% 「人一倍」の倍率
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\section*{▼「人一倍」の倍率▼}
人一倍の努力ということばがある。(他)人(の)一倍の努力なら人並みの努力じゃないの?と思うのだが、本当は「人(の)一倍(増し)の努力」であるらしい。一倍増せば二人になる。昔はこのように言って「人一倍、イコール、人二人分」を意味したようだ。だから「人(の)二倍(増し)」という言い方もありで、現代では三倍の意味になる。つまり人一倍とは、『×人・一倍』のように切るのではく『○人一・倍(人ひとりの・倍)』と切る方が、現代風なのだろう。魔方陣が『×魔法・陣』ではなく『○魔・方陣』と切るのが正しいように、また、太平洋と大西洋が『○太平(泰平)・洋と○大・西洋』と区別されるように。
で、ここからは与太話---私の勝手な解釈---を述べよう。たとえば子/孫が難関大学なんぞに合格したら、親/祖の親なら「それじゃあ『人一倍』努力しないとだめだね」とか言いそうだ。すると、それを耳にした子/孫は「人の$1$倍努力すればいいなら楽勝さ」なんて返すのかもしれない。で、返された方は「いやあ、一本取られたね」なんて言って、微笑ましい光景になったりする$\dots$だろうか?
このような場合、親/祖の親がする最適な行動はただ一つだ。ガツンと子/孫に
\begin{center}
\bfseries 自分勝手に解釈を捻じ曲げて、都合のよい話にすり替えるんじゃない(笑)
\end{center}
と言ってやることだ。大事な点は\textgt{(笑)}を忘れないこと。険悪な雰囲気になっちゃうからね。
おっと、本当に大事な点は「勝手に解釈を捻じ曲げて」いる点だ。捻じ曲げは「人一倍」を「人の$1$倍」にしたことである。ここには二つの捻じ曲げが含まれている。
一つは、「人一倍」という一語を「人の、$1$倍」にすり替えたこと。「人一倍」は(冒頭で『人一・倍』と言っているものの、現代では)「とんでもない」と同様、分割する語ではない(と思う)。このごろは「とんでもない」を丁寧に言ったつもりで「とんでもありません」などという、とんでもない使い方をしているが、「申し訳ない」とは語の作りが違うのだ。「申し訳ない」は「申し訳(言いわけ)」が「ない」ことなので、「申し訳、ある」場合もあるだろうから、丁寧に「申し訳、ありません」と言い換えるのはありだ。しかし、「とんでもない」は「とんでも」が「ない」わけではない(私の解釈が間違っていたら申し訳ない)。そのような語は「切ない」「危ない」「汚い」などいくらでもあろう。もっとも、言葉は``生き物''だと思うので、時代が変われば使い方や意味が変わっていくのは仕方ない。だから、この捻じ曲げは受容できる。受容できない人もいるだろうけど、私は受容しますよ。
でも、もう一つは受容するわけにはいかない。数学の視点に関わるからだ。「人一倍」と言った場合の``人''と「人の$1$倍」と言った場合の``人''では指すものが異なる。人一倍の人は``人間''を指し、人の$1$倍の人は``他人''を指している。一倍も$1$倍も$100$\%を意味することに違いはないのだが、「人間の$100$\%」と「他人の$100$\%」では明らかに基準が異なってしまっている。
「人一倍(人間の$100$\%)」とは能力の全てを意味する。しかし、そもそも人間は己の能力の$100$\%を使い切れない。あえて言うなら、超一級の研究者やトップアスリートが研鑽(けんさん)に努めた先が「人一倍」である。一般の人間ならせいぜい「人半分」でも努力していれば大したものである。流れに身を任せる生き方なら「人四半分」程度だ(私はこれである)。だから「他人の$1$倍」の努力では人間の能力の$25$\%程度にしかならない。これを$3$倍、$4$倍して人一倍に近づくのである。
結局のところ、「人一倍」は人間の能力全体を$1$と見て、「人の$1$倍」は人間が使っている能力の現状を$1$と見ている。したがって「人(間の)一倍努力する」と「(他)人より何倍も努力する」は同じ意味である。すると子/孫の言う「人の$1$倍努力すればいいなら楽勝」発言はたしかに話のすり替えであり、見過ごすことはできないのだ。
でも人間ってやつは、話をすり替えたり一部だけ切り取ったりして、自分に都合よい方向へ持って行きたがるものである。私もその例に漏れない。実際「人一倍」を「裸一貫」のような一語のことばとして扱ったのは話のすり替えだ。物事を公正に見ようとするなら、人一倍の洞察力が必要なようだ。
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