% 美しくなければ公式じゃない?

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\section*{▼美しくなければ公式じゃない?▼}

数学には公式がつきものである。公式を覚えて上手に使えるようになれば、数学の力が格段にあがったように思える。実際には、手際が良くなるだけのことだが、問題が早く解けることは良いことである。

数学が嫌いな人にとって、公式は見たくないものの一つであろう。覚えるのが面倒だ、無味乾燥である、複雑で分かりにくい等々理由は様々と思われる。それなら、公式は覚えなくてもいいじゃない、理路整然と思考すればたいていの問題は解けるのだから。まあ、こう言ったところで、そっちの方がさらに嫌だと反応されるのがオチだ。そりゃそうだ。せっかく美しく整った公式でさえ受け入れてくれない人に、泥臭い試行錯誤を強いているんだから。

でも実際、数学の公式として認知されているものは大抵きれいに整った形をしている。だからこそ覚えやすいのだ。説得力は十分でないけれど、具体例を挙げてみよう。

中学校あたりでは、三角形の合同について学ぶ。その際、三角形が決定される条件として
\begin{enumerate}
\item $3$辺の長さが分かる
\item $2$辺の長さとその間の角の大きさが分かる
\item $1$辺の長さとその両端の角の大きさが分かる
\end{enumerate}
ということを覚えることだろう。

さて、三角形はその面積を計算できる。底辺の長さを$a$、高さを$h$、面積を$S$で表すと、$S = \displaystyle \frac{1}{2}ah$であることはおなじみだ。ところで、三角形の面積を求める式は、これが唯一無二のものではない。三角形が決定される条件を振り返ろう。三角形が決定されるということは、三角形の面積も決定しているということである。理屈から言えば、決定条件だけで面積が計算できるはずだ。

それはまったくその通りで、$1$番めの条件である、$3$辺の長さが$a$, $b$, $c$と分かっている場合、三角形の面積は
\[
S = \sqrt{s(s-a)(s-b)(s-c)}\qquad\displaystyle \left(s = \frac{a+b+c}{2}\right)
\]
で求められる。これは、ヘロン\footnote{古代ギリシアの数学者・物理学者。正没は不明。}の公式と呼ばれているものである。

$2$番めの条件である、$2$辺の長さが$a$, $b$、その間の角の大きさが$C$と分かっている場合、三角形の面積は
\[
S = \frac{1}{2}ab\sin C
\]
で求められる。これは、三角比を学べばすぐに導くことができるもので、$S = \displaystyle \frac{1}{2}ah$がもとになっている式だ。

ところが、$3$番めの条件である、$1$辺の長さが$a$、その両端の角の大きさが$B$, $C$と分かっている場合の三角形の面積の公式を目にするだろうか? おそらくあまり目にしないと思われるが、この場合の三角形の面積は
\[
S = \frac{a^2}{2}\cdot\frac{\sin B\sin C}{\sin(B+C)}
\]
で求められる。これは、三角比の計算を少しやれば簡単に導ける。一応、整ってはいるが、さして使い勝手が良さそうな式に見えない。三角比の計算$3$回が美しさを欠いている。本当は、美しさ云々(うんぬん)より、使う機会がほとんどないことが公式として定着しない原因とは思うが。

そのことは、底辺の長さと高さが分かっただけでは三角形が決定できないにもかかわらず、公式$\displaystyle S = \frac{1}{2}ah$が定着していることからも分かる。美しいだけでは生き残れない。美しくなくても価値があればよい。それを如実に教えてくれるのは、$2$次方程式の解の公式
\[
x = \frac{-b\pm\sqrt{b^2-4ac}}{2a}
\]
だ。簡潔とか対称的とかには無縁の式だけれど、価値ある輝きを放っている。

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