% 数学っぽくない満年齢の計算

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\section*{▼数学っぽくない満年齢の計算▼}

年齢の数え方は、日常的には誕生日が巡ってくるたびに$1$歳加算するというものだ。$4$月$1$日に生まれた人は、生まれた年の$4$月$1$日が$0$歳で、以降$4$月$1$日が訪れるたびに$1$歳増える。だから、ある年の$4$月$1$日に$15$歳になったならば、その年の$5$月$1$日でも$6$月$1$日でも$15$歳のままだし、次の年の$3$月$31$日でも$15$歳のままである。で、翌日$4$月$1$日に突如$16$歳になる。

世の中には閏年の$2$月$29$日生まれの人もいる。その人は、まず生まれた日に$0$歳となり、次の年の$2$月$28$日まで$0$歳で過ごす。で、翌日$2$月$29$日に突如$1$歳に$\dots$、と思ったら翌日は突如$3$月$1$日になっている。私の$2$月$29$日はどこに行ったの? $1$年過ぎたのに$0$歳のままですか?

でも、こんな風にうろたえる人は実際いない。なぜなら、$3$月$1$日になれば$2$月が過ぎたという理由で$1$歳を加算するからだ。

ところが、法律上はもう少し厳密に決めている。それは、``年齢''とは``満年齢''、すなわち``$1$年が\textbf{満了}した年齢''を指すので、満了時に年齢が$1$歳加算されることとなる。そして、満了時とは「誕生日の前日の$24$時ちょうど」の時刻を指すらしい。そのため、$4$月$1$日生まれで$15$歳を過ごしてきた人は$3$月$31$日の$24$時に$16$歳になり、$4$月$1$日は堂々の$16$歳になっている。したがって、$3$月$31$日に$16$歳である瞬間があるのだ。

これって、数学っぽくないよね。日常生活では、誤解のないように「○日、$24$時」と言うけれど、それは「○日の翌日、$0$時」とまったく同じ時刻を指している。つまり、日付(区間)を区切っていながら
\begin{center}
\bfseries まったく同じ時刻が異なる日付(区間)の両方に属している
\end{center}
という状況が生じているのである。これは数直線では考えられない。数直線をいくつかの区間に区切ったら、境目の点が両方の区間に``同時に''属することはない。詳しくは\textbf{デデキントの切断}で調べるとよいだろう。

なぜ法律上では、数学で起こりえないことが起きているのだろうか。$3$月$31$日から$4$月$1$日にかけての表現を変えて調べよう。

まず、時・分・秒以下を小数点以下の数値で表すことにしよう。たとえば、$31.456$日は
\begin{eqnarray*}
0.456\times 24 & = & 10+0.944\\
0.944\times 60 & = & 56+0.64\\
0.64\times 60 & = & 38+0.4\quad より\\
31.456日 & = & 31日10時56分38秒4
\end{eqnarray*}
である。このように表すと、$31.999\dots$は$31日23時59分59秒999\dots$となって、$999\dots$が延々続く時点が$31$日の満了となる。あえて言えば、それは$4$月$1$日の``まさに直前''と言える時刻なのだが、数学的には$(3月31日23時59分59秒999\dots) = (4月1日0時0分0秒0)$なのである。まさに$0.999\dots = 1$と同じ理屈だ。この部分では数学的であるものの、ことばで表すとなると「誕生日の前日の$24$時ちょうど」と言うしかないのだろう。

そして、このことが$4$月$1$日に満$6$歳である者が小学校に新入学する規則と重なって、$1$月$1$日生まれから同年$4$月$1$日生まれまでが、いわゆる早生まれとして同学年に所属することになっている。早生まれが$4$月$1$日までってことは皆知ってるよね。

$1$年を単位として新入学を決める習慣である以上、$1$日違いで$1$学年違いになることがあるのは避けられない。だから、その境目が何月何日であっても問題はない。ただ、区切りなんだから$4$月$1$日と$4$月$2$日の間が境目になるより、$3$月末日と$4$月初日の間が境目になる方が座りが良いと思うのは自然な感情だろう。そうしたければ、よい方法がある。年齢を基準に新入学を決めるのではなく、ズバリ誕生日で新入学を決めればよい。そういうときこそ数学的表現が役に立つ。

\begin{center}
\bfseries\boldmath $(n-6)$年4月1日から$(n-5)$年3月31日生まれを$n$年度新入生とする。
\end{center}

これで、どうだろう。ちなみに西暦年を用いる必要がある。和暦では、元号をまたぐときに不都合が生じるからだ。そうは言っても、変更は容易ではない。何ヶ所かに渡って条文を変えなくてはならないことは明白である。変更の機会があるとすれば、現在の$4$月入学がたとえば$9$月入学に変更されるときかもしれない。いろいろな条文の修正の一つとして変えてしまおう。

さらに突っ込んで話を続けると、法律の条文に割合としての数値が書かれている場合、たとえば「何々の割合は$100$分の$50$を超えてはならない」みたいな表現をしていることがある。要するに「何々の割合は$1/2$以下にせよ」と言っているのだが、どうしてわざわざ理解するのが難しい表現にしているのだろう。たぶん、数学的に正しい内容を保つためだと思われる。でも、それって数学的であっても、数学っぽくないよね。

いっそ、「何々の割合$r$は$0 < r \leq 1/2$とする」みたいな表現に変えたらよいのではないか。「$100$分の$50$を超えてはならない」でも「$0 < r \leq 1/2$」でも、単に文章を読むだけで済む以上の思考力が要求されることには変わりないが、より正確な表現にするために文章がややこしくなっては本末転倒である。その点、数式なら厳密性に申し分ない。ややこしい文章を正しく理解するために必要な能力も、数式を正しく読み解くために必要な能力も大差ないはずだ。いずれも義務教育の範囲だから問題なかろう、と考えるのは私が法律に無知なためだろうか。たぶん、そうだろうけど。

\end{document}