% 乗数・被乗数の常識・非常識

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\begin{document}

\section*{◆乗数・被乗数の常識・非常識◆}

「一あたり量」というものがあります。もちろん、掛け算をするときに用いる考えです。$3$個入りのキャラメル箱では(キャラメル箱$1$に対するキャラメルの)一あたり量は$3$個、$8$\,m$^2$の花壇に$20$本の花が咲いていれば(花壇の面積$1$に対する花の)一あたり量は$2.5$本、となるわけです。すると、いまのキャラメル箱を例にとれば、同じ箱が$5$箱あるときは
\begin{equation}
(一あたり量3個)\times5 = 15(個) \label{sampleOfCaramels}
\end{equation}
のキャラメルがあることになります。また、花壇の例では、$2$\,m$^2$の一角には
\[
(一あたり量2.5本)\times2 = 5(本)
\]
の花が咲いている計算になるでしょう。

このような計算では一あたり量を「被乗数」と呼び、一あたり量がどれだけあるか示す数を「乗数」と呼びます。乗数は「加える回数」と考えてもよいので 、(\ref{sampleOfCaramels})は3を5回加える意味にとって
\[
3\times5 = 3+3+3+3+3
\]
と考えてもかまいません。ただ、乗数が常に加える回数になるとは限りません。花壇の例で$5.3$\,m$^2$の一角を考える$2.5(本)\times5.3$では、$5.3$を加える回数とは呼べないでしょう。端数があっても掛け算の本質に影響はありませんが、ここでは端数のない乗数で考えることにします。

いずれにせよ、掛け算の基本は
\[
(被乗数)\times(乗数) = (一あたり量)\times(数量)
\]
になっています。特に(乗数)が自然数のときは、(数量)を(加える回数)と読み替えることができます。このことから(\ref{sampleOfCaramels})を
\begin{equation}
5\times3 =15 \label{reverseOfSample}
\end{equation}
とするのは、答はあっていても式が違うと解釈されることもあるようです。この場合は$15$を$3+3+3+3+3$で求めたはずですから、(\ref{reverseOfSample})の掛け算の解釈が
\[
5\times3 = 3+3+3+3+3
\]
となり、(乗数)を(被乗数)回加えるという変な結果になりそうです。

本当にそうでしょうか?

私からの結論は『$3$個入りのキャラメル箱が$5$箱あるときのキャラメルの総数』は
\begin{eqnarray}
3+3+3+3+3 & \quad\Leftrightarrow\quad & 3\times_{(を)}5_{(回分)} = 15 \label{3times5is} \\
3+3+3+3+3 & \quad\Leftrightarrow\quad & 5_{(回分)}\times_{(の)}3 = 15 \label{5times3is}
\end{eqnarray}
のいずれでも、文句なく正解というものです。\textbf{文句なく}というのは、立式も答も正しいということです。(\ref{5times3is})の感覚には馴染めない人も多いでしょうが、間違いなく正解です。

まず、(\ref{3times5is})と(\ref{5times3is})が共に正しいとする理由に、日本語と英語の言葉の特性を挙げましょう。日本語で『$3\times5$』は『$3$掛ける$5$』と読み、『$3$を$5$回合わせる』意味にとりますから(\ref{3times5is})が自然な立式になっています。また、英語でも『$3\times5$』は『$3$ \textit{multiplied by} $5$』と読み、『$3$を$5$(回)にわたって増殖させる』の意味なら(\ref{3times5is})とするのでしょう。ただ、普段は『$3\times5$』を『$3$ \textit{times} $5$』と読みますから、『$3$回分の$5$』の意味あいで『$3\times5 = 5+5+5$』と考えることもできます。すると英語では、『$5\times3$』のときが『$5$ \textit{times} $3$($5$回分の$3$)』ですから、(\ref{5times3is})がまったく自然な立式だと思われます\footnote{ここの段落の内容は、実際にアメリカで子供を小学校に通わせている方が、そこのアメリカ人数学教師から受けた回答をもとに作成しました。}。

したがって、掛け算における乗数・被乗数の関係は
\[
(被乗数)\times(乗数) = (一あたり量)\times(回数)
\]
にもなり得るし、
\[
(被乗数)\times(乗数) = (回数)\times(一あたり量)
\]
にもなり得るわけです。

実は掛け算とは、一つには、繰り返し同じ数を加える足し算$a+a+\dots+a$において、記号$\times$と繰り返しの回数$n$を用いて書き直した式を指しています\footnote{もう一つは、長方形の面積として定義されるものです。}。この基準に従えば、$a+a+\dots+a$を$a\times n$と書き直そうが$n\times a$と書き直そうがかまわないのです。だって、ちゃんと記号$\times$と回数$n$が明示されているんだから。にも関わらず日本では$a+a+\dots+a = a\times n$、アメリカでは$a+a+\dots+a = n\times a$と固定・習慣化されているのは、$\times$の前後で一あたり量である$a$と回数である$n$の区別がつくからでしょう。つまり$4\times7$のとき、日本では$4$が一あたり量である$a$、アメリカでは$7$が一あたり量である$a$という具合にです。

それならば日本語で考えたら、『3個入りのキャラメル箱が5箱あるときのキャラメルの総数』を求める式は$3+3+3+3+3 = 3\times5$が当然であって、$5\times3$になるわけないじゃない。だからこの問題を$5\times3 = 15$とする人は、\textbf{考え方}が間違っているんだよ、と反論したい気持ちになるでしょう。ところが、一概にそうとは言えないのです。実は、日本語と英語の特性とは無関係であることが説明できます。話はちょっと長くなりますが、聞いてください。

まずはじめに、次の文章を式にしてみましょう。
\[
\begin{array}{rl}
\textrm{(a)} & 三つ子が2枚ずつの切符を持っている \\
\textrm{(b)} & 三つ子が2回自動改札を通過する
\end{array}
\]

(a)では切符の総数を、(b)では改札を通過したのべ人数を求めるものとします。このとき、文章の内容を考えながら足し算で立式すると、きっと日本語も英語も同じ式になるはずです。おそらく自然に
\[
\begin{array}{rl}
\textrm{(a)} & 2+2+2 \\
\textrm{(b)} & 3+3
\end{array}
\]
となるでしょう。そして日本語であれば(a)は$2+2+2 = 2\times3$と書くはずです。もし(a)を日本語で考えていながら$3+3$と見る人がいるなら、その人は$(右手の切符3枚)+(左手の切符3枚)$と見ていなくてはなりません。と同時に、その人は別の一あたり量を持っていることに注意しましょう。つまり(a)を$2+2+2$と見れば、一あたり量は(一人あたり)$2$枚ですから$2+2+2 = 2\times3$ですが、$3+3$で見ている人の一あたり量は(片手あたり)$3$枚ですから$3+3 = 3\times2$なのです。この見方は特殊な見方だと思いますが、だからといって間違った解釈でもありません。そのような理由から、(a)の立式が$2\times3$になることも$3\times2$になることもあり得ると思うのです。

このことは(b)に対しても同様で、(b)を日本語で考えていながら$2+2+2$と見る人がいるなら、その人は三つ子A、B、Cの$(\textrm{A}が2回)+(\textrm{B}が2回)+(\textrm{C}が2回)$と見ているはずです。もちろんそのときは一あたり量が変化しています。$3+3$なら一あたり量は(一回あたり)$3$人で、$2+2+2$なら一あたり量は(一人あたり)$2$回です。

そうなってくると、掛け算の式を見ただけでは、どちらの数が一あたり量なのか判別するのは難しいでしょう。実際のところ(a)、(b)共に掛け算で立式した場合、日本語で思考しても英語で思考しても、ほとんどの人が$3\times2$とするでしょう。なぜなら式を作る際には、いちいち一あたり量のことは頭にないでしょうから。この計算は掛け算で求めることができ、掛け算においては掛ける順序は問題にならないために、きっと文章の中で先に現れた数から掛け始めると思われます。だから質問が
\[
\begin{array}{rl}
\textrm{(a)} & 2枚ずつの切符が三つ子に持たれている \\
\textrm{(b)} & 2回にわたって三つ子が自動改札を通過する
\end{array}
\]
のような言い方になっていたら、きっと$2\times3$とする人が大部分を占めると予想されます。

たしかに『はじめに一あたり量ありき』と考えれば、一あたり量が何であるかを明確にし、そこに数量を掛ける式を作るべきでしょう。その考えなら(a)は$2\times3$であり、同時に日本語での思考と注釈がつくでしょう。でも、必ずしもはじめに一あたり量ありきではないはずです。英語なら『はじめに回数ありき』が自然な思考だからです。そのとき(a)では、はじめに子供の$3$人に目がいき、その後、各自が$2$枚ずつの切符を手にしていることが分かるというものです。その考えなら(a)は$3\times2$ですね(この式は片手の$3$枚の$2$倍ではなく、$2$を$3$回加える英語風の立式となっています)。

現代ではむしろ、後者の考えの方が有利かもしれませんよ。それは例えば、$2$を繰り返し$10$回足すプログラムを書く場合
\begin{quote}
\verb|for(i = 1; i <= 10; i++) s += 2;|
\end{quote}
のような書き方をしますが、見てわかるように『はじめに回数ありき』の記述になっているからです。一回あたりに加えられる$2$が登場するのは、回数のあとになっています。

結局のところ日本語では
\[
(一あたり量)をn回足す \quad\Longleftrightarrow\quad (一あたり量)\times n
\]
であることは間違いないけれど、『$3$個入りのキャラメル箱が$5$箱あるときのキャラメルの総数』を求める式が『$5\times3$』と書かれたからといって、考え方が違うとは言い切れないというわけです。なにしろ、地域やその人ごとに、それぞれの自然体があるはずですから\footnote{それでも授業で習った通りにすることが重要だと言うなら、近似値を答えさせる設問で『$\dots$を求めよ。ただし$\sqrt{3} = 1.73$とする。』と注記を付け加えることがあるように、『$\dots$を求めよ。ただし式は$(一あたり量)\times(数量)$とする。』との注記を付け加えるべきでしょう。そうすれば授業で習ったことを理解したかどうかも分かります。}。

\end{document}