% 間違っても「じゃあ、計算が得意なんですね」と反応してはいけない
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\def\F{\item[\textbf{F:}]}
\def\M{\item[\textbf{M:}]}
\begin{document}
\section*{●間違っても「じゃあ、計算が得意なんですね」と反応してはいけない●}
\begin{enumerate}
\F あ、先輩。こんなところで何をしてるんですか。
\M 久しぶりだね。家庭教師の帰り道なんだ。
\F そういえば今年から大学生になったんですよね。
\M そう。運よく希望していた数学科に合格できたからね。
\F 数学科ですか。ちょっとイメージに合わないですね。
\M なんだそれは。
\F だって、そんなに{\bf 計算とか}得意そうに見えないんですよね。
\M まったくとんでもないことを言うやつだ。
\F すみません。
\M 別にあやまらなくてもいいよ。僕が計算が苦手なのは事実なんだから。
\F えっ、それで本当に数学科に合格できたんですか。
\M 弱ったな、どうやって説明しよう\ldots。君は数学が苦手なんだ。
\F 苦手どころか{\bf 超キライ}です。
\M 一体、数学のどこが嫌いなんだい。
\F まず、計算をたくさんしなくちゃいけないでしょ。公式も覚えなくちゃならないし、第一きまりきった答えが一つしかないところが性に合わないんです。
\M なるほどね。で、いつごろから嫌いになったわけ?
\F うーん、中学校の途中からかな。始めのうちは計算なんかもちゃんとできていたんだけど、いつの間にかわからなくなってたんです。それでだんだん嫌いになっていったのかな。
\M そうか。じゃあ、本当に数学が嫌いかどうかはわからないな。
\F ??
\M つまり君が嫌いになったのは数学じゃないかも知れないってことだ。
\F どういうことですか。
\M さっき君は、僕に計算が得意そうじゃないと言ったよね。そして中学校でいつの間にか計算がわからなくなっていたとも言った。君がイメージしている数学って、どうやら本当の数学とは違うようだ。君の言う数学って、たぶんアルゴリズムのことだよ。君はアルゴリズムがわからなくなってきて、そしてアルゴリズムが嫌いになったんだ。
\F アルゴリズムってなんですか。
\M コンピュータを使っているとよく耳にする言葉だけど、アルゴリズムっていうのは一連の手順、または決められた手続きと思えばいい。たとえば数学の問題を出されたとしよう。大抵の数学の問題って{\bf 解き方}があるでしょ。学校でもそういう勉強をしたよね。こういう決められた手順で問題を解決するのがアルゴリズムだ。
\F すると数学はアルゴリズムの集まりなんだ。
\M そうじゃないって。アルゴリズムはアルゴリズム。確かに数学のなかにアルゴリズムは取り入れられているよ。一般には公式というけれどね。公式は数学の学習を助けてくれるけど、公式を使うだけが数学じゃないのさ。
\F じゃあ、本当の数学ってなんですか。
\M 一言でいえば「考えること」かな。公式を使っているだけでは考えているとは言えないよ。そんなことは誰にでもできることなんだから。
\F 私はできなかったんですけど\ldots。
\M ははは。それはきっと何も考えずに計算だけをしていたからだよ。小学校のころから考える習慣を身につけておけば良かったのにね。この辺が数学に対する落し穴なんだろうね。公式という便利なものがあるから、考えなくても問題が解けることが多いでしょ。するといつの間にか公式を使うことや手順通りに解くことが数学だと思ってしまうんだね。だから、決まりきった答えが一つしかないという固定観念につながるんだ。
\F でも、数学の答えは一つしかないですよね。
\M もちろん学校で扱う問題には答えが一つであるものがほとんどだ。だけど、答えが一つだからって解き方まで一つではないんだよ。むしろ、この方法以外では解けない、なんていうものはめったにあるもんじゃない。
\F なんか面倒ですね。
\M とんでもない。解き方はたくさんあるけど答えが一つになることに感謝しなければ。学校では、学習している単元や時間の関係で、どうしてもある一つの解き方で済ませてしまうから、数学が融通の利かないもののように思われがちだ。本当は、考えて色々な方法を見つけることが大事だし、それが数学感覚を養うことにもなるのさ。
\F すると、何でもかんでも自分で考えろ、ということですね。
\M いやいや、それだけでは数学ができるようにはならないな。
\F ちょっと、言ってることが変ですよ。考えることが数学だって言ったばかりじゃない。
\M やあ、ごめんごめん。もちろん考えることが数学の基本だ。だけどあらゆるものを考えすぎてもだめなんだよ。
\F というと?
\M 数学を学習していると、よく「何々のことはこう決めます」みたいなことがでてくるよね。
\F そうそう。実は時々何でそうするのか不思議だったことがあるんですよ。それで納得いかないもんだから、ますます数学が嫌いになったり\ldots。
\M よくありがちだなあ。
\F でも、少しは考えたんですよ。
\M それは考えどころを間違えたね。
\F え?
\M 実際「何々のことはこう決めます」というのがあったら、そこにはそう決めるだけのれっきとした理由があるんだ。だけどそのことを深く考えると、多くの場合手に負えない内容に行き着いてしまう。そこで、とりあえず今はこう決めておきます、みたいな言い方になってしまうんだ。そういうときは深く考えてはいけない。素直に受け入れて、あとで振り返ることがもっとも正しい選択なのさ。
\F 私は変なところにこだわったわけだ。
\M そういうこと。
\F じゃあ、先輩は素直に受け入れたんですか。
\M そうだよ。そういうときは素直に受け入れて、それを使って考えることをしたんだ。素直に受け入れるところは受け入れて、それ以外のところではとことん考える。このバランスが大切だと思うね。おかげで\ldots、本当にそのおかげかわからないけど、とにかく数学は得意になった。そこでさらに数学を深く勉強したいので数学科に進むことにしたのさ。別に計算が得意だからじゃないからね。
\F 数学が得意だからって、必ずしも計算が得意なわけじゃないんですね。
\M そうそう、数学とアルゴリズムをごっちゃに考えてはだめだよ。だから、数学の得意な人に「じゃあ、計算が得意なんですね」なんて言わないように。そんなことを言うと、自分の数学のできなさを教えているようなものだからね。
\F わかりました。今度からはこう言うことにします。「じゃあ、とっても従順な人なんですね」って。
\end{enumerate}
\end{document}