% 捨てられる解の行方 -3-

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\usepackage{tikz}

\begin{document}

\section*{◆捨てられる解の行方--3--◆}

複素数を係数にもつ方程式を解こうとすると妙なことになります。たとえば、
\begin{equation}
(1+i)x^2+(2-i)x-3 = 0 \label{sampleEqn}
\end{equation}
を解くことを考えます。$2$次方程式だから解の公式を使いたいのですが、解の公式に用いられる係数は実数と相場が決まっています。そこで、複素数がからんだときは
\[
a+bi = 0\quad(a,bは実数)\quad\Rightarrow\quad a = 0,\ b = 0
\]
であることを利用するのが普通です。この場合は、
\begin{equation}
(x^2+2x-3)+(x^2-x)i = 0 \label{sampleEqn2}
\end{equation}
と見直して$x^2+2x-3 = 0$、$x^2-x = 0$を満たす$x$を探します。因数分解により$(x-1)(x+3)+(x-1)i = 0$とできるので$x = 1$であることが分かります。実際、(\ref{sampleEqn})に代入して、それが正しいことも確認できます。

ちなみに、係数が複素数であると承知した上で解の公式に当てはめるとどうなるでしょう。実際にやってみましょう。
\begin{eqnarray*}
x & = & \frac{-(2-i)\pm\sqrt{(2-i)^2-4(1+i)(-3)}}{2(1+i)} \\
& = & \frac{-2+i\pm\sqrt{15+8i}}{2+2i} \\
& = & \frac{-2+i\pm(4+i)}{2+2i} \\
& = & 1\ または\ \frac{-3+3i}{2}~.
\end{eqnarray*}

計算途中で$\sqrt{15+8i} = 4+i$とやっていますが、これは$\sqrt{15+8i} = \sqrt{(a+bi)^2}$、すなわち$15+8i = |(a^2-b^2)+2ab\cdot i|$となる実数$a$、$b$を計算した結果です\footnote{$(a,~b) = (4,~1)$、$(-4,~-1)$が正確な解ですが$(4,~1)$を採用するだけで十分です。}。偶然かどうか、さっき求めた$x = 1$が現れています。じゃあ、もう一つの$x = \dfrac{-3+3i}{2}$って何だ?

試しにこれを(\ref{sampleEqn})に代入すると\ldots ちゃんと$0$になるじゃないか。つまり、間違いなく方程式の解です。どうして、こちらの解は捨てられてしまったのでしょうか。

それは、解が実数ではなかったからです。(\ref{sampleEqn2})を満たすならば、$x^2+2x-3 = 0$、$x^2-x = 0$であるという話は$x$が実数に限ってのことです。$x$が実数でないとしたらその限りではありません。$x$が実数でない---それは$x = 0$でも$x = 1$でもない---のであれば、分母が$0$になる心配がないので(\ref{sampleEqn2})を
\[
\frac{x^2+2x-3}{x^2-x} = -i
\]
としてよいことになります。分子・分母の共通因数を消去すると
\[
\frac{x+3}{x} = -i\quad すなわち\quad 1+\frac{3}{x} = -i
\]
ですから、$x = \dfrac{-3}{1+i}$が分かります。つまり、$x = \dfrac{-3+3i}{2}$です。

解の公式に頼らなくても答が出せました。では、解の公式で求められた値は偶然に正しいものと一致したのでしょうか。それとも、係数が複素数である方程式にも解の公式が使えるのでしょうか。

結論を言えば、係数が複素数であっても解の公式は成立します。その訳は公式の導き方にあります。複素数$\alpha$, $\beta$, $\gamma$を係数とする$2$次方程式$\alpha x^2+\beta x+\gamma = 0$を考えます。解の公式は次のようにして作ることができます。
\begin{eqnarray*}
\alpha\left(x^2+\frac{\beta}{\alpha}x\right)+\gamma & = & 0 \\
\alpha\left(x+\frac{\beta}{2\alpha}\right)^2 & = & \frac{\beta^2}{4\alpha}-\gamma \\
\left(x+\frac{\beta}{2\alpha}\right)^2 & = & \frac{\beta^2-4\alpha\gamma}{4\alpha^2} \\
x & = & -\frac{\beta}{2\alpha}\pm\frac{\sqrt{\beta^2-4\alpha\gamma}}{2\alpha}~.
\end{eqnarray*}

これは、実数係数の$2$次方程式の解の公式を導く方法とまったく同じです。さて、この変形の中で、係数が複素数という理由でやってはいけない計算をしたでしょうか。していませんね。むしろ、実数係数のときのほうが問題で、両辺の平方根をとるところは無造作にやってはいけないはずです。解の公式は、そこを機械的に行っているために、後から解の判別をしなくてはならないはめになっています。しかし、複素数が係数ならそのような心配は皆無で、機械的に両辺の平方根をとることができます。したがって、解の判別を気にすることなく必ず解が求められるのです。では、必ず求められるというその解は、一体どこにあるというのでしょうか。

実数係数の$2$次方程式がどんな解をもつかは、$2$次関数のグラフを描くことで観察できます。$ax^2+bx+c = 0$の解は$y = ax^2+bx+c$のグラフが$x$軸と交わるところです。もし、$ax^2+bx+c = 0$から虚数解しか得られなければ、グラフは$x$軸と交わりません。したがって、解の在処を観察できないことになります。本当にそうでしょうか。

複素数の世界にある方程式$\alpha z^2+\beta z+\gamma = 0$の解の在処を観察すべく、$2$次関数$w = \alpha z^2+\beta z+\gamma$を考えます。変数$z$は複素数で、複素平面全体の値をくまなくとれます。その結果得られる値$w$も複素数ですから、大抵は複素平面全体の値をくまなくとれます。普通に考えたら、これをグラフにするには直交する$4$本の軸が必要です。しかし、現実には無理な相談です。空間には直交する$3$本の軸しか用意できないからです。

こんなときは仕方がないので、変域である``複素$z$平面''と値域である``複素$w$平面''を並べるしかありません。そうすれば、$z$が$z$平面を動くとき、連動する$w$が$w$平面を動く様子を観察できるでしょう。

\newcommand\XPlane[1]{
\draw (-5.5, 6.5) node[below right] {$#1$平面};
\draw [->] (-5, 0) -- (5, 0) node[right] {$x$};
\foreach \x in {-4, -3, ..., 4} \draw (\x, 0.1) -- (\x, -0.1);
\draw [->] (0, -5) -- (0, 5) node[above] {$y$};
\foreach \y in {-4, -3, ..., 4} \draw (0.1, \y) -- (-0.1, \y);
\node[below left] {\scriptsize $O$};
}
%
\begin{center}
\begin{tikzpicture}[scale=0.35]
\begin{scope}[shift={(-8, 0)}]
\XPlane{z}
\draw[->, thick] (1, 0) arc[x radius=1, y radius=1, start angle=0, end angle=360] node[below right] {$z$が動く};
\end{scope}
%
\begin{scope}[shift={(8, 0)}]
\XPlane{w}
\draw[thick, ->] (-1, 3) .. controls (2, 0) .. (-1, -3);
\draw (1, -1) node[right] {$w$が連動して動く};
\end{scope}
\end{tikzpicture}
\end{center}

面白みに欠ける例で申し訳ないのですが、$w = z^2-2z+2$が$z$平面の$x = 1$に沿って下から上へ動くときの$w$の様子を観察しましょう。$z$平面において$z$が$x = 1$に沿うとは、$z = 1+si$\ ($s$は実数)\ という値をとることなので、$w$は
\begin{eqnarray*}
w & = & (1+si)^2-2(1+si)+2 \\
& = & 1+2si+si^2-2-2si+2 \\
& = & 1-s^2
\end{eqnarray*}
に沿って動きます。$s$は実数なので、$w$も実数値、すなわち$x$軸に沿って動きます。具体的な$w$の動きは次のようになります。

$s \to -\infty$のときは$w \to -\infty$、$s \to +\infty$のときも$w \to -\infty$です。また、$w = 1-s^2$より、$s = 0$、すなわち$z = 1+0i$のとき$w$の最大値は$1$になります。さらに、$z^2-2z+2 = 0$の解は$z = 1\pm i$なので、このとき$w$は、$w$平面の原点$O$を通るはずです。グラフはその様子を表しています($w$平面の動きは、実際には$x$軸上を動きます)。

\begin{center}
\begin{tikzpicture}[scale=0.35]
\begin{scope}[shift={(-10, 0)}]
\XPlane{z}
\draw (0, 1) node[left] {\scriptsize $i$}; \draw (0, -1) node[left] {\scriptsize $-i$};
\foreach \y in {-1, 0, 1} \fill (1, \y) circle (3pt);
\draw[->] (1, -3) -- (1, 3);
\end{scope}
%
\begin{scope}[shift={(10, 0)}]
\XPlane{w}
\draw (1, 0) node[below right] {\scriptsize $1$};
\foreach \x in {0, 1} \fill (\x, 0) circle (3pt);
\draw (-9, -0.2) -- (0.8, -0.2);
\draw (0.8, -0.2) arc[x radius=0.2, y radius=0.2, start angle=-90, end angle=90];
\draw[->] (0.8, 0.2) -- (-9, 0.2);
\end{scope}
\end{tikzpicture}
\end{center}

もっともこれでは、$z$が$1+si$上を動くとき、$z = 1-i$、$z = 1+i$で$w$が原点を通ることが確認できたにすぎません。実際は、$z$が原点を中心とする半径$\sqrt{2}$の円周上を動いたとしても、$z = 1-i$、$z = 1+i$で$w$が原点を通りますし、それ以外の動き方でもそうなるのです。すべてをグラフで観察することはできませんが、ある程度の観察なら、このサイトの『Computing Math : 複素関数のおままごと』で見ることができます。

\end{document}