VJEの歩み 萩原健バックス社長に聞く(6)

目次

6 個人サポート終了と今後

冒頭に述べた通り、2005年7月、バックスからユーザーに向けて「個人向け製品サポート終了」の案内が出された。なぜ、今、サポートを終了したのか。今後VJEは静かに消滅していってしまうのだろうか。また、萩原社長も、日本語入力関係からは離れていってしまうのだろうか。

6-1 なぜ今個人向け製品サポート終了か

太田: なぜ、今この時期に個人向け製品のサポート終了を決断したのでしょうか。

萩原: Webでものを売るというヤフーのビジネスとパソコンソフトを店頭で売るというバックスのビジネスの接点は少ないですよね。

太田: それは、ソフトバンクとしてではなく、ヤフーとしてということで。

萩原: そうです。ヤフーの中でDTPソフトをどうするかいろいろ考えたのですが、あまりいい方法が思いつかなかった。そうしているうちに、ヤフーがクレオの資本の40%を持ち、連結する同じグループになった。なので、クレオにパッケージソフトビジネスを集約すればいいのではないかという話になり、7月15日からパーソナル編集長を移管することになったんですよ。バックスでのサポートは3か月後には終了することになり、VJEはどうしようかということになったんです。月に50〜100本程のビジネスを残しても仕方がないのでやめてしまおうということになった。

太田: 会社の経営体制が変わってきたことと、わずかなパッケージビジネスを残すことがかえって大きな負担としてのしかかってくるようになったということですね。

萩原: それで、やめたのはパソコンショップ販売する仮名漢のビジネスで、OEMはまだ続けています。パッケージは逆にただにしちゃう選択肢もあるじゃないですか。まだいろんな方向があると思います。

太田: ただにする、ということが萩原社長の口から出るとは思っていなかったので、びっくりしています。AIソフトには、各方面からWXをフリーソフトにしてほしいという働きかけがあるようです。WXGは可能性があるが、WXIIIは辞書に関する権利関係が複雑で難しいらしいです。
商売になっていないものの、Windowsの日本語入力プログラムのリソースは、デービーソフトやKatana、FIXERなど宙に浮いてしまっているものがいくつある状況です。その中でVJEは市場を作ってきた存在だと思っていたので、それを作った人からフリーソフトにするという言葉が出てきたのは大きい。OEMや組み込み用がまだあることは理解しています。いま携帯端末でCompact-VJEが動いている端末はどのようなものがありますか。

萩原: 京セラさんをはじめとしていくつかのメーカーの端末に載っていますよ。商売にはなってます。

6-2 パッケージビジネスの衰退

太田: 携帯端末以外で、日本語入力プログラムで商売になるものはありますか。なにかビジネス戦略を考えていますか。

萩原: 商売になるものは難しいですが、例えば、予測辞書はもう少し手を入れられそうじゃないですか。Webでデータをたくさん集められるので、そこから統計をとって共起関係を調べることが出来そうですよね。

太田: Web上のデータをそのまま辞書にしようというアイデアや、現実にWebアプリにしたものが世の中にいろいろと出ています。しかし、それでお金を稼げるようにはなるのかどうか、お考えはありますか。

萩原: パソコンのアプリケーションソフトでは、お金をもらえないんですね。特に日本語入力で、それが出来るのは、大手しかないんじゃないかな。

太田: 例えば、ヤフーのWeb上の機能に日本語入力プログラムの技術を組み込みお金をもらう、組み込みに近いビジネスになるのでしょうか。

萩原: そうですね。そういうのもあるかもしれませんね

太田: 日本語入力プログラムではパッケージは厳しい。

萩原: 新規参入は不可能に近いでしょうね。

太田: そうなるとジャストシステムでも厳しくなるのじゃないかと。

萩原: 一太郎は売れているでしょうけどね、ATOK単体だと大変かもしれませんね。ジャストシステムも、企業向けにConceptBaseを売り込むなど転換しようとしていますよね。

太田: 一般ユーザー向けのパッケージに比べ、企業向けは本数で見ると厳しいんじゃないかと思っています。

萩原: その代わり、値段が高いですから。

太田: VJEを売っていて、単価ベースが下がって商売が厳しいと思ったのはいつごろですか。

萩原: 1万円を切った辺りですかね。MS-IMEが標準添付になったことで、先はないなという感じがしました。

太田: 一番初めのMS-IMEが出たときからですか。

萩原: そうです。

太田: NECのMS-DOSに日本語入力プログラムが載っていたのは恐くなかったですか。

萩原: あまり恐かったという記憶はありませんね。MS-IMEはそこそこの使い勝手になっちゃいましたからね。こだわる人から見れば「つまらない」「物足りない」ということもあったかもしれないが、一般ユーザーはどうにか使えちゃいますからね。

6-3 VJEの20年とは

太田: VJEの20年を総括し、それぞれの時期について改めて一言ありますか。

萩原: いちばん黄金期はAXパソコンが出来たときに、早い時期に開発に着手したこともあって、AXパソコンではVJEがほぼ標準の日本語入力プログラムということになりました。あのときは面白かったですね。新井と営業に行ったのですが、午前中1社契約をもらい、午後もう1社回ったらそこでも契約をもらえました。そういう勢いがあった時期が一番懐かしい。

太田: AX全体で出た台数はどのくらいだったでしょうか。

萩原: パソコンメーカーではなかったところも出したから結構ありましたよね。

太田: AXの標準のインタフェイスが、最終的にMS-Kanji APIになります。

萩原: そうです。僕も(会合に)中心的に出ていましたね。

太田: そこでは顔が売れましたね。

萩原: そうですね。

太田: プログラム開発の面では、楽しかったのはいつごろですか。

萩原: Deltaの時期が楽しかったですね。AI変換とか、技術的に。

太田: 胃が痛くなりませんでしたか。

萩原: ATOK8に先を越されちゃったので、「もう出しちゃったの」という感じで、大変でしたよ。

阿部: 開発は、変換出来ない言葉を一つ一つ(手作業で)潰していったのですか。

萩原: IME METERを作ってからは、小説や新聞を片っ端から入力したコーパスデータを定期的に流して、間違ったところをチェックして直していく。もう1回流して、結果がどうなるか、と。IME METERはほかの日本語入力プログラムも評価出来るので、それで比較して、「なんでこっちはこんなに出来るの」と見て、調べていました。

太田: 思ったより、萩原社長個人の成果が大きかったのにはびっくりしました。

萩原: ユーティリティなどをほかのOSに移植するにも、OSを知っている人がいなければならなかったので。

阿部: Macに移植したときに、変換エンジンと他の部分を切り離していたという話がありましたが、いつごろでしたか。

萩原: AT&TのUNIX(3B2)に載せたときに綺麗にしたんですね。

阿部: そのときには他の機種に移植することを意識していましたか。

萩原: そうですね。OEMビジネスを結構意識していましたし。まだストリームデバイスに日本語入力プログラムを入れるしかなくて、XIMやIIIMFがなかった時代ですね。

太田: ストリームに日本語入力プログラムを載せるのはSystem Vのデフォルトのやり方で、NECが「いろは」でストリーム仮名漢を作られました。各社どうやって日本語入力をしていたのでしょうか。あの当時UNIXで日本語入力をあまり必要としていなかったのでしょうね。

萩原: サーバー用途がほとんどでしたからね。

6-4 VJEと萩原社長の今後

太田: VJEでやり残したことはありますか。

萩原: 学習機能なんかはやり残しましたね。まだ、改良の余地があると思います。

太田: OEMビジネスを含めて、学習に関して開発する余地はあるのかでしょうか。萩原社長としては関わっていきたいという気持ちはありますか。

萩原: そうですね。やってみたいですね。

太田: VJEを開発してきてよかったこと、満足していることはどんなところがありますか。

萩原: 当たり前のようにパソコンで日本語が扱えるようになったわけですが、それに少しだけですけれど貢献できたことでしょうか。

太田: 日本語入力プログラムを開発してきた技術は、ほかのことで役立てられていますか。

萩原: 今も実はその先(延長線上)を進んでいるんですよ。VMAという形態素解析エンジンをやっています。

太田: 形態素解析エンジンは、chasen(茶筌)などフリーのものも最近出ています。そこにVJEの技術を使うことでメリットになることがあると思うのですが。

萩原: 基礎になる理論は、向こうの方がしっかりしていますね。MeCab(和布蕪)などもなかなかいいですね。VMAも最近になって、ようやく、追いつき追い越せたと思います。かな漢字変換のアルゴリズムは、2文節最長一致とか、文節数最小法とか、最小コスト法というところまで来ましたよね。形態素解析を見ていると、隠れマルコフモデルというモデルがあって、そこで単語自体の使われる確率と、品詞から品詞への状態の遷移する確率を掛け算して、最大確率のパスを正しいものにするというのが学術的に理論的に話が通っているんじゃないか。結局最小コスト法というのはそこにマージされていくというか、理論的な裏付けが作られたということで、しばらくは隠れマルコフモデルをベースにしたやり方で出来ると思います。

太田: 隠れマルコフモデルに関しては、Anthyなどの開発をされている方々がそうした理論をベースにされている。しかしCPUやメモリを非常にぜいたくに潤沢に使う方向にあり、学術的にはともかく実装的には、我々が使ってきた日本語入力プログラムとは大分趣が違う感があります。萩原さんが、隠れマルコフモデルの考え方を知ったのはいつごろですか。

萩原: それほど昔ではないです。VMAの性能を上げようと思って調べていたら見つかりました。

阿部: VJEの実装としては最後までn文節最長一致法をベースにした。

萩原: そうですね。最小コスト法でも、どこまでの長さの文章取るかというと、通常の入力では3文節4文節辺りでコスト計算をしていると思うんですよね。実際には(n文節最長一致法と)それほど差がない可能性がありますね。違うのは辞書や付属語テーブルのチューニングの差で、そういう部分での微妙なところが効いてくるんじゃないですかね。

太田: VJEに関して満足したということではなく、まだまだ楽しみは残っているということでしょうか。

萩原: 仮名漢字変換ということではないですが、言語処理の延長にはまだまだやることがあって、続けています。

太田: バックスの意向だけで出来るかどうか分かりませんが、VJE自体にもフリーソフトなどの道があるのでしたら。そういうときが来たら、私もいろいろとよだれを垂らして待っていますから。(笑)

萩原: (笑)

=了=


作成日: 2006年 1月 15日 日曜日