% やっぱり暗記してるじゃん!

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\def\S{\item[\textbf{S:}]}
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\begin{document}

\section*{●やっぱり暗記してるじゃん!●}

\begin{enumerate}

\S あの〜、質問があるんですけど。

\T ん? 俺の秘密に関わる以外の質問なら何でも答えるぞ。

\S 秘密なんかあるんですか?

\T それは言えない。

\S それじゃ、あるって言ってるのと同じですよ。

\T おほん。それはともかく、質問って何だ?

\S そうそう。この本を読んでいたら、$\sin x = x - x^3/3! + x^5/5! - x^7/7! + \cdots$とか書いてあるんですけど、何で三角関数が多項式に等しいんですか?

\T へえ、なかなかやるなあ。授業で三角関数や微分を通過したばかりだというのに、Taylor級数のことが書いてある本を読んでいるとはね。

\S 何ですか、テイラー級数って?

\T あれ? それを知らずに読んでるわけ?

\S いやあ、別に進んだ勉強をしようと思ったわけじゃなくて、なんとなくタイトルに惹かれただけなんです。「高校生にも分かる\ldots」なんてタイトルにあったから。でも、読みはじめたら何だかよく分からなくて。

\T そうか。でも、くり返し読んでいるうちに学校の授業も進むわけだし、だんだん分かってくるものさ。時間をかけて読み続けることを薦めるね。特にその本は分かりやすいことで定評があるし。

\S そんなもんですかあ? ということは、今の段階ではこの式の意味は分からないってことですか?

\T まあ、根本が理解できるのは先のことだろうが、その式の背景程度は今の段階でも話ができると思うよ。

\S じゃあ、背景ってやつを教えてくださいよ。

\T では、紙に書きながら説明するか。簡単に言うと、ある区間で何回か微分できる関数$f(x)$については、$f(x) = f(a) + f'(a)/1!\cdot(x-a) + f''(a)/2!\cdot(x-a)^2 + \cdots + f^{(n-1)}(a)/(n-1)!\cdot(x-a)^{n-1} + f^{(n)}(c)/n!\cdot(x-a)^n$を満たす$c$が$a$と$x$の間に少なくともひとつあることが知られているんだ。$f''(a)$というのは$x = a$における$f(x)$の2階微分係数で、$f^{(n-1)}(a)$というのは$x = a$における$f(x)$の$n$階微分係数のことね。微分は授業でやったけど、何回も微分する話はまだだったね。とりあず、雰囲気だけでも分かるよね。

\S へー、感心しちゃうなあ。

\T 何が?

\S 式の雰囲気は分かりますけど、先生はその式を暗記してるんですか?

\T いや、暗記してるんじゃなくて覚えちゃったんだな。

\S やっぱり暗記したんだ。先生がいつも「数学は暗記ではなく考えるものだ」と言ってたことは嘘だったんですね。

\T 何を言ってるんだ。嘘でも何でもなく、数学は暗記だけでは対応できないのは事実だ。自分で考え、自分で計算する、これが基本だ。

\S でも、たとえば大学なんかでは、こんな式を覚えてないといけないんでしょ?

\T もちろんそうだよ。ちょっと計算をするぐらいなら、頭から出てこないといけない。だからって暗記したのではないぞ。

\S 暗記もしないで、どうして長い式がすらすらでるようになるんですか?

\T 仕方ない。気が進まないが、俺の経験でも話すとするか。

\S 経験ですか? すると何か秘密が聞けるのかな。

\T 秘密なんかないと言ってるだろう。

\S あ、むきになるところを見ると\dots。

\T えーい、勝手にしろ。もう何も言わない。

\S わー、ごめんなさい。もう余計なことは言いませんから、話を聞かせてください。

\T じゃ、真面目な話、数学が暗記だけではだめなことを痛感したのは教員になってからだ。

\S ということは、そんなに昔のことではないんですね。

\T 昔かどうかは微妙なところだなあ。実は、俺は数学ができない学生だったんだ。

\S うそ。それが何で数学の先生なんですか?

\T いや、いくらできないといっても、高校数学ができないわけじゃない。大学の数学ができなかったんだ。だから定期試験でTaylor級数の問題が出題されるとなれば、今書いた式を必死で暗記してしのいだもんだ。

\S やっぱり暗記してるじゃん!

\T あわてない。まだ続きがあるんだから。結局、大学の5年間は暗記でしのぎきったから、ほとんど大学の数学が身につかなかったんだ。

\S 5年?

\T いけねえ、つい口がすべっちまった。あー、その、何だ。いろいろな事情で留年をしただけだ。気にするな。

\S 気になるなあ。あ、でも余計なことは言いません。どうぞ続きを。

\T あ、それでな。何年か前に、今みたいにTaylor級数のことを生徒に聞かれたんだが、式を思い出せなかったわけよ。いやあ、冷や汗ものだったね。それで、これじゃあいかんと思い立って、大学院で勉強し直すことにしたんだ。あのときは辛かったねえ。毎日研究をするんだから。それで毎日が研究だから、試験のために暗記する必要がない。知らない公式があったって、本を見ながら計算したりする毎日だったんだな。そしたら、よく使っていた式はちゃんと身についたんだ。あれ以来、久しぶりに Taylor 級数の話になった今日も、すらすら式がでるのはそのお陰だ。

\S では、暗記は意味がないと。

\T いや、決して暗記が無意味ということではない。短期間に成果を求めたり、新しいことを学び始めるときは、やっぱり暗記しながら苦労する必要がある。けれど、暗記ってのは半ば無理矢理、頭に詰める作業だから、しばらくすると頭から抜けていってしまうんだよ。その点、くり返し考えながら使っていると、知らず知らずのうちに身についているものだ。時間はかかるけど大事なことだと思うよ。

\S そうか。でも僕は暗記が頼りだな。できれば現役で大学に行きたいから、必要なことはさっさと覚えたいんですよ。公式を暗記するコツってあるんですか?

\T 暗記のコツは人それぞれだね。よく、参考書には「こうして覚えるといい」と語呂合わせ的なことが書いてあるけど、やっぱり多くの問題を解くうちに式が身につくものだ。暗記することは最小限に止めた方がいい。

\S それなら地道にやることにします。

\T 地道といってもバランスよくな。現実に、お前らはじっくり勉強する時間はないかもしれないからな。学校の勉強は効率よくというのは仕方ないかもしれない。それなら、なおさら今読んでるような分かりやすい数学の本は、今の時期から見ておくべきだ。直接受験には関係なくても、将来数学を学ぶ際に大きな力になる。その本に書いてある式は今は暗記する必要もないけど、くり返し読んでいれば自然に身につく可能性が高い。

\S よく分かりました。なかなか時間の余裕を作れないけれど、うまくやりたいと思います。先生が大学をうまく通過できたようにね。

\T その話はもういい。

\end{enumerate}

\end{document}