% 1 対 1 対応なのに走る影にはかなわない

\documentclass[dvipdfmx]{jsarticle}
\pagestyle{myheadings}
\markright{tmt's math page}
\def\baselinestretch{1.33}

\usepackage{tikz}

\begin{document}

\section*{◆一対一対応なのに走る影にはかなわない◆}

影には、人なつこい影と人見知りする影の$2$種類があります。人なつこい影は昼間現れます。日なたを歩いているときに現れる影は、いつも同じ大きさで私たちのそばにいます。人見知りの影は夜現れます。夜と言っても月明かりの薄い影ではありません。街灯の下を通過するときに現れる影の方です。街灯に向かって歩いているときは、影を意識することはありません。なぜなら影は私たちの後ろに隠れているからです。ところが、街灯の真下に到達すると影は足元に顔を出し、街灯を背に歩き続けるとスーッと前の方へ去って行くのです。

昼間の影と夜の影の違いは何でしょうか。太陽の光と街灯の光の違いですか? いいえ、どちらも同じ性質の光です。同じ性質の光からできる影なのに性格の違いを生じるのは、光源の距離が原因です。

太陽は、はるか遠くから光を投げてくるので、私たちの近くに届いた光は、みな平行に走っていると考えてかまいません。そのため、平らな地面のどの位置に移動しても、同じ角度で光が差してくるので、できる影の大きさは変わりません。一般に太陽の光が「平行光」と言われるのはそのためです。

一方、街灯は近い位置から光を発しているので、私たちが歩くほんの狭い範囲でも、街灯を見上げる角度は大きく違っています。そのため、平らな地面であっても、立つ場所によって様々な角度で光が差してきます。当然、影は長くなったり短くなったりします。そのために電球の光は「放射光」とも言われます。

広い意味で、私たちの体と影は一対一対応です。光源と頭の先を結ぶ線は、影の頭の先にいきます。光源と指先を結ぶ線は、影の指先にいきます。間違いなく一対一対応ですね。『一対一対応は怪しげな関係』で見たように、一対一対応でも長さまで同じでないことはあります。それが人見知りの影なんです。

人なつこい昼間の影ばかりと仲良くしていると、どうして夜の街灯の影がスーッと去って行くのか理解に苦しみます。でも、ちゃんと理由があるんですね。相似比を使って、人見知りの理由を探ってみましょう。

\begin{center}
\begin{tikzpicture}[scale=0.8]
\draw[thick] (-2, 0) -- (12, 0);
\foreach \x in {-1.75, -1.5, ..., 11.75} \draw[ultra thin] (\x, 0) -- (\x, -0.75);
\draw[ultra thick] (10, 0) node[below] {C} -- node[right] {$H_0$} (10, 4) node[above] {B};
\draw (9.8, 0) |- (10, 0.2);
\draw (10, 4) rectangle node[right] {\footnotesize 街灯} (9.75, 3.5);
\draw[thick] (4, 0) rectangle node[right] {$h$} (4.1, 1.2) node[right] {\footnotesize 人(この位置まで$t$時間要した)};
\draw[thick] (4.05, 1.4) circle[x radius=0.1, y radius=0.16] node[above right] {D} node[above left] {$\stackrel{v_0}{\leftarrow}$};
\draw (3.8, 0) node[below right] {E} |- (4, 0.2);
\draw (10, 4) -- (0, 0) node[below] {A} node[above] {$\stackrel{V}{\leftarrow}$};
\draw[dashed] (0, 0) to[bend left] node[below] {$(Vt-v_0t)$} (4, 0);
\draw[dashed] (4, 0) to[bend left] node[below] {$v_0t$} (10, 0);
\draw[dashed] (0, 0) to[bend right] node[above] {$Vt$} (10, 0);
\end{tikzpicture}
\end{center}

図は、高さ$H_0$の街灯の下を身長$h$の人が通過するときの様子です。この人は街灯の真下から、時間$t$だけかかって図の位置に来たものとします。また、人が進む速度を$v_0$とし、そのときに影の先端が進む速度を$V$で表すものとします。そして、いま知りたいのは$V$の速度です。

図に示したように$\textrm{EC} = v_0t$です。それは、人が速さ$v_0$で$t$の時間進んだからです。$(道のり) = (速さ)\times(時間)$はおなじみでしょう。同様に影が進んだ距離ACは$\textrm{AC} = Vt$です。その結果、$\textrm{AE} = (Vt-v_0t)$となるわけです。

さて、ここで相似比の関係を使います。$\triangle$ABCと$\triangle$ADEは相似ですから
\[
Vt : H_0 = (Vt-v_0t) : h
\]
より
\[
Vth = H_0(Vt-v_0t)
\]
になります。よって
\begin{eqnarray}
Vth & = & H_0Vt - H_0v_0t \nonumber \\
H_0Vt - Vth & = & H_0v_0t \nonumber \\
V(H_0-h)t & = & H_0v_0t \nonumber \\
V & = & \frac{H_0}{H_0-h}v_0 \label{shadowV}
\end{eqnarray}
であることがわかります。(\ref{shadowV})の形から影の速度$V$は、人の速度$v_0$の$\displaystyle \frac{H_0}{H_0-h}$倍であることが見てとれます。$H_0 > H_0-h$なので分母は分子より確実に小さいので、影の方が人よりさっさと進んでしまうのです。

別の面から(\ref{shadowV})を見ることにします。街灯の高さである$H_0$は常に一定としておきましょう。このとき$h \to 0$としたらどうなるでしょうか。この場合は、たとえば街灯の下を通過する蟻やもっと小さい生物を考えるとよいでしょう。$h \to 0$の極限値は$V = v_0$ですから、影は人なつこい影になります。つまり、常に同じ大きさで生物と一緒に移動するわけです。そしてこの状況は、私たちと太陽の関係と同じです。実際に太陽光は平行光ではなく、街灯と同じ放射光です。ですが、太陽までの距離があまりにも大きいので、太陽光でできる影は一定の大きさなのです。

逆に$h \to H_0$のときの極限はどうでしょうか。この場合は、人の身長が街灯の高さに等しい状況を意味します。人の身長が街灯の高さに等しければ、街灯からの光は地面に到達しないことになります。これを(\ref{shadowV})で見ると、$V \to \infty$ということです。つまり影の速さは無限大、言いかえれば影は光速以上の速度で、私たちから遠ざかっていることになります。そう考えると(\ref{shadowV})は、何だか相対性理論のような雰囲気を持つ式に見えませんか?

\end{document}