「お久しぶりです、ローディス卿」
「陛下こそ御元気そうでなによりですな」

ソファに腰掛けて向かい合って、最初に交わされた会話は日常的な挨拶だった。
じいさんはおじさん・・・・陛下と呼ばれた人とも面識がある。
そしてそれは、俺も同じだった。

「ライル君も久しぶりだね」
「ええ、おかげさまで」

傍から見れば何と言う事は無い挨拶だが、含む意味は色々と多い。

「しかし、昔のニックネームが今は本名になってるとはねえ、考えてやったのかい?」
「俺は何も言ってませんよ」
「なるほど、さすがはローディス卿ですね、よく考えていらっしゃる」
「そうでしょう?」

そう言うと、俺以外の二人は笑った。
俺はというと、話の流れて行く先が見えないので笑うに笑えない。
たまりかねて、自分から切り出した。

「それで、俺とじいさんを一緒に呼びつけたのは何故なんです?」
「ああ、そうだった・・・・・。ローディス卿、ライル君にはまだ話はしてないのでしたよね?」
「ええ、運良くこちらで足止めされた様ですから。わざわざここへ連れてくる手間は省けました、ただ、ディーン君に見つかってしまう事になってしまいましたがね」
「・・・何の事です・・・・?」

どうにも良く解らなかった。
言っている事を意訳すると、全ては予定通りと言う事らしい。

「ライル君、君をムーナイアへ呼ぶように頼んだのは私なんだ」

話の流れからそれはなんとなく解った、だが、呼ばれた理由は解らない。
心当たりはあるので、それをぶつける事にした。

「・・・セレネの事で・・・・ですか?」
「いや、そうじゃない。確かにあの子の事でも話はしたいが、君の性格を考えると、その必要もなさそうだし」
「必要ないって、どう言う事です?、じいさん経由で婚約解消を伝えたはずですが、まさかどうでもいいというわけではないでしょうね?」
「そう言う所があるから必要無いと言っているんだ、婚約解消した相手の事を心配してどうするんだね、君は?」

痛い所を突っ込まれ、返せる言葉も無かった。

「話をしたかったのは、君が国を出た理由についてだよ」
「それは、じいさんから聞いているとは思いますが、家督継承の問題をややこしくしたくなかったからです」
「ふむ・・・・確かに君の生い立ちを考えれば、ややこしくはなるか・・・・だが、それは理由の半分だろう?」

返事は返せなかった。
じいさんにも話していない俺が国を出た本当の理由を、おじさんはなんとなくだが気付いている。
だから答えは返せなかった。

「サウザーが生きている可能性を考えれば、君の行動は合点が行くのだけどね、どうなんだい?」
「・・・・御察しの通りです」
「やはりか」

堪り兼ねて、俺は遂に答えを返した。
そして、会話が途切れる。
隠していた事で、じいさんは怒っているかもしれない、そう思いながら隣のじいさんの顔を見ると、平然とした様子である。

「なんとなくだが・・・・わかっとったよ、儂は。お前は一本気な所があるからな、姫様を置いて国を出る理由など、いくつもは考え付かんよ」
「・・・・知らないふりしてたのかよ?」
「聞かれなかったしな」
「食えねえじいさんだな・・・・・」
「お前の3倍は生きてるんだ、年の功って奴さ」

朗らかに笑うじいさんは、俺をからかって楽しんでいるようにすら見えた。

「さて、話を続けるが、私もサウザーが生きているらしい事は解っていたんだ。君は、手紙を貰わなかったかね?」
「ええ、差出人の名前は女、けれども文面は親父の物でそれが書かれたらしい日付は親父が消息を絶った日の3日後のものを貰いました。おじさんも・・・ですか」
「ああ、同じ日付だ。二人の息子をよろしく頼むとね。相当な窮地に立たされている様だった」

俺への手紙に書かれていたのとは違う文面だ、当然と言えば当然だが。

「君が行方不明になったと聞いたとき、私にはピンときたよ。だが、ディーン君には言わなかった、言えば君の気持ちをぞんざいに扱う事になるからね」
「お前ももっと他にもやりようはあっただろうに、少しは考えんかったのか?」

二人に返す言葉は無い、だが、言いたい事はあった。

「俺は、恩を返さなければならないから・・」
「そんな所だろうと思っていたよ。君は、サウザーのそう言う所を実に良く受け継いでいる。ディーン君よりもずっとね。
 だからかな、私は嬉しかったんだ。娘を泣かせた事もそれで許したいと思った」
「・・・・やっぱり、怒ってたんですね・・・・?」

目の前でにこやかに話すおじさんではあるが、怒らないはずは無かった。
ただ、一度も怒られた事は無いが。

「まあ、親としてはね。ただ、君が息子になるという事も考えれば、嬉しくもなるさ」
「何言ってるんですか・・・・」
「照れないでいいよ、それはともかく、私も君の手助けがしたくてね、色々とサウザーに関する事を調べてみた」
「照れてませんよ、それより親父の事を調べたんですか?」

そう言いながらも、頬が熱くなるのが解った、やっぱり意識している様だ。
だが、おじさんはそういう俺の様子にはまるで無関心な様に話を続けた。

「ああ、サウザーが行方不明になる前やっていた事をね。どうやら、騎士団にも内密に何かを調べていたらしい、それも自分自身で」
「それは俺も解りました」
「サウザーの書斎に忍び込んで調べたのかい?」
「な・・・・・・何でそれを?」

意外な台詞に、驚かざるを得なかった。
確かに親父の書斎を調べた事はあるがどうして知っているのだろうか?

「私もやったからさ、ただ、君と違って見つけた物は上手い事言って全て持ってきた」
「・・・・・・・・・俺よりひどいじゃないですか」

親父に預けたものがあるからとか言って書斎に潜り込んだのだろうな・・・などと想像してみる。
当たらずとも遠からずと言うところだろう。

「言っただろう?君の気持ちを台無しにはしたくないと。
 それに、ディーン君があの書類を見つける可能性が低くても、私はもっと良く調べてみたかったのでね。おかげで解った事がある」
「何ですか、それは?」
「その前に一つ言っておくが、君はそれを知ったら、私の差し金で動いてもらわなければならない」
「・・・・・どう言う意味です?」
「言葉通りの意味だよ、情報を提供する代わりに私の意向を汲んで行動してもらうと言う事だ」



「最初に言っておきたいのは、つい先程議会で決定された昨日までのマルジェノス帝国軍の侵攻に対する我が国の対応だ」
「結果はどうなったのですか?」

白い衣服をまとった穏やかな顔の男・・・ミトラ=シファインがそう聞いてきた。
返さなければならない答えは私にとっても納得がいくものではなかったが、それでも話さざるを得ない。

「天雷・月天の両騎士団は国境近辺の警護を固める。・・・・・それだけだ」
「そんな対応があるんですかっ!」

先程の白い服の男の向こう側に、声を放った者の姿があった。
激昂を抑えようともしないのか・・・それとも抑えられないのかは解らない。
だが、その赤毛の青年の怒りの理由は良く解った。
私自身、納得の行く物ではないからだ。

「国が決めた以上は従わなければならない。でなければ、騎士団はその存在意義を失ってしまう」
「外敵を打ち払うのが騎士団の役目でしょう!」
「・・・・それで、戦う力を持たない者達を守れなかったらどうするんだ?、先の侵攻で証明されたのは、マルジェノス軍に襲われる可能性があると言う事だけだ」

務めて静かに言葉を使った。
半分は彼に解ってもらう為、もう半分は自分に言い聞かせる為だった。
そして、それはどうやら彼にも伝わったらしい。

「・・・しかし・・・何故、そんな・・・」

納得は出来ないが、それを理解しようとしているらしい。
顔には、苦々しげな表情が浮かんでいる。
一瞬迷って、私は自分なりに結論付けた決議理由を述べる事にした。

「理由の一つは、・・・・・・今も言ったが国をおいそれと空けられないことが解った事だ。
 今度の襲撃は警戒を強化していたドルゴード方面からだったにも関わらず、あっさりと警戒網を抜けられている」
「それは・・・・・」
「警戒を更に強化する事で対応は出来る、だがそれは大きな原因ではない、一番の理由は・・・」

一瞬言葉を切って息を吐き出すと、残りを口にする。
口にするだけでも、決議をおじさんから聞いたときの苦々しい気分が蘇るがそれは無視した。

「貴族連中の大半は戦争に関わる事を望んでいない」

奥歯を噛み締める音が微かに聞こえた。

「戦争には金がかかる。大義だけでは全ての人間は動かないからな・・・・」

黒髪の間から鋭い視線を放つ青年が静かにそう言い放った。
言っているのは正論だが、聞いていて愉快な物ではない、だがそれを彼にぶつけた所で目の前の現実が変わるわけでもない。
どう反応するかを決めかね、結局相槌を打っていた。

「・・・そうだな・・・」
「それで、それと俺達を呼びつけた用件がどう繋がるんだ?」

そう続けるその青年は言葉に感情を見せていない、単純に何も感じていないからではないらしいが、押し殺しているような雰囲気も無い。
こちらを探っているような、そんな印象を受けた。

「・・・国としての対応は既に決まったが、それを伝える必要がある」
「・・・何処へ?」
「近隣諸国だ」
「・・・・それに同行しろと言う訳か?」
「察しが良くて助かるよ、その通りだ」

一瞬間が開いて、2本の剣を腰に吊り下げている黒髪の青年が再び口を開いた。

「ただ行くだけではないのだろう?」
「何故、そう思うんだ?」
「ここに居る人間が選ばれたと言う事から判断したのだがな・・・外れていたか?」
「いや、君の推測の通りだ。同時に近隣諸国の対応と世界を取り巻く状況を調査する事になる・・・・が」

一度言葉を切って、一息入れてからその続きを口にする。

「危険を伴う可能性もある」



「君の仲間にも、話は今通している、ディーン君経由でね」
「仲間?、アルス達の事ですか?」

聞き返した俺に、おじさんはゆっくり頷いて応えた。

「話を通しているというのはどう言う事です?」
「国全体としての対応は先程話したとおりだが、私は独自に世界の状況を調査したいのさ」
「何故です?」

追撃軍くらいは急遽編成しても良さそうなものである。
そうする意図がさっぱり解らない。

「マルジェノス帝国軍はここまで来ておきながら最終的には撤退している、妙だとは思わないか?」
「まあ・・・そうですね」

ここまで軍を進めるのも撤退させるのも楽な事ではない、
だから、今度の行軍も何か目的がある・・・・そのはずだ。

「現在マルジェノス軍が前線にしている地域はセリュタリアのターネル領、オルファス、ドルゴードといったところか・・・。
 大陸の半分はマルジェノスに制圧されるか、不可侵条約を結んでいるという状態だ。
 そして、今度の侵攻ではっきりしたが、この国もいつ戦場になるかは解らない」
「ここまで侵略して来るっていうんですか?前線はずっと北西寄りですよ」
「それが一気に南東方向へ拡大する可能性を見せたのだから、仕方ないだろう?私は今度の侵攻の目的は警告だと思っている」
「警告?」

意味を良く理解できなかった為に、単語て質問を返してしまった。
あまり良い事ではないし、相手は国王等という立場のなのだが、知り合いである上に内密な話の場であるだけに何も言われない。

「そう、警告だ。セリュタリア王国からの援軍要請はだいぶ前から来ていてね、協議中だったのだが・・・、それを嗅ぎ付けられたとすれば一応納得は行く」
「援軍を送ればムーナイア本土も無事では済まない・・・・ということですか?」
「そんな所だろうな・・・・どの道、侵攻で腰が引けている貴族連中からの支援が無いとなれば増援を送る余裕もまた無いのだからね」
「だから、議会で率先して援軍を送らないという意見を出された訳ですかな・・・?」

その言葉に、俺は愕然としていた。
その言葉の意味にも驚いたのだが、それを放ったのが今まで黙っていたじいさんだったからでもある。
じいさんがこんな場所で冗談や嘘を言う訳も無い。

「・・・・・ローディス卿、アレは必要な事です。今の足並みが揃わない状態では、追撃軍にしても援軍にしても、十分な後方支援ができません。国内をまとめる時間が必要です」
「・・・昔の貴方やサウザルウスを知っている者としては納得がいかぬ話ですな・・・・」
「人は変わるものですよ・・・・」

小さく笑ったおじさんは、嘘を吐いているとは思えなかったが、その言葉を鵜呑みにするのは何かためらわれる・・・。

「さて、話を戻しますが・・・・・。ライル君、さっきも話したが私としては、近隣諸国の情報が欲しい」
「何の為にです?」
「様々な判断の指針にするつもりだ。それに、それをを調べる事は・・・恐らく・・・・サウザーに近付く事になる」
「どうしてそうなるんです!?」
「簡単な事だよ、私の差し金で動けば、その道のりはサウザーが消息を絶つまでをなぞる事になっている」
「何で・・・そんな事が・・・・?」
「例の持ち帰った資料を詳しく調べてね、断片的な情報から推測した道のりだが、情報が全く無いよりはマシだろう?、捜索に行き詰まっているとも聞いているし」

じいさん経由で聞いたのだろう、定期的な連絡で何度か『特に進展は無い』と書いた事があった。
最近はそれが多かった気はする。
事実、最近はこれという情報も手に入らなくなっていた。

「それは・・そうですが・・・・・・しかし、他の奴らを使う理由は何なんです?俺一人でもいいでしょう?」
「君の言う事はもっともだがね、これは多分・・・・・一つの国の問題ではなくなる可能性が高い」
「そりゃあ、行く末は戦争に繋がりますからね」
「ふむ・・・・・それもそうか・・・」

その物言いに俺は何か引っ掛かる物を感じた・・・が、上手く言葉に表せない。

「私の差し金で動いてもらうとは言え、君の行動を著しく制限したりはしないつもりだ、むしろ君のやりたいように調べてもらった方が都合が良い」
「何故です?」
「上手く言えんが、そういう気がするんだ」

なんだか要領を得ない話だ・・・・頭の中で一旦話を整理して確認を取った方が良いだろう・・・。

「じゃあ・・・・・、こう言う事ですか?俺は表面的にはおじさんの命で各国の動向を調査し、独自に親父の事も調べる・・・・」
「そうなる、ただ君はサウザーの行方を調べるのを主に行ってくれ、各国の動向調査についてはディーン君に詳しく話して頼んである」
「なるほど・・・でも、兄貴は親父の事は知らないんですよね?」
「無論だ。だから君がディーン君に手伝う様に命じられたらそれに従わなければならないな、知られても良いなら話は別だが」
「解りました・・・・多少面倒にはなるでしょうが上手くやって見せますよ」
「それは私の申し出を受けると言う事だね?」
「ええ」

迷う事無く返事を返した、多少の問題は増えたが、親父の手掛かりが得られるというのは心強い。

「では、そういうことです。よろしくお願いしますよ、ローディス卿」
「仕方ありませんな、こやつが陛下に従って動くのであれば、こやつの支援をすると決めている以上は仕方ありますまい」
「?・・・・何の事だ、じいさん」
「お前には直接関係無い事だ、儂は忙しいから暫くお前に会うことは無かろうが、頑張れよ」
「なんだよ、それ?」

さっぱり訳が解らない、俺がおじさんの差し金で動くとじいさんは何をしなければならないのだろうか?

「詳しくは陛下に聞け、じゃあな」
「あ、おい、待てよ、じいさんっ・・・・!?」

扉を開いて外へ出ようとするじいさんの動きを目で追っていた俺はえらい物を目にしてしまった。

「ん・・・?どうした・・・・おお!、これはこれは」

俺の様子に俺の視線を追ったじいさんは、俺が驚いた理由を理解したらしい。
おじさんは俺とほぼ同時に理解したはずだが、面白がっているのか黙っている。
視線を戻すと、悪戯っぽく微笑んでいる。
そして、すぐに俺の視線に気付いたらしく、表情を正すと口を開いた。

「立ち聞きとは感心しないな、セレネ」
「申し訳ありません、お父様」

畏まった様にも聞こえるが、知っている者から見れば普段とは明らかに違う口調だからふざけていると解るやりとりだ、流石は親子というべきだろうか。
もっとも、俺にとってそれより問題なのは現れたのがあまり会いたくない人間その人であったからなのだが、当の本人は・・・、

「あの・・・・入ってもよろしいですか?」

と言う具合で穏やかな表情を浮かべたまま話すばかりで、その本心は相変わらず見えないのだった。

「いいかい、ライル君?」
「陛下がよろしければ私としては言う事はありません」

どうにかそんな言葉を搾り出す・・・。

「ははは、君までそんな言葉遣いをしなくてもいいんだよ。・・・・・さて、ライル君もそう言ってるから中へ入りなさい」
「はい、失礼します」

俺は針の筵の上に居る気がした。



「失礼な事と承知はしているが、君達の事はこちらでもある程度は調べさせてもらった。
 無論、急な事であったから、君達が弟に同行していた詳しい理由や成り行きと言った事はこちらも良くは知らない。
 だが、正直この任務は正式な騎士達を使うには向いていない、むしろ君達のような一般人の方が越境等の際に変に疑われずに済むといったメリットが大きい」

急な・・・・・そう、急な事だった。
議会が終了してから程無くして呼ばれた国王の執務室で話を聞いてから大して時間は経っていない。
説明を受けて半ば混乱した状態では大して疑問にも思わなかったが、
彼等がライルと行動を共にしているというだけで選ばれたにも関わらず用意されていた資料が割と詳細であったというのはおかしな話だ。
ジィルガ女史が可能な限り調べて用意した物だそうだが今考えるとアレはどういうことなのだろうか・・・?

自分のどこかがそういう場合ではないと警告してきた・・・一瞬飛んだ思考を中断すると、話を続ける事にする。

「ただ・・・・・・これは表向きには伏せられた任務だ、危険に関わる事は避けたいし避けるつもりもあるが、もしそういう事態に巻き込まれても助けは簡単に呼べない事になる、
 だからこそ、そういう場合も想定した人選をしているつもりだ。私としては良い返事を期待しているが、良く考えてこの誘いを受けるかどうか決めて欲しい」

眼前の6人は一様に黙り込んでいる。
横手にある開け放たれた窓から差し込んでくる光が一段と強くなった。
話が途切れたのを幸いと、薄手のカーテンを閉めると、背中から声がかかった。

「俺は受けますよ」

声の主が誰なのかは解ってはいるが、一応振り返って確認する。
声の方向へ向き直った私の正面にいたのは、先程最初に質問してきた赤毛の青年だった。

「ノールス君、良く考えて言っているんだろうね?」
「無論です」
「そうか・・・・重ねて聞くが、決意は固いんだね?」
「ええ」
「ならばまずは君が・・・か」

机に戻ると、あらかじめ用意した確認用の紙に鉛筆で印を付ける。

「じゃあ、僕もだね」
「お前は帰れ、キャン」

赤毛の青年がほとんど黒に見える紫の髪を持った青年と言うよりは少年と言った方がいい男に向かってそう言った。

「なんでさ」

キャンと呼ばれた少年はあからさまに不機嫌そうにそう言った。

「解りきった事を聞くな、お前が行くとして親父殿が承知する訳がないだろう」
「それは兄さんも同じじゃない」
「俺は勘当を覚悟してやっている」
「なんだいそれ?、開き直っちゃってさあ!」
「二人共、ちょっと待ちなさい」

たまらず止めに入ってしまった。
他人事のような気がしなかったせいもある。

「さっきは後で話すと言ったが、今言った方が良さそうだな。君達の父上から手紙を預かっている、とりあえず読みなさい」

机の中からあらかじめ用意しておいた手紙を取り出すと、それをノールス君に渡した。
意外そうな顔をする彼は渡された手紙と私の顔を交互に見ている。

「親父殿が・・・?」
「ああ、話す機会があってね。その時に渡された、内容は君達に対する事だそうだが」
「なぜ今?」
「平行線を辿る議論の解決の糸口になると思ったのでね、読むなら隣の部屋を使いなさい」
「・・解りました」

ノールを先頭に、4人が隣の部屋へと出て行く。
夏の陽光が部屋には、私を含めて3人が残っていた。

「何故俺達なんだ?」
「・・・・君は、ザメル=プラパス君・・・だったかな?」

突然の声に視線を動かすと、長い前髪の間から鋭い視線を投げかけてくる青年と目が合った。

「そうだが、良く覚えているんだな」
「君だけ特異な経歴だったのでね、良く覚えているよ。ただ・・・・それだけが理由ではないがね」
「・・・・では、俺の事も解っている訳だろう、危険だとは思わんのか?」

答えにくい事を聞いてくる、どう答えたものかと考えながら、私は椅子から立ちあがった。

「最初の質問については明確な答えがある、君達が弟に同行していたからさ」
「ただ、それだけで・・・か?」
「ああ、私もそう言われただけだが・・・・任務の性質上間違った判断ではないと思っている。さて・・・・危険と言うのは・・・・どういう意味かな・・・・?」
「俺は自分の都合で動くからな、最悪、仲間を土壇場で見捨てる可能性もある」

判断が難しい言葉だ・・。
・・・この発言をどう取るか・・・・それによって彼はこちらを判断しようとしているのだろう・・・。

「ある程度までだが、君が何を目的とし、何の為に行動しているのかはこちらでも把握している。
 正直、こちらとしては君の能力を利用したいのさ。だから、君もこちらを利用してくれればいい」
「では、信用は要らない・・・と?」

机の正面に回りこんでそれに寄りかかると、私は答えを返した。

「それも違う、信用はする。だが、私も同行するんだ。窮地に立たされればそれを打開する方向で動くつもりだ、君を信用した上でね」
「それで俺が裏切っていた場合はどうするんだ?」
「義を無視した行動には一団の長として厳格な態度をもって臨むつもりだ。処罰はその時考えるが、執行は私自身が行うだろう」
「ほう・・・・・」
「無論、そんな事が起きない事を祈るが」

一瞬の無言の時間の後、夏場には不釣合いな長袖の上着を着た青年が口を開いた。

「盗賊ギルドで最も重い価値を持つ物の名前が解るか?」
「いや」
「信用や約束と言った物だ。法の外側を生きるが故に、それは俺達にとって重い価値を持つ。裏切り者と義に反する者は死を持って購わなければならない」
「初耳だが・・・・・」
「文書でなく口頭で伝えているからな、あんたの様な人間が知らなくともそれは知識不足ではない、むしろ知らないのが普通だ」
「そうか」

そこで、会話がまた途切れた。
開いた窓から風がカーテンを揺らしながら吹き込んでくる。

「俺を使うと言うなら、ある程度好き勝手に動かせてもらう事が条件になるが?」

事前に調査した資料を読んだ限りでは、彼は独自の目的で行動しているらしい。
となれば、その行動を束縛するのはこちらにとって得策ではない、彼はこちらと行動を供にする必要は全く無いのだ。

「その事なら、ある程度までなら容認しよう」
「そうか・・・・・・・・受けよう、この仕事。あんたになら従っても良さそうだ」
「よろしく頼む」

手を差し出すと、一瞬の間が開いてから、それを握り返された。
そして、程なくしてそれが解かれる。
今まで成り行きを見守っていたアルス君のほうを見やると、彼は頭を掻きつつなにか考えている所だった。

「アルス君、君はどうするんだ?」
「すいません、もうちょっとだけ考えさせてもらえますか」
「構わんが、日付が変わるまでには答えを出してくれないと少々困るな。・・・・・・・・まあ、君が悩むのも無理はないが」

いきなり一つの国の為に働けと言うのだ、緊張するのも無理は無いだろう。
それはそうと、そろそろライルも話が本題に入る頃だろうか?
そんな事を考えながら、私は正午を過ぎて日差しが更に強くなりだした外の景色を見遣っていた。



「・・・・・・どういうことですか?」
「さっきから質問ばかりだね、ライル君」
「質問したくもなります、俺にとってはいきなりの話ばっかりなんですから」
「それもそうだね、で、何について聞きたいのかな?」

穏やかな表情で話すおじさんの顔を見ていると、多少は話しやすくもあるが、それでも俺は変に緊張していた。
なるべく隣を意識しない様におじさんの顔を凝視しながら話すのは自分でもかなり不自然だとも思う。
だが、それでも俺は横を向けなかった。

「とりあえずはじいさんのさっきのあの台詞の意味を聞きたいんですが」
「ああ、あれはね、君が私の言う事に従って行動するなら、私のやる事にローディス卿も協力していただけるという話になっていたんだよ」
「協力・・・・・ですか?」
「具体的には、現在は騎士団の派遣を強く主張する集団の説得になるね、いずれはその逆、派遣反対派の切り崩し等に動いてもらうことになる」
「そんな面倒そうな事、よくあのじいさんが承知しましたね」

じいさんは10年くらい前までに天雷騎士団の副団長をやっていた、
その時から何度か家へ来る事があったが、時々一人でやってきては勝手にお茶を飲んでいることがあった。
ある時、どうして一人でここに来るのかと聞いてみたら、
『面倒な話し合いに巻き込まれそうだったから部下に任せて逃げてきた』とのたまったのである。
後で親父に聞いたら、その時の話し合いは騎士団の予算配分に関する話し合いで、じいさんに後を任された若い騎士は大変だったそうである。

「君のおかげだよ」

昔から思っていた事だが、穏やかで丁寧な口調でありながら歯に衣着せぬ物言いをする人だと改めて思った。

「俺はダシにされたわけですか・・・?」
「偶然にもそうなってしまっただけだよ、気に病むことはないさ。・・・それよりも・・・」
「それよりも?」
「何か聞く事があるだろう?」

どうしても話をそっちへ持って行きたいらしい。
この状況で避けるのも無理と言うものだが、なんとなく話し辛いのでおじさんが話を振ってくれるのを期待していたのだが、無理らしい。
俺は覚悟を決めて切り出した。

「横にいらっしゃる方は、どうしてここに呼ばれたんですか?」

横に座るセレネに視線を飛ばさないままでそう言うと、おじさんは目を細めた。

「うん、良い質問だね」

視線を横へ流さない様にしながら言った言葉に対して、にこやかに返答されて俺は顔を歪めてしまった。
からかわれてるとしか思えなかったからだ。

「そんなに渋い顔をするものじゃないよ、せっかくの良い男が台無しじゃないか。・・・・・さて、セレネに来てもらったのはこの話に関係しているからだよ」
「かん・・・けい・・・?」
「そうだよ。セレネ、話を立ち聞きしていた事はこの際目をつぶろう、どの辺りまで聞いていたのだね?」

自分で呼んでお膳立てしておいて、この人もよく言うものだ・・・・。
俺は意識的に眉間にしわをよせた。

「隣の方が国を出た理由の辺りからです」
「ほぼ全部・・・ということか・・・・。なら話は早い、セレネ、お前もメンバーに選抜しておいた。受ける気があるかい?」
「なぁっ・・・・!?」
「選ばれたのならお受けします」
「ちょっと待てっ、そんな簡単に決めるなっ!」

立ちあがってソファの逆端に座っていたセレネを見遣った俺は、声に反応してこちらを向いた彼女と面と向かう形になった。

「別に良いでしょう?私だって危険だって事くらいは解ってるわよ」
「危険だって解ってるんなら、尚更だっ!」
「そう言う貴方だって危険は承知で受けるんでしょう?」
「俺は自分の身は自分で守れる」
「私だってそうよ」
「いや・・・だけどな・・・。おじさんっ!どう言う事なんです!?」

埒が開かないので話す相手を変更する。
が、おじさんの反応は意に反して真剣そのものの表情だった。

「私はね、向いていると思う人間を選抜しただけだよ。今度の任務の重要性を理解し機密を守りつつ危険にも対応し得る・・・そういう人材を選んだつもりだ。
 君の仲間達の事は予定外だったにしても、偶然であれだけの人間が集まっている事を精霊達に感謝したいくらいだ」
「・・・本気ですか?、性質の悪い冗談じゃないでしょうね?」
「疑り深いねえ・・・・・、私だって大事な娘にこんな危険な真似など好き好んでさせたくはないんだよ・・?」
「他意は無いとでも?それにしたってですよ、危険過ぎるとは思わないんですか?」
「では君の実力を見込んだ私の目に狂いがあるとでも?」
「なんでそうなるんです!?」
「ふむ・・・私はセレネと君はほぼ互角に戦えると思ってるんだがね・・・・それでも危険だと?」

一瞬呆けた後、考えを巡らせると、昨日の夜の事を思い出した。
クレアの剣から俺を救ったのは確かにセレネだった・・・だが、それだけで俺と互角の実力だなんてことは信じられない。
何より・・・俺の見た感じ一年前と大して変わっている様にも見えないのだ。
いや・・・・・一年前だってどれくらいの実力だったのか・・・・俺には良く解らない。

「手合わせしてみる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・いいよ。解りました、おじさんの言う事を信じる事にします」

セレネは・・・昔から出来ない事は出来ないとはっきり言う奴だった。
それは今でも恐らく変わらないだろう、だとすれば、それだけ自信があると言う事だ。
真偽はともかく、実際に実力を確かめる機会もあるだろう、危険ならその時改めて送り返せばいい。
正直心配だが、言っても聞かないだろうからそうするしかないだろう・・・。

「そうか、では私は少しやる事があるんだが、二人供ここで待っててくれるかな?」
「は?、何か待つ必要があるんですか?」
「この件に参加する全員に対して話がしたい、準備が出来たら呼びに来させるよ、それではね」

いうなりおじさんは足早に部屋を出て行ってしまった。
それを呆然と見送った俺は、一つの事実に気付いた。
部屋に二人きりなのである、・・・・・・・・もしかしてハメられてるのか、俺?

「あらら・・・・」

そう言うセレネの方を見ると、これといって動じた様子も無く座ったままだ。
とりあえず頭を掻き毟ると、溜息を一つ吐き出す。
これから何を話したものか考えるのは、それなりに大変な事だからだ。



別室に入ったノール達を待ちながら、俺はまだ迷いつづけていた。
成り行きと言うか勢いだけでライルに着いて来た俺である。
はたしてこんな事でこういう話に乗ってしまっても良いものなのかどうか、ちょっと考えてみたくなったから考えていたのだが、考えれば考えるほど訳が解らなくなる。

そもそも、俺は何がしたいんだろう?

ノール達が戻ってきたのは、丁度そう考え始めた時だった。

「待たせてすいません」
「いや、構わんよ。それで、結局どうするんだい?」
「親父殿は、気が済むまで俺のやりたいようにやれと・・・そう言う事ですから俺は行きます」
「そうか」

ノールの顔は決意とやる気がはっきりと伺えるほどだった。
こいつは・・・自分の意思で動いている・・・・しかも強い責任感を持ってだ。

「ノールが行くのですから、私も同行させていただきます」
「貴方は・・・・今思い出しましたが、バーストラス卿に仕えておられる方でしたね?」
「はい、昨日も自己紹介しましたが改めて。ミトラ=シファインと申します」
「ええと・・・・・ミトラさん・・・・いや、今まで通りシファインさんとお呼びした方がいいですか?、貴方の方が年上ですし」
「いえ、立場上は貴方の方が上になるのでしょう、お気遣いは無用です、エミュタイン卿」
「その呼び方はちょっと・・・・・・・・ディーンで結構ですよ、あまり目立ちたくない任務になりますから」
「そう・・・ですね。少々失礼ではありますが、人前では『ディーンさん』とお呼びします。お許し下さい」
「そう畏まらないでも結構ですよ、貴方は私に仕えている訳ではないのですから。よろしく頼みます、シファインさん」

なんか大変そうだ、立場が立場なだけに気を使う事が多いんだろうなあ・・とか思う。
参加すると言う事は俺もそうしないといけないのだろうか?

「俺も行かせてください。足手まといにはなりませんから」
「ええと・・・ジョグ・・・君、だったかな?」
「はい、そうです」
「闘士だそうだね、よろしく頼む」
「はい!」

目の前でやる気を見せる獣人の青年はおそらくノールに着いて行くつもりなのだろう。
でも、それは俺と同じに見えて全然違うだろう。
なんたって、俺とライルは出会ってから一ヶ月も経っちゃいないが、こいつとノールは兄弟の様に育ったって話だから、年季が断然違うわけだ。

「じゃあ、そういうわけで僕も・・・」
「キャン、お前は・・・」
「待て待て、二人供。結局、バーストラス卿は何と?」

またも言い争いを始め様としたキャンとノールの間に、ディーンさんが割って入った。
さっきもこんな感じだったが、言い争いが始まろうとしているのに何故か俺は場が和むような気がしていた。

「親父殿は、キャンはどうするにせよ魔術の先生には一度話をすろように・・・と」
「魔術の先生?、どう言う事だい?」
「キャンは、住み込みの形で魔術を教わってるんですが、たまたま帰ってきていたんです、それで俺に着いてきて・・・」
「今に至る・・と?、それで、その先生は何処に住んでおられるんだ?」
「セリュタリア王国のシフタント地方です」

シフタントといえば広大なセリュタリア王国でも南東の方向にある。
何度か仕事で行った事もある。あの地域ならまだ戦場にはなっていないはずだが・・・それでもキャン一人で行かせるには危険な場所だろう。

「シフタントか・・・・今すぐではないが、近くまで行く事はあるかもしれないな・・・。今すぐ行くのなら私の部下を護衛に着けると言う手もあるが?」
「別にいいですよ、僕なんかの為に人員裂いてもらうのも悪いですし、いずれ行くならその時で・・」
「しかしな・・・」
「ノール君、心配するのは解るが本人もやる気なのだし、君が傍にいれば君の手で守る事もできるだろう?」
「・・・・・エミュタイン卿がそうおっしゃるのでしたら・・・」
「私の事は、ディーンでいいよ、呼びにくければさんづけしてくれればいいから」
「わかりました、ディーンさん」

これで、俺以外の全員が曲がりなりにも任務を受けると言う事になる。
いよいよ決めるのを急がなければならないわけだ・・・・さて、どうする・・?
一瞬考えて、俺は一つ質問をする事にした。

「ディーンさん、ライルはどうするんですかね?」
「あいつなら・・・・どうだろうな、多分受けるだろうとおじ・・・・陛下は仰っておられたが」
「そう・・・ですか・・」

いつも適当に判断をしていたせいか、真剣に考えるとやたらに考え込んでしまう・・・・。
ツケが回ってきてるとでもいうのだろうか?
それとも、俺が変わらなければならない時期に来たとでもいうのだろうか?

俺が生まれてから19回目の夏、俺を巻き込んで何かが・・・動き出していた。



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