「政治」tommyのつぶやき2002年

 日経新聞によれば、もめにもめた政府のデフレ対策、銀行の不良債権処理について、竹中経済財政・金融大臣の示す背水の対策案も、金融庁官僚や、自らの責任を省みず反対する金融関係の経営者連と自民党内部の族議員に阻まれ、今一つ精彩を欠く内容となったようだ。

 特に、公的資金を注入して迅速化を図る不良債権処理の加速策での税効果会計(税金の将来の還付を見込んで自己資本を積み増す会計処理)の見直しについては、実施時期を明記せず、あいまいにして事実上先送りとなっていて、自己資本不足に陥って公的資金を受け入れる金融機関の経営者責任があいまいとなっている。

 現在の金融関係の不良問題は、元々金融機関の経営責任に負うところが多く、それによって経済不況をきたし、われわれ庶民の預貯金もほとんど利子を生じない無利息で銀行に眠っているし、生保関係では、むろん利子は付かず、養老年金などにおいては、当初契約時の生存年金の支給など、金融不況の理由によって支払われないことが当然と考えて実行されており、公的な詐欺ではないかと憤慨やる方無いのが実情ではなかろうか?

 景気の良いときには、自社社員には年四回の高額なボーナスを支給し、景気が悪くなると預金者にしわ寄せの無配、無利子ではたまったものではない。ペイオフなどと言う制度も良く考えてみれば、まさに横暴と言って差し支えあるまい。反対に貸し渋り等により弱い中小企業の負債者保護は無視されているのではなかろうか? 政府は弱い国民の側に立って、強者厳罰、弱者救済の施策を議論してもらいたいものだ。( Oct. 31. 2002 )


 道路公団民営化について検討している政府の諮問機関である道路関係四公団民営化推進委員会がまとめた中間報告について、自民党内部の道路族議員から猛反発が起こっている。野党側から改革が手ぬるいと反発があるのならわかるのだが、政府が進めている道路公団民営化の推進案について、与党である自民党議員が反対するという不可思議な構造に、私達一般国民は納得がいかないのではなかろうか?

 特にテレビなどのメディアを通じて、民営化推進委員である猪俣直樹氏と、自民党の公共事業族(?)江藤・亀井議員などの論戦では、全く論点がすれ違っていて歯車が噛み合っていない。亀井議員の主張する高速道路等の建設凍結あるいは建設見直し案に反対する理由は、

  @ 国が建設を決めたことを中止することは出来ない。

  A 地方の発展にとって道路の建設は重要である。

  B 高速道路は、災害発生時の救助・緊急輸送路として必要である。

  C 民営化して、競争によるコスト削減やサービス向上は、利用者が異なるため成り立たない。

  D 道路の建設は国の事業であるから、税金を使ってやるべきで、債務償還などの財源もODA予算から出せば良い。

 などの発言があるが、全て建前論だけで何の裏付けもないように思えるし、目的と手段の区別も無い。
 先ず、道路民営化を何故やるかについて政府の方針を明らかにしてから討論すべきであり、

  1.国の財政逼迫に際して歳出を減らす。

  2.債務をこれ以上増やさず、40兆円を越す債務償還を先送りにしない。

  3.不要不急の道路の建設を抑制する。

  4.道路公団の中身を明らかにして、コストの削減をする。

  5.国が関与する道路建設を限定し、受益者負担として地方に委ねる。

などの目的(表現は適切でないかもしれないが)から考えると、亀井氏らの主張は目的から逸脱しているものが多いことが解かる。

 先ず、国が決めたことを中止するなと言うのは、何の根拠も無い。また、地方の発展にとって道路建設が重要でないとは誰も言っていない。まして全ての道路建設を中止にするとも言っていない。計画を見直して建設を継続するかどうかを決めるために、一時凍結すると言うことである。また、災害発生時の緊急輸送路としての重要性を強調しているが、何も緊急輸送は高速道路に限らないし、道路が被災すれば用を成さない。ましてや、高速道路は被害を大きくする恐れもある。コスト削減について、民営化が何の役にも立たないといっているが、道路公団の実態を明らかにしていないし、根拠は薄弱で立証できていない。道路は国の事業だから税金を投入すべきだと言うのも、全く現在の財政状況を無視した暴言としか思えない。

 以上の考察から考えても、亀井氏ら自民党道路族の反対は、既得権を死守するためのものと思われても仕方が無いし、従来の公共事業のやり方をそのまま継続するだけで、これらの考え方では行財政、構造改革を妨げ、日本の将来を危うくするのではないだろうか? 反対するなら、観念的ではなく、立証できる根拠をデータで明確に示すべきではないだろうか? 貴方の考えは如何ですか? ( Sept. 4. 2002 )


 “国民総背番号制”、言われ始めてから久しい。ついに住民基本台帳ネットワークが今日から稼動される。

 国民一人、一人に11桁の番号をつけ、住所、氏名、性別、生年月日の4情報が管理の対象になるという。個人情報保護法案が確立されていないとして、6つの自治体が反対して完全実施とはならないが、見切り発車することになる。これまた一方的な政治の横暴か?

 ネットワークのセキュリティの不完全さについては、ご存知の通り。コンピュータの信頼性は、扱う人間の信頼性に左右される。コンピュータは、人間の命令を忠実に実行する代わりに、その人間性までもは判断できない。コンピュータは所詮人間が作ったものであり、コンピュータ・ネットワークもその延長上でしかない。

 IT技術の立ち遅ればかりを気にして、その本質的な問題点の解決を先送りにしている政治家の判断に誤りが無ければ良いが? 問題が発生してからでは遅すぎる。それこそ我が国の弱点である危機管理体制と同じだ。何のためのネットワークか、目的と手段を取り違えるな! ( Aug. 5. 2002 )


 市会議員の定員数削減のために市条例改正の住民主体の署名運動に付いては既に述べましたが、本日、それを決定する当市の市議会本会議の傍聴に出かけました。

 私も初めて市議会の傍聴に行きました。既に述べたように、市会議員の定員数削減を請求して、それを当の市会議員達が市議会で検討するわけですから、自分達の首を締め付けるような決定は下さないだろうとは予測していましたが、それ以前に、当市の市会議員のレベルの低さにあっけに取られてしまいました。原稿の棒読みはともかく、質問に立つ議員の言葉の意味がよくわからないし、賛成、反対の意見の内容についても、これが当市のレベル? と首を傾げてしまいました。

 特に女性議員の発言は、とても市政の検討を彼女達に預けるには忍びない状況です。女性議員を増やすためには、議員数の削減はマイナス効果だと言い張ります。女性議員を増やすことが目的ではなく、政治に女性の参画をと言うのが本来の目的ではないかと思います。適性も情熱も無く、ただ単に女性だからと言って、市会議員になってもらっても困ります。しっかり勉強して、市政の改革に努力してもらわないと困ります。議員バッヂを見せびらかすだけの議員ではお断りです。

 結局、何がなんだかわからないうちに(市長などもよく黙って聞いていますよね? みんな馴れ合いの議会じゃあないんでしょうか?/今までそれを知らなかったの?/当たり前だ! 知ってりゃあ、彼らに市政を任せるわけ、無いだろうが?/じゃあ、自分が市会議員になって活躍するってこと?/かもな…。)私達の請求した市会議員定員数削減請求案(24→18名)は見事に葬り去られてしまいました。真面目な話、本当にこれが市議会なの?

 市会議員で構成する“議員定数問題特別審査委員会”なるものが、有権者である市民の52%もの人達が24→18名への議員数削減の署名運動に賛成しているのに、審査委員会の議員側は、(いつもの投票率だって60〜65%だと言うのに!)残る48%をこの原案に反対だと決め付けて、削減数を大した根拠も無く24→22名への修正案を作って可決してしまいました。
 それでは、住民の直接請求権って何のためにあるの? こんな市会議員を沢山擁する南足柄市では、地方自治体の行財政改革は成し得ないに違いない。今まで市議会の傍聴を避けてきた私達市民側も良くなかったのかもしれません。市政にあまりにも無関心だったのかも知れません。それはそれで反省しながら、今後のアプローチに付いては、もっと真剣に策を練る必要がありそうです。市民運動はこれからが本番です!!(July 9. 2002 )


 辻本議員辞職にはじまる公設秘書給与の疑惑問題は留まるところを知らず、肝心の鈴木宗男議員の北方四島やODA資金疑惑や辞職勧告問題を霞ませてしまい、国会全体がマスコミ報道に振り回されて、本来の政治がマスコミ対策で混乱を続けています。これは一に、小泉内閣の指導制に問題があるように思いますが、如何なもの(国会議員の口癖がうつってしまいました)でしょうか?

 どうもこの混乱には裏があるような気がします。野党、それも鈴木宗男問題追及の急先鋒の口封じが画策されていると考えるのは、穿ち過ぎでしょうかね? 公正な判断を期待していた公明党の神崎さんの“いかんざき!”までもが、何となく小泉首相の要望を受け入れて歯切れが悪く、武部農水相のBSE問題に対する問責決議案採決に賛同できず、議会を欠席でごまかすとは、もってのほか! と思われますが、如何なものでしょうか?

 それよりも先ず、問題の週刊誌の情報の出処を追求してみたら如何なものでしょうか?( Apr. 6. 2002 )


 やっぱり国会議員は金と地位と名誉しか考えていないんだなあ、と辻元議員のドタバタ辞職劇で落胆しました。

 国会での派手な疑惑追求のパフォーマンスは、正義の騎士、怪傑ゾロを彷彿とさせる快感をもって、政治改革の旗手ではないかと期待していましたが、自身の政治規正法違反が明るみに出て以来、テレビを味方に釈明と他の議員もやっているんだなどと取られる弁明など、自らが犯した法律違反に対する責任の重大性を自覚していない態度には、国会での颯爽とした正義の騎士の面影はない。

 鈴木宗男議員に対する辻元議員の事実の追及は、そのまま辻元議員自身の疑惑の追求につながるわけで、その点、歯切れの悪い記者会見の内容では納得がいかず、議員バッジを自分で外すパフォーマンスばかりが目立って、更には、議員を辞職をしてもなお社民党にとどまり、政治改革にまい進するなどの言葉は、自分の地位や名誉を守る意識ばかりで、国会議員としての倫理感覚の欠如としか思えない。まだこの事件の真相の究明は終わっていない。

 これを鑑として、全ての政党、国会議員は改めて姿勢を正し、政治に携わる者としての倫理感を養ってほしいものである。( Mar. 27. 2002 )


 “藪つついて蛇”。辻元清美議員の政策秘書の給与詐欺疑惑は、公設秘書の給与が雇った当該議員から支払われるわけではなく、国から直接支払われるということが改めて私たちは知った。しかも、国民の税金がこのように使われながら、その給与を政治献金と同様な用途に流用しているのではないかと疑われている。

 鈴木宗男議員の離党に続いて、加藤元幹事長の離党に揺れる与党、自民党が、新聞記事に出た辻元疑惑問題に“待ってましたッ”とばかりに飛びついたのは心情的によくわかりますが、問題は相手を中傷したり、相手の足をすくうことではなく、政治を改革するために、政府与党内部を含めて、国会議員の倫理感覚を質すことではないでしょうか?

 今のやり方を見ていると、旧態依然の政府自民党と野党が、政策問題を離れたところでの足の引っ張り合い、疑惑を糊塗して、如何に相手を誤魔化すかに全エネルギーを費して、肝心の政治や国民のことを忘れ去っているのではないかと思えてきます。国民は、与野党のドタバタ劇を期待しているのではなく、国の経済の立て直しや政治の改革を期待しているのですぞ!

 しかし、お陰で、今まで国民に知らされていなかった国会議員の特典や、税金の意外な使われ方が明らかにされてきたことは、結果的に良かったのではないかと考えます。これを機会に、政治家の資金のあり方等についても、与野党が十分議論して、正しく政治が行えるように、疑惑が生じないようなシステムを確立してほしいものです。( Mar. 24. 2002 )


 外務省問題で、田中前外相と鈴木宗男議員とのバトルは、いよいよ証人喚問にまで発展してきましたが、政府与党は鈴木宗男議員の引責で幕を引きたいようですが、これは、単に外務省に対する鈴木宗男議員の干渉問題ではなく、国会議員と官僚の癒着、あるいは閣僚、大臣の権限に関する問題で、正に構造改革そのものであると思われる。

 日本テレビの朝の番組“ウェークアップ”で、元企画庁長官で作家の堺屋太一氏が内閣と官僚、国会議員との関係について、次のような図式で説明されている。

   

・官僚主導型の日本

          ┌───────┐      ┌────│政府与党協議会│────┐      │    └─┬───┬─┘    │      │   ┌──│官 僚│←─┐   │      │   │┌→│   │─┐│   │      │   ││ └───┘ ││   │      │ 原案││黙認  根回し││陳情 │      │   ↓│       ↓│   │      │ ┌────┐   ┌────┐ │      └→│ 内閣 │   │国会議員│←┘        └────┘   └────┘
   

・政治主導型のイギリス

          ┌───────┐        ┌──│ 内   閣 │←─┐        │┌→│       │─┐│        ││ └───────┘ ││      指揮││複数案の提示   応答││陳情        ↓│           ↓│      ┌────┐       ┌────┐      │ 官僚 │←──×──→│国会議員│      └────┘   禁止  └────┘

  いずれにしても、官僚主導型の政治では、官僚と族議員との癒着は断ち切れないので、政治主導型のもので官僚と国会議員とが直接関われないようにしないことには改善されない。
 それゆえ単に、外務省だけの問題として、田中前外相の更迭人事のいきさつや、鈴木宗男議員と外務省の癒着だとして片付け、“官僚は特定の議員の言うことに左右されないように!”などと言う小泉総理のごまかしの言葉に惑わされてはならない。

 これからが政治改革、構造改革本番なので、私たち国民は、面白おかしく取り上げているテレビの報道や、総理をはじめ、川口新外相のやり方に惑わされずに、今後の改革の方向をしっかりと見極めなくてはならない。 ( Mar. 2. 2002訂正 )


 田中真紀子外相が更迭されて、新しく川口前環境相が横滑りで就任しましたが、田中外相との業務引継ぎ問題で確執が噂されていますが、小泉首相が川口大臣と引継ぎを済ませたから良いのだと言っているそうですが、民間企業経験者の川口さんまでが、それで良しとしているとしたらおかしい気がします。それでは田中さんが孤立しながら外務省改革に命を張ってきた(?)ことが何だったんでしょう? 川口新外相がどうしようと勝手でしょうが、一応前任者から業務引継ぎをするのが当然だと思いますし、礼儀ではないでしょうか? まあ、元は官僚と言う川口さんですから多くは期待しませんがねえ。

 新聞報道によれば、外務省改革の一環として、政治家が特別の案件について役所に働き掛けた内容を記録して情報公開の対象にすることを検討するとありますが、狡猾な政治家がそんな手に乗ると思っているんですかね? 

 また、人事制度改革の柱として民間から幹部を登用するなどとの案もあるそうですが、そんなことで外務省改革が出来るとはとても思えません。今、外務省内部の問題を明らかにすることこそが重要なのではないでしょうか? それによって、どういう改革が必要なのかを、国会で論議すべきなのでしょう。田中前外務大臣がやりたかったのはそういうことであり、それに抵抗する勢力との戦いに、道半ばにして力尽きた(小泉総理と自民党族議員にか?)のではないでしょうか? 田中真紀子さん自身が、外相としての資質に不適格な部分もあったかもしれませんが、田中人気を、周りが快く思っていなかったことが今回の更迭につながったようにも思えます。

 外務省改革の問題もさることながら、狂牛病に発する農水省の不手際など、武部農水大臣の責任問題も不透明なままで、医療費3割負担問題に坂口厚生労働大臣までも反旗を翻しそうになってきて、国民の支持率も下降線をたどってきた小泉内閣は、問題山積でガタガタしてきた気がします。
"米百表"や“三方一両損”などと浮かれていないで、シッカリ国民の方を向いて、“公正で透明な政治”が行われるような構造改革を果たしてほしいですね。( Feb. 9. 2002 )


 衆議院予算審議委員会で、またもや与党の暴走。NGOの排斥問題で外務省の野上事務次官の証人喚問で、鈴木宗男議員の圧力による事は無いと断言し、重家局長の証言も二転、三転するなか審議が中断し、与党は統一見解を提出したが、野党は納得せず委員会の出席を放棄し、それに対して、与党は野党議員の出席が無いまま補正予算案の採決を強行した。

 この事実は重大だ! 正に議院政治の否定だ! どこに問題があるかは明らかで、外務省の問題ではない! これは政府の問題であり、田中外務大臣の問題でもなければ、野上事務次官の問題でもない。この問題を他人事のように見ている小泉首相自身の問題であり、国政の重大問題であろう。利権構造の中で族議員による圧力が明かになった今、この問題をクリアしない限り構造改革はあり得ない! 外務官僚も、正しい事を正しいと言わない限り国民の信頼を得られないだろう。男なら、辞職する覚悟で正しいことを言わなければならない。それが公僕(表現は悪いが…)としての務めではなかろうか。

 もうこれでは小泉内閣を支持する意味も無いし、正常な国会運営のためには、これ以上自民党などに政権を委譲できないと考えるのは私だけだろうか? 貴方の考えは? ( Jan. 29. 2002 )


 いよいよ今年は税制改革と年金改革が本格的な検討、実施段階に入ります。
両方とも、私たち庶民にとっては重大な問題です。私たち低所得者の負担がどうなるのか、医療費負担の問題と共に他人事ではないのです。

 ところが、今朝の新聞で、競馬、競輪などの収益が国庫への納入が無かったと言うのに驚きました。中央競馬やサッカーくじに付いては、それぞれの売上の中から国庫への納入が義務付けられていましたが、その他の“地方競馬”、“競輪”、“競艇”、“オートレース”(これ、スポーツじゃなくて、公営ギャンブルだったんですか?)などは、何だかわけのわからない関連特殊法人への補助金が支出されていただけですね。(むろん、地方自治体の懐を潤していたのは確かですが…)貴方、知っていました?

 今回これらを見直して、国庫納付を義務付けたいそうですが、既得権益を死守する所轄官庁の反発があるようで、容易なことではなさそうですねぇ。
 税制改革に付いては、課税最低限の見直しやら、累進課税区分の見直しやらが検討されているようですが、公平な税負担と透明性を求めたいですし、脱税、益税などの発生を無くすような、税の徴収システムの改善を望みたいものです。何時も新聞を賑わしている大口脱税も氷山の一角だと思えるし、自営業の、いわゆる“経費”落しなども、十分な監査が行えれば、サラリーマン一人損という思いが少しでも解消できるのではないでしょうか?

 年金に付いても、若い人が年寄りの年金を支えるというシステムは、出生率に左右されるのが明かですが、国定の年金制度は是非見直して、各々が自分の老後のために、自分の年金を積みたてる“私設年金”制度を確立する必要があるのではないでしょうか? むろん、以前から年金形養老保険がありますが、これらを大いに活用し、かつ、老後の保障が確実になるようなシステムを期待したいものですね。( Jan. 22. 2002 )


[“2001年のtommyのつぶやき”を見る]

[“2000年以前のtommyのつぶやき”を見る]


[「政治について」のトップページへ戻る]