% 立式はインターフェイス
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\markright{tmt's Math Page}
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\begin{document}
\section*{▼立式はインターフェイス▼}
\begin{enumerate}
\item[\textgt{問}] ある品物を定価の$2$割引で買ったら$3{,}240$円であった。品物の定価はいくらだったか。だだし、消費税は考えない。
\item[\textgt{答}] $3240\div0.8 = 4050$.\qquad \underline{定価は$4,050$円}
\end{enumerate}
このような問題に対する解答に対し『なんで? その式はどういう意味?』などと思った人、数学は苦手ですね? では、教えましょう。その式に意味を求めてはいけない。だって、意味なんてないんだから。
ちょっと過激なことを言いすぎた。言い直そう。もとの式には意味があったけど、その式になったら意味を考えるべきではない、と。
そもそも数式とは何だろうか。実は、ことばだけで考えると難しいことを扱いやすくするための道具である。ことばで説明されたことを数式にすることで、形式的に扱えるようになるのだ。なにしろ長い年月をかけて、数式はその目的に沿うように整えられたのだから。そのため、数式を扱うときは数式の意味を考える必要がない。むしろ、意味を考える方が邪魔になる。
たとえば、平均時速$23$kmで$7$時間移動するときの移動距離は$23\times7$で計算する。もちろんこの式には意味がある。移動距離は速さと時間の積で求められるからだ。しかしこの式は$(15+8)\times(15-8)$としたり、さらに$15^2-8^2$としたりできる。でもそうなったら、式から速さや時間の意味を見出すことはできない。
では、いまの例(最初の式に意味がある)と先の\textgt{答}(式に意味はない)との違いは何だろう。それは、いまの例で示した式$23\times7$が「立式」であることだ。立式とは、ことばで説明されたことがらを数学的な式に``\textgt{翻訳}''したものである。翻訳だから一対一に対応している。``this is a pen.''を``これ\ は\ ペン\ です。''にするようなものだ。しかし、数式が一般の翻訳と決定的に違うのは、変形が可能であることだ。$23\times7 \to (15+8)\times(15-8)$にはできるが、``this is a pen.'' $\to$ ``a\ is\ this\ pen.''とはできない。翻訳は意味を伴うからである。
数式が意味を伴うのは、立式までである。立式から先の計算は、単に計算なのだ。だから、そこから先に意味を求めてはいけないのである。つまり立式は、意味が大事である説明文と、意味を考えなくてよい数式をつなげる役目、すなわち現実世界と数学世界をつなぐインターフェイスの役を果たしているのだ。冒頭の\textgt{答}に意味がないと言ったのは、その式はすでに立式を通過していたからだ。
だいたい模範解答などは、紙面の``節約''のために大事なことを端折(はしょ)る傾向にある。実は学校の先生だって、時間の''節約''のために肝心なことを端折るのだ。上の\textgt{問}に対する解答のように、ある割合によって得た値からもとの値を求めるとき、もとの値を求める``公式''を「$(もとの値)=(割合によって得た値)\div(割合)$」と覚えましょう、なんて教えていたら、点数には結びついても理解には結びつかないだろう。たとえ、なぜその公式でよいかを説明したとしてもだ。だって、公式さえ覚えれば理屈なんてどうでもよくなるからね。
公式は便利だが、当初の意味を隠してしまう傾向がある。この場合もそうだ。冒頭の\textgt{答}は作為的だったけれど、本来なら\textgt{問}の意味を汲(く)んで\begin{enumerate}
\item[\textgt{答}] 品物の定価を$x$(円)とおくと、$x\times(1-0.2) = 3240$が成り立つ。$\dots$
\end{enumerate}
から書くべきことなのである。これは立派な立式だから、問題文の意味を完全に反映している。もし、ここから始めていれば、$3240\div0.8 = 4050$に意味を考える必要もなく、以降、形式的に計算をすればよい。
数学の勉強をしていると、紙面の節約のため、問題文の翻訳を少し端折った立式が書いてあることもある。冒頭の例なら『$x\times0.8 = 3240$が成り立つ。』とかね。でも、これぐらいなら``誤訳''というほどではないので、空気を読んであげないとダメだな。紙面の節約ってのは、書籍の定価に反映されるものだし。
\end{document}