% 高いの?安いの?

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\section*{▼高いの?安いの?▼}

「いままでは$1$ドル$100$円だったが、これからは$1$ドル$90$円である($\dots$A)」と言われれば、「ああ、円高になった($\dots$B)」と返すのが一般的である。その陰で「$100$円が$90$円になれば``安い''じゃない?」って思う人がいるのも事実だ。そんな人に``高い''でよいことを説明するために、$100$円のハンバーガーがどうしたこうしたという話を持ち出しても、あんまり納得されないものである。やっぱり経済の話は難しいよね。

違うよ。これは経済の話でも何でもないんだってば。単に``ことば''の話なんだよ。そのために、まず二つの事実を指摘しよう。

一つの事実は、$2$個のものを高い・安いで比較するとき、
\begin{center}
一方が「高い」ならばもう一方は「安い」
\end{center}
ということである。両方高いとか、両方安いとかはあり得ない。それは、高い・安いがそういうことばだからで、たとえば二人を男・女で区別するとき、一方が男ならばもう一方は女である、という言い方とは根本が違うのだ。両方男ということはあり得る。それは、男・女とはそういうことばだからである。違いは、``比較する''ことばと``区別する''ことばにあるかもしれない。

もう一つの事実は、同じものを高い・安いで比較するとき、
\begin{center}
状況に応じて「高い」「安い」を定められる
\end{center}
ということである。たとえば、あるケーキ屋のシュークリームはいつも$100$円であるとする。ところが状況が変わって、ある日それが$90$円になっていたら、シュークリームは安いである。ここ、肝心だから繰り返すね。「シュークリームは安い」だ。以上が二つの事実である。

さて、下世話なお金の話に戻ろう。まず、ドルと円の話なので、これは$2$個のものを高い・安いで比較している。そして、昨日今日と状況が変わった中で同じもの---つまり$1$ドルだ!---を高い・安いで比較している。したがって、上の話にぴったり重ねて考えることができる。その結果次のようになる。

{\bfseries $1$ドルはいつも$100$円であった。ところが状況が変わってこれからは$1$ドルは$90$円である。よって、$1$ドルは安い、である。}ここ、肝心だからね。「$1$ドルは安い」だ。だから「円は高い」のだ。

いったい、どこが難しい話だったんだろう。それは、AとBで``主語が入れ替わっていた''からである。言わずもがな、Aの主語は$1$ドル、Bの主語は円だ。違う主語なのに、何となく同一視しているみたいに聞いてしまうから混乱するのだ。主語をすり替えて混乱の元を作ってしまうのは問題だが、説明する側も、ことばの話を経済の話にすり替えてしまうのも問題なんじゃない?

「風邪ひいちゃった」「寝込んでしまいました」と言われれば何も不思議なことはないだろうが、「風邪ひいちゃった」「忙しくなりました」と言われたら、何で?って思うかもしれない。主語をはっきりさせよう。「(子どもが)風邪ひいちゃった」「(子どもが)寝込んでしまいました」である。そして「(子どもが)風邪ひいちゃった」「(子の親が)忙しくなりました」だったのである。

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