% ゲーム差の怪

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\section*{▼ゲーム差の怪▼}

スポーツなどでリーグ戦を催(もよお)す場合、優勝もしくは上位・下位を決める方法は様々だ。勝ち$3$点、引き分け$1$点、負け$0$点などとする「勝ち点制」や、単に勝ち数のみで決する「勝利数制」や、勝率で決める「勝率制」などがある。最終的な優勝はそれぞれの制度で最上位の者・チームに輝くのだが、開催中の途中経過として現状の「差」を表すものに「ゲーム差」という考えがある。

たとえばAチームとBチームが$1$試合を消化すると、
\begin{center}
\begin{tabular}{ccccc}
チーム & 勝 & 負 & 分 & ゲーム差 \\ \hline
A & $1$ & $0$ & $0$ & --- \\
B & $0$ & $1$ & $0$ & $1$ \\
\end{tabular}
\end{center}
みたいな結果が残る。この場合Aチームは優勝に向け、Bチームに対して$1$試合分先行したことになる。逆にBチームは$1$試合分遅れをとってしまった。このことを表すのがゲーム差である。

もし、AチームがBチームの休養日に試合をして勝てば、Bチームとのゲーム差は広がるが、それは$1$試合分ではない。双方が試合をして$1$ゲームの差が生じるので、一方だけが試合をしたのなら$1/2$相当のゲーム差しか生じないので
\begin{center}
\begin{tabular}{ccccc}
チーム & 勝 & 負 & 分 & ゲーム差 \\ \hline
A & $2$ & $0$ & $0$ & --- \\
B & $0$ & $1$ & $0$ & $1.5$ \\
\end{tabular}
\end{center}
となる。結局どういうことかと言えば、(BチームのAチームに対する)ゲーム差とは
\[
ゲーム差 = \frac{(勝ち数の不足分)+(負け数の超過分)}{2} \quad(※)
\]
である。だからこの場合、Bチームのゲーム差は$(2+1)/2 = 1.5$と計算できる。

当然ゲーム差で差をつけられた方が成績下位になるのだが、プロ野球のように勝率制で上位・下位を決める場合はその限りではない。たとえば
\begin{center}
\begin{tabular}{cccccc}
チーム & 勝 & 負 & 分 & 勝率 & ゲーム差 \\ \hline
A & $7$ & $4$ & $3$ & $.636$ & --- \\
B & $10$ & $6$ & $0$ & $.625$ & $-0.5$ \\
\end{tabular}
\end{center}
のようなことが起こる。ゲーム差の観点で見れば、BチームがAチームに対して、勝ち数の不足分が$-3$で負け数の超過分が$2$なのでゲーム差は$(-3+2)/2 = -0.5$、すなわちBチームはAチームに対して$-1/2$試合分遅れをとっている、つまり実際は$1/2$試合先行していることになる。にも関わらず勝率はAチームの方が高いので、Aチームが上位になるのである。

このようなことは、試合数が少ない時期によく見られることなので何の不思議もないのだが、なぜそんなことになるのだろうか。それは、試合を消化しても引き分けや$1$勝$1$敗がゲーム差に影響を与えないからである。それは(※)を見れば分かる。この式は、はなから引き分けは考慮されていないし、一方のチームが$n$勝$n$敗を積み上げても勝ちは不足、負けは超過としてカウントするので、$n$勝$n$敗は$n$が相殺(そうさい)されてしまうからだ。つまりゲーム差と勝率は別物なのだ。

しかし勝率の計算では$n$勝$n$敗は相殺されない。$n$勝$n$敗の勝率は$.500$なのだから、これが積み上がることで、元の勝率が$.500$でない限り元の勝率を変化させる要因となる。具体的には$5$勝$3$敗(勝率$.625$)に$1$勝$1$敗が積み上がれば$6$勝$4$敗(勝率$.600$)となって勝率を下げる要因になる。元の勝率が$5$割未満なら、逆に勝率を上げる要因となるのである。

で、問題はここからだ。$1勝1敗 = .500$なのだから、$1$勝$1$敗は元の勝率が$.500$より高ければ勝率を下げる要因となり、元の勝率が$.500$より低ければ勝率を上げる要因となる。ということは、たとえば$3勝2敗 = .600$については、元の勝率が$.600$より高ければ勝率を下げる要因となり、元の勝率が$.600$より低ければ勝率を上げる要因となるはずだ。実際、先の例では、Bチームが$7$勝$4$敗$0$分から$3$勝$2$敗を積み上げて$10$勝$6$敗$0$分になったと考えれば得心がいくだろう。

これは何も$3$勝$2$敗に限ったことではなく、たとえば$2勝1敗 = .666\dots$を積み上げる際は勝率$.666\dots$を境に、$2勝3敗 = .400$を積み上げる際は勝率$.400$を境にゲーム差と勝率で食い違いが起こる。試合数が少ない時期に目にしやすいのは、極端な高勝率や低勝率が現れやすいからである。

では、リーグ戦の終盤はそのようなことは起こりにくいかというと、そうでもない。上位$2$チームが勝率$.571$($4$勝$3$敗の積み上げに相当)を超えて競っていたら十分起こりうる。たとえば
\begin{center}
\begin{tabular}{ccccccc}
チーム & 勝 & 負 & 分 & 勝率 & ゲーム差 & 残り試合 \\ \hline
A & $78$ & $57$ & $0$ & $.5777$ & --- & $7$ \\
B & $78$ & $57$ & $0$ & $.5777$ & $0$ & $7$ \\
\end{tabular}
\end{center}
という状況で残りの$7$試合を、Aチームは$4$勝$3$敗$0$分で、Bチームは$0$勝$0$敗$7$分で終えて
\begin{center}
\begin{tabular}{ccccccc}
チーム & 勝 & 負 & 分 & 勝率 & ゲーム差 & 残り試合 \\ \hline
A & $82$ & $60$ & $0$ & $.5774$ & --- & $0$ \\
B & $78$ & $57$ & $7$ & $.5777$ & $0.5$ & $0$ \\
\end{tabular}
\end{center}
のような結果になったとしたら、Bチームはゲーム差で$1/2$ゲーム劣るものの勝率でAチームを上回る。最後に$4$勝$3$敗$0$分と勝ち越したAチームが、最後に$0$勝$0$敗$7$分だったBチームに優勝を拐(さら)われる結果になるのだ\footnote{ちなみに、Aチームの積み上げが$8$勝$6$敗(積み上げの勝率は$4$勝$3$敗に等しい)なら、$1$ゲーム差上回りながら勝率でBチームに劣後する。さらに積み上げが、$12$勝$9$敗なら$1.5$ゲーム差、$16$勝$12$敗なら$2$ゲーム差、\dots という具合に、ゲーム差で際限なく上回れても勝率で劣後する。要するに、$W$勝$L$敗(勝率$W/(W+L) > .500$)を超えた$2$チーム間では、$a$勝$b$敗($a > b$)を積み上げても、積み上げる勝率が$a/(a+b) < W/(W+L)$であれば、ゲーム差で上回っても勝率で劣後することになる。}。まさに鳶に油揚げ! $0$勝$0$敗$7$分って、何にも試合をしなかったのと同じじゃない? Aチームやそのファンは納得するだろうか。

でも、規則は規則だからね。どんな不条理な規則でも、規則は守ってこそ意味がある。規則に不満があるなら、規則を破るのではなく規則を変えればよいのだ。もっとも、一度決めた規則で始めたら最後まで規則に従うしかないね。規則を変えるなら、物事を始める前に整えておかなくちゃだめだよ。先を読む能力は重要である、という教訓だ。MLB(メジャーリーグベースボール)に引き分けがないのは、こんな稀な例が起こる可能性まで見越した上のことなら、先見の明ということばはまさにこのためにある。

\end{document}