右足のつま先で床を軽く叩く。
さっきから繰り返しているせいで、一定のリズムすら出来て来ている。

何を話したものかと考えているうちに、こうなってしまったのだが・・・・。
やめるきっかけ・・・つまり、話の糸口がなかなか見つからない。
正直、何を話したら良いのかが解らなかった。

「ねえ」
「・・・・・ん?」

考え込んでいた為か、不意にかけられた声にちょっと驚いた、同時に俺の足も止まる。
俺が反射的にセレネの方を見た為に、離れて見詰め合う形になっていた。

「暑いから、窓、開けない?」
「・・・・・ああ、そうだな」

返事を返すと、俺は窓に近寄ってそれを開いた。
横ではセレネが別の窓を開けている。

面と向かうだけなのに、何か、言葉に出来ない妙な照れがある。

「あのね、ちょっと聞いて良い?」
「何だよ?」

いつもの俺なら軽口の一つも叩きそうなものだが、不思議とそれが出なかった。

「おじ様が生きてるって言う話は・・・本当なの?」
「・・・・・・多分・・・な。確認してる訳じゃないが、親父はそんな簡単には死なないさ。だから・・・・探すんだ」
「その・・・もらった手紙には、何て書いてあったの?」
「・・・・大した事は、書いてなかったな。もしもの時はモルファスさんに言ってあるから心配するなとかそんな事が書いてあった」
「それで?、それだけじゃないんでしょ?」

横を向くと、丁度吹き込んできた風がセレネの長く綺麗な金髪を揺らしていた。
その表情は、穏やかではあったか、何か確信めいた自信にあふれている様にも見える。

「敵わねえな・・・・、例え何があっても、俺は親父の息子なんだとさ」
「・・・・・・なるほど、それで・・・・・・かぁ・・・・・」
「借りは返さなきゃならないんだ、たとえどんな事があっても」

自分なりのけじめとして、ずっと・・・10年以上前から決めていた事だ。
言ってから隣のセレネの表情を伺うと、その表情に微かな翳りを感じた。
・・・・俺の身勝手・・・、それで、こいつはどんな気持ちだったのか・・・・・・。
俺には、知る由も無い。

「あのさ・・・・・・・ひっぱたいてもいいんだぜ」

対するセレネは無言だった。

「正直言うとさ・・・・、俺は・・・」
「はいはい、解ってるわよ」

出し抜けに、明るい言葉が返ってくる。

「そんな似合わない顔しないでよ。私はね、あんまり予想通りだったからちょっとがっかりしただけよ」
「がっかり・・・・・?」
「もう少し私の想像を超えた理由かなって思ったりもしたから・・・・・、だから・・ね」

相変わらずの、穏やかな表情だ。
この表情の下で何を考えているのだか、俺には全く解らない。
昔は、もっと解り易い奴だったんだが・・。

「ライル、私の事好き?」
「・・・・・・・何だよ、藪から棒に・・・・・」

全く訳が解らない、何がどう繋がってそういう言葉が出てくるのか想像出来ない。

「いいから答えてよ」
「・・・・嫌いじゃない」
「ふーん?」

セレネはそう言いながらじっとこっちを覗きこんでくるので思わず顔を逸らした。
顔の部分の体温がちょっと上がっている気がする。

「なるほどなるほど」
「何を勝手に納得してんだよ」
「うん、色々とね。それより、私に謝る事があるでしょう?」
「はぁ?、いや、だからひっぱいてもいいんだって」
「そうじゃなくて、嘘吐いたでしょう?」
「嘘?何の事だ?」

何を言わんとしているのか、良く解らなかった。
が、眼前の表情は大して変わらないものの心なしか嬉しそうだ。

「だから、一年前私に送りつけてきた絶縁状よ」

そこでようやく思い当たった。一年前、ムーナイアを出国するに当たって、婚約の解消を手紙で伝えたのだ。
そうやらその事らしい。

「あれはだなぁ、その・・・俺はラルバート=エミュタインでもなんでも無くなるわけだし、何かと問題があるだろ・・・だから・・」
「問題はそう言う事じゃないの」

ぴしゃりと言われると、こっちとしては何も言い返せない。
とりあえずは、セレネの言い分を聞いて対処した方が良さそうだ。

「私達は、最初から好き好んで許婚だった訳じゃないけど、ル−ルはあったでしょう?」
「ルール・・・?、ええと・・・・だから、当人同士ががそれを本意としてないなら、当人同士のどちらかの申し出を持って婚約を破棄できる・・・そういう事だったろ?」
「そう、お父さんとおじ様がふざけて取り交わした覚書に書かれていたたった一つの取り決め」
「それでなんで俺が嘘吐き野郎なんだ?」
「本意としていないわけじゃあ・・・・ないんでしょう?」

不意にセレネが見せた真顔に、ちょっと圧倒された。

「いや・・・・まあな。でもよ、ラルバート=エミュタインはもういないんだぜ、今の俺はライル=ローディスだ」
「覚書には、名前が変わったら無効だなんて書いて無かったでしょ?」
「・・・言われてみればそうだな・・・・」

なるほど、確かに嘘吐きと言われればそうかもしれない。
こっちとしては、親父を探し出すまではコイツに会うつもりは全く無かった。
親父を探し出すまでどれくらいかかるか解らなかったし、俺が無事に戻ってこれる保証なんてなかった、
親父を探すには、戦乱の最中にあるラムサウス大陸を移動しなければならないのだから。
それに、遅かれ早かれ家を出る事は変わりなかったのだ、冗談のような覚書一枚で、こいつを呪縛したくはなかった。
それは、今やっている事以上の身勝手だ、俺なりのけじめのつけ方のつもりだった。
そう思ったのだが・・・・、今考えると多少どうだかなって気はする。

「嘘吐いちゃいけませんって、学校で習ったでしょう?」
「学校じゃなかったけど、一応習ったな。覚えがあるよ」
「じゃあ、ごめんなさいしなさいな」

澄ました顔でそういうセレネを見て、俺は苦笑した。
実の母も育ての母も良くは覚えていないので間違っているかもしれないが、母親の様だな、と思ったのである。

「へいへい、ごめんなさい。これでいいか?」
「んー、ちょっと反省が足りて無い気がするなぁ・・・・・。目ぇ閉じて、歯ぁ食いしばって見ようか」
「はぁ?、お前俺に気合でも入れてくれるのか?」
「まぁ、そんなとこかな」

屈託の無い笑みを浮かべながらそう言う。

「歯ぁくいしばれとか言っといて、腹に一発ってのはナシな」

言いながら、目を閉じた。
このくらいで済むなら、かなり安いものだろう。
目の前で泣かれたりするよりはずっとマシだ。
そう思った時だった、不意に頭を下へ抱き寄せられる感覚があったかと思うと、
良く知った匂いと供に唇に柔らかい感触があり、湿った音と供にそれが消えた。
思わず目を開くと、眼前にはセレネの顔があった。

「はい、おしまい」
「おい・・・・」

呆気に取られる俺を背にセレネは元居たソファに向かって歩き出していた。

「殴るんじゃなかったのかよ?」
「そんな事しないわよ、それとも、殴られた方が良かった?」
「いや、それは全然良くねえけどよ、なんかこう・・・な」

どうにも調子が狂う。
殴られても文句が言えない事をしている・・・・そのはずなのに、この仕打ちと言うか待遇と言うか・・・とにかくセレネが何を考えているのかが良く解らない。

「ライル」
「何だよ?・・・おっと・・・」

俺の名前を呼ぶのと同時に振りかえったセレネは、いかいなり何かを俺に向けて放り投げてきた。
小さく輝くそれをどうにか手でつかみとると、それは少しの温もりを持って俺に存在を主張する。
握った手を顔に向けて開くと、そこには小さな指輪があった。

「ちゃんと返したからね」
「・・・・・・お前さ、これ俺にくれた時、安物だって言ってたよな?」
「そうだったかな?」
「そうだよ、この嘘吐きめ」
「何の事だか?」

素っ惚けるセレネから目を離すと、手の中の指輪をもう一度見つめた。
四年程前に、セレネと交換した物なのだが、一年前手紙と供に彼女に送りつけた物でもある。
いわゆる、婚約指輪と言う奴だ。

「これ見たじいさんが結構するもんだって言ってたぜ、嘘吐いたら・・・何するんだったっけ?」
「嘘は吐いてないわよ、家にあった物だから私に取っては安物だもの・・・・でも、そうねえ、嘘と言えばそうかな。ごめんなさい」
「大変よろしい」
「何なら、キスもする?」
「・・・・・・・・しねーよ」

答えるまでの一瞬の間は想像してしまったからだが、どうにも今日は分が悪い。
今までずっとセレネのペースで話をしている気がする。

「今度キスする時は、続きもしましょうか?」
「・・・・・・・何言ってんだよ・・・・」

思わず頭を抱えてしまった。
言ってる事が本気なのか否かは相変わらず不明だ。
聞いてみた所で答えるわけもない、しかし、気になる事は色々とあった。
とりあえず、とっさに思い出した事から聞いてみる事にする。

「怒ったり泣いたり・・・・しなかったのかよ、お前」

気がかりだった事だった、そして、今を逃せば恐らくは本人に聞くのは難しい事でもあった。
質問に対する答えは、はっきり短く返って来た。

「したわよ。・・・・・だから、もしこの次があったら、その時はひっぱたくわ」

俺の方を向かずに言ったその一言は、確信を持って本気だと思えた。

同時に俺は理解する、こいつが、余りにも愚かで余りにも身勝手なこの俺の事を許してくれたのだと。



「んー・・・・・・・」
「アルス、さっきから何悩んでんのさ?」

キャンから話し掛けられて、そこでようやく俺は考えるのを中断した。

「んー、俺の人生の一大転機だと思うとさ、なんかこう、判断迷ったりするわけよ」
「えー、そんな風に深く考えなくていいじゃん、適当に決めれば」
「馬鹿言うなキャン、お前と違って、アルスにとっては本当に重要な事なんだぞ、それをだな・・・・・・」
「だから兄さんは考え過ぎなんだって・・・・・」
「やめなさい二人供・・・・」

言い争いを始めそうなキャンとノールに、それを又も止めに入ったディーンさんのやり取りは、俺の耳に半分も入らなかった。
ただ一言、キャンの言った言葉が俺の脳裏に木霊している。

今までずっと、深く考えないで色々と決めてきた。
そしてそれは、今までの俺の人生においておおむね俺に取って最良の判断であった気がする。
今度の決断が俺の人生の一大転機となるかもしれないと思うのは、俺の直感にすぎない、
なぜそう思うのかを理屈で説明しようとするととても難しいのだが、そう感じるのである。

そういえば、以前似たような感覚を覚えた事があった。
あの時は・・・・・・・確かに俺にとって重要な転機にはなったが、それが今の俺に役だっているかと言えばそうではなくて、
むしろ、その事から得た物で何かしら損をしている事が多いような気がする。
貰った物は、俺にとっては、とても・・・・・とても大切な物ではあるのだが。

「アルス」
「・・・あ、何だ、ザメル?」

不意にかけられた声に顔を上げると、座って考え込む俺の顔を上から見下ろす形で覗きこんでいるザメルの顔があった。

「何を考えているのかは知らんが、特に断る理由が無いなら来て欲しいものだがな」
「え?・・・・・・なんで又?」

意外な台詞だ、俺は何か気に入られる事でもしたのだろうか?

「お前は見ていて面白いし、役に立ちそうだからな」
「・・・・どう言う意味だい?、俺が気に入ったって事なのか?」
「そういうのとは少し違う、出会って間もない筈のライルとああまで息が合っている事や、お前の人柄といった物が俺にとって都合が良いと言うだけの事だ。
 お前は腕もそれなりに立つし、何より人を裏切りそうにないからな」
「身も蓋も無い事言うな〜、要は使い勝手が良さそうだから一緒に来いって事なんだろ?」
「そう言う事だ」

溜息を一つ吐くと、また考えを巡らせる。
俺は必要とされているらしい、ならば、行くべきなのだろう。
以前もそうだと感じて、結局は感じた事とは逆の事を言われたが・・・・・・・、結果はまあどうでもいいのだ、そこに至るまでの過程はとても楽しかったから。
それに、俺が気になる奴も恐らく行くのだろう、だとすれば断る理由も自然と減る事にはならないだろうか?

「うん・・・・・だな」
「何を一人で頷いてるんだ?アルス」
「いや、考えた結論が出たからな、口に出して納得したって訳さ」
「なるほど・・・」

俺を不思議そうに見ている獣人の青年、ジョグ=シーロンに向かって答えを返すと、彼はその表情を緩めて明るく笑った。
変な事でも言ったかな、と考えてみるが、自分では解らなかった。
結局、俺も明るく笑って返すと今度はディーンさんに向き直った、返事を返す為である。

「あの・・・・ディーンさん?」
「うん?、返事を決めたのか?」
「はい、俺も一緒に行かせてください」

俺の言葉に、ディーンさんは穏やかな顔で頷いた。

「そうか、よろしく頼む」
「いえ、こちらこそ」

部屋の扉が勢い良く開け放たれたのはその時だった。

「ディーン兄さん、どう言う事なのっ!」

けたたましい声をあげながら扉を開いたのは、昨晩出会った黒髪の少女で、その顔は相変わらず怒っていた。



扉をノックする音に、俺達は今まで続けていた雑談を止めた。

「どうぞ」

セレネが返事を返すと、扉の向こうから一言断りが入って、扉が開いた。

「準備が出来ましたので、お迎えに上がりました」

扉を開いて入ってきたのは、肩ほどまである青い髪を風に揺らしている女性だった。
俺達にとっては良く見知った顔である。

「ありがと、シルヴィア。手間かけるわね」
「これも仕事ですから・・・あら、もしかしてライル君?」
「あ・・・・・お久しぶりです」

ザルステムおじさんの秘書官でもあるシルヴィアさんとは面識があるのも勿論だが、色々と話をした事もある。
すごく落ち着いた感じの人で、俺にとっては姉の様に感じる人の一人だ。

「いえいえこちらこそ、貴方が元気そうで何よりだわ。ドルゴードの方で大暴れしたそうだけど、怪我とかは無いみたいね」
「ドルゴード?・・・・・・・もしかして、俺が何やってたかとか知ってるんですか?」
「ええ、それが貴方だって解ったのは昨日今日だけどね」

シルヴィアさんが言ってるのは、俺が一部で「クラッシャー」なんて呼ばれる原因になった、
光龍至天波で盗賊団をアジトにしていた村ごと根こそぎぶちのめした事件の事だろう。
初対面のアルスも知っていたくらいだし、冒険者ギルドから定期的に出てる会報にも一度取り上げられていたから、
この人が知っていてもおかしくはないが、やはりバツが悪い。

「もしかして、お前も知ってたのか、セレネ?」
「え?、知ってたかって・・・・ああ、そうか。ライル=ローディス・・・・貴方の事だったのね、なるほど・・・随分派手な事やる人だとは思ってたけど・・・」
「・・・・悪かったな・・・・・」
「ごめんなさい、話したのは私です」
「いや・・・別に良いですよ、事実なんだし」

つつかれると痛いネタが一つ増えたと言うだけの話である、かなり痛いが。

「さて、行きましょうか。あまりザルステム様を待たせる訳にもいきませんし」
「そうね、お父さん暇持て余して変な事してなきゃ良いけど・・・・」
「・・・・・・変な事ってな・・・・いや、確かにあの人なら何かやりかねない気はするけどな・・・・・」



突然、くしゃみが飛び出る。

年に一度使えばいい方の、飾りとでも言うべき玉座に座って皆を待っているのだが、まだ誰も来ない。

「はて、掃除はきちんとされているようだし、埃のせいと言う訳でもなさそうだが・・・」

一人で待っているだけというのは、かなり退屈だ。
早く皆集まらないものか・・・・私は座ったまま腕組みすると、静かに彼らを待つことにした。



「全く・・・・・騒ぐだけ騒いだかと思えば、今度はだんまりか、勝手なものだな」
「そう言うなって、ザメル。そんな悪い子じゃないんだからさ」

話題の主・・・・・・クレネフィア王女は俺とザメルよりもずっと先を歩いているので聞かれる心配は無いだろうが、陰口というのはあまりいいものではない。

「いきなり剣で切りかかるような女がか?、お世辞にもまともとは言えんぞ」
「それだって何か理由があるみたいだしさ」
「・・・・お前の人の良さには感心させられる・・・・・・」
「性分だから仕方ないよ」
「そうか・・・・」

しかし、余り喋らないザメルに雑談で文句言わせるくらいにさっきのクレネフィア王女はすごかったのだ。
入ってくるなり、なんだか良く解らない文句で始まり、
応対したディーンさんに説明を求められれば、説明しながらも文句を矢継ぎ早に言う姿は壮絶の一言に尽きた。

実際は彼女は俺達が呼ばれていると言付かって、その伝言に来たらしいのだがそれが解ったのは彼女が入って来て暫く経ってからの事だった。
俺達はそれで5階にあるという玉座の間へと移動しているのだが、俺とザメルはその一行の最後尾にいる形になる。
最後の階段を上りきり、すぐ前方を歩くジョグとノールの後をついて歩く。
目的地となる玉座の間の入り口に俺とザメルが差し掛かった所で、俺たちが歩いてきた方向とは逆側から、見知った顔が歩いて来るのが見えた。
俺はその場で立ち止まり、青い髪の女性に先導されて、昨晩彼を助けた女の子と一緒にこちらへと歩いてくるライルを待った。
ザメルもライル達に気付いた様だったが、ライル達を一瞥すると部屋の中へと入ってしまっている。

「よう、話は聞いたか?」
「ああ、面白そうだから、俺は受ける事にしたよ」
「そーか、ま、お前らしいと言えばお前らしいな」

俺の姿にライルはちょっと遠めの所からではあったが話し掛けてきた、どうにもコイツとは知り合って日が浅いという気がしない。

「こちらの方は?」
「ああ、ついこないだ知り合ったアルス=アズザウィアって奴ですよ、面白い奴なんです。アルス、こちらシルヴィア=ジィルガさん」

先導していた女性の質問に、ライルが答えた。
今気付いたが、先導している女性ははっきり言って綺麗な人だった。
何故か、ドキドキしてしまう。

「初めまして、シルヴィアと申します」
「あ、アルス=アズザウィアです。ご丁寧な挨拶どうも」
「いえいえ、お気になさらず。ライル君、私は準備があるから先に行くけれど、しばらくの間くらいならここで雑談してても大丈夫だと思うわ」
「そすか、んじゃまた後で」
「ええ、それでは」

部屋の中へ入っていくシルヴィアさんを見送ると、俺は視線を戻した。
そこに、又別の声が入った。

「こんにちは、セレネフィス=レネ=ムーナイアっていいます。昨夜はどうも」
「こ、こんにちは、アルス=アズザウィアです。こっちこそ昨夜はどうも」

ライルの隣に立つ金髪の女の子の挨拶に、俺も挨拶を返す。
すると、彼女は不意に口元を抑えた。

「何笑ってんだよ、セレネ」
「うん、いやちょっとね、確かに面白い人だなって」
「えー・・・・俺笑われてんの、いきなりちょっとショック」
「おめーにとっては笑われるのはいつもの事だろ?」
「なんでそんな事知ってんだよ!?」

よく笑われるのは事実だが、こいつの前でそう言う事があったのはこれが初めてのはずである。
俺はちょっと驚いた。

「いや・・・勘だけど・・・マジか?」
「え?・・・・いや・・・・・・・・・うん、結構・・・・ね」

一瞬、寒い風が吹いた気がした。

ふと気付くと、セレネフィス王女はさらに笑っている様だった。
俺が見てることに気付いたのか、すぐにそれは止まったが、その顔はニコニコしている。

「・・・・息があってるのねえ、貴方達」
「まあ、どういうわけかな」

ちょっと嫌そうな顔をしているライルを見ながら、俺はふと気付いた。

「ん・・・・ライル。お前達、縒り戻したのか?」
「・・・・・・・あのな、そういう答えにくい事をいきなり聞くな」

ライルはあまり面白くなさそうな顔をしているが、代わって、セレネフィス王女が答えてくれる。

「御陰様ですっかり元通りよ。えーと・・・・・・・・アルス君って呼んで良い?」
「へ?・・・ああ、どうぞ。今までずっとそんな感じで呼ばれてたし」
「そう、ありがと。私の事はセレネでいいわ」
「・・・・・いきなり、そんな呼び方していいのかな・・・?」
「いいからいいから、後、気を使うのも止めてくれる?、これからは一緒に行動する事になるし」

俺は、そこでどう言う意味か一瞬考えてしまった。

「もしかして一緒に来るとか?」
「どういうわけか、そういうことになってるらしいな・・・・」

そう言ったライルはちょっと困った顔をしている。

「まあ、それは置いといて。ライルとこんなに仲が良い人は初めて見たわ」
「へえ、ライル友達少ないんだ?」
「余計なお世話だ」
「ううん、本人はああ言ってるけど、友達は結構多いのよ、ただ貴方ぐらい息が合ってる相手は私が直に知ってる限りは初めてね」
「へえ・・・・」
「まあ、そういうことだから私も貴方と仲良くしたいんだけど、いい?」
「そりゃあもう」

どう言う理屈かは知らないが、女の子に仲良くしてくれと言われて断る理由も特に無い。

「そう、じゃあ、よろしく」

そう言って、セレネは右手を差し出してきた。
慌てて握り返したが、その手は暖かだった。
俺が握手した手を離すと、ライルが待ちかねた様に口を開いた。

「さてと、んじゃ、中に入るか」
「ええ、もう皆そろってるんでしょ。私は顔全然知らないけど」

ライルと話すセレネを見ながら、俺は不意に昔の事を思い出していた。
だがそれは、霞の様に一瞬で消えて、俺の前にはまた現実だけが流れていた。



ライル達3人が部屋の中に入ってきたのを確認して、先程まで陛下と話していたジィルガ女史に話掛ける。

「全員揃いました、陛下の方の準備は?」
「ええ、大丈夫だそうです。では始めましょうか」

無言で頷くと、広い室内に散らばっている彼等に聞こえる様に私は声を張り上げた。

「全員、玉座の前に集合!」

程なくして、9人の男女が玉座の前に集合する。
それを確認して、私は更に言葉を放った。

「これより、我等の主たるザルステム国王陛下より御言葉を戴く。皆心して聞く様に。では、宜しくお願いします、陛下」
「うん」

見上げた玉座の上にはあいかわらずにこやかな表情をくずさない顔があった。

「さて、エミュタイン卿はああ言ったが、実際の所、君達は私に従属している訳でもないし、私は国王と言っても大した権力は無い存在だ。皆、気を楽にして聞いて欲しい」

いきなり身も蓋もない事をおっしゃる・・・私は内心頭を抱えた。
同時に微かに含み笑いが聞こえたので、そちらに目を向けると、セレネの姿があった。
まあ、親子なのだから仕方ないが、ちょっとは自重して欲しい。
ただ、昔からこう言う所が変わらないのはあの子の良い所でもあるが・・・・。

「ん・・・・・?、本題に入る前に一つ聞きたいのだが・・・・・クレア、何故お前がここに居るのだね?」
「陛下にお願いしたい事がありましたので」

溜息をもらしつつ、先程の事を思い出した。
警備隊の詰め所に入ってくるなり、何故セレネがメンバーに選ばれているのかとか、
お父さんはどういうつもりなのだとか・・・・・、ジィルガ女史に聞いたとか言っていたが、
先程ジィルガ女史に確認したら、私達を呼びに行く途中でクレアと出会って呼びに行くのを頼もうとしたら逆に問い詰められて話してしまったと言っていたが・・。
もうちょっと気をつけて欲しい。
あの娘に話せばどうなるかぐらい解っていそうなものだろうに・・・。

「お願いと言うのはなんだね、大切な話があるのだから手短に頼むよ」
「では、私も視察隊に加えてください」

・・・・・単刀直入なのはいいが、普通に考えればおじさんが行くのを許すとは思えないが・・・・。

「ふむ・・・、どう言う事なのかはおおよそ理解しているのだろうね?」
「世界の情勢を直接調査する・・・その程度には知っています」
「うん、なら良いだろう。ただ、自分の身は自分で守るようにね」
「心得ています」

・・・・・こう言う人だったな・・・と今更ながらにあきれてみた。
良く考えれば、セレネを喜んで送り出すような人である。
おそらくジィルガ女史の言動も実際はおじさんの指示なのだろう、
まともに誘っても、いきなりライルに剣をつきつけたぐらいだから、一緒に行かないような気もするしそう考えれば納得も行く。
良く考えておられるというか、なんというか・・・・とにかく私の苦労が増えたのは良く解った。

「本題に入ろう、君達にやってもらう事は世界の情勢を直接調査する事だ。報告等はエミュタイン卿に既に話してある、彼から聞いて欲しい。
 また、君達の身分は非公式使節団となる、なにかしら問題が起きても、ムーナイアが国家として干渉する事はできないからそのつもりでいて欲しい。
 そして、既に聞いているかもしれないが、それなりに危険を伴う事になる。十分な謝礼はするつもりだが、死んでしまっては何にもならない。
 私から言える事はなるべく怪我をしないように、と言う事だ。皆、頑張って欲しい」

どこまで本気で言っているのかどうか、良く解らない・・・・。
多分、半分以上本気なのだろう、・・・しかし、この人数で知っている者が大半であるだけに取り繕ったような様子が微塵も無いな。
そんなことを考えながら、私は又も溜息を吐いていた。

「出発は明日だ、メンバーは君達と、指導者としてエミュタイン卿、そして、補佐として私の秘書官であるシルヴィア=ジィルガを同行させる、二人供、自己紹介を」

シルヴィア女史はともかく、私のほうは必要無い気もするが、こういうことはきちんとしておいた方が良いだろう。
素早く姿勢を正すと、私は頭の中で短く言葉をまとめ、それを口に出した。

「ディナンドル=エミュタインだ、既に皆知っているとは思うが改めて宜しく頼む。・・・・ジィルガ女史、どうぞ」

一応言いはしたが、この場の全員が私の事を知っている訳だ、これ以上言う事もないだろう。
さっさと次に回すのが得策だ。

「シルヴィア=ジィルガです、シルヴィアとお呼びください。皆様の足手纏いにならないように心がけたいと思います」

挨拶と供に一礼するジィルガ女史を見ながら、大した物だと感心した。
足手纏い・・・・・この女性には遠遠い言葉だが、初対面なら謙遜して言っているとは思わないだろう。
見た目は華奢で綺麗な女性であるから無理も無いだろうが、実際の彼女の役職は宮廷魔術師・・・つまりムーナイア王国直属の魔術師であり、
おじさんの秘書官というのは副業にすぎないのである。

魔術師としての実力を目の当たりにした事は無い。
目の当たりにした事は無いが・・・・・有名な賢者の元で6年間も修行していたと言う話を聞いた事がある。
事実だとすれば、その実力は尋常ではないはず・・・・だが。

「・・・・・では、私はこれで失礼するよ、皆は各自明日の出発に備えて欲しい」

おじさんの声に我に返る。
・・・そうだ、今はこれからの事を考えなければならない。
退室して行くおじさんの背を見送りながら、私はこれからの大変さを確信めいた予感として感じ取っていた。



「明日の事だが、ここに居る者の殆どは私の家に滞在している訳だし、集合は場所は私の家にしたいと思うんだが・・・」
「解りました、セレネ様とクレア様、そして私の分の準備は私がやっておきましょう」

シルヴィアさんに向かって話をしている兄貴は、どうにも普段とは違う気がする。
まあ、やっぱり兄貴にとっても頭が上がらない人という認識があるのだろう、俺だってそうだし。

「助かります・・・エミュタイン家滞在者の分の準備は私がやりますから・・・他に聞きたい事がある者は?」

兄貴の言葉に返答を返す者はなかった。
こういう場合の不備は後にならなければ解らないのが常だから仕方ないが。

「では解散だ」

そう言うと、兄貴は俺達を置いて部屋を出ていってしまった。
残された俺達も家に帰るべきなのだろうが、どうにもそう言う感じにならない、原因は・・・俺にも良く解らないが・・・。

「お久しぶりです、シルヴィア先輩」
「こちらこそ久しぶり・・・でも先輩というのは止めてください、ミトラさんの方が年上なんですから」

話し声の方を見ると、ミトラとシルヴィアさんが話していた。
ちょっと意外な組み合わせだ。

「ありゃ、知り合いなのミトラ?」
「ええ、キャン、貴方にとっても先輩に当たる方ですよ、色々とお世話になりました」
「お世話と言うほどの事はしていないでしょう?、それに私はほんの少しだけ先に修行を始めただけですし」
「3年と言う時間が『ちょっと』ですか?、私は十分な長さだと思いますけどね」
「でも才能は貴方の方がありました・・・・・キャニアム=バーストラス君・・・でいいのかしら?、貴方もギゾルフィ先生に魔法を教わっているの?」
「キャンで良いですよ、魔術を教わってます、あの・・・シルヴィアさんは何を習っていらしたんですか?」

妙に丁寧な話し方だ・・・・・ナンパか何かのつもりだろうか・・・・だとしたら無意味な努力だが。

「私?、私も貴方と同じ魔術を少しね。・・・・・ギゾルフィ先生はお元気なのかしら?」
「え?、ああ、ものすごく元気ですよ、毎日長々とお説教してますし」
「・・・・お説教・・・?、珍しいわねえ・・・・・あの先生がお説教してるところなんて滅多に見られるものじゃないのに・・・」
「え?・・・そうなんですか?」

困惑の表情を浮かべるキャンに、更にミトラの言葉が追い討ちをかける。

「ええ、私も先生からたまに相談のお手紙を戴く事がありますよ、貴方が真面目にやらないからどうにかならないものかと・・・・」
「え・・・?」

キャンは自分の形勢不利を悟ったのか、バツの悪そうな表情を浮かべていた。
コイツ、一体どういう勉強態度なんだろう・・・?

「キャン・・・・さっきから黙って聞いてればお前・・・」
「待ちなさい、ノール。先生がお説教をするのは、それだけキャンの才能に期待していると言う事です。先生が直に指導するような事はなかなかないんですよ」
「しかしな・・・・わざわざ紹介してくれたミトラの顔に泥を塗っているようで・・・・」
「何も気に病む事は無いんですよ、たまたま私がキャンの才能に気付いたと言うだけの話です、それは御縁があったということですから」
「そう言ってくれると助かるが・・・キャン、ちゃんと勉強するんだぞ」
「はーい、解ってまーす・・・・・」
「やっぱり解ってないだろう、お前・・・」
「ノール、もうよそうぜ」

今度はジョグが止めに入った。
こいつら、こういう話しかしていない気がするが・・・・なんでだろう・・・?
そう思いながら、視線を脇へ流すと俺を睨み付ける目が俺を捕らえている事に気付く、クレアだ。

「どういう風の吹き回しなんだ、クレア?、そんなに退屈してんのかよ」
「退屈なんかしてないわ。私は、貴方が本当に反省してるのか見届けたいだけよ」
「・・・・反省・・・?、何をだ?」

訳が解らない、昔から突っ走って訳の解らん事で興奮してる奴だったが・・・・、
訳が解らないのはさておき、からかってみたいがやったら殺されそうだ、目が完全にマジだし。

「姉さんを見てれば解るわ、和解したんでしょう?」
「その事かよ・・・・・・・・・まあな・・・」
「それでも、私は貴方を許さない。姉さんを傷つけた貴方を許す気にはなれないわ」
「クレア、もういいんだから止めて」

セレネが止めに入る・・・・がそれで止まるとは思えなかった。
何故なら、クレアの表情は怒りを通り越して俺を恨んでいるようにすら見えたからだ。

「・・・・姉さんがそう言ってる事だし、とりあえず執行猶予と言う事にしておくわ、でも・・・・今度姉さんを泣かせるようなことがあったら・・・」
「へいへい、その時は八つ裂きにでもしてくれ」
「その言葉・・・後悔しないでよ・・」

その言葉を残すと、クレアは部屋を出て行った。
後に残された俺達は唖然とするばかりだ。

「もう・・・・・困った子ねえ・・・」

そう言うと、セレネは頬に手を当てて溜息を吐いている、
俺もつられるように深呼吸していると、アルスが近寄ってきた。

「あのさ・・・・ライル」
「何だよ?」
「クレネフィア王女ってずっとああだったのか?」
「・・・あ?・・・・いや・・・昔はもうちょっと可愛気もあったな・・・」

ずっと昔・・・つーても10年くらい前を思い浮かべながら俺は答えた。

「ごめんなさいね、怖かったでしょ?クレアったら私と姉さんが関わると必要以上に怒っちゃって手がつけられないのよ・・・」
「・・・それって何が理由があるのかい?」

割り込んできたセレネにアルスは質問を返している・・・・しかしコイツ、なんでこんな事を聞くのだろう?

「・・・・あの子が生まれた時にね・・・母が逝ってしまったの・・・そのせいかあの子は私と姉さんを守ろうとするのよ・・・・困った物だわ・・・」
「なるほど・・・・・、あ、もう一人お姉さんがいるの?」
「ええ、今はここにはいないけどね」
「そうなんだ・・・」
「しかし、アルスお前・・・なんでそんな事聞くんだ?」
「え?・・・んーと・・・な」

考え込んでいる所を見ると、大した理由は無いらしい・・・・。

「面白そうだから・・・・かな?」
「お前はどういう理屈で動いてるんだよ・・・・マジで・・・」
「アルス君って本当に面白いわねぇ・・・・」

驚くやら感心するやらと言う感じだ・・・。

しかし・・・正直このメンバーなら行く先々で何かが解る・・・というか何かが起こる・・・そんな気がする。
大変になる事を約束された旅が、今始まろうとしていた。



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