% 計算はできるけど応用が...
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\section*{▼計算はできるけど応用が$\dots$▼}
数学が苦手な人が言う常套句(じょうとうく)に「計算はできるけれど応用ができないんだよね」というものがある。別に数学なんてできなくてもいいとか、計算さえできれば十分だとか思っている人なら、応用問題ができなくても困らないだろう。でも、進学・進級のために少しはできないと困る人にとっては大問題に違いない。計算ができるだけでなく、応用問題もできるようになるためには何が必要だろう。
結論を言えば\textbf{論理的な思考力}と\textbf{数学的な思考力}が必要である。この二つは別物だ。なぜなら、論理的な思考力は物事を筋道立てて考える力、数学的な思考力は物事を数学的な対象(定理・定義など)に置き換える力、と言い換えることができるからだ。ほらね、ぜんぜん違うでしょ。
そのため、応用問題をたくさん解けばできるようになるというほど単純な話ではないのである。肝心なのは、応用問題を解くことで``何を''身につけたかによる。実は、応用問題をたくさん解くことで身につくものは、大まかに$2$通りあると思う。一つは
\begin{center}
\bfseries 解法のパターン(解法のひな型)
\end{center}
である。問題を多く解けば、解いた分だけの解法のひな型が手に入る。もし、あなたが$479+188$を見て足し算としては初めて見る数値の組み合わせだとしても、あなたは正しく$667$を求められるはずだ。それは、足し算のひな型が身についているからである。だから数値を型にはめて計算すれば、どんな数値であっても和が求められるわけだ。
応用問題といっても、学校や受験で扱う問題は解法が限られている。それなら、問題ごとのひな型を身につければ、やることは数値を型にはめて解くだけである。ひな型を覚えるのは大変かもしれないが、それで満点とはいかないまでも合格点を取るには十分だろう。
もし、ひな型はたくさん覚えちゃいるが、どのひな型に当たるか分からないと言うなら、おそらく国語力が不足しているに違いない。国語力とは、日本語をそれが意味する状況や行動に置き換える力で、これが論理的な思考力である。つまり、論理的な思考は国語の勉強で養える。また、問題が巧妙に作られていて簡単にひな型を見抜けない場合はあるだろうが、自然な形で問題が作られていながら見抜けないのは、文章が意味することを数学的な関係に置き換える力、すなわち数学的な思考力がないからである。その原因は、ひな型``だけ''覚えるからだ。解法のひな型を身につけて問題を解こうとするなら、問題文とひな型を関連づけて覚えないと意味はない。
解法のひな型をより多く身につけることは、合格点を取ることが目標の人には悪い方法ではない。覚えたひな型に合わないものは解けないけれど、合格点に達するだけのひな型を覚えていればよいだけのことだ。
しかし、目にしたことがない問題でも解けるようになるには、別の技能が身についていなければならない。それが、もう一つの
\begin{center}
\bfseries 知識の関連づけ(回路のつなげ方)
\end{center}
である。それはどういうことだろうか。
人生の中で何かを解決しなければならないときにも通じることだが、そのとき頼れるのは、その人の経験や知識``だけ''である。もし、解決しなければならない問題が過去に経験したことと同類であれば、同じようになぞっていけばよいだろう。しかし初めて遭遇する問題なら、経験や知識を組み合わせて解決を図るかもしれない。これが回路をつなげるということなのである。
だから数学は、解法のひな型を知らなくても知っている知識を組み合わせて問題を解くことができる。たくさんの応用問題を解くときに、解法のひな型を論理的に探そうとするか、覚えた知識だけを数学的につなげようとするか。この心構えによって、初見の問題が解けるかどうかが決まる。初めて見る問題はひな型を探せないが、知識を組み合わせれば解ける可能性は高い。そのときにつなぎ役を果たすのが数学的対象なのである。
ただし、回路をつなげることは容易ではない。なぜなら、ある問題を解く際、これは知識A, B, Cが関係していると考えたとしよう。では、知識をどの順で用いれば問題が解けるだろうか。
\[
{\textrm A}\to {\textrm C}\to {\textrm B?}\qquad {\textrm C}\to {\textrm B}\to {\textrm A?}\qquad \dots?
\]
その組み合わせは$6$通りある。さらに、知識Dも必要だと気づいたらどうだろう。知識を用いる順は$24$通りに増える。
実際に問題を解く場合はそんなに単純ではないはずだ。知識の量は膨大だし、その中から関係がありそうなものを選び解答に至るためには、どれだけの試行錯誤---つまり道筋を作ること---が必要だろうか。道筋を作る、すなわち筋道立てた考え=論理的考えだけでは不足なのである。だから、多くの人は途中で諦めてしまうのだ。そんなことなら、解法のひな型が覚えたものの中にないときは、新たなひな型を追加で覚える方が楽かもしれない。でも、大抵は無制限にひな型を覚えられないものである。
計算はできるけれどと言う人は、計算のひな型を覚えるところで止まっているのだ。計算は四則演算以外に、指数・対数や三角比の計算などがあるけれど、それらのひな型なんてほんの数種類である。覚える量は大したことない。応用問題までこなしたいなら、解法のひな型を限界まで覚えるか、回路を延々つなぐ努力が必要なのである。
ただ、回路をつなぐには「正しくつなぐ」ことが重要だが、これが結構難しい。
例として、ときどき$\sqrt{25} = \pm5$などという勘違いを見かけるが、このようなことが起こるのは、覚えた知識を正しくつなげていないことにある。この場合の知識とは、
\[\left\{
\begin{array}{l}
「2乗してaになる数をaの平方根という」\\
「aの平方根を\pm\sqrt{a}で表す」
\end{array}
\right.\]
である。これを正しくつなげれば
\begin{center}
『$2$乗して$a$になる数を$\pm\sqrt{a}$で表す』
\end{center}
となるのだが、正しくつなげないとおそらく『$\sqrt{a}$は$2$乗して$a$になる数である』のようになってしまうのだろう。$2$乗して$a$になる数は正負$2$個あるので、$\sqrt{25} = \pm5$としてしまうのだ。
こんなことになるのは筋道立てて考えることができていないからだが、幼少の頃から物事を順序立てて行っていれば自然と身につく感覚であろう。数学でつまづく人というのは``この辺りから''あやしいのだ。しかし、この例は裏に数学的な思考が隠れているのである。実はここでの知識は定義に基づいている。つまり数学的対象をつなげる力を要する。論理的思考と数学的思考が身についていれば、意識しなくとも$\sqrt{25}$は平方根を求めた後の$+\sqrt{25}$であって、平方根を求めるための記号ではないことが感覚的に分かるものなのだ。勘違いが起こる原因は数学的思考力の不足なのだ。そして、そのことが遠からず「計算はできるけど$\dots$」を招いている。
\end{document}