% それと同じことです
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\section*{▼それと同じことです▼}
メジャー・リーグ・ベースボール(MLB)の話でもしてみようか。MLBのコーチは選手に過剰なアドバイスはしないらしい。もちろん基本は教えるが、その先は選手自身が考えるものと思っている。そして、選手が試行錯誤の末にコーチに何か訪ねてきたらアドバイスをするという姿勢らしい。で、その結果どうなるかというと$\dots$、選手は伸びる。
人を伸ばすという行為は学校でも会社でも必要なことで、現場では様々な取り組みにより生徒や社員の能力を上げたいと思っている。でも、うまくいかない。こんなとき先のMLBの話を耳にすると、「そうだよね。生徒や社員教育もそれと同じことだ。基本だけ教えるべきなんだ。」ということになって、実践に取り入れられる。で、その結果どうなるかというと$\dots$、野放しになる。
何が悪かったのだろう。原因は明白だ。それは、
\begin{center}
「$\sqrt{25} = \sqrt{5^2} = 5$だね。それと同じことで、$x = a^2$のとき、$\sqrt{x} = \sqrt{a^2} = a$だね。」
\end{center}
と言っているの``と同じことだ''からだ。おっと、早くも矛盾するようなことを言ってしまった。ここでは『それと同じこと症候群』を戒めようとしているのに、自分でも``それと同じことだ''などと言って、煙に巻こうとしているんだから。
でも、そうじゃないことを示そう。$\sqrt{a^2} = a$に見えるのは、厄介なことに
\[
\sqrt{5^2} = 5,\quad \sqrt{6^2} = 6,\quad \sqrt{7^2} = 7,\quad \ldots,\quad \sqrt{100^2} = 100,\quad \ldots,\quad \sqrt{1000^2} = 1000,\quad \dots
\]
というように、延々続く真実があるため、$\sqrt{a^2} = a$に見えてもまったく正しいと思えてしまうからだ。
$\sqrt{a^2}$は$a$ではない。$a < 0$のときは、$\sqrt{a^2} = -a$である。なぜなら
\[
\sqrt{(-5)^2} = \sqrt{25} = \sqrt{5^2} = 5
\]
であるから、先頭の$\sqrt{(-5)^2}$と最後尾の$5$を比べれば分かる。$\sqrt{a^2}$が無条件に$a$になるなら、$\sqrt{(-5)^2} = (-5)$であるはずだが、実際は$-(-5) = 5$だ。ここに見落としがある。$\sqrt{a^2} = a$という理屈は$a > 0$という条件で成り立つのであって、$a < 0$でも成り立つわけじゃない。
生徒/社員教育は、経験のある者が経験を積むべき者に指導するということだ。これって、経験のあるコーチが経験を積むべき選手に指導しているMLBと同じ状況じゃない? そして、成功例がMLBのみならず、一部の学校/会社に横たわっている。なんだ、ウチも同じじゃないか。いやいや、全然同じじゃない。MLBの選手ってエリートの集まりだ。MLB風の実践がうまくいってる一部の学校/会社ってのも、実際はエリートの集まりである。つまり、前述の教育方針はエリート集団という条件で成り立つのであって、どんな××の集まりにも成り立つわけじゃない(××には思いついた侮蔑語を入れるように)。
これが、ある閉じたコミュニティーで行われているなら問題ないが、『それと同じこと症候群』は世間に蔓延している。「○○では△△を改善するのに◇◇が行われ成果を挙げた。ウチも△△の改善には、それと同じで◇◇を行わなければならない。」とかね。△△の改善が必要だからといって、○○で行った◇◇がウチでも成功するとは思わないように。「それと同じ」という言葉は、その一言でまったく異なるものでも同じように思えるほどに思考停止をさせる言葉だ。「それと同じ」を使うなら、何が同じなのかを漏れのないように説明しなくてはならない。
\end{document}