% 355/113 の謎

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\begin{document}

\def\key#1{ \framebox(9, 9){#1} }

\section*{◆$\dfrac{355}{113}$の謎◆}

\begin{equation}
\frac{355}{113} = 3.1415929204\dots \label{355/113}
\end{equation}

突然、怪し気な分数とその小数表示が登場しました。分数のほうはともかく、小数のほうは何か見なれた感じの数ですね。そう、よく知られた$\pi$(円周率)の値のように見えます。しかし、円周率に詳しい人なら、途中から数字が正確でないことに気づくでしょう。正しくは
\[
\pi = 3.1415926535\dots
\]
ですから。

それにしては、(\ref{355/113})が妙に$\pi$の値に近いことに疑問を抱きませんか。(\ref{355/113})は$\pi$の真値と小数第$6$位まで一致していますから、誤差は$10^{-6}$未満です。これは$1$\,kmの測定を$1$\,mmの精度で測ることに匹敵します。実用上、問題にならない範囲の誤差と言ってもよいでしょう。実際、$8$桁の電卓で円周の長さを計算する場合に、例えば直径$12$\,mの円であれば
\[
円周の長さ = \key{1}\ \key{2}\ \key{$\times$}\ \key{3}\ \key{$\cdot$}\ \key{1}\ \key{4}\ \key{1}\ \key{5}\ \key{9}\ \key{2}\ \key{6}
\]
の代わりに
\[
円周の長さ = \key{1}\ \key{2}\ \key{$\times$}\ \key{3}\ \key{5}\ \key{5}\ \key{$\div$}\ \key{1}\ \key{1}\ \key{3}
\]
としても、ほぼ同じ答を求めることができます。

一体、なぜ$\dfrac{355}{113}$がこんなにも$\pi$の値に近いのでしょうか。いえ、それよりも誰がこんな簡単な分数が$\pi$に近いことを見つけたのでしょうか。私たちはこちらの方に興味がわきます。なぜなら、$\pi$に近い分数なら$\dfrac{31415926535}{10000000000}$等を約分すれば、いくらでも真値に近い分数を作ることができてしまいます。しかし、$\dfrac{355}{113}$はこの方法では求められません。

すると、偶然に見つけられた数なのでしょうか。確かに$\dfrac{22}{7} = 3.142857\dots$のような分数であれば、何かの拍子に発見されることがあるかも知れません。でも、$\dfrac{355}{113}$は偶然見つかるには、微妙な桁数です。しかし、本当のところはどうなのでしょうか。

$\dfrac{355}{113}$が$\pi$の大変良い近似を与えることは、$16$世紀頃から知られていた様子です。しかし、なぜ$\dfrac{355}{113}$が$\pi$の近似になるかを論理的に示したのは、ランベルト\footnote{ヨハン・ハインリッヒ・ランベルト(1728--1777):スイスの数学者。} だということです。ここで、その理論は述べられないので、$\dfrac{355}{113}$が$\pi$の良い近似を与える理由に限った話しだけをします。それには連分数の知識があるとよいでしょう(「連分数は$2$枚の鏡が作る像」を参照)。

まず、$\pi$を連分数表記すると
\begin{equation}
\pi = 3 + \cfrac{1}{7
+ \cfrac{1}{15
+ \cfrac{1}{1
+ \cfrac{1}{292
+ \cfrac{1}{1
+ \cfrac{1}{1
+ \cfrac{1}{1
+ \cfrac{1}{2
+ \dotsb}}}}}}}} \label{contFracOfPi}
\end{equation}
になることをランベルトが示しました。(\ref{contFracOfPi})を見ると$292$がひときわ目を惹きます。実は、このために$\dfrac{355}{113}$が$\pi$の良い近似を与えるのです。

さて、連分数はどこまでも果てしなく続いていますから、有限の計算では答をだせません。したがって、$\pi$の正確な値は連分数の極限で与えられるのです。しかし近似値でよければ、適当なところで連分数を打ち切って計算すればよいのです。より良い近似を求めるには、なるべく先のほうで切ることが重要です。そのとき$292$が重要な役割を演じます。実は、$292$のために先の方まで計算することなく、$\pi$に非常に近い値を求められることが分かります。

$292$の先には、延々と連分数が続いています。もし、この先の連分数の極限をとり、その値が$\alpha$だとすれば
\[
0 < \alpha < 1
\]
ですから、$\dfrac{1}{292+\alpha}$の値は高々$0.0034\dots$にすぎません。したがって$\pi$の近似は
\[
\pi \approx 3 + \cfrac{1}{7
+ \cfrac{1}{15
+ \cfrac{1}{1
+ 0.0034}}}
\]
ですが、$0.0034$はほぼ$0$とみなせるので、なくてもかまわないでしょう。よって
\[
\pi \approx 3 + \cfrac{1}{7
+ \cfrac{1}{15
+ 1}} = \frac{355}{113}
\]
が得られるのです。これが$\dfrac{355}{113}$が$\pi$の良い近似を与えることの理由です。

もし、この先$292$まで用いて計算すれば近似値が$3.141592653\dots$となり、精度がさらに$3$桁良くなります。さらに、もっと良い近似にするつもりで、打ち切るところを先にしても、$292$の値が大きいために、相対的に${}+\alpha$の増加が微々たるものになるのです。それは、${\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\dfrac{1}{292}$までは近似値の改善が著しいのに、それ以降は小さな変化であることからわかるでしょう\footnote{連分数表記の意味で$+$を下げて書いています。}。

\begin{center}
\small
\begin{tabular}{l|c|l}
連分数 & 分数 & \multicolumn{1}{c}{近似値} \\ \hline
$3+\dfrac{1}{7}$ & $\dfrac{22}{7}$ & $\underline{3.14}2857142857\dots$ \\
& & \\
$3 + \dfrac{1}{7} {\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\dfrac{1}{15}$ & $\dfrac{333}{106}$ & $\underline{3.1415}09433962\dots$ \\
& & \\
$3 + \dfrac{1}{7} {\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\dfrac{1}{15} {\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\dfrac{1}{1}$ & $\dfrac{355}{113}$ & $\underline{3.141592}920354\dots$ \\
& & \\
$3 + \dfrac{1}{7} {\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\dfrac{1}{15} {\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\dfrac{1}{1} {\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\dfrac{1}{292}$ & $\dfrac{103993}{33102}$ & $\underline{3.141592653}012\dots$ \\
& & \\
$3 + \dfrac{1}{7} {\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\dfrac{1}{15} {\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\dfrac{1}{1} {\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\dfrac{1}{292} {\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\dfrac{1}{1}$ & $\dfrac{104348}{33215}$ & $\underline{3.141592653}921\dots$ \\
& & \\
$3 + \dfrac{1}{7} {\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\dfrac{1}{15} {\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\dfrac{1}{1} {\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\dfrac{1}{292} {\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\dfrac{1}{1} {\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\dfrac{1}{1}$ & $\dfrac{208341}{66317}$ & $\underline{3.141592653}467\dots$
\end{tabular}
\end{center}

また、連分数が徐々に$\pi$に近づく過程において、近似値は増減を交互に繰り返しながら真値に接近している様子がうかがえます。この理由は明白で、連分数の打ち切りを一つ先に延ばすことは、現時点の最後の分母を大きくすることに相当します。しかし、連分数の打ち切りがふたつ先になれば、今度は逆に、たったいま大きくした分母を小さくする作用になるのです。つまり、連分数の打ち切りが先へ行くたびに、増加と減少が繰り返されることになるのです。

ところで$\pi$の連分数表示は、ここに示したものに限られません。たとえば$\pi$を含む連分数で
\[
\frac{4}{\pi} = 1 + \frac{1^2}{2}
{\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\frac{3^2}{2}
{\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\frac{5^2}{2}
{\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+}}\frac{7^2}{2}
{\genfrac{}{}{0pt}{}{}{+ \dotsb}}
\]
といった、美しい関係の式も知られています。また、連分数ではありませんが
\[
\frac{\pi}{4} = 1-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\dotsb
\]
という級数は、$\pi$を語るときに必ず引き合いに出されるものです。これも均整のとれた式で、見た目にも美しいのですが、収束が遅いという欠点をもっています。そこで、計算機では
\[
\frac{\pi}{4} = 4\left(\frac{1}{5}-\frac{1}{3\cdot5^3}+\frac{1}{5\cdot5^5}-\dotsb\right)
-\left(\frac{1}{239}-\frac{1}{3\cdot239^3}+\frac{1}{5\cdot239^5}-\dotsb\right)
\]
などの式が利用されます。

おっと、話が少しそれてきたようです。円周率にまつわる興味深い話は尽きません。「$\dfrac{355}{113}$の謎」を解明したつもりが、ますます謎が深まってしまったようです。続きは機会を改めましょう。

\end{document}