% 数直線ほど不可解な線はない

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\def\baselinestretch{1.33}

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\begin{document}

\section*{◆数直線ほど不可解な線はない◆}

私たちは数学の学習に際して、数直線を使うことがあります。ある数を示すために黒丸を用いたり、逆にある点が含まれないことを白丸で表したり、また、ある範囲を示す場合には区間を太線で示したりします。ごく常識的なことに思えますが、よく考えてみると不可解なこともあるのです。

数直線にはすべての実数がのっています。当然じゃないかと思うでしょうが、実はこれが意外に不可解なんです。たとえば、$1$はここであるとか$\sqrt{2}$はここであるなど、実数の位置を特定することは容易にできます。特定するとはつまり、その数を点によって指すことができるということです。数直線上の$1$を特定するには、原点$0$を指定し、$0$から右に$1$だけ離れた位置に点を置きます。

\vspace{10pt}
\begin{center}
\begin{tikzpicture}
\draw (-5, 0) -- (5, 0);
\draw (0, 0.1) -- (0, -0.1) node[below] {$0$};
\fill (1, 0) circle (1.5pt) node[below] {$1$} node[above] {$\downarrow$};
\end{tikzpicture}
\end{center}

図では、一本の線の上に黒々とした点が示されていますが、ユークリッド\footnote{またはエウクレイデス(300B.C.頃):古代ギリシアの数学者。}の原論によれば、直線とは「長さがあって幅がないもの」であり、点とは「位置があって大きさがないもの」であるとなっています。つまり、この考えを踏襲する限り、直線や点を紙に書いたりすることはできないことになります。実際、数がこの世のどこに存在しているかと聞かれたら、それは私たちの頭の中だけに存在するとしか答えようがありません。そう、数は``概念''なのです。

だから、ここに描いた図は数の正しい姿ではなく、私たちの頭の中にある概念を具象化したものに過ぎません。数の正しい姿は頭の中にのみ存在するものなのです。私たちは日常的に様々な数を扱っているので、数を身近に感じているはずです。だからこそ数が身の回りに溢れて、どこにでも存在しているような錯覚を覚えるのでしょうが、数は世の中に存在していません。私たちの頭の中にある数の概念が、世の中に投影されているのです。数直線は投影された具体物の一つであり、また、私たちが使っている数字もそうなのです。そのことを見ていきましょう。

まず先ほどの図は直線に$0$と$1$を特定しただけですが、これでもう立派な数直線になっていることを指摘しておきます。なぜなら、$0$と$1$以外の\textbf{整数}目盛は、$0$と$1$の間の長さを左右にどこまでもコピーして作ればよいからです。

\vspace{10pt}
\begin{center}
\begin{tikzpicture}
\draw (-5, 0) -- (5, 0);
\foreach \x in {-4, -3, ..., 4} \draw (\x, 0.1) -- (\x, -0.1) node[below] {$\x$};
\draw (-5, -0.2) node[below] {$\dots$}; \draw (5, -0.2) node[below] {$\dots$};
\end{tikzpicture}
\end{center}

このことから、整数が数直線のどこにあるかを点で示すことができます。

\vspace{10pt}
\begin{center}
\begin{tikzpicture}
\draw (-5, 0) -- (5, 0);
\foreach \x in {-4, -3, ..., 4} \fill (\x, 0) circle (1.5pt) node[below] {$\x$};
\draw (-5, -0.1) node[below] {$\dots$}; \draw (5, -0.1) node[below] {$\dots$};
\end{tikzpicture}
\end{center}

数には、整数のほかにも分数や小数などがありますが、整数の比で表すことができる分数や小数は\textbf{有理数}と呼ばれています。有理数という呼び名はピンとこないので、私は``比数''とでも呼んだ方がよいと思うのですが、いずれにしろ有理数は数直線上に明確に表すことができます。まず、$1$の長さを$n$等分すれば$\dfrac{1}{n}$ごとの目盛ができます。それを$m$倍して$\dfrac{m}{n}$の目盛も作れます。これを整数と整数の間に置くことで、$a+\dfrac{m}{n}$なる有理数を示すことができるようになります。当然、点で特定することもできます。

\begin{center}
\begin{tikzpicture}
\draw (-1, 0) -- (9, 0);
\foreach \x in {0, 1, 2, 3, 5, 6, 7, 8} \draw (\x, 0.1) -- (\x, -0.1);
\draw (0, 0.01) -- (0, -0.01) node[below] {$a$};
\draw[dashed] (0, 0) to[bend left] node[above] {$\frac{1}{n}$} (1, 0);
\foreach \x in {1, 2, 5, 6, 7} \draw[dashed] (\x, 0) to[bend left] (\x+1, 0);
\draw (4, 0.2) node[above] {$\dots$};
\draw (6, 0.01) -- (6, -0.01) node[below] {$a+\frac{m}{n}$};
\draw (8, 0.01) -- (8, -0.01) node[below] {$a+1$};
\end{tikzpicture}
\end{center}

これで、どんな有理数でも数直線上の点で示せることが分かりました。このことを言葉で表現するならば
\begin{center}
有理数は数直線上において、『この点』であると示すことができる
\end{center}
とでもなるでしょうか。

ところで、目盛はどこまでも細かく刻むことができるどころか、目盛と目盛の間に隙間を見つけることができないのです。なぜなら、$1$の目盛を$n$等分した場合、その$m$倍と$(m+1)$倍の目盛は隣りどうしですが、これらの間もまた等分することができるからです。つまり、どこまでいっても隙間を埋める目盛が振られることになります。目盛が有理数を表すことを思い出せば、数直線上には有理数を示す点が隙間なく並んでいることになるはずです。有理数と有理数の間が、さらなる有理数で隙間なく埋まった様子を想像してみてください。このような状態は\textbf{稠密(ちゅうみつ)}と呼ばれます。しかし、数直線には有理数では埋めきれない隙間が存在するのです。たったいま、有理数は隙間なく並んでいると言ったのにね。

たとえば$\sqrt{2}$はどこにあるでしょうか。$\sqrt{2}$は$1.41421356\dots$と、小数点以下に不規則な数が無限に並びます。つまり、有理数ではない---すなわち\textbf{無理数}である---ので$n$等分の$m$倍という考えでは$\sqrt{2}$を決められません。稠密な状態の数直線には、$\sqrt{2}$の目盛がないのです。

しかし、$\sqrt{2}$は一辺が$1$の正方形の対角線の長さですから、数直線上に正方形を描き、対角線を回転させて対角線の端点を数直線上に重ねれば$\sqrt{2}$の点を示すことができます。

\vspace{10pt}
\begin{center}
\begin{tikzpicture}[scale=1.5]
\draw (-2, 0) -- (4, 0);
\foreach \x in {-1, 0, ..., 3} \draw (\x, 0.05) -- (\x, -0.05) node[below] {$\x$};
\draw (0, 0) rectangle (1, 1);
\draw[thick] (0, 0) -- (1, 1);
\fill (1, 1) circle (1pt);
\draw[->, shift={(1, 1)}] (0, 0) arc[x radius=sqrt(2), y radius=sqrt(2), start angle=45, end angle=0];
\fill ({sqrt(2)}, 0) circle (1pt) node[below] {$\sqrt{2}$};
\end{tikzpicture}
\end{center}

同じことを縦$1$、横$k$の長方形ですると、対角線の長さは$\sqrt{1+k^2}$となって、数直線上に$\sqrt{1+k^2}$の点を示せます。具体的に、$k = 1$, $2$, $3$, $4$, $\dots$とすると、$\sqrt{2}$, $\sqrt{5}$, $\sqrt{10}$, $\sqrt{17}$, $\dots$という無理数が作れます。あれ?$\sqrt{3}$は?という心配は無用です。たったいま示された$\sqrt{2}$を横の長さにした、高さ$1$の長方形を数直線の上に作図すると、対角線の長さは$\sqrt{3}$ですから、その端点を数直線上に重ねれば$\sqrt{3}$の点を打てます。さらに、$\sqrt{3}$を横の長さにして、高さ$1$の長方形を数直線の上に作図すると、対角線の長さは$\sqrt{4}$です。これを続ければ、$\sqrt{k}$の長さをもとに$\sqrt{k+1}$を作れます。

これで、稠密な状態の数直線の隙間に無理数が入り込みました。なんだか不可解なことが起こっているようです。何しろ、ありそうにない隙間に別の数が押し込まれるのですから。

で、隙間が埋まったかといえば、残念なことに埋まっていません。無理数は$\sqrt{k}$というタイプに限らないからです。$\sqrt{k}$のような無理数は\textbf{代数的無理数}と呼ばれ、方程式
\[
a_0x^n+a_1x^{n-1}+a_2x^{n-2}+\dots+a_{n-1}x+a_n = 0
\]
の解になり得る数で、作図により作ることができることが知られています。要するに代数的無理数は、$\sqrt{k}$ほど簡単ではないものの、作図された図形のどこかの線分を数直線上に持ってくることができるのです。

しかし、たとえば円周率である$\pi$は無理数に違いないのですが、代数的ではありません。代数的でない無理数は\textbf{超越数}といいます。そのため、作図によって数直線上に持ってくることができません。え? $\pi$って半径$1$の円の半周分の長さだから、作図できるんじゃないの?と考えてはいけません。ここで言う作図とは、直線を引くための(目盛のない)定木とコンパスだけを使って、ある長さの線分を描くことを指します。たしかに半円周で長さ$\pi$を描けるのですが、それは線分ではないし、作図によって弧を線分に延ばすこともできません。

それでは、$\pi = 3.14159265\dots$は数直線のどこにあるのでしょうか。それは、次のように考えます。$3.14159265\dots$は$3.1$, $3.14$, $3.141$, $3.1415$, $\ldots$というように、数直線の目盛を一歩一歩たどっていき、その行き着く先の数であるとするのです。

\newcommand\SqueezeLine[6]{
\draw (-5, 0) node[below] {\scriptsize [目盛の幅は$#1$]} -- (15, 0);
\foreach \x in {0, 1, ..., 10} \draw (\x, 0.1) -- (\x, -0.1);
\draw (0, 0) node[below] {$#2$};
\draw (-3, 0) node {\large (}; \draw (13, 0) node {\large )};
\fill (#4, 0) circle (2pt) node[below] {\tiny $#2#3#4$}; \draw (#4+1, 0) node[below] {\tiny $#2#3#5$};
\draw (#4-0.5, 0) node {(}; \draw (#4+1.5, 0) node {)};
\draw[dashed] (#4-0.5, 0) -- (-3, -2); \draw[dashed] (#4+1.5, 0) -- (13, -2);
\draw (10, 0) node[below] {$#6$};
}
%<>br /\vspace{10pt}
\begin{center}
\begin{tikzpicture}[scale=0.7]
\SqueezeLine{0.1}{3}{.}{1}{2}{4} \end{tikzpicture}
%
\begin{tikzpicture}[scale=0.7]
\SqueezeLine{0.01}{3.1}{}{4}{5}{3.2} \end{tikzpicture}
%
\begin{tikzpicture}[scale=0.7]
\SqueezeLine{0.001}{3.14}{}{1}{2}{3.15} \end{tikzpicture}
%
\begin{tikzpicture}[scale=0.7]
\SqueezeLine{0.0001}{3.141}{}{5}{6}{3.142} \end{tikzpicture}
\end{center}

さて、このようにして数直線上の目盛をたどっていっても、$\pi$の値は終わることがないのですから、いつまでたっても『ここが$\pi$』という場所に到達しないはずです。これでは数直線上の点を特定することができません。しかし、この考え方から分かるように、$\pi$は$3.1$と$3.2$の間、$3.14$と$3.15$の間、$3.141$と$3.1412$の間、$3.1415$と$3.1416$の間、$\dots$というように幅がどんどん絞られていきます。それも、急速に絞られていきます。このことから、無限の先では幅が絞りきられている---すなわち幅が$0$になっている---と考えられます。なぜなら、もし無限の先でも幅が絞りきられていなければ、点は数直線の同じ目盛の上にちょうどあることになって、$\pi$が無限に続く無理数でなくなってしまうからです。数が概念であると言ったのは、このような背景があるからです。

したがって、無限の先の幅が絞りきられた場所が$\pi$の位置であると言えるでしょう。位置が特定できればそこに点を打てばよいので、その点こそ$\pi$であると言えます。このことを言葉で表現するならば
\begin{center}
超越数は数直線上において、『この場所』であると示すことができる
\end{center}
とでもなるでしょうか。そしてこの場所に点を置けば、その点が超越数を示すわけです。

ついでに言うと、有理数と代数的無理数で埋めきることができなかった隙間に超越数を入れることで、数直線にはまったく隙間がなくなります。この状態は\textbf{連続}と呼ばれ、もうどこにも隙間など見つけることができないのです。代数的無理数で埋められない隙間が、超越数でなら埋めることができるのは不可解なものです。

\end{document}