% 公式は覚えなくちゃダメ?

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\section*{▼公式は覚えなくちゃダメ?▼}

タイトルは``公式は$\dots$''だが、公式じゃない例から始めよう。

高校生なら、とくに理数系を自認するなら、三角比の値なんて九九同様に諳(そら)んじていることだろう。$\sin30$\textdegree は?--- $\displaystyle\frac{1}{2}$。$\cos45$\textdegree は?--- $\displaystyle\frac{1}{\sqrt{2}}$。$\tan60$\textdegree は?--- $\sqrt{3}$。すぐに出るものである。

三角比を知らない、または新しく学び始めた人はこの様子を眺めて、「全部暗記してるんだ」と感心するかもしれない。とくに、教科書をパラパラめくると
\begin{center}
\begin{tabular}{c|ccccccccc}\hline
$\theta$ & $0^\circ$ & $30^\circ$ & $45^\circ$ & $60^\circ$ & $90^\circ$ & $120^\circ$ & $135^\circ$ & $150^\circ$ & $180^\circ$ \\ \hline\hline $\sin\theta$ & $0$ & $\frac{1}{2}$ & $\frac{1}{\sqrt{2}}$ & $\frac{\sqrt{3}}{2}$ & $1$ & $\frac{\sqrt{3}}{2}$ & $\frac{1}{\sqrt{2}}$ & $\frac{1}{2}$ & $0$ \\ \hline $\cos\theta$ & $1$ & $\frac{\sqrt{3}}{2}$ & $\frac{1}{\sqrt{2}}$ & $\frac{1}{2}$ & $0$ & $-\frac{1}{2}$ & $-\frac{1}{\sqrt{2}}$ & $-\frac{\sqrt{3}}{2}$ & $-1$ \\ \hline $\tan\theta$ & $0$ & $\frac{1}{\sqrt{3}}$ & $1$ & $\sqrt{3}$ & -- & $-\sqrt{3}$ & $-1$ & $-\frac{1}{\sqrt{3}}$ & $0$ \\ \hline \end{tabular}
\end{center}
みたいな表が目に入り、「うわっ、これ全部覚えるんだ」と感じるかもしれない。

そんなことを考えるようでは、あんた、数学できないね。それでも「できますよ」と答えるなら、この先の数学の勉強に不安を感じる。なぜかって?

公式とか定理とか、バッチリ覚えて問題を解いてきたでしょ。または、解法をキチンと覚えて問題を解いてきたでしょ。そういうのは決して悪いことではない。必要なことだからだ。

ただ、公式は色々覚えたけど数学が苦手だと言う人がいる。実は、そこには落とし穴があるのだ。公式や解法をしっかり覚えたつもりでも、本当に$100$\%覚えている人は少ない。うろ覚え($90$\%覚え)のまま使ってもうまくいったり、自分勝手な解釈($110$\%覚え)で使ってもうまくことはよくある。だからしっかり覚えたつもりになる。しかし公式などは、知識不足で使ったり、自分に都合よく使ったりすれば墓穴を掘ることになるのだ。

しかし、それ以上に必要なことがあるのだ。公式などは$100$\%覚えればよいというものではない。覚えることは最小限にし、それをもとに組み合わせるのである。といっても、覚える最小限がどれだけのものかは人それぞれである。覚える量について、両極端の例を示そう。数学ができる人に多いのだが、
\begin{center}
覚えることが嫌いだから少なく覚えてたくさん組み合わせる
\end{center}
ということを徹底するか、数学が苦手な人に多いのだが、
\begin{center}
組み合わせることは面倒だから、とにかく覚えてしまう
\end{center}
ということを徹底する、の両極端がある。

両極端にならず、ほどほどな量を覚えればよいのだろうが、不思議なことに人間はどっちかに傾きがちなものなのだ。で、最初に言った「全部暗記してるんだ」というところに戻ることにする。

理数系を自認する人は、三角比の値を全部覚えているものだ。でも、暗記した訳でもない。矛盾しているように聞こえるだろうか。

実は彼女または彼らは、三角比の表を覚えたのではない。なぜなら、覚えるのが大変、または嫌だったからである。では、なぜ三角比の値がスラスラ出てくるのかというと、覚えたのは表ではなく、図だからである。それも、$1:1:\sqrt{2}$と$1:2:\sqrt{3}$の直角三角形の$2$種類だけ。それだけを組み合わせて三角比の値を出しているのだ。人にもよるだろうが、人は文字列を正確に覚えるより、略図を正確に覚える方が、より記憶に残りやすいと思われる。

しかし人間というものは、(問い)$\to$ X $\to$ Y $\to$(結果)のような手順を繰り返していると、いつの間にか反射的に(問い)$\to$(結果)で済ませることができるようになる。これを横で見れば暗記しているように見えるものだが、実際は、暗記などしていないのだ。それは、スポーツの動作を確認しながら練習しても、いつか反射的に体が動く様子に似ている。

愚か者は、だったら最初から(問い)$\to$(結果)を覚えれば早いと考える。そして、それが回り道になっていることに気づいていない。「急がば回れ」という諺(ことわざ)は、まさにこのことを指しているのである。

例で示した三角比の値の表は、同じ値も多く、覚える労力は少ないだろう。もし三角比の値がこれで全てなら、それもよいと思う。しかし、その時点で見えてない先のことがある。三角関数のことだ。そうなると表を暗記するのではなく、単位円を使って求めるのが効率がよい(単位円についての説明は省くので、気になるなら調べてほしい)。だから、先のことを見通している先生なら、表を覚えることは勧めず、$2$種類の直角三角形で済ますように促(うなが)すはずだ。

そして、そのような方法は公式を覚えることにもつながる。いずれ、長く複雑な公式をたくさん覚える必要が生じても、基本を組み合わせて複雑な公式を``すぐに''作れるなら覚えることはないのだ。ここで「覚える最小限がどれだけのものかは人それぞれ」と言ったことを思い出してもらいたい。公式を覚える労力と公式を作る労力を天秤にかけて、自分に合った方を選ぶのが最善である。

公式に限らず、むやみに詰め込めばよいというものではないのだ。自戒を込めて言うが、使いこなせないものが家に溢(あふ)れていたり、場違いなところに身を置いたり/置こうとしたりしてないだろうか。身の丈(たけ)ってことばを思いださないといけないね。

\end{document}