% 存在感ありありの虚数

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\def\baselinestretch{1.33}

\usepackage{tikz}

\begin{document}

\section*{◆存在感ありありの虚数◆}

(「第$3$の符号」からの続き)

虚数に関する多くの疑問を解決しましょう。ここでは
\begin{itemize}
\item 虚数と実数はどんな関わり方をしているのか
\item なぜ$(負)\times(負) = (正)$が正しい選択だったのか
\item$(?)\times(?) = i$となる第$4$の符号は何か
\end{itemize}
を中心に話を進めていきます。

正の数だけを扱うとき、私たちは数の背後に「量」を意識しています。$25$\,m、$300$\,g、$75$点、$90$\textdegree、$\dots$。これらの数は量を表わしているので、増える・減るを実感できると思います。そして、限界を超えて減量したときに負の数が必要になりました。ところで正の数や負の数は、増減よりも「方向性」がぴったりくる数です。数直線はまさにそのことを実感させてくれるます。

$+3$といえば「右方向」へ$3$単位分を表わし、$-5$といえば「左方向」へ$5$単位分を表わします。ここで重要なことは、左方向へ$5$単位分といったら、どの位置から$5$単位分を数えてもかまわないことです。だから$0$から始まる$-5$も、$-7$から始まる$-5$も同じことを意味します。

しかし、計算をする場合にはきちんとした約束があります。$(+3)+(-5)$のように足し算をする場合には、直前にたどり着いたところから数え始めるのです。その結果、$(+3)+(-5)$の計算は「矢線」を継ぎ足す感覚で、数直線上に図示できるのです。そして$(+3)+(-5)$の答$-2$は、原点$0$から$-2$までの矢線で示されます。

\vspace{10pt}
\begin{center}
\begin{tikzpicture}[scale=0.9]
\draw (-7, 0) -- (7, 0);
\foreach \x in {-5, -4, ..., 5} \draw (\x, 0.07) -- (\x, -0.07) node[below] {$\x$};
\foreach \x in {-6, 6} \draw (\x, 0.07) -- (\x, -0.07) node[below] {$\dots$};
\fill (0, 0) circle (1.5pt); \draw[dashed] (0, 0) -- (0, 0.6);
\fill (0, 0.6) circle (1.5pt); \draw[->] (0, 0.6) -- (3, 0.6); \draw[dashed] (3, 0.6) -- (3, 0.3); \draw[->] (3, 0.3) -- (-2, 0.3) node[above] {\footnotesize$(-3)+(+5)$};
\draw[thick, ->] (0, 0) -- (-2, 0); \fill (-2, 0) circle (1.5pt);
\end{tikzpicture}
\end{center}

ガウスはこの感覚を虚数の世界に持ち込みました。たとえば$3+2i$を考えます。これは実数$3$に虚数$2i$を足した数です。『第$3$の符号』での話と上記の感覚を合わせて考えると、$3+2i$は実数方向への$3$単位分と虚数方向への$2$単位分を継ぎ足した数です。すると$3+2i$は斜めの矢線で表わされる数になります。

\begin{center}
\begin{tikzpicture}[scale=0.6]
\draw[->] (-5, 0) -- (5, 0) node[right] {$\Re$};
\foreach \x in {-4, -3, -2, -1} \draw (\x, 0.07) -- (\x, -0.07) node[below] {$\x$};
\foreach \x in {1, 2, 3, 4} \draw (\x, 0.07) -- (\x, -0.07) node[below] {$\x$};
\draw[->] (0, -1) -- (0, 4) node[above] {$\Im$};
\draw (0.07, 1) -- (-0.07, 1) node[left] {$i$};\foreach \y in {2, 3} \draw (0.07, \y) -- (-0.07, \y) node[left] {$\y$};
\node[below left] {$O$};
\draw[thick, ->] (0, 0) -- (3 ,0); \draw[thick, ->] (3, 0) -- (3, 2);
\draw[ultra thick, ->] (0, 0) -- (3, 2) node[above left] {\fbox{\footnotesize$3+2i$}};
\end{tikzpicture}
\end{center}

実数と虚数はお互いの方向性を主張しながら、新しい数の生成に関与していることになります。日常の生活のなかでは実数方向の数だけを扱っていれば十分だったので、私たちは虚数方向の数に注意を向けることがありませんでした。しかし実際には虚数方向にも数は存在しているのです。これからは、$3+2i$のように\textbf{複}数方向への\textbf{素}地(実数方向と虚数方向の$2$直線)から作られる\textbf{数}($a+bi$:$a$, $b$は実数)を「\textbf{複素数}\footnote{英語で complex number。}」と呼ぶことにします。

複素数の足し算を考えましょう。
\[
(a+bi)+(c+di)
\]
は、$(a+bi)$に$(c+di)$を継ぎ足す計算です。図を参考にしながら調べると
\[
(a+bi)+(c+di) = (a+c)+(b+d)i
\]
であることが分かります。図には$c+di$が$2$ヶ所に描いてありますが、\fbox{$c+di$}が実在の数で、継ぎ足すために移動したのが$(c+di)$です。

\newcommand\AxisAndVecs{
\draw[->] (-5, 0) -- (5, 0) node[right] {$\Re$};
\foreach \x in {-4, -3, ..., 4} \draw (\x, 0.07) -- (\x, -0.07);
\draw[->] (0, -1) -- (0, 5) node[above] {$\Im$};
\foreach \y in {1, 2, 3, 4} \draw (0.07, \y) -- (-0.07, \y);
\node[below left] {$O$};
%
\draw[->] (0, 0) -- (-2, 1) node[above left] {\fbox{\footnotesize$c+di$}};
\draw[dashed] (-2, 0) node[below] {$c$} |- (0, 1) node[left] {$d$};
}
%
\begin{center}
\begin{tikzpicture}[scale=0.6]
\AxisAndVecs
\draw[->] (0, 0) -- node[below right] {\fbox{\footnotesize$a+bi$}} (3, 2);
\draw[dashed] (3, 0) node[below] {$a$} |- (0, 2) node[left] {$b$};
\draw[->] (3, 2) -- node[above right] {\footnotesize$(c+di)$} (1, 3);
\draw[dashed] (3, 0) node[below] {$a$} |- (0, 2) node[left] {$b$};
\draw[->, thick] (0, 0) -- (1, 3) node[above left] {\fbox{\footnotesize$(a+c)+(b+d)i$}};
\draw[dashed, thick] (1, 0) |- (0, 3);
\end{tikzpicture}
\end{center}

複素数の引き算である
\[
(a+bi)-(c+di)
\]
は、ちょっとだけ手間がかかります。この答を求めることは、$(c+di)+x$を計算したときに$(a+bi)$になる$x$を求めることと同じです。これも図を参考にしながら調べると
\begin{eqnarray*}
(a+bi)-(c+di) & = & (a+bi)+(-c-di) \\
& = & (a-c)+(b-d)i
\end{eqnarray*}
であることがわかります。図では\fbox{$c+di$}を継ぎ足すことを、$(-c-di)$を継ぎ足すことで実現しています。

\begin{center}
\begin{tikzpicture}[scale=0.6]
\AxisAndVecs
\draw[->, thick] (0, 0) -- node[right] {\fbox{\footnotesize$(a-c)+(b-d)i$}} (3, 2);
\draw[dashed] (3, 0) |- (0, 2);
\draw[->] (1, 3) -- node[above right] {\footnotesize$(-c-di)$} (3, 2);
\draw[dashed, thick] (3, 0) |- (0, 2);
\draw[->] (0, 0) -- (1, 3) node[above left] {\fbox{\footnotesize$a+bi$}};
\draw[dashed] (1, 0) node[below] {$a$} |- (0, 3) node[left] {$b$};
\end{tikzpicture}
\end{center}

では、掛け算についてはどう考えたらよいでしょうか。掛け算には複素数を継ぎ足す考えを使えないので、実数の世界で成り立つ四則法則を無条件にあてはめて考えます。$i\times i = -1$に注意しながら整理すると
\[
(a+bi)(c+di) = (ac-bd)+(ad+bc)i
\]
になります。式は新たな複素数ができたことを示しています。でも、これは一体何を表わすのでしょうか。それを調べるために、複素数を別の視点でながめてみます。

実は、複素数$a+bi$にはもう一つの顔があります。複素数は$a$, $b$の組を指定することで一意的に$a+bi$が決まりますが、$a$, $b$を指定するかわりに、原点からの距離$r$と$x$軸からの回転角$\theta$の組を指定すれば、$a = r\cos\theta$、$b = r\sin\theta$ですから一意的に複素数$r\cos\theta +r\sin\theta\cdot i = r(\cos\theta +i\sin\theta)$が決まります。

\begin{center}
\begin{tikzpicture}[scale=0.6]
\draw[->] (-5, 0) -- (5, 0) node[right] {$\Re$};
\foreach \x in {-4, -3, ..., 4} \draw (\x, 0.07) -- (\x, -0.07);
\draw[->] (0, -1) -- (0, 5) node[above] {$\Im$};
\foreach \y in {1, 2, 3, 4} \draw (0.07, \y) -- (-0.07, \y);
\node[below left] {$O$};
%
\draw[->, thick] (0, 0) -- node[above left] {$r$} (4, 3) node[above] {\footnotesize \fbox{$a+bi$}または\fbox{$r(\cos\theta+i\sin\theta)$}};
\draw (0.8, 0) arc[x radius=0.8, y radius=0.8, start angle=0, end angle=36.8] node[right] {$\theta$};
\draw[dashed, thick] (4, 0) node[below] {$a$} |- (0, 3) node[left] {$b$};
\draw[dashed] (0, 0) to[bend right] node[below] {$r\cos\theta$} (4, 0);
\draw[dashed] (4, 0) to[bend right] node[right] {$r\sin\theta$} (4, 3);
\end{tikzpicture}
\end{center}

そこで、二つの複素数$a+bi$,$c+di$をそれぞれ$r_1(\cos\theta_1+i\sin\theta_1)$,$r_2(\cos\theta_2+i\sin\theta_2)$とみなすと、複素数の積$(a+bi)(c+di)$は
\[
r_1(\cos\theta_1+i\sin\theta_1)\cdot r_2(\cos\theta_2+i\sin\theta_2)
\]
と見ることができます。ここでも四則法則をあてはめて、$i\times i = -1$に注意しながら整理すると
\[
\begin{array}{l}
r_1(\cos\theta_1+i\sin\theta_1)\cdot r_2(\cos\theta_2+i\sin\theta_2) \\
\qquad = r_1 r_2\{(\cos\theta_1\cos\theta_2-\sin\theta_1\sin\theta_2) + i(\cos\theta_1\sin\theta_2+\cos\theta_2\sin\theta_1)\}
\end{array}
\]
になります。ここで
\[
\cos\theta_1\cos\theta_2-\sin\theta_1\sin\theta_2
\]
は三角関数の加法定理より$\cos(\theta_1+\theta_2)$に、
\[
\cos\theta_1\sin\theta_2+\cos\theta_2\sin\theta_1
\]
も同様に$\sin(\theta_1+\theta_2)$になります\footnote{三角関数の加法定理:$\cos\alpha\cos\beta \mp \sin\alpha\sin\beta = \cos(\alpha \pm \beta)$, \quad$\sin\alpha\cos\beta \pm \cos\alpha\sin\beta = \sin(\alpha \pm \beta)$} 。このことから
\[
r_1(\cos\theta_1+i\sin\theta_1)\cdot r_2(\cos\theta_2+i\sin\theta_2) = r_1 r_2\{\cos(\theta_1+\theta_2)+i\sin(\theta_1+\theta_2)\}
\]
であると言えます。

この式の左辺は複素数の積ですが、右辺はただ一つの複素数を表わしています。さらに右辺を注意深く見れば、原点からの距離$r_1$, $r_2$が掛け算されているのに対し、回転角$\theta_1$, $\theta_2$は足し算されていることがわかります。これは、複素数の積が(原点からの距離の積と)回転角の和に等しいことを意味します。このことは私たちが数を構成するにあたってたいへん重要な意味をもっているのです。($\Rightarrow$続きは「数の真実の姿」にて。)

\end{document}