% 対数の敷居が高いのは気のせい?

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\begin{document}

\section*{◆対数の敷居が高いのは気のせい?◆}

慣れてしまえばどうということはないけれど、対数の考えを初めて頭に注入するときは多少の混乱があるものです。指数と対数の関係は以下のように定義されています。$a > 0$であることは暗黙の条件とします。
\begin{equation}
a^x = b\quad\Longleftrightarrow\quad x = \log_ab \label{defOfLogarithm}
\end{equation}

$\log$のような文字記号は対数を学ぶ前に目にしないためか、もやもやを抱えながら計算練習を重ねる光景がよく見られます。

$x^2 = a$を満たす$x$は四則計算の範囲で表記できないために、新たな記号を用いて$x = \sqrt{a}$とする事情とまったく同じで、(\ref{defOfLogarithm})においても新たな記号が必要なのです。$\sqrt{~}$に初めて接したときも、もやもやを感じたかもしれませんが、計算に慣れればもやもやはどこかへ飛んでいってしまいます。そのもやもやが$\log$の登場で再び顔を出しました。でも、やっぱり計算に慣れればもやもやは消え失せるでしょう。

もやもやの正体は、異質なものが入り込んでくるときに脳が起こすアレルギー反応みたいなものです。反応は人によって様々でしょうが、多くの場合、$\sqrt{~}$に対する反応と$\log$に対する反応は若干の違いを見せるのではないでしょうか。

若干の違いを見るために、$\sqrt{a}$が導入される場面から振り返ることにします。
\begin{center}
\begin{tabular}{c|ccccccccc}
$x$ & $1$ & $2$ & $3$ & $4$ & $5$ & $6$ & $7$ & $\dots$ \\
$a(= x^2)$ & $1$ & $4$ & $9$ & $16$ & $25$ & $36$ & $49$ & $\dots$
\end{tabular}
\end{center}

表は$x$を$1$から順に見ていき、その$2$乗を下に書き出したものです。上段は規則正しく$1$, $2$, $3$, $\dots$が並んでいますが、下段は飛び飛びの値が並びます。下段は規則正しく$1$, $2$, $3$, $\dots$と並べられないでしょうか。
\begin{center}
\begin{tabular}{c|ccccccccccc}
$x$ & $1$ & & & $2$ & & & & & $3$ & & $\dots$ \\
$a(= x^2)$ & $1$ & $2$ & $3$ & $4$ & $5$ & $6$ & $7$ & $8$ & $9$ & $10$ & $\dots$
\end{tabular}
\end{center}

もちろん、下段を規則正しく並べれば上段が飛び飛びの値になります。ここにきちんとした数値が書ければよいのですが、既存の書き方ではそれは無理な相談です。$4$や$9$は$2$乗する前が$2$や$3$であるように、$2$は$2$乗する前がおよそ$1.41421356$である数です。このように$a$という数値には$2$乗する前の値があります。正確な値が分からなくても必ずその存在があるので、$a$を$2$乗する前の数を「$a$の平方根(square root)」と呼ぶことにします。すると、さきほどの表は
\begin{center}
\begin{tabular}{c|ccccccc}
$x$ & $1$ & {\tiny $2$の平方根} & {\tiny $3$の平方根} & $2$ & {\tiny $5$の平方根} & {\tiny $6$の平方根} & $\dots$ \\
$a(= x^2)$ & $1$ & $2$ & $3$ & $4$ & $5$ & $6$ & $\dots$
\end{tabular}
\end{center}
のように、すべての空欄が埋まることになります。そうは言っても、何々の平方根という言い方は大げさで不格好ですから、数学らしく簡略化した記号を充てましょうと約束したわけです。おそらく略号は以下のような変遷をたどったと思われます。
\[
aの平方根(square\ root\ of\ a) \quad\Rightarrow\quad root\ of\ a \quad\Rightarrow\quad r\ a \quad\Rightarrow\quad \sqrt{a}
\]

このような経緯を見れば、$\sqrt{a}$が$a$の平方根の意味で使われていることは一目瞭然ですから、もやもやが長い間残ることはないはずです。

さて、一方の$\log$はどうでしょうか。もしかして、$\sqrt{~}$より長くアレルギー反応が残るのではありませんか。もちろん、理解力の差は人それぞれですから一概に言えるものではありませんが、(\ref{defOfLogarithm})の定義が体に馴染むまでの時間は長かったはずです。その理由は、おそらく二つの値$a$, $b$にあると考えられます。平方根は$a$だけの値に対して定義されるのに、$\log$は$a$, $b$の$2$値に対して定義されているからです。

アレルギー反応を弱める工夫をしてみましょう。私たちが日頃使っている数は$10$が基本になっています。$10$を一つのまとまりと考えて桁を上げたり下げたりします。こんな具合でしょうか。
\begin{center}
\begin{tabular}{c|ccccccc}
$a(= 10^x)$ & $1$ &$10$ & $100$ & $1000$ & $10000$ & $100000$ & $\dots$
\end{tabular}
\end{center}

桁の鍵を握るのが指数です。$10^2 = 100$, $10^3 = 1000$などを考えれば表は次のような対応表になるでしょう。
\begin{center}
\begin{tabular}{c|ccccccc}
$x$ & $0$ & $1$ & $2$ & $3$ &$4$ & $5$ & $\dots$ \\
$a(= 10^x$) & $1$ & $10$ & $100$ & $1000$ & $10000$ & $100000$ & $\dots$
\end{tabular}
\end{center}

上段は規則正しく$1$, $2$, $3$, $\dots$が並んでいますが、下段は飛び飛びの値が並びます。下段は規則正しく$1$, $2$, $3$, $\dots$と並べられないでしょうか。
\begin{center}
\begin{tabular}{c|ccccccccccccc}
$x$ & $0$ & & & & & & & & & $1$ & $\dots$ & $2$ & $\dots$ \\
$a$ & $1$ & $2$ & $3$ & $4$ & $5$ & $6$ & $7$ & $8$ & $9$ & $10$ & $\dots$ & $100$ & $\dots$
\end{tabular}
\end{center}

やってみると隙間だらけではあるものの、なんとかなりそうな気配はあります。指数表記の約束では
\[
10^{0.3} = 10^\frac{3}{10} = \sqrt[10]{10^3} = \sqrt[10]{1000}
\]
でしたから、$10$乗したときに$1000$になる数を見つけることができれば、それが$10^{0.3}$の値ということです。このような約束のもとで$10^x = 2$となる$x$を見つければ、それが表の下段$2$に対する指数$x$となります。その指数の値には、およそ$0.301$が該当します。このように$a$という数値に対して、$10$を何乗すべきかの指数$x$を特定することができます。正確な値が分からなくても必ずその存在があるので、$10$を何乗かして$a$にできる指数$x$を「$a$の対数(logarithm)」と呼ぶことにします。すると、先ほどの表は
\begin{center}
\begin{tabular}{c|cccccccc}
$x$ & $0$ & {\tiny $2$の対数} & {\tiny $3$の対数} & {\tiny $4$の対数} & {\tiny $5$の対数} & {\tiny $6$の対数} & {\tiny $7$の対数} & $\dots$ \\
$a$ & $1$ & $2$ & $3$ & $4$ & $5$ & $6$ & $7$ & $\dots$
\end{tabular}
\end{center}
のように、すべての空欄が埋まることになるのです。そうは言っても、何々の対数という言い方は大げさで不格好ですから、数学らしく簡略化した記号を充てる約束をします。略号は以下のような変遷をたどるでしょう。
\[
aの対数(logarithm\ of\ a) \quad\Rightarrow\quad log\ of\ a \quad\Rightarrow\quad \log a
\]

$\sqrt{~}$のときのように、$log$が変形した記号になることはなかったようです。これで$\log$が導入される際のハードルが少しでも下がればよいのですが、そう簡単ではないようです。それは、$\sqrt{50}$は?とか、$\sqrt{365}$は?とか聞かれた場合、$2$度掛けて$50$や$365$になる数は$7$よりわずかに上とか$20$より少し下程度は簡単に分かるものです。そのため、大体の想像がつきます。

では、$\log{50}$は?とか$\log{365}$は?とか聞かれた場合はどうでしょうか。これは、$10^{(何乗)}$が$50$や$365$になるか聞かれているわけですが、$10^1 = 10$、$10^2 = 100$、$10^3 = 1000$なんだから、$10^{1.5}$ぐらいで$50$、$10^{2.3}$ぐらいで$365$になりそうな気にさせますがだいぶ違います。実際は、$10^{1.7} \approx 50$、$10^{2.56} \approx 365$ですから、日常的な感覚とはだいぶずれています。それでも、$10^x = 1$, $2$, $\dots$, $10$となる$x$の感覚を大体つかんでおくと、$\log a$の想像をつけやすくなると思います。

\def\key#1{\framebox(10, 10){#1}} % def at this
対数の敷居が高いのは、このような事情の他に目に触れる機会が少ないせいがあるでしょう。平方根なら、正方形の面積から一辺の長さを求めるという需要や、物体が落下する時間を逆算する要求があり、これらは比較的目にしやすいと思われます。でも、対数だって目にする機会は多いはずなのです。たとえば、年率$5$\%で元金が$2$倍になるまでにどれだけの年数が必要か知りたければ対数の計算が必要です。こちらの方が正方形の一辺や物体の落下時間を求めるより実用的だけに、目にする機会が多くてもよさそうな気がします。おそらくこんなときは、電卓で\ \key1\key.\key0\key5\key{$\times$}\key{$\times$}\key=\key=\key= $\dots$\ と叩いて、$2$になるまで\ \key= キーを何回押したか数えるだけで済ますからでしょう。そうすれば当面の目的には十分ですし、対数を考える必要もないですから。どうやら対数の敷居が高いのは、自ら敷居の高いところへ上げているのが原因なのかもしれません\footnote{敷居が高い:不義理をして相手を訪問しづらいこと。ここでは、対数の理解をおろそかにして取っ付きにくくしていること。}。

\end{document}