% 「トロッコ問題」の問題
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\def\Q{\item[\textbf{Q:}]}
\def\A{\item[\textbf{A:}]}
\begin{document}
\section*{●「トロッコ問題」の問題●}
\begin{enumerate}
\Q では、問題です。線路を走るトロッコが制御不能になりました。トロッコの先には線路上で作業中の$5$人がいます。あなたはトロッコと作業員の間にいて、目の前には路線切替レバーがありトロッコをもう一方の路線へ引き込むことができます。ところが、別路線にも作業中の$1$人がいました。あなたはどうしますか?
\A あ〜。なんか聞いたことがあるような話だね。
\Q ま、聞いたかどうかは置いといて、この問題に答えてくれる?
\A へ? どうするも何も、大声で叫べば済む話じゃないの?
\Q いや、そういうことじゃなくて、声を出したり助けを呼んだりはできなくて、あなたができるのはレバーを操作することだけとします。
\A ああ、要するにこのまま$5$人を見殺しにするか、レバーを操作して$1$人に犠牲になってもらうかって話?
\Q そう。
\A ところで、その人たちの中にボクの知り合いとかいるの?
\Q いません。みんな見ず知らずの大人です。
\A じゃあ、そこから逃げる。
\Q 線路上の人は逃げられません。
\A 線路上の人じゃなくて、ボクが逃げるの。
\Q 何言ってんの。それじゃ問題にならないでしょ。
\A でも、そんなの何したって裁判になったら困るでしょ。
\Q あ、そういうのは考えなくていい。法的な責任はちょっと横に置いといて、ただあなたがどうするか聞きたいの。まあ、倫理観とか道徳観とか、そういった類(たぐ)いの話なの。
\A 何それ。あ、ボクを試してるんだ。
\Q いや、試してるとかじゃなくて、あなたの答えを聞きたいだけ。
\A 試してるじゃん。
\Q 試してません。
\A じゃあ、正解ってある?
\Q 正解、不正解ではなく、あなたの意見を聞きたいの。さっきからそう言ってるでしょう。
\A 何だかなあ。で、答えを聞いてどうするの?
\Q どうもしないよ。これまでにも何人かに聞いたから、あなたはどう答えるか知りたかっただけ。
\A あ、そう。他の人はなんて言ってた?
\Q それは、いま言えないよ。言ったら影響を受けてしまうかもしれないじゃないか。先入観抜きで答えてほしいわけ。
\A あ〜、そう。じゃあ\dots 何もしない。
\Q ほう、なんで?
\A 現実的じゃない。
\Q そりゃそうだよ。架空の話だから。でも、その架空の話をどう考えるか聞きたかったの、理由も一緒に。
\A いや、だから架空の話なんだから、答えは何であってもいいでしょ。
\Q だったら『現実的じゃない』以外の、架空の理由を言ってよ。
\A 架空の理由? え〜っと、大声で知らせる。
\Q 声は出せないって言ったよね。
\A 架空の声を出すんだよ。
\Q なに、それ。答えになってないじゃない。
\A それなら言うけど、そもそも、それ問題になってないよ。だって、答えがないんでしょ?
\Q もちろん、試験問題のような答えはないよ。でも、``どうするか''ということと、``そうする理由''が正当化されるかどうかはあると思うけどね。
\A じゃ、ボクの答えでいいじゃん。『なにもしない』『現実的じゃない』は正当化される答えだろ?
\Q わからんやつだなあ。
\A わからんのはあんたでしょう。架空の問いでなにを聞きたいか知らないけど、たとえばボクが『レバーを操作して$5$人を救う』『どっちにしろ人が死ぬなら犠牲は少ない方がいい』と言っても、現実にその場面に遭遇したら絶対大声をあげて危険を知らせるって。いま自分の頭で考えたことが、ボクの深層心理とか言われちゃたまらん。答えを考え抜くほど面接試験の回答みたいになっちゃうから、考えれば考えるほどたぶん本心から離れた答えになると思うよ。
\Q そうであっても何か考えてほしいんだよなあ。
\A ふう、仕方ない。それなら『なにもしない』。理由は『たぶん固まってなにもできないはず』だから。これでいい?
\Q \dots 考えてないじゃん。
\A もう、考える気がしない。ボクは架空の話を少しでも現実っぽく考えたいのに、どんどん条件を狭めて現実から遠ざけてるじゃない。そういうのって数学の問題に近いよね。
\Q いや、これは数学の問題とはまったく違うけど。
\A 内容的にはそうでも、問題の構成が数学だよ。必要最小限の仮定から結論を導くわけだし。その場合、架空の仮定なら、結論も架空でいいはずでしょ。で、その正当性は、\textgt{仮定から結論まで矛盾なく論理的に述べた}かどうかなんだから。
\Q あ、そう。それなら言うけどさ。なにもしない理由が現実的じゃないとか、固まってなにもできないはずっていうのが、矛盾なく論理的に述べた結論と言うの?
\A 論理的でしょう。とくに固まってなにもできないからなにもしないってのは、十分スジが通っているはずだね。
\Q アホらしっ! もう、いいよ。言いたいことはわかりました。ま、まともに考えられないってことね。
\A どっちが。まともじゃないのはそっちでしょ。べつにこういうのに限った話じゃないけど、パズルでもクイズでも作者の限定的な考えで作られる問題って多いよね。
\Q 話を変えないでよ。
\A いや、同じ路線。だから続けるね。具体的には、何かの規則で作られた三つ、四つの例を示して、『では、これは何を表しているでしょう?』みたいなの。稀に『いい発想だねえ』と感心するのもあるけど、大抵は『なに、そのリクツ?』ってなるんだ。だって、ボクはそれ以外の規則でそうなる答えを見つけることができたからね。
\Q トロッコ問題と違うよね。
\A 表面は違っても、作者の限定的な考えがもとになってるとこが同じって言ってるの。さっき言ったよね。『``どうするか''ということと、``そうする理由''が正当化されるかどうか』を問うたんだって。正当化ってなに? そんなの環境や時代でどうにでもなるんじゃないの?
\Q あー、話をすり替えてるね。たとえそうであっても、今現在の環境を前提にして質問してるんだからね。その上での正当性を言ってるの。だから、あんまり目くじら立てるような物言いはしないでよ。喧嘩売ってるつもりはないんだから。
\A 言いすぎたならごめん。ボクは議論好きってわけじゃないので、話が深入りするの、苦手なんだ。だから、さっき言った以上の答えは出ないからね。
\Q はいはい、わかりました。そういう人なら、もうこれ以上言いません。
\A ああ、よかった。議論したければ他の人に当たってね。ボクは、何かしらの正解がない話を延々するのは好きじゃないし。でも、正解が出るものなら延々考えるのは苦にならないよ。だから、数学の問題って好きだな。
\Q ああ、こんなやつにこの話を持ちかけなきゃよかったのか。
\A そういうこと。今度は面白い数学の話題を持ってきてよ。そしたら、考えるから。あ、でもギロンはしないからね。トロッコ問題はギロンしか生まない、みたいなトコロがあるのが問題だな。
\end{enumerate}
\end{document}