% 捨てられる解の行方 -2-
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\begin{document}
\section*{◆捨てられる解の行方--2--◆}
教科書などにある問題で、不適切な解が捨てられる例をもう一つあげましょう。\par
\vspace{.33\baselineskip}
\begin{minipage}{40zw}
\fbox{問} 方程式$\log_2x+\log_2(x-2) = 3$を解け。\par
\fbox{解} $\log_2x(x-2) = 3$より$x(x-2) = 2^3$を解いて$x = -2$, $4$。$真数 > 0$より、方程式の解は$x = 4$。
\end{minipage}
\vspace{.33\baselineskip}\par
\noindent というものです。この場合の真数は$x$と$x-2$ですから、真数を負の値にする$x = -2$が捨てられます。
ただ、$x = -2$は、[解]の解きはじめの式$\log_2x(x-2) = 3$は満たしています。$\log_2(-2)(-4) = 3$は正しいですから。しかし、[問]で与えられた式$\log_2x+\log_2(x-2) = 3$は満たしません。$\log_2(-2)$、$\log_2(-4)$が現れるからです。
このことは、$\sqrt{2\cdot4} = \sqrt{2}\sqrt{4}$はできるけれど、$\sqrt{(-2)(-4)} = \sqrt{-2}\sqrt{-4}$はできない事情と似ているでしょう。根号内が負の値でも、$\sqrt{-2} = \sqrt{2}\,i$、$\sqrt{-4} = 2i$と、きちんとした定義はあります。けれど、$\sqrt{(-2)(-4)} = \sqrt{-2}\sqrt{-4}$のようなことを認めるとつじつまが合わなくなるので、$\sqrt{ab} = \sqrt{a}\sqrt{b}$が成り立つのは$a,b > 0$のときに限ると決めているのです。
では、$\log$の事情はどうなっているのでしょう。
実際のところ、複素数$x+yi$に対しては、
\[
\log_e(x+yi) = \log_e\sqrt{x^2+y^2}+i(\theta+2n\pi) \quad(n = 0,\pm1,\pm2,\ldots)
\]
です。$\theta$は、$\cos\theta = \dfrac{x}{\sqrt{x^2+y^2}},\ \sin\theta = \dfrac{y}{\sqrt{x^2+y^2}}$\ :\ ($-\pi \le \theta \le \pi$)\ を満たすものとします。複数の$n$に対する値があるのは、対数関数が多価関数---一つの値を代入したとき、いくつもの値が返る関数---であるためですが、具体的な計算では簡単のため、$n = 0$に対する主値だけを考え、
\[
\log_e(x+yi) = \log_e\sqrt{x^2+y^2}+i\theta \quad(-\pi \le \theta \le \pi)
\]
としておきます。
それでは、この定義のもとで[問]の方程式は、$x = -2$を解にもつでしょうか。具体的に計算してみます。
まず、$\log_2(-2) = \log_2(-2+0i)$ですから、$\sqrt{x^2+y^2} = 2$、$\theta = \pi$となります。$\log_2(-4)$でも同様に$\sqrt{x^2+y^2} = 4$、$\theta = \pi$です。よって
\begin{eqnarray*}
\log_2(-2)+\log_2(-4) & = & \frac{\log_e(-2)}{\log_e2}+\frac{\log_e(-4)}{\log_e2} \\
& = & \frac{\log_e2+i\pi}{\log_e2}+\frac{\log_e4+i\pi}{\log_e2} \\
& = & \frac{\log_e2+2\log_e2+i\cdot2\pi}{\log_e2} \\
& = & \frac{3\log_e2+i\cdot0}{\log_e2} \\
& = & 3~.
\end{eqnarray*}
すばらしい。ちゃんとあってる。計算の$1$行目で底を変換したり、$2\pi$を$0$と見たり、がさつな計算をしているものの、
\[
\sqrt{8} = \sqrt{(-2)(-4)} = \sqrt{2}\,i\sqrt{4}\,i = \sqrt{2\cdot4}\,i^2 = -\sqrt{8}
\]
とすることに比べたら何の問題もありません。$x = -2$は間違いなく$\log_2x+\log_2(x-2) = 3$の解と言ってよいでしょう。
さて、方程式の解としてはつじつまが合うように思えますが、実際のところ$\log_e(-2) = \log_e2+i\pi$にはどんな意味があるのでしょうか。ちょっとだけ踏み込んで、$x < 0$である実数---すなわち$y = 0$---に対する対数関数の事情を考えることにします。
$x < 0$、$y = 0$ならば$\sqrt{x^2+y^2} = -x$です。よって$\cos\theta = \dfrac{x}{(-x)} = -1$、$\sin\theta = \dfrac{y}{(-x)} = 0$\ :\ ($-\pi \le \theta \le \pi$)\ を満たす$\theta$は$\pi$になります。このことから、$x < 0$である実数の場合、
\[
\log_ex = \log_e(-x)+i(\pi+2n\pi) \quad(n = 0,\pm1,\pm2,\ldots)
\]
であることが分かります。少しだけまとめて
\begin{equation}
\log_ex = \log_e(-x)+i(2n+1)\pi \quad(n = 0,\pm1,\pm2,\ldots) \label{log(Minusx)1}
\end{equation}
です。これで$x < 0$のときの対数関数の値が決まるようになりました。
さて、対数関数は指数関数に見直すことができるので、(\ref{log(Minusx)1})は
\begin{equation}
x = e^{\log_e(-x)+i(2n+1)\pi} \label{log(Minusx)2}
\end{equation}
を表していることになります。指数に虚数単位が含まれていますが、指数法則を適用して
\begin{equation}
x = e^{\log_e(-x)}e^{i(2n+1)\pi} \label{log(Minusx)3}
\end{equation}
と書き直すことにします。
対数の定義により$e^{\log_e(-x)} = -x$ですから、(\ref{log(Minusx)3})は
\begin{equation}
x = -xe^{i(2n+1)\pi} \label{log(Minusx)4}
\end{equation}
であることを意味します\footnote{$\log_eA$は``$e$を$A$にできる指数値''を意味するので、$e^{\log_e(-x)} = e^{(eを-xにできる指数値)} = -x$は当然のことです。}。等式(\ref{log(Minusx)4})が成り立つなら、$e^{i(2n+1)\pi} = -1$ということになりますが、これはオイラーの関係式と呼ばれるものです。オイラーの関係式において、$n$によらず$e^{i(2n+1)\pi} = -1$である理由は
\[
e^{i\vartheta} = \cos\vartheta+i\sin\vartheta
\]
であるからで、$\vartheta = (2n+1)\pi$ならたしかに$e^{i(2n+1)\pi} = -1$と言えます。
実数値だけを考えた場合$e^\theta$は、$\theta_1 \ne \theta_2$であれば$e^{\theta_1} \ne e^{\theta_2}$です。しかし、$e^{i\theta}$の場合は、$\theta_1 \ne \theta_2$であっても$e^{i\theta_1} = e^{i\theta_2}$になることがあるわけです。ちょうど、$\pi = \theta_1 \ne \theta_2 = 3\pi$であっても$\cos\theta_1 = \cos\theta_2 = -1$になるようなものです。指数関数は実数の範囲で扱う限り一対一の対応をしますが、複素数の範囲まで広げると周期関数になるのです。ここが今回の話題の肝です。
肝をつかめたところで前へ前へと戻ります。$e^{i(2n+1)\pi}$は常に$-1$ですから、(\ref{log(Minusx)4})は$x = -x\cdot(-1)$という当たり前の関係を示しているだけです。ただ、ここに見えている$-1$は唯一の$-1$ではなく、いろいろな可能性---$2\pi$ごとの周期---から導かれた$-1$であることに注意してください。その上で、式を(\ref{log(Minusx)4})$\to$(\ref{log(Minusx)3})$\to$(\ref{log(Minusx)2})$\to$(\ref{log(Minusx)1})と逆走してみましょう。当たり前の関係から出発して(\ref{log(Minusx)1})に到着します。(\ref{log(Minusx)1})って当たり前の関係だったんですね。そして、$-1$がいろいろなところから導かれたために、$\log_ex$にいろいろな値が登場することになったのです。
こんな感覚は受け入れがたいですか? でも、
\begin{eqnarray*}
-1+\cos\pi & = & -2 \\
-1+\cos3\pi & = & -2 \\
-1+\cos5\pi & = & -2 \\
&\vdots&
\end{eqnarray*}
が$-2 = -1+\cos(2n-1)\pi$であるのに似ていると思いませんか。
詰まるところ、方程式の解が捨てられる理由は、それが実数の枠からはみ出ているからに他なりません。私たちが考える方程式は、多くが実数を前提にしていますし、実生活で必要になる解も実数で十分なことがほとんどです。根号内の数は正でなくてはならないとか、真数は正でなくてはならないなどの制約は、方程式を実生活に密着させるための知恵のようなものかもしれません。それゆえ、実数の枠からはみ出るような解は捨てられるような仕組みになっているのでしょう。
\end{document}