% なんでこっちの > だけ = 付きなの?

\documentclass[dvipdfmx]{jsarticle}
\pagestyle{myheadings}
\markright{tmt's math page}
\def\baselinestretch{1.33}

\usepackage{tikz}

\makeatletter
\def\leq{\mathrel{\mathpalette\gl@align<}}
\def\geq{\mathrel{\mathpalette\gl@align>}}
\def\gl@align#1#2{\lower.6ex\vbox{\baselineskip\z@skip\lineskip\z@\ialign{$\m@th#1\hfil##\hfil$\crcr#2\crcr=\crcr}}}
\makeatother

\begin{document}

\section*{◆なんでこっちの$>$だけ$=$付きなの?◆}

不等号には$>$, $<$の他に$\geq$, $\leq$があります\footnote{国際的には、$\geq$, $\leq$は$\ge$, $\le$と表記されるようです。}。もちろん、これらの記号は厳密に区別して使う必要があります。『$x > 5$』『$x < 5$』『$x \geq 5$』『$x \leq 5$』は、それぞれ『$x$は$5$より大きい』『$x$は$5$より小さい($5$未満)』『$x$は$5$以上』『$x$は$5$以下』と読んでいます。要するに$5$が$x$の範囲に含まれるのか含まれないのかを区別しているわけです。使い方は結構微妙です。

絶対値を表す記号に$|~|$がありますが、文字と一緒に使うときは
\begin{equation}
|x| = \cases{
x & ($x \geq 0$) \cr
-x & ($x < 0$) \cr} \label{geqSample}
\end{equation}
とするのが、正しい``お作法''ということになります。確かに、一方の不等号には$=$がありますが、もう一方にはありませんね。両方とも$=$を付けたり
\[
|x| = \cases{
x & ($x > 0$) \cr
-x & ($x \leq 0$) \cr}
\]
のようにしてはいけないのでしょうか(両方とも$=$を付けないのは、$0$の場合を除外してしまうので論外とします)。結論を言えば、どちらでも実用上の問題は生じません。ですが、できる限りお作法に則って記述するよう心がけたいものです。

その理由は、重箱の隅をつつくようで恐縮ですけど、次のような視点からです。

まず、絶対値というのは符号を取り払った数を示します。従って$|5| = 5$であり$|-5| = 5$です。そして$0$の絶対値は$0$と``決めて''います。なぜ``決める''という表現かといえば、$0$はもともと符号がない数ですから、符号を取り払う操作に当てはまらない、例外になっているからです。

ところで、絶対値の操作を機械的にするなら、$x$が正の数の場合は記号$|~|$を取り払うだけで済みます。しかし、$x$が負の数の場合は$|~|$を取り払うのと同時に、符号を反転させる必要があります。その機械的操作が$-x$なのです。そして、たまたま$x$が$0$であった場合は、$|~|$を取り払う操作をします。結局、$|x|$の機械的操作には$3$通りのやり方があって、本来なら
\[
|x| = \cases{
x & ($x > 0$) \cr
0 & ($x = 0$) \cr
-x & ($x < 0$) \cr}
\]
とすべきところを、$x$が正の数の場合と$0$の場合が同じ操作になるので、(\ref{geqSample})のようにひとまとめにしたわけです。それに、まとめて書くほうが気分的にもすっきりするでしょう。

さて、これとは違う場面でも$=$の付き方が微妙なことがあります。関数$y = |x(x-2)|$を考えてみましょう。絶対値があるために、グラフでも描こうと思えば \begin{equation}
y = \cases{
x(x-2) & ($x \geq 2$) \cr
-x(x-2) & ($0 \leq x < 2$) \cr
x(x-2) & ($x < 0$) \cr} \label{normalCut}
\end{equation}
のような範囲で場合分けをしなくてはなりません。特に$2$番目の範囲が微妙な書き方ですね。$0$側の不等号にしか$=$を付けていません。どうせグラフを描くのなら、不等号の全部に$=$を付けてもいいように思いませんか?

実は、すべての範囲を$=$付きの不等号にしても問題はありません。むしろ、そのほうが分かりやすいと言う人もいるはずです。そして、その考えはまったくもって正当です。それなら、なぜ上記のような不均衡な不等号の使い方をするのでしょうか。

その理由は、決して気分的な問題ではなく、間違いなく数学の根底をなす考えに基づいています。その考えは『切断』です。

$y = |x(x-2)|$のグラフであれば、$x = 0$, $2$が符号変化の境界になっているので、数直線上で
\vspace{10pt}
\begin{center}
\begin{tikzpicture} \draw (-5, 0) -- (5, 0);
\draw (0, 0.1) -- (0, -0.1) node[below left] {$0$}; \draw (2, 0.1) -- (2, -0.1) node[below right] {$2$};
\draw[thick] (0, 0.2) -- (0, 0.5) -- (-5, 0.5); \draw[thick] (2, 0.2) -- (2, 0.5) -- (5, 0.5);
\draw[thick] (0, -0.2) -- (0, -0.5) -- (2, -0.5) -- (2, -0.2);
\end{tikzpicture}
\end{center}
のように区切る必要があります。日常生活ではこれで十分でも、数学では範囲を区切ることの意味を曖昧にしていません。区切るということを数直線にハサミを入れることと考えれば、数直線の$0$と$2$の位置で切ることになるでしょう。では『切る』って一体どういうこと?

ここからは想像力を十二分に働かせましょう。まず、ひもを切ることを考えてください。それも、原子レベルで想像してほしいのです。つまり一本のひもは、原子が一粒ずつ整然とくっついてできているものだと思ってください。原子をこれ以上細かくできないものとすれば、ひもを切ったときの切り口は、原子と原子の間になるでしょう。すると、切り口にある原子がひもの先端になります。消えてなくなる原子だとか、同時に左右両方の部分に存在する原子などはありえません。数直線は点の集まりと言われていますから、点を原子のようなものととらえれば、切断によって、ある$1$点は必ず切れた数直線の左側か右側に属しているでしょう。こう考えると、切断によって範囲を決めたとき、切断点が二つの範囲にまたがることはありません。もし$0$の位置での切断を図示するなら
\vspace{10pt}
\begin{center}
\begin{tikzpicture}
\begin{scope}[shift={(-3.5, 0)}]
\draw (-2, 0.1) -- (-0.09, 0.1) node[above, pos=0.5] {[A]};
\draw (0, 0.1) circle (2.5pt); \fill (0, -0.1) circle (2.5pt); \draw[dashed] (0, 0.3) -- (0, -0.3) node[below] {$0$};
\draw (0.09, -0.1) -- (2, -0.1) node[below, pos=0.5] {[B]};
\end{scope}
%
\draw node {または};
%
\begin{scope}[shift={(3.5, 0)}]
\draw (-2, 0.1) -- (-0.09, 0.1) node[above, pos=0.5] {[A]};
\fill (0, 0.1) circle (2.5pt); \draw (0, -0.1) circle (2.5pt); \draw[dashed] (0, 0.3) -- (0, -0.3) node[below] {$0$};
\draw (0.09, -0.1) -- (2, -0.1) node[below, pos=0.5] {[B]};
\end{scope}
\end{tikzpicture}
\end{center}
になるのです。$\bullet$は点があることを意味し、$\circ$は点がないことを意味するので、$0$は、左図なら[B]側に、右図なら[A]側に属しています。

こんな感じで、数直線に切断という概念を導入して、実数・有理数を構築した人がデデキント\footnote{デデキント(1831--1916):ドイツの数学者。}です。少々微妙な概念でもあるので、詳しくは専門書に譲らざるをえません。範囲に使われる不等号に$=$が付いたり付かなかったりするのは、こんな理由がからんでいたのです。先ほど(\ref{normalCut})にあげた例は
\vspace{10pt}
\begin{center}
\begin{tikzpicture}
\draw (-2, 0.1) -- (-0.09, 0.1);
\draw (0, 0.1) circle (2.5pt); \fill (0, -0.1) circle (2.5pt); \draw[dashed] (0, 0.3) -- (0, -0.3) node[below] {$0$};
\draw (0.09, -0.1) -- (1.91, -0.1);
\fill (2, 0.1) circle (2.5pt); \draw (2, -0.1) circle (2.5pt); \draw[dashed] (2, 0.3) -- (2, -0.3) node[below] {$2$};
\draw (2.09, 0.1) -- (4, 0.1);
\end{tikzpicture}
\end{center}
の切断を施した範囲分けでした。

切断さえきちんとしていれば
\vspace{10pt}
\begin{center}
\begin{tikzpicture}
\draw (-2, 0.1) -- (-0.09, 0.1);
\draw (0, 0.1) circle (2.5pt); \fill (0, -0.1) circle (2.5pt); \draw[dashed] (0, 0.3) -- (0, -0.3) node[below] {$0$};
\draw (0.09, -0.1) -- (1.91, -0.1);
\draw (2, 0.1) circle (2.5pt); \fill (2, -0.1) circle (2.5pt); \draw[dashed] (2, 0.3) -- (2, -0.3) node[below] {$2$};
\draw (2.09, 0.1) -- (4, 0.1);
\end{tikzpicture}
\end{center}
でもかまいません。その際は
\begin{equation}
y = \cases{
x(x-2) & ($x > 2$) \cr
-x(x-2) & ($0 \leq x \leq 2$) \cr
x(x-2) & ($x < 0$) \cr} \label{pecularCut}
\end{equation}
と書けばよいのです。

ただし、例えば$[x]$---記号$[~]$はガウス記号と呼ばれ、$x$を超えない最大の整数を表す---は数直線を
\vspace{10pt}
\begin{center}
\begin{tikzpicture}
\newcommand\interval[2]{
\fill (#1, #2) circle (2.5pt); \draw (#1+0.09, #2) -- (#1+0.91, #2); \draw (#1+1, #2) circle (2.5pt);
\draw[dashed] (#1, 0.3) -- (#1, -0.3) node[below] {$#1$};
}
\draw (-1, 0.1) -- (-0.09, 0.1); \draw (0, 0.1) circle (2.5pt);
\interval{0}{-0.1}
\interval{1}{ 0.1}
\interval{2}{-0.1}
\interval{3}{ 0.1}
\fill (4, -0.1) circle (2.5pt) node[below] {$4$}; \draw (4.09, -0.1) -- (5, -0.1);
\end{tikzpicture}
\end{center}
のように区切るわけですから、どの区間でも切断の仕方が一定していてキレイです。そんな視点からも、範囲の切断には(\ref{pecularCut})より(\ref{normalCut})が美しいでしょう。

さらに美しさを追求すると、(\ref{normalCut})の$1$行目における$x$の範囲を、$2 \leq x$の向きで書きたくなるかもしれませんね。こう書けば、すべての範囲で不等号の向きが一致しますから。でも、これは好みの問題でしょうか。ちなみに、私は(\ref{normalCut})のままを支持したいですね。それは、変数$x$の範囲を念頭に置いたとき、日本語でも英語でも``$x$は$2$以上''のように、$x$から思考を始めるからです。特に英語では、書いてある順に\textit{``$x$ is greater than or equal to 2''}と読んでいます。思考の流れを優先させれば、向きが統一される美しさを犠牲にすることをいといません。だからといって、じゃあ$2$行目の範囲も``$x \geq 0$, $x < 2$''と書け、と言われると困っちゃうんですけど$\dots$。

\subsection*{補:ガウス記号について}

ガウス記号$[~]$は義務教育の数学でちらほら見かけますが、一般に数学やプログラミング言語では、$[~]$に替えて$\lfloor~\rfloor$(フロア記号)を使うことが多いものです。$\lfloor~\rfloor$と対(つい)になる$\lceil~\rceil$(シーリング記号:$x$を下回らない最小の整数を表す)と合わせて使いやすいからでしょう。

たとえば$\lfloor2.7\rfloor = 2$、$\lceil2.7\rceil = 3$です。これは、地上△階・地下△階の建物を想像すると感覚に合うと思います。地上$2.7$階という表現はおかしいですが、部屋の中空$2.7$階の床は$2$階を見下ろし($\lfloor2.7\rfloor \to 2$)、部屋の中空$2.7$階の天井は$3$階を見上げます($\lceil2.7\rceil \to 3$)。

\vspace{10pt}
\begin{center}
\begin{tikzpicture}
\foreach \y in {1, 2, 3, 4} \draw (4, \y-1) node[above right] { \y 階} -- (0, \y-1) -- (0, \y);
\draw[thick] (5, 0) -- (0, 0) -- (0, 1);
\foreach \y in {1, 2, 3, 4} \draw (4,-\y ) node[above right] {地下\y 階} -- (0,-\y ) -- (0, \y);
\fill (3, 1.7) circle (1.3pt) node[left] {\footnotesize $2.7$階} node[above right] {\tiny $\nearrow$} node[below right] {\tiny $\searrow$};
\foreach \y in {0.1, 0.2, ..., 0.9} \draw[ultra thin] (2.9, 1+\y) -- (3.1, 1+\y);
\fill (3, -2.7) circle (1.3pt) node[left] {\footnotesize $-2.7$階} node[above right] {\tiny $\nearrow$} node[below right] {\tiny $\searrow$};
\foreach \y in {0.1, 0.2, ..., 0.9} \draw[ultra thin] (2.9, -2-\y) -- (3.1, -2-\y);
%
\foreach \y in {-4, -3, -2, -1, 0, 1, 2, 3} \fill (7, \y ) circle (1.3pt) node[left] {$\y$};
\foreach \y in {-4, -3, -2, -1, 0, 1, 2, 3} \draw (7, \y ) -- (7, \y+0.92);
\foreach \y in {-4, -3, -2, -1, 0, 1, 2, 3} \draw (7, \y+1) circle (2.5pt);
\end{tikzpicture}
\end{center}

同様に、部屋の中空$-2.7$階(地下$3$階の部屋であることに注意!)の床は$-3$階を見下ろし($\lfloor-2.7\rfloor \to -3$)、部屋の中空$-2.7$階の天井は$-2$階を見上げます($\lceil-2.7\rceil \to -2$)。

『いやいや、$2.7$階の天井は``$2$階の天井''、$-2.7$階の天井は``$-3$階の天井''だろう』と言いますか? 日常のことばではそうかもしれませんが、数直線では切断の考え方から『△階の天井と$(△+1)$階の床』が同時に存在することはありません。図は、切断によって整数値を``床''とみなしています。したがって△階の天井は存在せず、それは$(△+1)$階の床です。

蛇足ながら、建物の階の数え方は国によって様々のようです。地上階は数に入れない地域もあるようで、そこでは日本の『$1$階、$2$階、$3$階、$\dots$』は『地上階、$1$階、$2$階、$\dots$』となるようです\footnote{地下階の数え方は日本と同じと思われます。}。でも、これこそ数直線そのものの数え方ですから、大変合理的とも言えます。

\end{document}