% 素直な単位/ラジアン

\documentclass[dvipdfmx]{jsarticle}
\pagestyle{myheadings}
\markright{tmt's math page}
\def\baselinestretch{1.33}

\usepackage{amsmath, amssymb}
\usepackage{tikz}

\begin{document}

\section*{◆素直な単位/ラジアン◆}

(「一周$360$\textdegree の不自然さ」からの続き)

三角比を考えるにあたってラジアンと呼ばれる角度の単位が導入されました。以前話したように、「\textdegree」が「ラジアン」に置き換わったところで、日常的には大した変化をもたらしません。何しろ$360$\textdegree が$2\pi$に置き換わっただけです。細かい角度を表す場合でも、それらを均等割りして使えばよいのですから。

たしかに日常の中で角度を使うのであれば、「\textdegree」も「ラジアン」も立派に単位として通用します。ただ「\textdegree」の方が扱いやすいだけです。でも、日常から少し踏み込んで関数を考えた場合、ラジアンであることに意味があるのです。日常の中では関数なんて使わないよ、なんて決めてかかってはいけません。関数というものは表立って活躍するより、陰で奥ゆかしく働いているものですから。

では、ラジアンを使う関数って何でしょう。私たちの身近な関数であれば、それは三角関数ということになります。三角関数は、比の値だけを考えていた三角比の取り扱いを広げたものです。

さて、三角関数は
\begin{equation}
y = \sin x \label{yEqSinX}
\end{equation}
のように書かれます。関数ですから、かりに$x = 30$\textdegree $\left(または\ \displaystyle x = \frac{\pi}{6}\right)$を代入することで$y$の値を求めることができます。すなわち
\begin{equation}
\sin30\textrm{\textdegree} = \frac{1}{2}\quad \left(または\ \sin\frac{\pi}{6} = \frac{1}{2}\right)\label{sampleSin30}
\end{equation}
です。もちろん別の$x$の値を代入すれば、別の$y$の値が求められるでしょう。いま、無造作に$x$に一つの角度を代入したわけですが、この例を見る限り、角度の単位は「\textdegree」でも「ラジアン」でも同じ結果を導きます。さらに関数のグラフなど描いてみると、使う単位によらずまったく同じグラフができあがります。これではラジアンである意味を見つけることはできませんね。

ところで(\ref{sampleSin30})は一体何を求めたのでしょうか。$\sin30$\textdegree は、正角が$30$\textdegree である直角三角形における対辺と斜辺の比を求めることです。それが$\displaystyle \frac{1}{2}$の値になると言っています。いいですか、$y$として求められる値は「比」だということを覚えておいてください。

そこで、話しをちょっと横道にそらしましょう。私たちはたびたび、物事の関係を式にすることがあります。$1$\,Lあたり$x$円の灯油を$18$\,Lタンクに詰めれば、タンク価格$y$円との関係は$y = 18x$です。一度このような関係式を作っておけば、灯油価格が変動しても即座にタンク価格を計算できます。今年は$1$\,Lあたり$80$円だから、タンク価格は$18\times 80 = 1{,}440$円だなという具合にです。

また、$x$人を均等に$6$グループ分けする場合、$1$グループあたりの人数$y$人との関係は$\displaystyle y = \frac{x}{6}$です。もっともこの場合は、端数が出たときの処理を考えておく必要があります。$38$人では計算上$1$グループあたり$6.33\dots$人ですが、実際は$6$人グループが$4$組、$7$人グループが$2$組です。

やや作為的に二つの例を紹介しましたが、どちらの関係も$x$, $y$は同じ性質のものです。すなわち、関係としてはかなり素直な対応になっていると言えます。こういう対応には紛れが入り込む余地はほとんどありません。

一方で、違う性質どうしで関係が成立するものがあります。たとえば地上の気温が$a$\,\textcelsius のとき、$100x$\,m上空の気温$y$\,\textcelsius との関係が$y = a-0.6x$である、などがそれです。距離$x$と気温$y$はまったく性質が違うのに関係が成り立っているのです。しかし、ここには紛れが入り込みます。灯油の価格と違って誤差が付きものだからです。上空の気温は地上からの高さだけに依存しているわけではありません。湿度や気圧や風など、様々なものに影響を受けるからです。もし、気温についての関係で紛れが生じないものを探すとすれば、今日の最高気温$x$\,\textcelsius と平年の気温$23.4$\,\textcelsius との差$y$\,\textcelsius を求める式$y = x-23.4$などが考えられるでしょう。

こうしてみると、関数では同じ性質のものどうしを扱うほうが、素直な関係になりやすいと言えそうです。そこで横道から戻りましょう。(\ref{yEqSinX})で求める$y$は「比の値」ですね。それなら$x$にも比の値を使うのがよいはずです。同じ性質のものどうしを扱うことになるからです。だから$x$にはラジアンを使うのが望ましく、また意味のある関係にもなるのです。

あれ? ラジアンは半径$1$の円周の「長さ」をもとにした単位ではなかったかって? そうですね。実は簡単のためにそう言ったのですが、本来は「半径$r$の円周に対する弧の比」を表す単位がラジアンです。半径$1$の円周で角度(つまり弧の長さ)を測るように固定してしまうと、小さい三角形の角の大きさを``直接''測ることができなくなってしまいます(左図)。ですが、半径$r$を可変にしておくと、$r$を$1$より小さい長さにすることで、角が切り取る弧の長さを直接測れます(右図)。切り取られる弧が$\alpha r$の長さであれば、$\alpha$が求める角の大きさになるのです。

\begin{center}
\begin{tikzpicture}[scale=1.5]
\begin{scope}[shift={(-1.5, 0)}]
\draw (0, 0) -- (0.8, 0) -- (0.5, 0.4) -- cycle;
\draw (0.2, 0) arc[radius=0.2, start angle=0, end angle=37] node[pos=0.5, right] {?};
\draw (0, 0) circle[x radius=1, y radius=1];
\draw[dashed] (0, 0) -- (0, -0.2); \draw[dashed] (1, 0) -- (1, -0.2);
\draw[<->] (0, -0.1) -- (1, -0.1) node[pos=0.5, below] {$1$};
\end{scope}
%
\begin{scope}[shift={(1.5, 0)}]
\draw (0, 0) -- (0.8, 0) -- (0.5, 0.4) -- cycle;
\draw[ultra thick] (0.5, 0) arc[radius=0.5, start angle=0, end angle=37] node[pos=0.5, left] {$\alpha r$};
\draw (0, 0) circle[x radius=0.5, y radius=0.5]
; \draw[dashed] (0, 0) -- (0, -0.2); \draw[dashed] (0.5, 0) -- (0.5, -0.2);
\draw[<->] (0, -0.1) -- (0.5, -0.1) node[pos=0.5, below] {$r$};
\end{scope}
\end{tikzpicture}
\end{center}

このことからも、ラジアンは半径$1$の円周の「長さ」をもとにした単位ではなく、半径$r$の円周に対する弧の「比」をもとにした単位であることが理解できるでしょう。

そうであれば三角関数$y = \sin x$は、$x$にラジアンを単位とする値を使うことで、比の値から比の値を求める関係式になります。これは実に素直な関係になっています。それに対して$x$に一般の$360$\textdegree をもとにした値を使ってしまうと、三角関数の関係が実に不安定なものとなってしまうのです。

皆さんは
\begin{equation}
\arctan x = x-\frac{x^3}{3}+\frac{x^5}{5}-\frac{x^7}{7}+\dotsb \label{arctanX}
\end{equation}
という式にお目にかかったことはありませんか? $\arctan$というのは$\tan$の逆関数のことで、$x = \tan t$について$x$から$t$を求める($\arctan x \to t$)ものです。左辺の三角関数が右辺では多項式に書きかえられていますが、この式は$x$がラジアンだからこそ成り立つのです。式は少々複雑に見えるものの、両辺とも単に数値の計算という素直な関係になっています。単なる数値は無単位ですから、それを何乗しようが無単位のままです。長さを$2$乗すると面積になるような計算---たとえば$S\,(\textrm{m}^2) = a\,(\textrm{m})\times b\,(\textrm{m})$---とは別物であることに注意してください。

また、(\ref{arctanX})は特筆に価する式です。その理由は$x = 1$を代入すると見えてきます。$x = 1$を代入すると
\begin{equation}
\arctan1 = 1-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\frac{1}{9}-\dotsb \label{arctan1}
\end{equation}
の関係が得られます。ここで$\arctan1$は、$\tan x = 1$になる$x$を意味します。この場合の$x$は$\displaystyle \frac{\pi}{4}$ですから$\displaystyle \arctan1 = \frac{\pi}{4}$です。結局
\[
\frac{\pi}{4} = 1-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\frac{1}{9}-\dotsb
\]
であることが分かるのです。

驚くべきことに、円周率$\pi$は簡単な分数の和と差で求められてしまうのです。こんな関係が浮かび上がってくるのは、角度をラジアンで表したからに他なりません。ラジアンがいかに三角関数と相性が良いかを示す証拠でしょう。

これで$2\pi$ラジアンが$360$\textdegree の単なる代用でないことが分かったでしょうか。代用でないというのは、$2\pi$ラジアンと$360$\textdegree は同じ角度を表すものの、$2\pi ラジアン = 360$\textdegree \textbf{ではない}ということです。なにしろ単位が違います。このことは、$2\pi$ラジアンと$360$\textdegree は「対等」ではあるが「同等」ではないことを意味しているのです。(続きは「比の無い所に正弦は立たない」にて。)

\end{document}