% 伝承のタレはいつも新鮮
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\section*{▼伝承のタレはいつも新鮮▼}
蕎麦(そば)や鰻(うなぎ)の老舗(しにせ)には、代々伝わる秘伝?のタレがあったりする。それは、創業時からのタレを継ぎ足し続けて、いまも創業時の味を守っているというものだ。きっと先代の味が染み付いているのだろう。だから火事などで店の消失危機が迫ってくると、真っ先にタレが入った甕(かめ)を持ち出すとも言われる。
でも、そんなに古くからのタレがなぜ傷まないのか不思議だ。保存の秘訣でもあるのだろうか。そう、あるのだ。それは保存の秘訣というより、タレがいつも新鮮に保たれているからである。え? 新しいタレを継ぎ足すといっても、古いタレはいつまでも残ってるんでしょ? それなら、新鮮というのはおかしくないか?と思うものだ。でも実際、継ぎ足すシステムってのは、タレを新鮮に保つシステムなのだよ。
ちょっとしたモデルで検証してみよう。
\begin{center}
\begin{tabular}{r|c|c|c|c|cl}
& 一日目 & 二日目 & 三日目 & 四日目 & 五日目 & $= \frac{256}{256}$ \\ \hline
始め & $1$ & $\frac{3}{4}$ & $(\frac{3}{4})^2$ & $(\frac{3}{4})^3$ & $(\frac{3}{4})^4$ & $= \frac{81}{256}$ \\
継ぎ足し1 & & $\frac{1}{4}$ & $\frac{1}{4}(\frac{3}{4})$ & $\frac{1}{4}(\frac{3}{4})^2$ & $\frac{1}{4}(\frac{3}{4})^3$ & $= \frac{27}{256}$ \\
継ぎ足し2 && & $\frac{1}{4}$ & $\frac{1}{4}(\frac{3}{4})$ & $\frac{1}{4}(\frac{3}{4})^2$ & $= \frac{36}{256}$ \\
継ぎ足し3 &&& & $\frac{1}{4}$ & $\frac{1}{4}(\frac{3}{4})$ & $= \frac{48}{256}$ \\
継ぎ足し4 &&&& & $\frac{1}{4}$ & $= \frac{64}{256}$ \\
\end{tabular}
\end{center}
表は始め、つまりタレを作り始めた一日目めから、日ごとに継ぎ足しを繰り返した様子を五日目まで示している。この場合のモデルは、一日でタレの$1/4$を使い、使った分を新たに継ぎ足すというものである。そのことは二日目を見ればわかる。始めのタレが$3/4$の量になり、新たに$1/4$のタレ(継ぎ足し1)が混ざった状態になっている。これは、それまでのタレが常に$3/4$倍になり新たに$1/4$が加わることを意味するので、何日目であっても$1/4$の行から上はすべて前日の$3/4$倍になっているのである。
表から五日目のタレの混ざり具合は、始めのタレが当初の$81/256$、つまり約$1/3$になったことがわかる。いちばん新鮮な、継ぎ足したばかりのタレ(継ぎ足し4)は、もちろん全体の$1/4$を占めている。
六日目を計算すれば、始めのタレが$243/1024$、継ぎ足したタレが$1/4$を占めることはすぐわかる。このようにタレが継ぎ足されると、いつでもタレの半分以上は数日前までに仕込まれたタレなのだ\footnote{四日目以降のどんなときでも、いちばん新しいタレは$1/4$、前日のタレは$1/4(3/4)$、前々日のタレは$1/4(3/4)^2$なので、$1/4+1/4(3/4)+1/4(3/4)^2 = 37/64$は三日以内のタレになる。}。
モデルは入れ替わるタレの量を$1/4$としたけれど、繁盛店ならタレの$1/2$以上が入れ替わっているかもしれない。もしそうなら、モデル以上に新鮮さが保たれることになる。繁盛店の味がいつも変わらず美味しいのは、タレが新鮮だからなのだ。
すると繁盛しすぎる店ではタレの$99$\%が入れ替わり、$1$\%の伝承されたタレに新たにタレを継ぎ足すようなことが起きているかもしれない。それは、もはや毎日新しいタレを使っているに等しい。というより、そんな状況なら残った$1$\%のタレは捨てた方がよくないか? $1$\%の伝承されたタレに新たにタレを継ぎ足す行為は、甕を洗うことなく使い回すことと変わらないからね。ま、そういうときはさすがに甕を洗うだろう。
要するに繁盛している老舗ってのは、新鮮なタレによって代々伝わった味を保っているのである。じゃあ、タレが結局は新しくなるなら、継ぎ足しの意味はないのかって? そうとは一概に言えないだろう。継ぎ足しが$1/4$なら、タレの味が急激に変化することはないはずだ。でも、タレを``全とっかえ''した場合は、日によって味にばらつきが出る可能性を否定できない。安定した味を保つためには、少しずつタレを入れ替える方が合理的なのである。
精密な計量機器や優れた保存環境がなかった時代、このような継ぎ足しが一定の味を長期間にわたって保ち続ける工夫だった、で済ませてはいけない。現代の優れた技術を何の工夫もなく受け入れることに慣れてしまった人こそ、教訓にしたい事例だ(って誰に言ってんだ? オレにか?)。
\end{document}