% 3.14 の先の数字 --2--
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\begin{document}
\section*{◆$3.14$の先の数字--2--◆}
\subsection*{三角関数と微積分}
$\pi$の小数点以下の数字を求めるのに、ピタゴラスの定理を利用したものの、それほど良い結果を得ることができませんでした。そこで次に考えたいのが、ピタゴラスの定理を発展させた三角関数です。そうは言っても、三角関数だけで$\pi$の小数点以下を求めるのでは、ピタゴラスの定理を利用することと何ら変わらないでしょう。そこで、やや技巧的になるかもしれませんが、三角関数に微積分を組み合わせて考えることにします。
まず、使う三角関数ですが、$\tan x$の逆関数に注目します。逆関数を知っていますか? 普通$y = x^2$などの関係式は、$x$の値を与えて$y$の値を求めることが多いものです。逆関数は、$x$と$y$の立場を逆にして$y$の値を与えて$x$の値を求めることを目的とします。そのために$x = \sqrt{y}$と書き直して、これを元の関数の逆関数と呼びます。$y = 2x$の逆関数なら$x = \dfrac{y}{2}$というように、四則演算の範囲で処理できますが、$x^2$がからむと四則演算では対応できないので、新たに根号を使っているわけです。
$y = \tan x$にしても同様で、単純に四則演算で逆関数を求められないので、$x = \arctan y$というように新たな記号を導入しています。$x$と$y$の文字の使い方は逆関数の本質には関係ないので、ここでは関数の一般表記にしたがって、$y = \tan x$の逆関数は$y = \arctan x$と書くことにします。
それでは、これだけの準備をして$\pi$の小数点以下を探っていきましょう。
\subsection*{$\tan x$の逆関数を展開する}
ここでは微積分について詳しく述べることはしません。ただ、$y = \arctan x$を$x$で微分すると$y' = \dfrac{1}{1+x^2}$となることだけは知っておいてください。ところで、微分した$\dfrac{1}{1+x^2}$に対して、筆算による割り算をほどこしてみましょう。
\begin{center}
\tabcolsep=3pt
\def\arraystretch{.85}
\small
\begin{tabular}{ccccccc}
& & 1 & $-x^2$ & $+x^4$ & $-x^6$ & $\dots$\\ \cline{3-7}
$1+x^2$ & ) & 1 \\
& &1 & $+x^2$ & \\ \cline{3-5}
& & & $-x^2$\\
& & & $-x^2$ & $-x^4$\\ \cline{4-6}
& & & & $x^4$\\
& & & & $x^4$ & $+x^6$ & \\ \cline{5-7}
& & & & & $-x^6$\\
& & & & & $-x^6$ & $-x^8$\\ \cline{6-7}
& & & & & & $x^8$\\
& & & & & & $\dots$
\end{tabular}
\end{center}
ちょっと強引な割り算に見えますが、正しく割り算ができています。これらのことをまとめると
\[
(\arctan x)' = 1 -x^2 +x^4 -x^6 +x^8 -\cdots
\]
であることが分かります。この式は両辺を積分することができて
\begin{equation}
\arctan x = x -\frac{1}{3}x^3 +\frac{1}{5}x^5 -\frac{1}{7}x^7 +\frac{1}{9}x^9 -\cdots \label{expandArctan}
\end{equation}
という結果を得ることができます。このように、無限に続く式に対して微分・積分を無造作に行ってかまわないのかということに踏み込むと、こまごましたことに注意を払わなくてはならないので、ここでは述べないことにしますが、これまでの式はすべて正しいのもです。
実際のところ、関数$y = \arctan x$はとっつきにくいものですが、単に$y = \tan x$の対応を$x$と$y$で逆にしたら$y = \arctan x$になったというだけの話です。つまり$1 = \tan\dfrac{\pi}{4}$の対応を逆にしたものが$\dfrac{\pi}{4} = \arctan1$と見ればよいだけのことです。$\arctan1$とは(\ref{expandArctan})に$x = 1$を代入することに他ならないので、結局
\begin{equation}
\frac{\pi}{4} = 1 -\frac{1}{3} +\frac{1}{5} -\frac{1}{7} +\frac{1}{9} -\cdots \label{simplePi/4}
\end{equation}
であることが分かるのです。
これはとてもすっきりした関係式です。円周率がこれほど単純な分数の和と差で表せることは意外な気もします。これなら、電卓を使って$3.14$の先を計算できるような錯覚に陥りますね。しかし、いま錯覚と書いたように、この式では多くのことを期待できません。つまり収束が遅すぎるのです。これでは、コンピュータを用いても満足いく桁数を得ることは難しいでしょう。そこで、収束を速める工夫が必要になります。収束が速められてこそ、真価が発揮できるというものです。
\subsection*{$\arctan x$の真価}
収束を速める工夫は、ちょっとした計算のやりくりで発見されました。見つけたのはイギリスの天文学者マチンです。その工夫は以下のとおりです。
始めに、$\tan\alpha = \dfrac{1}{5}$となる角$\alpha$を考えます。$\alpha$の具体的な大きさはここで問題にしません。これに対して$\tan2\alpha$の値を求めます。$2$倍角の式より
\[
\tan2\alpha = \frac{2\tan\alpha}{1-\tan^2\alpha} = \frac{5}{12}
\]
です。もう一度$2$倍角の式を用いれば、$\tan4\alpha$の値が
\[
\tan4\alpha = \frac{2\tan2\alpha}{1-\tan^2 2\alpha} = \frac{120}{119}
\]
のように求められます。
これはとても興味深い値です。なぜなら、$\dfrac{120}{119}$は極めて$1$に近い値なので、$4\alpha$は$\dfrac{\pi}{4}$に極めて近い値といえます。すると、それらの差$4\alpha-\dfrac{\pi}{4}$に対する$\tan$値はけっこう小さな値になります。実際
\begin{equation}
\tan\left(4\alpha-\frac{\pi}{4}\right) = \frac{\tan4\alpha-\tan\frac{\pi}{4}}{1+\tan4\alpha\tan\frac{\pi}{4}} = \frac{1}{239} \label{1/239}
\end{equation}
となります。
ここで$\tan$の逆関数$\arctan$の登場となります。(\ref{1/239})を逆関数の立場で見て
\begin{eqnarray*}
\arctan\frac{1}{239} &=& 4\alpha-\frac{\pi}{4} \\
&=& 4\arctan\frac{1}{5}-\frac{\pi}{4}
\end{eqnarray*}
の関係が浮き出ることとなりました。$\tan\alpha = \dfrac{1}{5}$でしたから、$\alpha = \arctan\dfrac{1}{5}$を利用していることに注意してください。
以上で
\[
\frac{\pi}{4} = 4\arctan\frac{1}{5}-\arctan\frac{1}{239}
\]
の関係式を得たわけですが、(\ref{expandArctan})から
\begin{eqnarray*}
\frac{\pi}{4} &=& 4\left(\frac{1}{5} -\frac{1}{3\cdot5^3} +\frac{1}{5\cdot5^5} -\frac{1}{7\cdot5^7} +\frac{1}{9\cdot5^9} -\cdots\right) \\
& & \quad {} - \left(\frac{1}{239} -\frac{1}{3\cdot239^3} +\frac{1}{5\cdot239^5} -\frac{1}{7\cdot239^7} +\frac{1}{9\cdot239^9} -\cdots\right)
\end{eqnarray*}
であることが分かります。いま得られた式は、(\ref{simplePi/4})と同様に$\dfrac{\pi}{4}$の計算をするものですが、見るからに収束が速そうです。
$8$桁電卓で計算しようものなら、$\dfrac{1}{9\cdot5^9}$の項から先と$\dfrac{1}{3\cdot239^3}$の項から先は$0$になってしまいます。けれど、$0$にならないところまでの項を使って計算するだけで
\[
\pi = 3.1415932
\]
が得られてしまうのです。小数点以下$5$桁まで正しい値です。したがって、何万桁もの四則演算ができるようプログラムを工夫すれば、それほど多くない計算回数で精確な$\pi$の値が計算できます。これなら、私たちの目的である$3.14$の先の先を見ることができるでしょう。
\end{document}