% 国境付近の賢人旅行者?
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\section*{■国境付近の賢人旅行者?■}
『A国とB国は国境を接する隣国同士である。互いに異なる通貨を発行しているが、A国の$1(A\$)$とB国の$1(B\$)$は等価であるため、互いの国で区別なく使えていた。ところが、あるときを境に両国は経済戦争に発展したため、A国王は、今後B国の$100(B\$)$札はA国では$90(A\$)$の価値とするお触れを出した。その対抗でB国王も、今後A国の$100(A\$)$札はB国では$90(B\$)$の価値とするお触れを出した。両国民はえらい騒ぎとなったが、国境近くに滞在中の旅行者はある行動にでた。まず、B国の$100(B\$)$札を持ってB国へ行き$10(B\$)$の買い物をして、お釣りにB国では$90(B\$)$の価値に下がった$100(A\$)$札を受け取った。その足で今度は、A国へ行き$10(A\$)$の買い物をして、お釣りにA国では$90(A\$)$の価値に下がった$100(B\$)$札を受け取った。その結果旅行者の手元には、両国の品物$2$種類と$100(B\$)$札$1$枚が残った。あとはこの繰り返しで、旅行者は両国の品物を好きなだけ手に入れることができた。最後に旅行者は、手に入れた品物を売って自国へ帰ったとさ』という話がある。自分もそのような境遇に遭遇したいと思ったかな?
しかし錬金術じゃあるまいし、そんなウマイ話が成立するのか疑問だろう。旅行者は最終的に大金を手にしたのだが、それはどこから手に入れたことになるのだろう。言い換えれば、誰が旅行者に無償でお金をあげたことになるのだろう。
店の人は損をしている可能性が高い。しかし、たとえばA国の店では、B国の$100(B\$)$札は銀行でA国の$90(A\$)$札に両替できるので、$100(A\$)$札を受け取って、$100(B\$)$札をお釣りに渡すのも$90(A\$)$札をお釣りに渡すのも同じことである。要は、両替をする人が客なのか店なのかの違いだけである。
じゃあ、店は損をしていないのだろうか? そんなことはない。なぜなら経済戦争前なら、$10(A\$)$の品物を$100(A\$)$札で買った客に、$100(B\$)$札を渡したりしないだろう。それは、単に等価のお札交換をした上に品物をタダであげることになるからだ。やっぱり店は損をしている。
結論を言えば、旅行者に流れたお金は他国の紙幣を持っていた全国民からのものである。まず、両国王がお触れを出した瞬間に、他国紙幣の価値が$10$\%目減りしたのである。もし両国とも流通紙幣の半分が他国の紙幣だったとしたら、その価値が$10$\%減るのだから、全体では$5$\%の資産が吹き飛んでいるのだ。別の見方をすれば、他国の紙幣は価値を$10$\%下げた自国の新紙幣に置き換わったとも言える。そして、新紙幣は他国で使う方が自国同様の価値になるのだ。
そういうことなら、他国の紙幣は他国で使うに限る。旅行者にならって、それぞれの国民は他国へ他国紙幣を持っていき、$10(?\$)$の品物と自国紙幣を持ち帰るとよい。そうすれば互いに品物と自国紙幣の交換をしたことになるだろう。つまり、価値が$10$\%目減りした紙幣を本来の価値の紙幣に交換し、かつ$10(?\$)$分の品物が手に入ることになる。お触れの瞬間に資産が吹き飛んだものの、それは品物が埋め合わせてくれるのだ。で、全部の紙幣が自国紙幣だけになったら完了だ。誰も損をしていない。
え? だったらなぜ旅行者が同じことをすると儲かるの?と思うかもしれないね。でも、旅行者は同じように見えて少し違うことをしている。違いは、品物をA国でもB国でもないポジションに置いていることだ。言い換えれば、両国民が持ち帰った品物を盗んでいるに等しい。だから儲かるのだ。どこの世界でも不当なことをする奴が儲かる仕組みなんだな。
蛇足ながら、両国王がとった政策は無意味だったのだろうか。政策が実行された結果、両国の通貨は自国専用となり、かつ他国とは異なる価値になった。要するに、それぞれの国が勝手に為替レートを決めたのである。今回のレートの決め方は、相手国の貨幣価値を下げる措置だから、自国紙幣を他国へ持ち出すのは損になる。相手国への訪問は減るだろう。両国王がとった政策は、両国の分断を進めることとなろう。
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