% 数学って暗記?

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\def\J{\item[\textbf{J:}]}
\def\T{\item[\textbf{T:}]}

\begin{document}

\section*{●数学って暗記?●}

\begin{enumerate}

\J いやあ、本当に久しぶりだな。

\T そうだな。6年ぶりだろう。たまたまこっちに出張があったからお前のことを思いだしたようなもんだ。メーカーで技術者をやってるとこういう出張もよくあるんだよ。あ、{\bf 生ビール}ふたつ。

\J そうか、もう6年になるか。なんだか知らないうちに時が経ったなあ。

\T 地方裁判所ってのはそんなに忙しいのかい?

\J まあね。裁判の件数だってかなり多いし、ひとつの裁判が決着するまでにも時間がかかるだろう。のんびり休んでいる暇がないのがつらいところさ。もっとも技術者だって開発や改良で休む暇がないだろう。

\T ああ、夜遅くなることはザラだよ。だからこういう出張がある方がありがたい。運が良ければ今日みたいに昔の仲間に会えるからね。お、ビールがきた。乾杯。

\J 乾杯。

\T ぷう、うまい。で、仕事は順調にいってるのかい?

\J 順調だよ。それにいいことに気づいたんだ。

\T 何だ、いいことって?

\J 学生の時に数学をまじめにやっといて良かったってことさ。

\T それが裁判所の仕事に関係あるのか?

\J 結構あると思うんだよな。あ、{\bf いたわさ}ひとつください。

\T だけど俺だってまじめに数学をやってたぜ。

\J そうだよね。お前の方がいつだって数学の点数は良かったしね。

\T でも、そりゃ自慢にならないんだ。

\J なんで?

\T 確かにあの頃は自分でも数学が良くできると思ってたよ。テストの点だって良かったしさ。でも何て言うのかなあ、数学がよくわかってたかって聞かれると自信ないよ。

\J ふむふむ。

\T 何しろ大学に進むのが大きな目標だったからね。とにかくいい点数を取るために必死だったよ。数学だって次から次へ出てくる公式を暗記して、それをいかに使うかに時間を割いていたからね。だから問題によってはとりあえず答えは出せるけど、どうしてそうなるかよくわからないものだってあったんだよね。まあ、今だから言えることなんだけどね。

\J むふむふ\ldots。

\T なんだよ気持ち悪いなあ。あ、ビールもう一杯いこうかな。

\J なんだ、せっかくここまで来たんだ。こっちの酒でも飲んでいったらどう?

\T そうだな。じゃあ\ldots 「{\bf 純米大吟醸 升待楠}(ますまちくす)」にしよう。それと{\bf やきとり}4本も。で、どこまで話したっけ。

\J 数学の勉強を暗記でしのいだってとこまで。

\T そうそう。だけど俺は思ったね。数学なんて所詮暗記ものだなって。

\J どうして。

\T だって公式を知らなけりゃ短時間で問題を解けないんだぜ。それに数学は道具のひとつだよ。だから今俺はその道具を使って仕事ができてるわけだ。あのとき効率のいい勉強をしたおかげで、今も効率よく仕事ができてると思うんだ。

\J はっはっ、やっぱりお前らしいや。

\T 何だよ。トゲのある言いかただなあ。

\J まあまあ。よし、{\bf 鯛の兜焼き}いこう。実はさっき僕が「数学をまじめにやって良かった」と言ったのは、それと逆の意味でなんだ。

\T 俺の逆ねえ。

\J 僕はお前と違ってどんどん先に進める性格じゃなかったからね。納得しないと次に進めない性格だったんだ。だからどうしても理解するまで時間がかかる。そんな習慣が災いしたのか成績がいまひとつだったのはお前だってよく知ってるよね。でも、そのおかげでじっくり考える習慣や筋道たてて考えることが身についたみたいなんだな。で、これが今の仕事に役立ってるってわけだよ。

\T ??

\J その顔は、何で理系でもないのに数学が役に立ってるかわからないって顔だな。

\T そりゃそうだよ。第一お前が浪人したのはいいとしても、浪人中に理系から文系に変わったわけだろ。結局理系で勉強したことは使ってないはずじゃないか。

\J ところがそうじゃないんだな。裁判で重要なのは、既成の事実だけからもっとも理にかなった判断を下さなくてはならないことだ。過去に似たような判例があれば考えやすいけど、今までの例にない件を裁くこともよくある。こういうときこそ数学でじっくり考えた思考過程が役立つんだよ。

\T 別にそんなことは数学に限らず他からでも学べると思うけどなあ。あ、{\bf お酒}を追加してください。

\J もちろんそうだよ。だけど数学のようにごく限定的な条件から真実を作りあげることは、他では絶対にまねできないものだからね。僕は運のいいことにそういう習慣がついたために、今ではかなり理路整然と考えがまとまるようになったと思う。数学というと理系の専売特許のように聞こえるけど、裁判官や弁護士など法律にたずさわる人には必要な資質だと思うね。

\T そんなもんかあ?

\J と僕は信じるね。

\T でも数学の点数は俺より悪かったよなあ。

\J だからお前のは本物の数学じゃないって。暗記が主流だろ。確かにそうすれば受験には効率がいいかもしれないけど、本当の実力ってのはついてないんじゃないか?

\T おい、ずいぶんな言いかただなあ。だけど俺は自分がやってきたことが間違ってたとは思わないね。せっかく整理された理論があるんだから、それを使わない手はないじゃないか。どういう課程でその理論ができたかってことは数学者に任せとけばいいんじゃないの。われわれはそれを有効に使ってこそ役に立つというものだ。何が本当の実力かは知らないけれど、少なくとも俺は少しは高度な数学を使っている自信はある。もっともその理論的なことまではよくわからないけど、それはお前にもわからないだろう。

\J そりゃ、わからないよ。今は数学とは縁がないからね。でも、暗記に頼る数学よりは考える数学のほうが将来にわたって柔軟に対応できる気がするね。暗記だけに頼ると別の分野への応用が利かないはずだ。僕を見てよ。文系といいながら数学の考えが根付いていると思わない?

\T わかった、わかった。そんなに言うならそうなんだろうよ。俺もこれからは暗記だけに頼ることはやめとくとするか。

\J いいことだね。その気持ちがあれば立派な技術者になれるはずだ。

\T はいはいっと。あ、すいませーん。{\bf あんきも}ひとつ。

\J このやろ、やっぱり納得してないだろ。

\T わかった?

\end{enumerate}

\end{document}