% 不自然な値の自然対数の底

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\section*{◆不自然な値の自然対数の底◆}

\subsection*{どこが自然?}

\textbf{自然対数の底(てい)}と呼ばれる定数があります。円周率$\pi$と肩を並べるぐらいに重要な定数とされています。その値は
\[
e = 2.718281828459045\dotsb
\]
です。代数的に表せない無理数(\textbf{超越数})なので、円周率にならって$e$を当てるのが通例になっています。

対数の底とは$\log_{10}x$の場合は$_{10}$を指します。対数はその性質から、底に任意の値---ただし$1$以外の正の値---を用いることができます。だから、$\log_{\frac{1}{2}}x$や$\log_\pi x$というのはアリです。それは、$\log_ax = y$が$a^y = x$と同値だからです。要するに定義です。$10$進数を基本とする私たちには、$\log_{10}x$を用いるのが効率的なので、これを\textbf{常用対数}と呼んで様々な分野で使っているのです。底に$10$を使うというのは$10^y = x$を考えることなので、理にかなっていると思われます。

しかし、底に$e$を使うということは$e^y = x$を考えることになります。$(2.718\dotsb)^y$を考えることの、どこが自然なんでしょう。それとも、円周率が円周と直径の自然な比であるように、何らかの自然な値なのでしょうか。それを調べることにします。

と言ってもこの話は、対数関数の微分を習うときに間違いなくやることなので、なぜ対数の底に$e$を用いるか疑問になるはずはないと思うのですが$\dots$。でも、授業では丁寧に扱っている時間もないので、知らないうちに$e$が登場していたかもしれないですね。

\subsection*{微分}

自然対数の底は、対数関数の微分に関連して登場します。そこで、対数関数$\log_ax$の微分から始めましょう。
\begin{eqnarray*}
(\log_ax)' & = & \lim_{h\to0}\frac{\log_a(x+h)-\log_ax}{h} \\
& = & \lim_{h\to0}\frac{1}{h}\log_a\left(\frac{x+h}{x}\right) \\
& = & \lim_{h\to0}\frac{1}{x}\cdot\frac{x}{h}\log_a\left(1+\frac{h}{x}\right) \\
& = & \frac{1}{x}\lim_{h\to0}\log_a\left(1+\frac{h}{x}\right)^\frac{x}{h}~.
\end{eqnarray*}

ここで$\dfrac{x}{h} = n$とおくと$h \to 0$のとき$n \to \infty$となるので
\[
(\log_ax)' = \frac{1}{x}\lim_{n\to\infty}\log_a\left(1+\frac{1}{n}\right)^n
\]
というところまで行きます。関数の微分は接線の傾きを意味します。関数$y = \log_ax$はどこにでも接線が引けるので、$\displaystyle \lim_{n\to\infty}\log_a\left(1+\frac{1}{n}\right)^n$が発散してしまうことはなさそうです。どの程度の値をとるのか、$n = 1$, $2$, $3$, $4$, $5$, $\dots$と代入してみると、$\log_a2$, $\log_a2.25$, $\log_a(2.37\dotsb)$, $\log_a(2.44\dotsb)$, $\log_a(2.48\dotsb)$, $\dots$となっていきます。たしかに徐々に大きくなるものの、急激に大きな値になりそうもありません。

\subsection*{二項展開}

まず、$\left(1+\dfrac{1}{n}\right)^n$が必ず増加するのか調べることにします。\textbf{二項定理}より
\begin{eqnarray*}
\left(1 + \frac{1}{n}\right)^n & = & 1 + \frac{n}{1!}\cdot\frac{1}{n} + \frac{n(n-1)}{2!}\left(\frac{1}{n}\right)^2 + \frac{n(n-1)(n-2)}{3!}\left(\frac{1}{n}\right)^3 + \dotsb \\
& & \hspace{20em}\dotsb + \frac{n(n-1)(n-2)\cdots1}{n!}\left(\frac{1}{n}\right)^n \\
& = & 1 + \frac{1}{1!} + \frac{1}{2!}\left(1-\frac{1}{n}\right) + \frac{1}{3!}\left(1-\frac{1}{n}\right)\left(1-\frac{2}{n}\right) + \dotsb \\
& & \hspace{20em}\dotsb + \frac{1}{n!}\left(1-\frac{1}{n}\right)\cdots\left(1-\frac{n-1}{n}\right) \quad(※)
\end{eqnarray*}
と展開できます。もう$1$項先の$\left(1 + \dfrac{1}{n+1}\right)^{n+1}$についても同様に
\begin{eqnarray*}
\left(1 + \frac{1}{n+1}\right)^{n+1} & = & 1 + \frac{n+1}{1!}\cdot\frac{1}{n+1} + \frac{(n+1)\{(n+1)-1\}}{2!}\left(\frac{1}{n+1}\right)^2 + \dotsb \\
& & \hspace{10em}\dotsb + \frac{(n+1)\{(n+1)-1\}\{(n+1)-2\}\cdots1}{(n+1)!}\left(\frac{1}{n+1}\right)^{n+1} \\
& = & 1 + \frac{1}{1!} + \frac{1}{2!}\left(1-\frac{1}{n+1}\right) + \frac{1}{3!}\left(1-\frac{1}{n+1}\right)\left(1-\frac{2}{n+1}\right) + \dotsb \\
& & \hspace{15em}\dotsb + \frac{1}{(n+1)!}\left(1-\frac{1}{n+1}\right)\cdots\left(1-\frac{n}{n+1}\right)
\end{eqnarray*}
と展開できます。

二つの展開式を比較すると、第$2$項までは同じで、第$3$項から先は$\dfrac{k}{n}$より$\dfrac{k}{n+1}$の方が小さいので、それらを$1$から引いて積をとれば、各項は後者の積の方が大きくなります。加えて後者の展開式は最後の$1$項が余分です。このことから、$\left(1+\dfrac{1}{n}\right)^n < \left(1+\dfrac{1}{n+1}\right)^{n+1}$であると言えます。

ただ、これだけだと際限なく大きくなる可能性は否定できません。\textbf{上限}---\textbf{上に有界}な値と言うのが適切ですが---を調べる必要があります。(※)において、たとえば$\dfrac{1}{2!}\left(1-\dfrac{1}{n}\right) < \dfrac{1}{2!}$ですから
\[
\left(1 + \frac{1}{n}\right)^n < 1 + \frac{1}{1!} + \frac{1}{2!} + \frac{1}{3!} + \dots + \frac{1}{n!}
\]
が言えます。また、第$4$項から先について、$\dfrac{1}{3!} = \dfrac{1}{3\cdot2\cdot1} < \dfrac{1}{2\cdot2\cdot1}$、$\dfrac{1}{4!} = \dfrac{1}{4\cdot3\cdot2\cdot1} < \dfrac{1}{2\cdot2\cdot2\cdot1}$などが言えるので
\[
\left(1 + \frac{1}{n}\right)^n < 1 + \frac{1}{1!} + \frac{1}{2!} + \frac{1}{3!} + \dots + \frac{1}{n!} < 1 + \frac{1}{1!} + \frac{1}{2!} + \frac{1}{2^2} + \dots + \frac{1}{2^{n-1}}
\]
とも言えます。右辺の第$2$項からの和は、初項$1$、公比$\dfrac{1}{2}$の等比数列なので、結局
\[
\left(1 + \frac{1}{n}\right)^n < 1 + \frac{1-\left(\frac{1}{2}\right)^n}{1-\frac{1}{2}} = 3 - \left(\frac{1}{2}\right)^{n-1} < 3
\]
になります。

面倒な計算を$2$通りしましたが、以上の考察から$\left(1 - \dfrac{1}{n}\right)^n < \left(1 - \dfrac{1}{n+1}\right)^{n+1}$であること、そして$\displaystyle \lim_{n\to\infty}\left(1-\frac{1}{n}\right)^n < 3$であることが判明しました。関数の計算を\textbf{数列}にすり替えたことは勘弁してもらうことにして、増加する数列が上限を持てば、その数列は\textbf{収束}します。厳密には証明すべきことですが、感覚で理解できることでしょう。さっき$n = 5$のときは約$2.48$であることは確認しているので、この数列は$2.5$から$3$の間の値に収束すると思われます。冒頭で正確な収束値を挙げていますが、実際はこの考察で正確な値は分かりません。しかし、``$3$強''と思しき円周率を$\pi$で表すように、``$3$弱''と思しきこの値を$e$で表すことに問題はありません。正確な値が分からなくても、ある値に収束することに一点の疑いもないのですから。

\subsection*{自然対数の底}

これでようやく$\log_ax$の微分を求めることができました。$(\log_ax)' = \dfrac{1}{x}\log_ae$です。私たちが対数関数を用いるときは、$a = 10$とすることが多いので、$(\log_{10}x)' = \dfrac{\log_{10}e}{x}$が公式として使えるでしょう。ただし、実際に実務で利用するには$\log_{10}e \approx 0.4343$も覚えておくべきですね。微分の利用価値が高いことを思えば、少々煩雑な公式であることは否めません。

対数の底には自由な数が使えたことを思い出しましょう。すると底に$e$を選んでもかまわないのです。そうすれば、$(\log_ex)' = \dfrac{\log_ee}{x} = \dfrac{1}{x}$になるので、非常に分かりやすくなります。そのような経緯で対数の底に$e$を選ぶことは``自然''な選択と言えます。でも、その意味で$e$が自然対数の底と呼ばれるのではありません。自然対数の底と呼ばれるのは、$e$が自然現象に頻繁に登場するからなのです。

\subsection*{微分方程式}

自然界には、生物の個体数の変化や物体の温度変化など、変化する速度が母体の大きさによって違ってくる例がたくさんあります。生物の場合、個体数が増えれば増えるほど、餌となる食物が減ることになるので、無制限に増え続けることはないでしょう。個体数に応じた、個体の増加速度というものがあるはずです。また物体の場合、たとえば温かい飲み物が冷える過程において、外気温に近くなるほど冷える速度は緩やかになるでしょう。これは、外気温に応じた、温度の減少速度が考えられることになります。

このような例では、状態$y$が時刻$t$の関数になっているものです。そして、変化する速度は$y'$で求めることができます。かりに変化する速度が状態$y$に比例するなら、$y' = ky$という関係式を見ることができます。微分を含む方程式なので\textbf{微分方程式}と呼んでいますが、この手の方程式は$y = e^{kx}$を解に持ちます。$e$を底とする指数関数になるわけです。

いろいろな現象に対して微分方程式を立ててみると、意外に$y' = ky$となる現象が多いことに気づきます。そのすべての解に$e$が現れるのですから、この意味で$e$が``自然''対数の底と呼ばれるのです。

\end{document}