% 1 対 1 対応は怪しげな関係

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\section*{◆一対一対応は怪しげな関係◆}

一対一の対応は、大変直感的で分かりやすいものです。$6$人の子どもがいて、一人ひとりが帽子を持っていれば、子どもと帽子は一対一対応をしています。もし、帽子に名前が書いてあれば、Aという名の子どもはAと書かれた帽子を手にするでしょう。決して、Bと書かれた帽子を手にすることはありません。逆にCと書かれた帽子はCという名前の子どもの物ですから、決してDという子どもが手にすることもないでしょう。

つまり、子どもの中のだれか一人を選べば、ただ一つの帽子を決定できるし、帽子の中からどれか一つを選んでも、ただ一人の子どもを決定できます。一対一対応の本質はここにあります。

私たちは、小学校から自然な形で一対一対応に親しんでいます。低学年でものを数える作業は、ものと自然数との対応になっています。高学年で比例の学習をするときも、何々の何倍という言い方をしていますが、もとの状態と何倍かしたあとの状態が対応しています。

また、練習問題を解く場合は、大抵一つの答がでるものですが、これは一対一対応の問題を選んでいるからなのです。時速何\,kmで何時間進むと距離はどれだけですか? 底辺と高さがそれぞれ何\,cmである三角形の面積を求めなさい、などはきちんとした対応の上に成り立つ問題です。ですから、答も一つだけでるのです。

もし、$3$\,km先の公園まで歩くと何時間かかりますか?とか、面積が何々\,cm$^2$の長方形の縦と横の長さはどれだけですか?などと質問されたら困ります。一対一対応ではないからです。

その点、比例は一対一対応の模範生です。簡単な例で$y = 2x$を考えましょう。大変おおまかな考えですが、
\begin{center}
\begin{tabular}{c|cccccccccc}
$x$ & $\dots$ & $-3$ & $-2$ & $-1$ & $0$ & $1$ & ($1.23$) & $2$ & $3$ & $\dots$ \\ \hline
$y$ & $\dots$ & $-6$ & $-4$ & $-2$ & $0$ & $2$ & ($2.46$) & $4$ & $6$ & $\dots$
\end{tabular}
\end{center}
と対応表を作っておけば、整数間の半端な値も想像しやすいでしょう。そこから、$x$, $y$の関係がグラフ上に
\begin{center}
\begin{tikzpicture}
\draw[->] (-1, 0) -- (3, 0) node[right] {$x$};
\foreach \x in {1, 2} \draw (\x, 0) -- (\x, -0.1) node[below] {$\x$};
\draw[->] (0, -1) -- (0, 3) node[above] {$y$};
\foreach \y in {1, 2} \draw (0, \y) -- (-0.1, \y) node[left] {$\y$};
\node[below left] {$O$};
\draw (-0.5, -1) -- (1.5, 3) node[right] {$y = 2x$};
\draw[dashed] (1.23, 0) node[above right] {\footnotesize$1.23$} |- (0, 2.46) node[left] {\footnotesize$2.46$};
\end{tikzpicture}
\end{center}
と浮かび上がることも自然に理解できるはずです。

そして、表の対応からでもグラフからでも、たとえば$x = 1.23$に対してただ一つの$y = 2.46$が対応したり、また、$y = \pi$のような値でさえもただ一つの$\displaystyle x = \frac{\pi}{2}$が対応することが分かります。大変気持ちのよいものですね。

では同じグラフで、目を$1 \le x \le 2$に向けてみましょう。ここでは範囲を指定したわけです。すると、$x$の範囲に対応して$y$の範囲が決まります。それは$2 \le y \le 4$です。$x$のある一つの区間に対して、$y$のある一つの区間が対応しているので、特別おかしなことはないと思うでしょう。でも、グラフをよく見てください。

\begin{center}
\begin{tikzpicture}
\draw[->] (-1, 0) -- (4, 0) node[right] {$x$};
\foreach \x in {1, 2} \draw (\x, 0) -- (\x, -0.1) node[below] {$\x$};
\draw[->] (0, -1) -- (0, 5) node[above] {$y$};
\foreach \y in {2, 4} \draw (0, \y) -- (-0.1, \y) node[left] {$\y$};
\node[below left] {$O$};
\draw (-0.5, -1) -- (2.5, 5) node[right] {$y = 2x$};
\draw[dashed] (1, 0) |- (0, 2);
\draw[dashed] (2, 0) |- (0, 4);
\end{tikzpicture}
\end{center}

$x$の区間の長さは$1$なのに、$y$の区間は$2$の長さです。あれれ? きちんと$x$軸上の点と$y$軸上の点は一対一対応をしていたはずですね。なのに、どうして長さが変わってしまうのでしょう。

一つの考えとしては、点は隙間を空けて並んでいるというものです。隙間が開いていれば、$x$軸上での間隔と$y$軸上での間隔が違えば、完璧な一対一対応でも見た目の長さは変わってきます。でも、点と点の間に隙間はありません。それは次のようにして説明できます。

まず、点と点の間に隙間があるというのは、点と点の間に値がないと考えてよいでしょう。仮に$x$軸上の$a$と$b$の間に隙間があるとしてみます。しかし、$a$と$b$の間には自由に点を打つことができます。一つの例は$\displaystyle \frac{a+b}{2}$を作ることです。このことから任意の$2$点の間には、隙間なんてあり得ないことがわかります。つまり点はつながっているのです。ただ、数学では「$(つながっている) = (連続)$」\textbf{ではない}ことを指摘しておきます。この微妙な考えは、目の前の疑問を解決してから話すことにしましょう。

点と点の間に隙間がないとすれば次に考えたいのは、点はつながっているが、ゴムのように伸び縮みが可能だというものです。$x$軸上の区間が始めの状態、$y$軸上の区間が$1$秒後の状態です。ゴムは始めも$1$秒後も同じ物ですから、この感覚のほうが自然でしょうか。

でも、$y = 2x$の例は直線が伸びているわけではありません。いまの例ではグラフの長さは$\sqrt{5}$ですが、直線上の点から$x$軸と$y$軸を同時に見れば、それぞれ一つの点しか対応していません。一対一対応であることは間違いありません。けれど$\sqrt{5}$から$x$軸を見れば長さ$1$に、$y$軸を見れば長さ$2$になっています。何か変ですね。

混乱の原因は「対応」にあります。ここでの対応は、私たちが普段考えている対応とは根本が違うのです。

たとえば「りんごが$5$個ある」とは、各りんごに自然数$1$, $2$, $3$, $4$, $5$が一対一対応していると見ます。このとき、りんごの数(かず)は$5$に等しいと言います。普段はこんな見方をしませんが、数をかぞえるとはこういうことなのです。

では、同様の考えで偶数の数をかぞえてみましょう。りんごの例同様に、偶数に自然数を一つづつあてがえばよいので、
\begin{center}
\begin{tabular}{lcccccc}
偶数 & $2$ & $4$ & $6$ & $8$ & $10$ & $\dots$\\
& $\updownarrow$ & $\updownarrow$ & $\updownarrow$ & $\updownarrow$ & $\updownarrow$ & $\dots$ \\
自然数 & $1$ & $2$ & $3$ & $4$ & $5$ & $\dots$
\end{tabular}
\end{center}
のような対応になります。対応は無限の彼方へ向かって行きますが、もれなく対応がついていることに注意を払ってください。$5$個のりんごに自然数が$1$から$5$まで対応して、りんごの数と自然数の数が等しいとみなしたので、偶数と自然数がすべて対応していれば、やはり偶数と自然数は同じ数(かず)だけある、と考えるのがよいでしょう。このときに数(かず)ということばは適切でないように思えるので、「濃度」という用語を使いたいと思います。

これを見ると、日常の感覚では偶数は自然数の半分しかないはずなのに、互いに一対一の対応がつく量と言えるのです。不思議な感覚ですね。

そして、濃度の感覚が先ほどの$y = 2x$の関係に当てはまります。$x$軸上の区間$1 \le x \le 2$と$y$軸上の区間$2 \le y \le 4$は等しい濃度です。自然数は偶数の$2$倍あるように見えても、等しい濃度であるがゆえに、一対一対応になります。同様に、区間$2 \le y \le 4$は区間$1 \le x \le 2$の$2$倍あるように見えても、等しい濃度であるがゆえに一対一対応になっているのです。何だか分かったような意味不明のような$\dots$。

そう感じるのは仕方ありません。それは、直線自体が不思議な性質を持っているからです。

直線は無数の点によってつながっています。そして、ある視点のもとでは「連続」ですが、視点を変えればつながっていても連続ではない状態なのです。これまた意味不明ですね。順を追って説明しましょう。

まず、数直線は「連続」な直線です。連続とは切れ目がないということなのです。連続な直線に切れ目を入れるのは簡単です。任意の$1$点を抜けばよいからです。たとえば、数直線から点$0$を抜けば、直線は正の部分と負の部分に分けられます。

\vspace{10pt}
\begin{center}
\begin{tikzpicture}[scale=0.6]
\draw (-10, 0) -- (-0.07, 0) node[midway, below] {$-5$};
\draw (0, 0) circle(0.07) node[below] {$0$};
\draw (0.07, 0) -- (10, 0) node[midway, below] {$5$};
\foreach \x in {-9, -8, ..., -1, 1, 2, ..., 9} \draw (\x, 0.1) -- (\x, -0.1);
\end{tikzpicture}
\end{center}

さて、今度は整数値の点をもとに直線を作ってみましょう。作り方はさっきの考えで、$0$と$1$の中間に$0.5$、さらに$0$と$0.5$の間に$0.25$、またその間に$0.125$、またまた$\dots$、という具合にです。それだけでは中間部分にしか点が埋まっていかないので、$\displaystyle \frac{1}{3}$にあたる点や$\displaystyle \frac{1}{7}$にあたる点、そして$\displaystyle \frac{1}{3}$と$\displaystyle \frac{1}{7}$の間に対しても様々な点を入れましょう。このように整数をもとにあらゆる点を作ります\footnote{こういう点は「有理点」と呼ばれます。}。

\vspace{10pt}
\begin{center}
\begin{tikzpicture}[scale=0.6]
\multiput(0, 0)( 2, 0){86}{\circle*{.02}}
\multiput(0, 0)(-2, 0){86}{\circle*{.02}}
\node[shift={(-3, 0)}, below] (0, 0) {$-5$}; \node[below] (0, 0) {$0$}; \node[shift={(3, 0)}, below] (0, 0) {$5$};
\node[shift={(0, -1)}] {$\Downarrow$};
\draw[shift={(0, -3)}] (-10, 0) -- (10, 0) node[pos=0.25, below] {$-5$} node[midway, below] {$0$} node[pos=0.75, below] {$5$};
\end{tikzpicture}
\end{center}

これで点がつながりました。しかしこれは連続な直線ではないのです。なぜなら、たとえば$\sqrt{2}$で直線は切れています。切れているけど、隙間はありません。え? 何だって? 言ってることが矛盾していないかって? そうですね。何となく矛盾しています。でも、普通の意味での隙間は指摘できないはずです。それは、$\sqrt{2}-\epsilon$と$\sqrt{2}+\epsilon$の間には、無数の点を埋め込むことかできますから、隙間を見つける暇はありません。でも連続ではないのですよ。

この不思議な状態は「稠密(ちゅうみつ)」と呼ばれています。一対一対応と言いながら、どうもしっくりこない対応がされているのは、こんなところに微妙な感覚が潜んでいたからなんです。

\end{document}