% 等式の証明は何でもありと紙一重

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\begin{document}

\section*{◆等式の証明は何でもありと紙一重◆}

物事が正しいことを示すのは、どんなときでも難しいものです。それは数学の証明にも当てはまることで、$100$\%正しい理屈だけを積み上げて示さなくてはならないからです。この\textbf{正しい理屈}というのが曲者で、本当は正しくないのに正しいと思える理屈は結構あります。たまにあることですが、未解決の問題が証明されたとの発表があった後で、証明に不備が見つかる場合などがそうです。普通は一人が証明できたと言っても、必ず複数の人が証明の可否を確認するものです。そのような査読を経て論文になったにも関わらず、結局証明の不備が見つかるというのは、皆が正しくない理屈を正しいと誤認したからでしょう。

ここでは、そんな高級な話はできませんが、証明に不慣れな中学生などによく見られる典型的な例を取り上げましょう。
\begin{quote}
\textbf{[問い]} $a+b = 1$のとき、$a^2-2ab+b^2 = 1-4ab$を証明せよ。

\textbf{[証明?]} $a+b = 1$だから$b = -a+1$を代入して、\par
$\begin{array}{rcl}
a^2-2a(-a+1)+(-a+1)^2 & = & 1-4a(-a+1) \\
a^2+2a^2-2a+a^2-2a+1 & = & 1+4a^2-4a \\
4a^2-4a+1 & = & 4a^2-4a+1~(証明終り)
\end{array}$
\end{quote}

たしかに両辺とも同じ式になっているので、もとの等式も等しかったのでしょう。実際、もとの等式は正しいのですが、これでは証明になっていません。おそらく証明に不慣れな人なら、最初から最後まで等しいことが示されているのに、一体どこが間違っているか分からないでしょう。

ある程度証明に慣れた人なら、これが証明になっていない理由として最初から等式の形で書いていることを指摘するでしょう。それは正しい認識ですが、最初から等式で書くことは「書き方」の問題であって、こういう書き方があってもいいじゃないか、と鷹揚に構えれば等式が正しいことは示せているのです。要するに、等式は正しいが説得力に欠けるわけです。

正しい等式を正しいと言えても、説得力に欠けるのはどうしてでしょうか。説得力がない根本的理由は、
\begin{center}
\bfseries 「等式の両辺に同じこと(たとえば同じ値を足す・掛けるなど)をしても等式は正しい」ことが原因(※)
\end{center}
なのです。言ってることが変じゃないかって? (※)が成り立たなければ証明も何もあったもんじゃないと思いますよね。その訳を説明しましょう。

まず(※)が意味することが明確に分かるように、$10-5 = 20+5$を証明してみましょう。等式は最初から最後まで、等式の両辺に同じことをしていることを確認してください。
\begin{quote}
$\begin{array}{rcll}
10-5 & = & 20+5 \\
10-5+\underline{(-10)} & = & 20+5+\underline{(-10)} &(両辺に\underline{-10}を加えます)\\
-5 & = & 20+5-10 &(左辺は10と\underline{-10}で0になりました)\\
-5+\underline{(-20)} & = & 20+5-10+\underline{(-20)} &(両辺に\underline{-20}を加えます)\\
-5-20 & = & 5-10 &(右辺は20と\underline{-20}で0になりました)\\
-5-20+\underline{5} & = & 5-10+\underline{5} &(両辺に\underline{5}を加えます)\\
-20 & = & 5-10+5 &(左辺は-5と\underline{5}で0になりました)\\
-20\times\underline{(-1)} & = & (5-10+5)\times\underline{(-1)} &(両辺に\underline{(-1)}を掛けました)\\
20 & = & -5+10-5 &(右辺の-5を左辺に移項します)\\
20+5 & = & 10-5 &(20+5は10-5に等しい!)
\end{array}$
\end{quote}

でも、明らかに$20+5 = 10-5$ではありません。さて、(※)が意味することが分かったでしょうか。

等式の両辺に同じことをして保証されることは、ある時点の等式とその一つ前の等式が同等である、ということなのです。つまり、いま示した偽証明は最初から最後までが同等な等式、すなわち正しくないことが最初から最後まで貫かれた等式なのです。要するに、1行目から最後まで$100$\%正しいことをしたけれど、肝心の$1$行目が嘘なのですから、最後の結論も嘘であることを証明したのです。

したがって、$a^2-2ab+b^2 = 1-4ab$を証明する際に与えられた等式を土台に計算した場合、もし$a^2-2ab+b^2 = 1-4ab$が正しい式でなかったとき得られる結論は、正しくない等式$a^2-2ab+b^2 = 1-4ab$なのです。先の問いに対する偽証明がもっともらしく見えるのは、たまたま最初の等式が正しかったからです。

では、どうすれば$a+b = 1$のときの等式$a^2-2ab+b^2 = 1-4ab$は正しく、$10-5 = 20+5$は正しくないことを示せるのでしょうか。それは、左辺は左辺だけで計算し、右辺は右辺だけで計算することです。
\begin{quote}
\textbf{[証明!]} $a+b = 1$だから$b = -a+1$を左辺に代入して整理すると、\par
$\begin{array}{rcl}
左辺 & = & a^2-2a(-a+1)+(-a+1)^2 \\
& = & a^2+2a^2-2a+a^2-2a+1 \\
& = & 4a^2-4a+1~.
\end{array}$

また、$b = -a+1$を右辺に代入して整理すると、\par
$\begin{array}{rcl}
右辺 & = & 1-4a(-a+1) \\
& = & 4a^2-4a+1~.
\end{array}$

左辺と右辺が同じ式になったので、もとの等式は正しい。(証明終り)
\end{quote}

$10-5 = 20+5$にも同様なことをしましょう。\par
\begin{quote}
\textbf{[両辺が等しくないことの証明!]}\par
$\begin{array}{rcl}
左辺 & = & 10-5 \\
& = & 5~.
\end{array}$

$\begin{array}{rcl}
右辺 & = & 20+5 \\
& = & 25~.
\end{array}$

左辺と右辺は異なる値なので、もとの等式は正しくない。(証明終り)
\end{quote}

どうですか。こうすれば一目瞭然ですね。

等式が正しいことを証明する場合、証明すべきことがはじめに見えていたとしても、一旦そのことを忘れて取り組まなければなりません。それは、たとえばトンネルを掘るとき、たとえ設計図であちらからこちらに穴が貫通していることが分かっていても、実際に掘ってみないことには正しいトンネルができるかどうか定かではないからです。

トンネルの掘り方はいろいろあるでしょうが、両側から掘り始めて真ん中で穴がつながれば成功、という方法を考えてみましょう。

\newcommand\MountHoles{
\draw[very thick] (0, 0) .. controls (4, 5) and (6, 5) .. (10, 0);
\draw (2, 1) circle[x radius=0.3, y radius=0.3] node[below left] {A};
\draw (2, 1.3) -- (3.5, 1.3);
\draw (2, 0.7) -- (3.5, 0.7);
\draw (8, 1) circle[x radius=0.3, y radius=0.3] node[below right] {B};
}
%
\begin{center}
\begin{tikzpicture}[x=0.85cm, y=0.75cm]
\MountHoles \draw (8, 1.3) -- (6.5, 1.3);
\draw (8, 0.7) -- (6.5, 0.7);
\foreach \x in {3, 4} \draw (\x, 1) node {$\rightarrow$};
\draw (5, 1) node {$\dots$};
\foreach \x in {6, 7} \draw (\x, 1) node {$\leftarrow$};
\end{tikzpicture}
\end{center}

左側のA地点から掘り始めた人は先が見えないけれど、とりあえず用意した計画に従ってどんどん先へ掘り進めます。右側のB地点から掘り始めた人も同じです。でも、それらがあるところで一致して共通の貫通穴にたどり着いたら、二人が掘ってきた道は正しかったことになります。これが先に示した[証明!]でとった方法です。

\begin{center}
\begin{tikzpicture}[x=0.85cm, y=0.75cm]
\MountHoles \draw[very thick] (2.5, 1.5) circle[x radius=0.3, y radius=0.3] node[above left] {A$'$};
\draw[very thick] (2.5, 1.8) -- (8, 1.3);
\draw[very thick] (2.5, 1.2) -- (8, 0.7);
\draw[very thick] (8, 1) circle[x radius=0.3, y radius=0.3];
\end{tikzpicture}
\end{center}

では、はじめからトンネルができていたらどうでしょうか。この場合はトンネルを掘る必要はないのですが、左側にいる人はトンネルがどこにつながっているか確かめるため、どんどん先へ歩いていく必要があります。右側にいる人も同じです。そして二人はトンネルの中程で出会うことになるのですが、では、これは計画通りの正しいトンネルと言えるのでしょうか。

そうではないでしょう。もし二人がA$'$とBを結ぶトンネルを歩いていたら計画とは違います。トンネルとしては正しく堀ったものかもしれませんが、本当に正しい場所をつなぐトンネルかどうかは歩いている人には分からないのです。これが[証明?]でとった方法です。

このことが、まさに等式から始めた証明が何となく正しく見える理由です。なぜなら等式としては正しいからです。言葉遣いの問題に見えるかもしれませんが、$a^2-2ab+b^2 = 1-4ab$も$10-5 = 20+5$も\textbf{等式としては正しい}のですよ。だって、等号 ``$=$'' で結ばれた式だから。でも、$a^2-2ab+b^2 = 1-4ab$は\textbf{正しい等式}であっても、$10-5 = 20+5$は\textbf{正しい等式ではありません}。等式であることと、等式が正しいことは別次元の問題ですから。

途中でも言いましたが、正しくない等式の証明を書いたら、それは「等式が正しくない」ことを証明したのであって、「等式ではない」ことを示したのではありません。等式は常に``等式''なのです。このような紙一重の違いが証明から人びとを遠ざけるのかもしれません。

\end{document}