% 進んでも進んでも追いつけない

\documentclass[dvipdfmx]{jsarticle}
\pagestyle{myheadings}
\markright{tmt's math page}
\def\baselinestretch{1.33}

\usepackage{amsmath, amssymb}
\usepackage{tikz}

\begin{document}

\section*{◆進んでも進んでも追いつけない◆}

(「数学的帰納法とアキレスと亀と」からの続き)

数学的帰納法は本当に信用ならない論法なのでしょうか。『アキレスと亀』の話が割り込んでくるとそんな気になってしまいます。それでは話をややこしくしているアキレスと亀の話がまったく正しいことから説明していきましょう。

アキレスが亀の後ろから競走を始めるとして、この$2$者にもう少し具体的な数値を与えて考えることにします。まず、アキレスは亀の$100$\,m後ろからスタートします。アキレスは$1$分で$100$\,mを走り、亀は$1$分で$50$\,mを走るものとします(現実的ではありませんが今後の計算をしやすくするためです)。

\newcommand\Posisions[3]{
\draw (-1, 0) -- (12, 0);
%
\fill (#1, 0.1) circle (0.1) node[above] {\scriptsize アキレス$^{100\,\textrm{m}/分}$};
\draw (#1, -0.1) -- (#1, -0.5);
\draw[->, thick] (#1, 0.1) -- (#1+1, 0.1);
%
\draw (#2, 0.1) circle (0.1) node[above] {\scriptsize 亀$^{50\,\textrm{m}/分}$};
\draw (#2, -0.1) -- (#2, -0.5);
\draw[->, thick] (#2, 0.1) -- (#2+0.5, 0.1);
%
\draw[<->] (#1, -0.3) -- node[below] {\scriptsize $#3$\,m} (#2, -0.3);
}
%
\vspace{10pt}
\begin{center}
\begin{tikzpicture}
\Posisions{0}{6}{100} \end{tikzpicture}
\end{center}

では、少し計算をしてみましょう。まずアキレスは亀まで$100$\,mあるので、少なくとも$1$分間走らなければ亀の位置にたどりつけません。しかしこの$1$分の間に亀は$50$\,m先に進んでいるはずです。それでも$1$分後には、アキレスと亀の間の距離は$50$\,mに縮まることになります。

\vspace{10pt}
\begin{center}
\begin{tikzpicture}
\Posisions{6}{9}{50} \end{tikzpicture}
\end{center}

続いてアキレスは残った$50$\,mを走らなければ亀の位置にいけません。アキレスはこの$50$\,mを$\dfrac{1}{2}$分で走ることができます。と同時に亀はこの$\dfrac{1}{2}$分の時間で$25$\,m進めます。この結果$\left(1+\dfrac{1}{2}\right)$分の時間をかけて、アキレスは亀との距離を$25$\,mまで縮めました。

\vspace{10pt}
\begin{center}
\begin{tikzpicture}
\Posisions{9}{10.5}{25} \end{tikzpicture}
\end{center}

さらにアキレスは残った$25$\,mを埋めるために走ります。$25$\,mの距離をアキレスは$\dfrac{1}{4}$分で走ることができます。と同時に亀はこの$\dfrac{1}{4}$分の時間で$12.5$\,m進めます。この時点でアキレスは亀まで$12.5$\,mまで接近しました。これまでにかかった時間は$\left(1+\dfrac{1}{2}+\dfrac{1}{4}\right)$分です。

このペースで考えれば、次は$\dfrac{1}{8}$分の時間をかけてアキレスは亀との距離を$6.25$\,mに縮めます。しかしこれではいつまでたってもアキレスは亀に追いつけないことを確認できるだけです。この論理が正しいとは言えません。でもちょっと待ってください。このペースで考えれば、アキレスは亀に追いつけないものの徐々に亀との距離を縮めています。アキレスはそのためにどれだけの時間をかけているのでしょうか。

この話でアキレスが走らなければならない時間は
\begin{equation}
1+\frac{1}{2}+\frac{1}{4}+\frac{1}{8}+\frac{1}{16}+\dotsb \quad(分)\label{achillesTime}
\end{equation}
です。結論から言いましょう。この合計時間は$2$分です。無限に足し算をしているにも関わらず合計がちょうど$2$分になる。少し変な感じですがこの説明は後でしましょう。

つまりアキレスと亀の話は、競走を始めてから$2$分間の時間でなされることを言っていたわけです。現実の問題ではアキレスは$2$分後に亀に追いついて、そして何ごともなかったように追い抜いていきます。$2$分経過する前はアキレスはまだ亀の後方にいますから、その範囲において追いつけないのは当然なのです。したがって$2$分間の論理としてアキレスと亀の話はまったく正しいのです。

では(\ref{achillesTime})は本当に$2$になるのでしょうか。

\begin{center}
\begin{tikzpicture}[scale=6]
\draw[thick] (0, 0) rectangle (1, 1);
\draw[<->] (0, 1.1) -- node[above] {$1$} (1, 1.1);
\draw[<->] (1.1, 0) -- node[right] {$1$} (1.1, 1);
\foreach \x in {1/2, 1/4, 1/8, 1/16} \draw (\x, \x) -- (\x, 0);
\foreach \y in {1/2, 1/4, 1/8 ,1/16} \draw (0, \y) -- (\y*2, \y);
\draw (1/2, 1/2+1/4) node {a}; \draw (1/4, 1/4+1/8) node {c}; \draw (1/8, 1/8+1/16) node {e}; \draw (1/16, 1/16+1/32) node {g};
\draw (1/2+1/4, 1/4) node {b}; \draw (1/4+1/8, 1/8) node {d}; \draw (1/8+1/16, 1/16) node {f}; \draw (1/16+1/32, 1/32) node {h}; \draw (1/32, 1/32) node {$\dots$};
\end{tikzpicture}
\end{center}

それを確認するのに、一辺の長さが$1$である正方形をタイルで埋めていく状況を頭に描いてください。正方形の面積は$1$です。まず正方形を半分に切ったタイルを(a)の位置に埋めます。続いて残った部分を半分に切ったタイルを(b)の位置に埋めます。さらに残った部分を半分に切ったタイルを(c)の部分に埋めます。この調子で(d), (e), (f), $\dots$と次々にタイルを埋め込んでいくと、もとの正方形の左下隅に残る空白を、徐々にしかも確実に埋めていきます。この埋め方をすればタイルが元の正方形からはみ出ることはありません。すなわちもとの正方形をタイルで埋め尽くしたところで、使うタイルの面積は合計で$1$です。これは
\[
\frac{1}{2}+\frac{1}{4}+\frac{1}{8}+\frac{1}{16}+\dotsb = 1
\]
を表しますから、(\ref{achillesTime})の合計は確かに$2$(分)です。どうですか。アキレスと亀の話がわずか$2$分間の話であることを理解してもらえたでしょうか。

すると数学的帰納法とアキレスと亀の話はちょっと状況が違うことが見えてきます。アキレスと亀の話では始めから$2$分間の話をしていたわけで、ここまでなら論理と現実は一致しています。しかし現実は$2$分を超えたところにも存在するわけで、その部分にまでアキレスと亀の話を当てはめてしまったことが混乱を招きました。

それに対して数学的帰納法はドミノ倒しの例を示したように、論理自体が無限の彼方まで続けられるものです。現実には無限の数のドミノを用意することはできませんが、私たちの思考の中に無限のドミノの列は存在しています。無限に続く列に無限の彼方まで続く論理を用意していることが数学的帰納法の特徴です。無限に続く時間に有限の論理を適用したアキレスと亀の論理とは一線を画しています。

\end{document}