% 捨てられる解の行方 -5-

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\usepackage{tikz}

\begin{document}

\section*{◆捨てられる解の行方--5--◆}

次の問題を考えてみましょう。
\begin{equation}
2次方程式\ x^2+ax+b = 0\ の解がa,~bであるとき、a,~bを求めよ。\label{sampleEx}
\end{equation}

難しい問題ではありません。$x = a$,~$b$が解であることから、もとの2次方程式は$(x-a)(x-b) = 0$であるはずです。これは展開すると$x^2-(a+b)x+ab = 0$ですから
\[\left\{
\begin{array}{rcl}
-(a+b) & = & a \\
ab & = & b
\end{array}
\right.\]
が成り立ちます。$ab = b$より、$b \ne 0$なら$a = 1$で、$1$番目の式から$b = -2$です。また、$b = 0$なら同様に$a = 0$です。すなわち$(a,~b) = (1,~{-2})$、$(0,~0)$で、実際これらを(\ref{sampleEx})に当てはめてから方程式を解くと、正しいことが確認できます。

ところで別解もあります。$x = a$,~$b$が解であることから、これらの値はもとの$2$次方程式に代入できます。すると
\[\left\{
\begin{array}{rcll}
a^2+a^2+b & = & 0 & \quad \textrm{(A)} \\
b^2+ab+b & = & 0 & \quad \textrm{(B)}
\end{array}
\right.\]
が成り立ちます。(B)は$b(b+a+1) = 0$なので、$b = 0$または$b+a+1 = 0$です。$b = 0$の場合は、(A)から$a = 0$です。また、$b+a+1 = 0$の場合は、$b = -a-1$を(A)に代入して
\begin{eqnarray*}
2a^2-a-1 & = & 0 \\
(2a+1)(a-1) & = & 0 \\
a & = & -\frac{1}{2},~1
\end{eqnarray*}
となり、$b = -a-1$より$(a,~b) = \left(-\dfrac{1}{2},~{-\dfrac{1}{2}}\right)$、$(1,~{-2})$が求められます。あれ? $\left(-\dfrac{1}{2},~{-\dfrac{1}{2}}\right)$って何だ?

この解を(\ref{sampleEx})に当てはめると、$2$次方程式は$x^2-\dfrac{1}{2}x-\dfrac{1}{2} = 0$となります。そして、$2$次方程式を解くと$x = 1$,~$-\dfrac{1}{2}$となるので、(\ref{sampleEx})の条件に当てはまりません。つまり、$\left(-\dfrac{1}{2},~{-\dfrac{1}{2}}\right)$は問題の解答には不適であることが分かります。

問題を解くだけならこれで十分なのでしょうが、なぜ余分な解が出たのか、なぜそれが捨てられる必要があったのかについては解決したとは言えません。しかし、解が本来のものより多かったり少なかったりする理由はただ一つしかありません。それは「同値変形をしていない」からなのです。一体、どこで同値変形でなくなったのでしょう。

それを見るために(A)と(B)の関係を、$a$-$b$座標上に図示してみましょう。

\newcommand\IntersectionsGraph{
\draw[->, thick] (-3, 0) node[above] {(B)} -- (3, 0) node[right] {$a$};
\draw[->] (0, -4) -- (0, 2) node[above] {$b$};
\draw[thick, domain=2.5:0] plot (\x, -\x-1); \draw[thick, domain=-1:-2.5] plot (\x, -\x-1) node[left] {(B)};
\fill (0, 0) circle (1.5pt) node[above right] {$(0,~0)$};
\draw[thick, domain=0:1.4] plot (\x, -2*\x*\x) node[left] {(A)};
\fill (1, -2) circle (1.5pt) node[above right] {$(1,~{-2})$};
}
%
\begin{center}
\begin{tikzpicture}
\IntersectionsGraph \draw[thick, domain=0:-1] plot (\x, -\x-1); \draw[thick, domain=0:-1.4] plot (\x, -2*\x*\x);
\fill (-1/2, -1/2) circle (1.5pt) node[left] {$(-\frac{1}{2},~{-\frac{1}{2}})$};
\end{tikzpicture}
\end{center}

グラフには明らかな三つの交点が解として現れています。つまり、この時点で同値関係は崩れていたことになります。でも、解である$x = a$,~$b$を代入した時点で同値関係が崩れるなんてあり得るのでしょうか。そうだとしたら、最初の解き方もなんだか怪しく見えてきました。

それなら、同値関係を完璧に保った方法で解くしかないですね。そして、私たちはその方法を知っています。$2$次方程式を完璧に同値のまま解く方法は「解の公式」を使うことです。解の公式というのは、与えられた$2$次方程式---すなわち等式---の両辺に四則計算と開平計算だけを施して得られた式ですから、はじめの等式さえ正しければ、最後に得られた解は文句なく$2$次方程式の解です。このことは、たとえ係数が複素数であってもです。

複素数の話は別のところで語るとして、いまは(\ref{sampleEx})の2次方程式を解の公式を用いて解いてみましょう。すると$x = \dfrac{-a\pm\sqrt{a^2-4b}}{2}$と解けて、これが$a$,~$b$になっているのですから、
\[
\left\{\begin{array}{rcl}
\dfrac{-a+\sqrt{a^2-4b}}{2} & = & a \\[8pt]
\dfrac{-a-\sqrt{a^2-4b}}{2} & = & b
\end{array}\right.\qquad または\qquad
\left\{\begin{array}{rcl}
\dfrac{-a+\sqrt{a^2-4b}}{2} & = & b \\[8pt]
\dfrac{-a-\sqrt{a^2-4b}}{2} & = & a
\end{array}\right.
\]
であることになります。両辺に$2$を掛けて$-a$を移項して整理すると
\[
\left\{\begin{array}{rcl}
\sqrt{a^2-4b} & = & 3a \\
-\sqrt{a^2-4b} & = & a+2b
\end{array}\right.\qquad または\qquad
\left\{\begin{array}{rcl}
\sqrt{a^2-4b} & = & a+2b \\
-\sqrt{a^2-4b} & = & 3a
\end{array}\right.
\]
になります。これらの連立方程式を解く前にちょっと立ち止まって、よく見ましょう。

$\sqrt{a^2-4b} = 3a$という等式が見えます。左辺は根号がついた値ですから、当然右辺は$a \geq 0$でなければ成り立ちません。さらに、その下の等式は$-\sqrt{a^2-4b} = a+2b$ですから$a+2b \leq 0$ですが、$a \geq 0$なので$b \leq 0$でなければなりません。もっとも、この理屈は$a$、$b$を実数と仮定してのことですが、方程式を実数関数のグラフとして見ているので妥当だと思います。

もう一つの連立方程式も同様にして、$a \leq 0$かつ$b \geq 0$であることになります。

これらのことから、(\ref{sampleEx})の問題には$ab \leq 0$の条件が隠れていたことになるわけです。そうすると(A)、(B)のグラフを描くとしたら、$ab \leq 0$の条件を満たした範囲で考えないといけないですね。それは図の斜線の範囲です。

\begin{center}
\begin{tikzpicture}
\IntersectionsGraph \draw[thick, dashed, domain=0:-1] plot (\x, -\x-1); \draw[thick, dashed, domain=0:-1.4] plot (\x, -2*\x*\x);
\draw (-1/2, -1/2) circle (1.5pt) node[left] {$(-\frac{1}{2},~{-\frac{1}{2}})$};
\foreach \x in {-3, -2.5} \draw[ultra thin] (\x, 0) -- (\x+2, 2);
\foreach \x in {-2, -1.5, ..., 3} \draw[ultra thin] (\x, 0) -- (0, -\x);
\foreach \y in {-3, -3.5, -4} \draw[ultra thin] (0, \y) -- (3, \y+3);
\end{tikzpicture}
\end{center}

正しいグラフを見れば$\left(-\dfrac{1}{2},~{-\dfrac{1}{2}}\right)$が捨てられる解であることは一目瞭然でしょう。

\end{document}