の出し方を提示したことにある。一番目の計算例は、買い$\to$売り(売り$\to$買い)をひとまとめにして計算したのに対して、二番目の計算例は、買いと売りを分けて計算している。したがって、一番目は差額の積み重ねであるのに対して、二番目は売買額の差し引きになっていることだ。違いは
\[
売買A \quad\stackrel{(差額)}{\Longrightarrow}\quad 売買B \quad\stackrel{(差額)}{\Longrightarrow}\quad 売買C \quad\stackrel{(差額)}{\Longrightarrow}\quad 売買D
\]
の時系列を考えてもらえばよいだろう。だから計算回数も$3$回と$4$回で違っているね。異なる計算をすれば異なる結果になるのは当たり前。余計なことを言って混乱させちゃダメだろう。

\end{document}