% (負)×(負)=(正)である単純でも奥が深い理由

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\begin{document}

\section*{◆$(負)\times(負) = (正)$である単純でも奥が深い理由◆}

『どうして$(負)\times(負) = (正)$になるのですか』と質問されたとします。すると私の答えはこうです。『そんなばかげた質問には答えられないよ』。

失礼な奴だと思わないでください。順を追って説明しましょう。でも、その前に私から質問をさせてください。質問はこうです。『次の二つの文章のうち、一方の文章は正しくてもう一方は間違っているとしたら、どちらが正しい文章ですか?』。

\[
\begin{array}{ll}
おたまじゃくしはかえる\textbf{になる} & \textrm{(A)} \\
おたまじゃくしはかえる\textbf{である} & \textrm{(B)}
\end{array}
\]

文末が少しだけ違います。どちらも同じじゃないかと思ってはいけません。はっきりとした違いがあるのですから。結論を言いますと(A)が正しい文章です。一方、(B)は間違った文章です。というのは(A)は正しいことが説明できます。証明できると言ってもよいでしょう。

証明のしかたはこうです。どこかに行っておたまじゃくしを何匹か捕まえてきてください。そしてそれらをしばらく観察してみましょう。ほらね、足がはえてきて手がはえてきてかえるになったでしょう。つまり、おたまじゃくしはかえる\textbf{になる}のです。

でも(B)は間違っています。その説明はこうです。まず左図のような雰囲気の生き物を私たちは『おたまじゃくし』と呼んでいます。一方、右図のような雰囲気の生き物を私たちは『かえる』と呼んでいます。

\begin{center}
\unitlength=1pt
\begin{picture}(200, 50)(0, 5)
\qbezier(7, 25)(1, 32)(6, 40) %頭
\qbezier(6, 40)(10, 45)(17, 45)
\qbezier(17, 45)(24, 45)(24, 35)
\qbezier(24, 35)(24, 27)(12, 25)
\qbezier(7, 25)(7, 10)(13, 7) %尾
\qbezier(13, 7)(9, 15)(12, 25)
\qbezier(6, 25)(2, 10)(10, 6) %尾ひれ
\qbezier(10, 6)(24, -3)(16, 10)
\qbezier(16, 10)(12, 16)(13, 24)
\put(13, 42){\circle{4}} %左目
\put(13, 42){\circle*{2}}
\put(21, 37){\circle{4}} %右目
\put(21, 37){\circle*{2}}
%
\begin{picture}(150, 0)\end{picture}
%
\qbezier(45, 16)(52, 20)(48, 36) %右後脚
\qbezier(48, 36)(47, 42)(42, 37)
\qbezier(47, 22)(44, 37)(25, 43) %背中
\qbezier(25, 43)(23, 48)(12, 45) %頭
\qbezier(12, 45)(6, 44)(20, 28) %あご
\qbezier(42, 18)(28, 26)(23, 19) %左後脚
\qbezier(23, 19)(19, 13)(27, 13)
\qbezier(42, 15)(46, 12)(23, 8) %後足
\put(22, 5){\circle{2}} %後足の指
\put(20, 8){\circle{2}}
\put(21, 11){\circle{2}}
\qbezier(25, 26)(20, 17)(10, 27) %前足
\put(7, 26){\circle{2}} %前足の指
\put(8, 29){\circle{2}}
\put(11, 29){\circle{2}}
\put(18, 40){\circle{4}} %目
\put(18, 40){\circle*{2}}
\end{picture}
\end{center}

だから『おたまじゃくし』はおたまじゃくしであって、『かえる』はかえるなんです。おたまじゃくしがかえる\textbf{である}わけはないのです。つまり、これは私たちの約束ごとなんです。このことを頭に入れて次の質問に答えてください。『次の二つの文章のうち、一方の文章は正しくてもう一方は間違っているとしたら、どちらが正しい文章ですか?』。

\[
\begin{array}{ll}
(負)\times(負) = (正)\ \textbf{になる} & \textrm{(A$'$)} \\
(負)\times(負) = (正)\ \textbf{である} & \textrm{(B$'$)}
\end{array}
\]

どちらが正しいか予想がつきましたか。私がはじめに『そんなばかげた質問には答えられないよ』と言ったことを思い出してください。そのときの質問は(A$'$)でした。つまりこれがばかげた質問、すなわち間違っている方です。正しいのは(B$'$)です。

要するに$(負)\times(負)$はあれこれやった挙げ句(正)になったのではありません。これは私たちの約束ごととして「$(負)\times(負) = (正)$である」と決めたのです。そう、これは約束なのです。だからどのようにすると$(負)\times(負) = (正)$になるのかと考えても無駄なのです\footnote{矛盾するようで恐縮ですが、「数の真実の姿」の章には、どのようにして$(負)\times(負) = (正)$\textbf{になる}かを説明してあります。}。

すると当然、次の疑問がわくでしょう。なぜ$(負)\times(負) = (正)$と決めたのでしょうか。約束ごとなら$(負)\times(負) = (負)$と決めてもよさそうなものです。しかしこの約束こそ単純な理由からなんです。

掛け算を考えます。$5\times3$を例にとりましょう。答は$15$ですが、この場合の掛け算の記号``$\times$''は$5$を$3$``回足しなさい''という意味で使われています。「掛け算」と呼ばれる計算と「足し算」と呼ばれる計算は本質的に同じ計算なのです。記号$\times$は同じ数を繰り返し足すときに使われる記号で、この繰り返しの足し算を掛け算と呼びます。私たちは計算の効率化のために「九九」を覚えて掛け算をしているのです。

さて
\[
5\times3 = 5+5+5 = 15
\]
です。であれば$(-5)\times3$の計算は、$(-5)$を$3$回足す計算ですから
\[
(-5)\times3 = (-5)+(-5)+(-5) = -15
\]
のようにして$-15$と求めます。負の数を使っても、掛け算はきちんとできるのですね。

今度は$5\times(-3)$の計算を考えましょう。これは負の数を掛ける計算ですが、ちょっと困ったことになっています。さっきの計算の意味からすると、この計算は「5を$(-3)$回足しなさい」ということです。だいたい、何回足すといえば、そこには正の数を使うのが当然なのに、負の数が使われています。現実には$(-3)$回足すことなどできないので、こんな計算はできません。それでもこの計算の答を求める必要があるなら、それは日常使う計算から離れて、純粋に数学の中で計算をすることになるでしょう。つまり、ここから先は数学の約束ごとになるのです。

$5\times(-3)$の答は、できれば$-15$になってほしいところです。なぜなら
\[
(-3)\times5 = (-3)+(-3)+(-3)+(-3)+(-3) = -15
\]
であるので、それを逆にした$5\times(-3)$も同じ結果であってほしいからです。つまり交換法則は成り立ってほしいのです。そこで、$5\times □$の□を$3$, $2$, $1$, $0$と$1$ずつ減らして考えましょう。すると
\[
\begin{array}{rcr}
& \vdots & \\
5\times\fbox{3} &=& 15 \\
5\times\fbox{2} &=& 10 \\
5\times\fbox{1} &=& 5 \\
5\times\fbox{0} &=& 0 \\
& \vdots &
\end{array}
\]
のように、答は$5$ずつ減っていきます。もしこのペースで$5\times □$の□を$-1$, $-2$, $-3$, $\dots$と$1$ずつ減らせば、答も$5$ずつ減るのがもっとも自然な流れでしょう。自然な流れにしたがえば
\[
\begin{array}{rcr}
& \vdots & \\
5\times\fbox{$-1$} &=& -5 \\
5\times\fbox{$-2$} &=& -10 \\
5\times\fbox{$-3$} &=& -15 \\
& \vdots &
\end{array}
\]
となりますから、$5\times(-3) = -15$とすることに異論はないと思います。

そこで、これをさらに拡大解釈して
\[
\begin{array}{rcrl}
& \vdots & \\
(-5)\times3 &=& -15 \\
(-5)\times2 &=& -10 \\
(-5)\times1 &=& -5 \\
(-5)\times0 &=& 0 & の続きの計算を \\
\\
(-5)\times(-1) &=& 5 \\
(-5)\times(-2) &=& 10 \\
(-5)\times(-3) &=& 15 \\
& \vdots &
\end{array}
\]
のように考えれば、$(負)\times(負) = (正)$と決めるのが自然でしょう。そうすれば、結局掛け算に関しては、普段の掛け算のルールに符号のルールを付け加えるだけで済みます。しかしこう決めたことで、この先思いもよらない奥深さが見えてくるのです。($\Rightarrow$続きは「第$3$の符号」にて。)

\end{document}