どうかしらね?

その一言が引っ掛かっていた。
確かにアルスの言う通り、嫌われてはいない様である。
だが、それとあの事について謝らないでも良いかどうかというのは話が別だ。

「結局の所は、会って聞くしかねえだろうなあ・・・・」

ぼんやりと木々の間から見える青空を見ながら、俺はかつての婚約者の事を考えていた。



「つまり、その女性達に会ってからあの調子なのか?」
「まあ、そうなるかな」

話の内容は、ライルの事だった。
朝食後、エミュタイン家の廊下をうろうろしてたら、ノールにつかまって昨晩の事を色々と話すハメになったのだ。

「しかしさ、どうして様子がおかしいと思ったんだ?」
「どうしてって・・・・昨日帰ってきた時、なんとなく表情が暗かっただろう?」

俺はライルの昨晩の表情を思い浮かべた。
確かに暗い表情だと言われればそうかもしれないが、極端な変化ではない。

「う〜ん、そういわれればそうだな。・・・・・しかし、良く解ったな、実はかなり心配してたりするのか?」
「いや!・・・そう言う訳じゃあ・・・ない」
「そうなのか・・・?」

ライルとの付き合いは俺より短いのにその変化を鋭敏に見抜く辺り、
こいつ、実は相当優しい奴なのだろう、普段の態度はちょっととっつきにくいが・・・。

「・・・・・それで、その金髪の子とライルの間に昔何があったんだ?」
「んーとね、婚約者だったとかなんとか・・・・さっき話した黒髪の子は彼女の妹なんだってさ、名前は・・・クレア・・・じゃなくて・・・クレネフィア・・・・だったっけか?」
「クレネフィア?・・・・クレネフィア=レネ=ムーナイアか?」

やたらに長い名前がノールの口から滑らかに出てきた。
昨日聞いた名前と語感は似ている。

「あ、そうそう、それそれ。知ってるのか?」
「ああ、一応名前くらいはな。しかし、ということはその金髪の子は・・・セレネフィス王女か・・・・」
「有名なのか?」
「この国ではそこそこ・・・・な。かなりの美人だそうだが」
「まあ、美人っつー言葉で括るとするなら、黒髪の子もそうだけどな」
「・・・・・・今聞いた限りではそうは思えないが・・・・・?」

ノールが怪訝そうな顔をした。
まあ、会うなり剣で切りかかってくると聞いちゃあ無理も無いだろうが。

「淑やかって言葉とは縁がなさそうだったけど、少なくとも悪い子じゃあなさそうだったよ」
「・・・どうしてそう思うんだ?」
「・・・・見た感じ・・・かなあ?」
「・・・なんだそれは・・・・・」

そう言うと、ノールは眉間に皺を寄せた。
しかし、俺としてはそうとしか言えないのである。

「見れば解るよ、多分。てーかさ、もしかしてノールは二人を見た事は無いとか?」
「ああ、興味が無かったし。簡単に会えない相手ではないが、物見遊山程度の気持ちで見に行くのは先方にとって失礼だ」

まあ、らしいといえばらしい。
当たり前という様子でそう言いきるノールを見ながらそう思った。

「しかし、納得は行くな。名家の出身で王族とも関係がある、となればあれくらいの力は持っていても不思議はない」
「どういうことだい?」
「あいつの能力は非凡だ、俺は何故あんな男が野に下っているのかが解らなかったんだ」

言われてみれば確かにそうだ。
冒険者なんぞやってるより、宮廷騎士でもやってたほうが遙に待遇は良さそうである。

「まあ、言われてみればそうだね・・・。じゃあさ、なんでライルは冒険者なんて物好きなことやってるんだ?」
「うん・・・・・・・・・・噂ぐらいなら聞いたことはあるが・・・・」
「どんな?」
「ええとな、確か・・・・・・・丁度、1年前の今頃の話だが、エミュタイン家の次男が行方不明になった、名前は・・・・ええと・・・・」
「ラルバート=エミュタイン、ですよ」

突然響いた声に横を向くと、廊下にミトラが立っている。
白を基調とした服は、着替えたのか昨日までの物とは弱冠デザインが違った。

「・・・ミトラ・・・・」
「よろしければ、続きは私が話しましょうか?」
「・・・頼む」

言葉少なくノールが答える。どうやらあまり良く覚えていなかったらしい。
そのノールに変わってミトラが話し出した。

「彼は、現在のエミュタイン家の当主、ディナンドル=エミュタイン卿の弟にあたる方で、ムーナイア国内でも有数の名家の人間として将来を嘱望さていました」
「なるほど、で、なんで行方不明になったんだ?」
「それは今に至っても謎です、まことしやかに囁かれた噂では、家督相続に関する問題のこじれから暗殺された・・・・・などと言われていますが」
「でも、その次男ってのはライルなんだろう?生きてるじゃないか」
「噂は真実を伴わない場合が殆どですからね。それに、先代の当主の葬儀の当日に姿が見えなくなり、
 その数日後には出国した形跡が見つかりましたが、その後の彼の行方が陽として知れなかったのです、そういう噂が立っても不思議は無いでしょう」

そこで、黙っていたノールが口を開いた。

「ミトラは・・・何故ライルがこの家から姿を消したのだと思う?」
「そうですね・・・・・・・・。なにかしらの理由があったのだと思いますが」
「具体的には?」
「表沙汰には出来ない理由・・・でしょうね。彼の性格からすれば、エミュタイン家を巻き込まずに済ませたいような厄介事に関わったから・・・でしょうか?」
「巻き込まずに済ませたいって、なんで?」

ミトラの言葉の理由が見えないので、聞いてみる。
こう言う事は聞き逃すと、思い出せなくなってうやむやになってしまうものだ、はっきりさせておかなくてはならない。

「彼は、自分の命すら危ういような戦場においても、その判断は冷徹には成り得ない様です。
 現に、彼に攻撃された者はその大半が動けない程度で済んでいました。彼の実力からすれば、斬り捨てた方が遙に楽でしょうに」
「・・・・・・・・そうだったの?」
「ええ、確認しましたから間違いありません」

初耳だ、ライルの奴手加減までしながら戦ってたというのだろうか?
ノールの方をみやると、こちらもまた初耳のようで、少し驚いているようだ。

「とにかく、そんな彼です。自分のやる事の結果を考えないで行動するということは考えにくいかと、そういう点から判断したのですが」
「なる・・・・ほど・・・」
「しかし、謎だらけだな、何のために冒険者をやっていたのかも不明なら、クレネフィア王女にいきなり切り掛かられた理由も謎だ」
「そうだね・・・・ノールはなんでだと思う?」
「そう・・・・だな。ライルは王族から何か密命を帯びて行動してるのかもな」

割と突拍子もない事を言う。
なんでそう思うのだろう?

「なんでそう思うんだ?」
「あの能力だぞ、密命を帯びて何かをやっているとは考えられないか?、そして、なにかしくじった為に粛清されかけたとは考えられないか?」

考えてみるが、どう考えても穏やかな発想ではない。
ノールは生真面目だが、どうにも物事を変に考えてしまうらしい。

「粛清ねぇ・・・・、そんな感じじゃなかったけどなぁ・・・・」
「私もそれは考え過ぎだと思いますが・・・・」
「・・・そうだよな・・・・・・確かに考え過ぎだ・・。しかし、どんな理由でアイツは自分の家を捨てたんだ?」

ちょっと決まり悪そうにノールは頭を掻きつつそう言った。
髪の毛は赤いのだか、育ちの良さからか柄が悪いといった印象は無い。
最初に会ったときの印象とはまるで違うが、本来の姿はこっちなのだろう。

「それは・・・・・なんだろうな・・・・」
「人探しの様だが」

ザメルの声が、俺達の死角になる部分から聞こえた。
その格好は、昨夜会った時の軽装ではなく、最初出会った時と同じ普段着だった。
出掛けて来たのだろうか?
朝食の時には何故か会えなかったので、これが今日初めての出会いになる。
なぜ朝食に出てこなかったのかが気になったので、聞いてみることにした。

「ザメル・・・・・・、朝飯食ったのか?」
「ああ、外で済ませてきた」
「そんな事はいい!、ザメル、どう言う事だ。なぜライルの目的を知っている!?」

何故か語気を荒げるノールに、ザメルは事もなげに答える。

「調べてきたからだ。ライル=ローディス、冒険者暦は1年と少し、冒険者教会への登録はムーナイア王国ライトラム地方で行われた。
 活動範囲はラムサウス大陸東部が主な地域で、活動内容は多岐に渡るが、主に護衛や配達と行った活動を行っている。
 要するに、特定の拠点を中心としない延々と放浪しているタイプの冒険者、だな」
「悪趣味だぞ!」
「そう怒鳴りなさんな、何から何まで調べ上げたわけじゃない、俺に解ってるのもこれがほぼ全部だ」
「だからといって!、おいそれと話しても良い事か!?」
「頼まれてもべらべらと喋る気は無い」
「やめなさい、ノール」

ミトラにたしなめられて、ノールは口を閉じた。
二人を見やると、仕方ないと言った様子でミトラは口を開いた。

「続きを聞かせてもらいましょうか、ザメル君」

ちょっと意外な台詞が出たので俺は驚いた、ノールも目を見開いている。

「・・・・構わんのか?」
「せっかく調べてきてくれたのですから、一応聞いておきましょう。ライル君は私にとっても恩人ですから、その人間性には興味が無いと言えば嘘になります」
「ほう・・・・・・意外だな」
「ノールも・・・・そうでしょう?」
「俺に聞くな、別に気を使わないでいいぞ」
「では・・・・・お願いします」

小さな微笑と供にミトラの口から紡ぎ出されたその台詞を聞くと、溜息を一つ吐き出して、ザメルは話し出した。

「・・・・ライルの冒険者としての仕事は食い繋ぐ程度にしか行われていない。しかし行動範囲はその割には広過ぎる。
 そこで、餓竜党に関わった時の記録を調べてみたが、どうにも何かを探しているついでに仕事をしているようだな」
「しかし、探すといっても人だとは限らないでしょう?」
「確かにそうだが、判断には理由がある。1年間という長期にわたって広範囲を探していると言う事から、
 探す対象はどうやら移動しているらしいというのが解る、だとしたら可能性としては探す対象が人間である可能性が高い」
「なるほど、で?」

俺がそう言った言葉に、ノールとミトラがこちらを向いた。

「で・・・・・・って、まだ何かあるのか、ザメル?」
「良い勘してるな、アルス。ライルについて調べた結果、もう一つ解った事がある」
「それは?」
「ライル=ローディスという名前は偽名ではないと言う事だ」



「では・・・、セリュタリアからの援軍要請の拒否、天雷、月天の両騎士団は今後暫くの間国境付近に駐留して待機・・・・
 これらの事項をもって今回の非常議会の決議と致します。皆様、お疲れさまでした」

議長である私の声で、議会は閉会した。

「お疲れ様でした、ザルステム陛下」
「シルヴィアこそご苦労だったね、急な事で資料の用意とかは大変だっただろう?」
「やっつけ仕事です、そこいらに転がっていた書類を適当に編集して急ぎで刷ってもらっただけですから」

とてもそうは思えない出来だった、人数分に増やすだけでも一晩はかかるだろう。
準備にかけられる時間は昨日半日と言った所か、常日頃から準備していなければ出来はしないだろう。
溜息を吐いてしまった私を見て、シルヴィアは肩まで伸ばした髪を揺らしながらを不思議そうな顔をした。

「どうかなさいましたか?」

妙齢の独身女性が日頃から何をやっているのだか・・・・。
けれども、その原因も一端は私にある以上文句も言えない。
本来なら見合い話の一つも持って行くべきなのだろうが・・・・・そうもいかない・・・・・か。

「いや・・・・君がそう言う割には良くまとまっていたよ」
「恐れ入ります」
「しかし・・・・・なんとかなったね・・・」

大会議室は昨日の出来事が原因で使えなかったが、
以前使用していて今は予備の会議室なっている部屋を急遽使える様にしてどうにか事無きを得ている。

「皆が手伝ってくれましたから」
「そうだな・・・」

会議室に残った人数は私とシルヴィアを入れてもわずかとなった。
これで、役目は果たした事になる。
これからは、私の自由意思・・・いや、それも向こうの計算の内なのかもしれんな・・・。

「シルヴィア」
「はい」
「天雷騎士団長殿を私の部屋に呼んでくれ」
「かしこまりました」

当初の予定と多少のずれがでてきた、このままでは問題だがどうにかできないわけでもない。

「さて、もう一息だな」

自分に対してそう呟くと、私は席を立って歩き出した。



「偽名というのはどう言う事だ?」
「キャンから昨晩聞いたが、バーストラス卿がライルに偽名を使っているんじゃないかと尋ねた事があったらしい」
「あいつめ・・・・」

キャンの事だから聞き耳でも立てていたのだろう、私は思わず溜息を吐いた。
気を取り直しつつ、話を聞いてみる。

「それで、偽名でないというのはどういうことなんですか?」
「越境だ、宿に止まるくらいなら偽名でもどうという事は無いが、越境する時は手順を踏む祭にどうしても戸籍に対する確認がかかる」
「ああ、そういえば・・・・・」

アルス君が思い出したように呟いた。
確かにザメル君の言う通りである。手順さえ踏めば割と簡単に越境はできるが、偽名を使っていると、逆に手順が多くなってしまう。
国境突破や偽造書類も考えにくいだろう、前者なら発覚すれば手配されその後の行動に著しい障害を残すし、
後者なら、提出書類を事前に用意する事自体が不自然なのである。
国境は、越えるその時になって、初めて書類に必要事項を記入し、いくつかの簡単な質問に答えれば通れるのだ、そこまでする必要が有る者はわずかである。
戦争が起きてる国などへは立ち入りに制限がかかる場合もあるが、それはあくまで非常時の対応だし、
国境に関する取り決めは二千年程前から万国共通の法として定着している。
戸籍の確認は特殊魔法術によって行うが、これが失敗する事は殆ど無く、あったとしてもそう都合よく何度も失敗する訳は無い。

「越境の際に使っている名前を変えていると言った情報は奴のここ1年の履歴には無い・・・・ということはだ、奴の名前は偽名ではない可能性が高い」
「よく調べたなあ・・・・」
「大した事じゃない」
「しかし、偽名ではないとするとだ、今のこの状況はどういうことだ?ラルバート=エミュタインはどこへ消えた?」
「解らん」

短く答えたザメル君を見て、ノールが渋い表情を見せた。
出会って以来、こんな風な表情を見るのはここ最近・・・・とりわけザメル君に関わるようになってからが初めてだ。
良い傾向かもしれない、少なくとも感情を内に溜めこむよりは。

「・・・・・・逆じゃないか?もしかして」
「・・・逆?」

不意に聞こえたアルス君の言葉の意味は、私には良く解らない。
とっさに聞き返していた。

「ああ、だからさ、ラルバート=エミュタインって名前のほうが、元々本名じゃなかったとか」
「・・・・それは、ありえませんよ」

突飛過ぎる発想をとりあえずは否定しておく。
だが、その直後、ザメル君から意外な言葉が出てきた。

「いや・・・・・もしかしたらそうかもな・・・・」
「ザメル君・・・・?」
「いや、確かにラルバート=エミュタインは偽名ではないのは解るさ、だが、片方が本物だからって逆が偽者とは限らない」

驚きの表情を浮かべたのは私とノールだった、アルス君は呆けた表情でザメル君を見ている。
驚いた顔のままで、ノールは短めに切りそろえた赤い髪をかきむしりつつ言葉を放った。

「両方とも本物だとでも言うのか?」
「そうだ、戸籍を作るのは出来ない事じゃあないからな」
「・・・・・両方とも本物・・・・・、両方ともちゃんとした戸籍ってことか?」
「まあそういうことだろう、それ以外に方法は考えつかない・・・・ただ、どうやってその戸籍を確保したのかは謎だな」

それを聞いて、閃く物があった。
思い当たる節はある、ライル君の名前だ。

「ザメル君、冒険者教会への登録はライトラム地方で行われたのでしたよね?」
「そうだが」
「ライトラム地方の領主はローディス伯爵家です、武門の名家としてエミュタイン家との繋がりもあります、それを利用したのではないでしょうか?」
「・・・・・なるほど、地方領主クラスの権力やコネがあれば、戸籍を作るなど訳は無い。しかし、それでも謎は残るな」

残る謎、そう、ここまで解っても、どうしても解らない。
いや、それは本人の口からしか語られる事はないであろう事実だ。
誰にも話していなければ、知っているのは本人だけである。

「何だい、謎って?」
「そこまでして何かを探す理由・・・・・・そうだろう?」
「そうだ」

アルス君の疑問にノールとザメル君が答えた。
しかし、アルス君は本当に鋭いのだか抜けてるのだか良く解らない。
それもまた謎か・・・・、そう思い、私は内心微笑んだ。



「・・・・どう言う事ですか?」

およそ、国王陛下に対する言として相応しいとも思えない言葉を、反射的に使ってしまった。
気づいて訂正しようとする私をさえぎって、陛下が話し出す。

「それでいいよ、ディーン、今は公の場ではないのだ、昔のように、『おじさん』と呼んでもらったほうが嬉しいんだがね」
「では・・・改めて聞きますがどう言う事なんです?、マルジェノス軍への追撃部隊はおろか、セリュタリア軍への増援軍すら編成しないというのはどういうことなのです?」
「必要無いからさ」
「だからそれは何故なんです!?、どこぞの貴族連中と同じく日和見主義になったとでもいうのではないでしょうね、おじさん!」

つい激昂してしまう。
朝日が差し込む国王の執務室はその広い間取りの中に私達以外の人間を含んでいなかった。
それ故に許される言動でもある。

どう考えてもおかしい話なのだ、追撃軍の編成の話になるかと思われた今日の会議が私の予想外の方向に進んだことで、
どうにも感情が高ぶっているらしい。
それが解っているのか、陛下・・・いや、ザルステムおじさんも私が落ち着くのを見計らって言葉を再開した。

「そういう訳ではない、考えあってのことだ、だまされたと思って私を信じてはくれないかね?」
「信じていますよ、他ならぬ・・・父の親友であった方ですからね・・・・・」
「疑問を持つなとは言わない、だがね、私は君にも考えて欲しいんだよ」
「それで、私を別任務に就けたいと仰るのですか?」
「そうだ」
「天雷騎士団は・・・・・」
「君がいなくては始まらないわけではないだろう、今の君は団長とは言えそこまで重い存在ではない」

否定はできなかった。
実際、今の私を支えているのは、今は亡き父の威光と、その友人方の支えによるところが大きい。
逆に言うと、それしかないのだが。

「であればこそ、今無責任に騎士団を離れる訳には・・・」
「無責任にではない、任務だろう?、それに後の事は心配しないでいい、グラム様が上手くやってくれる」
「ローディス卿が・・・・・何故です、半ば強引に引退された方が、どうして今頃・・・・・」
「いずれ解るよ、任務を受ければね・・・・さて、返事を聞こうか・・・どうするね?」

しばらく考え、そして私は答えた。

「受けましょう、その任務」
「よろしい、では、早速メンバーの選定にかかろう、といっても、大体は決めてあるのだがね」
「・・・・随分と無茶な事をされているのですね・・・・、任務の発令元といい・・・・」
「百も承知さ、だがやらねばならないと感じたんだ、それに、無茶をするのは私だけではない」

最後の言葉の意味に含む物を感じて、とっさに私は言葉を放っていた。

「他には誰が無茶をするのです?」
「他でもない、任務にあたる君達だよ」

それを聞いて、私は溜息を吐くのが精一杯だった。



呼び声が聞こえる。
最初は遠くから、そしてそれは近づいて来る。

俺は、目を開いた。
木々の間から、空の青がのぞいている。
俺を呼ぶ声は、俺の下側から断続的に聞こえて来る。
ただ俺の名を繰り返して呼んでいるその声は、キャンのものだった。
何の用だろう?
考えながら立ち上がると、体を伸ばす。

「ふぁ・・・・」

欠伸が出た。
直後に、また声が聞こえた。

「ライル〜?いないの〜?」
「今、そこ行くからおとなしく待ってろ!」

欠伸を噛み殺しつつ、聞こえるように大声を出すと、俺は自分が立っている床の端のほうへと歩き出した。
端まで着くと、俺はそこから飛び降りた、飛び降りつつ床の端に手をかけると勢いを利用して今まで立っていた床の下へ潜り込むように体を振る。
一瞬の後、俺は自分の部屋のベランダに着地していた。

「どっから来たの?」
「・・・屋根の上」

びっくりしているキャンからの質問に、俺は多少考えてから答えた。

「どうやって上ったの?」
「そこからだな」

ベランダの端にあるはしごを指差して答えた。
はしごの頂点は壁についているが、その上についた天井は下から押し上げられるようになっている。
俺はここから屋根に上がって、考え事をしていたわけだが、煮詰まったのでそのまま二度寝を決め込もうと思っていた矢先だった。

「屋根の上で何やってたの?」
「考え事だよ、それより、ジョグを連れて何の用だ、キャン?」
「連れてきたんじゃないよ、ジョグが付いてきたんだ」
「はは、キャンが色々見て回るって言うんでね、俺もついでにと思ってさ」
「へぇ・・・物好きなこったな・・・」

青い髪を短く刈り込んだ獣人の青年を見ながら、俺は溜息を吐いた。
ジョグの言うことは半分以上嘘だろう、キャンがなにかやらかさないか心配で付いて回っているというのが多分本当の理由だと思う。
熱血するノールと奔放なキャン、それを抑えるジョグ。
多分、それが昔からの役回りなのだろう、なんとなくだが俺はそう思った。

「で、重ねて聞くが何の用だ?」
「うん、観光したいんだ、案内してよ」
「・・・・観光ってどの辺を?」

嫌な予感がしたが、一応聞いておく。

「ムーナム城周辺」

屈託無く答えるキャンを見て、俺はちょっと顔をひきつらせた。
コイツ、絶対に解って言ってやがる。

「・・・何もねえぞ、あんな所は」
「だってムーナムで他に見る所なんて無いじゃん」
「・・・・いや、けどね・・・・」
「ほらほら、つべこべいわずに行こうよ、兄さん達も誘ってさ、・・・・・駄目かな?」
「いや、駄目じゃねえけど・・・・・」

駄目じゃない、けど俺はあまり行きたくない、それが本音だったが、
言ったら絶対に突っ込まれるから、なんとなく言えない。

「じゃあ決まり。・・・・・となると兄さん達を探しにレッツゴーだね!」

そう言い切ると、キャンは足早に俺の部屋を出ていった。
嵐が去ったような気がする。

「悪いな、ライル」
「いや、別に気にするな・・・・・」

ちょっと気の毒そうにしているジョグから謝られると、そう言うしかなかった。
ただ、どっちみちムーナム城へは行かなければならなかったのだ。

「そ−さ、ついでなんだ、ついで」
「ついで?」
「独り言だよ、気にすんな。俺達も行こうぜ」

そう言うと、俺は部屋の入り口脇に立てかけておいた剣に向かって歩き出していた。



「おお、いたいた」

廊下で何事か話し込んでいるアルス達を発見したのは、部屋を出てからしばらくしての事だった。
キャンもその輪に混じっているが、俺が来たのに向こうが気付いたと思ったら、話すのを止めた。

「何だよ、俺には秘密の相談か?」
「いや、そういうわけじゃあないけどさ」
「ただライルに聞かせるとまずいから」
「キャン!」

ノールの声が響いた、ここまでやられると、逆に聞かないわけにはいかない・・。
キャンの奴、解っててやってるんじゃないだろうな・・・?

「何の事だよ?」
「お前が冒険者をやっている理由の話だ」

ザメルが仕方ないと言った風に答える、まあ、予想の範囲内だ。

「何かと思えば・・・・そんな事かよ」
「結構重要なことだと思うよ」
「そんな聞きたいか?」
「聞きたい!」

目を輝かせるキャンを見ると、からかってみたくなる。

「よしなさい、キャン」
「いいんだよ、ミトラ。ようし、教えてやるぜ、キャン。俺が冒険者になった理由はな・・・・」
「理由は?」
「世界各地の美味い酒が飲めるからだ!」
「ええぇ〜、そうなのぉ〜」

あからさまにがっかりする。

「嘘に決まってんだろ、半分本当だけど」
「どっちなんだよ」

アルスに突っ込まれた。

「そう言うお前はなんで冒険者をやってるんだ、アルス?」
「俺かい?、まあ、気まぐれだから・・・・なんとなく、かな」
「なんとなくやってんのかよ」
「うん、なんとなく。東海岸に来たのもなんとなくだよ」
「じゃあ、何もかもなんとなくか?」
「うん、飯食うのも寝るのも騎士になったのもなんとなく」
「なんとなくでそこまですんなよ」

まさか、闘気技もなんとなく使えるようになったんじゃないだろうな、だとしたら使いたくても使えない連中が可哀想だ。

「笑い話ならまた今度やれ、本当の所はどうなんだ?」

ノールの声で俺とアルスの掛け合いは中止された。
見やると、ノールは真顔である、こういうやつはからかってはならない、怒るからだ。

「まあ、昔からやろうとは思ってたんだけどな」
「家に関係する事が原因じゃないのか?」
「親父が死んだ事か?、関係無い訳じゃないが、ただのきっかけに過ぎない」
「では、今のお前の名前はどういうことだ?」
「名前?・・・・もしかして、ラルバート名義の事か?」
「ああ」
「あれはな、一年前、本当は名前そのまんまで偽名使って出国しようかなとか思ってたんだけどさ、
 それじゃすぎバレるからってアドバイスされたんだ、んで、知り合いの所いって戸籍作ってもらって、それで出国したんだ。
 だから、それ以来ライル=ローディスなのさ」

だいたい本当の事である。
親父の事はきっかけに過ぎなかった。
名前が変わったのも、俺にとっては都合がだいぶ良くなるからそうしたまでの事なのだ。
そう思っていると、ミトラの声が入った。

「その御知り合いというのはグラム=ローディス卿なのですか?」
「良く知ってるな、その通りだよ」
「失礼ですが、どういう知り合いなのです?家同士ではなく、個人的に繋がりが無ければ戸籍を作ってもらうように頼むなんてのは難しいですよ?」
「そうだなあ、茶飲み友達・・・・・・かな?」
「茶飲み友達・・・・ですか?」
「元々は親父の知り合いだったんだけどさ、良く一緒にお茶飲んでたら、えらい気に入られてな。それで可愛がられてたんだ」
「なるほど・・・大変な知り合いなのですね」
「まあな」

感心したらしい柔らかい笑みを浮かべるミトラに俺も軽く笑って答えた。
そして、同時に思い出す。

「そういや、行くんだろ?ムーナム城に」
「うん」

アルスがそう言いつつ首を縦に振った。
口で言ってるのにご苦労な事である。

「だったらさっさと行こうぜ。時間がもったいねえ」
「そうだな」

それを合図にしたように俺達は動き出すことになった。

全員で玄関まで歩き、そこに着いた時、そこにはモルファスさんが立っていた。
こちらに気付いたらしく、近寄ってくる。

「お出かけですか、ライル様」
「ああ、皆でムーナム城の方へね」
「丁度良うございました、全員そろっておられるようですな」
「何か用かい?」
「はい、今しがた連絡がありましてディーン様が全員で城まで来るようにと」
「城に?、何でまた?」
「さて、私は理由は存じません。城の警護隊の部屋にいるからそこに来るようにとの事です」
「解った」
「それとライル様、朝食のときにも申し上げましたが、ザルステム陛下の部屋を訪問するのをお忘れなきよう、
 ・・そろそろ約束のお時間ですから、今から城に行ってすぐに訪問すれば調度の時間かと」
「解ってますって、じゃ、留守よろしく」
「いってらっしゃいませ」

恭しく礼をして俺達を見送るモルファスさんを後に、俺達は城へと向かって歩き出した。



「警備隊の部屋の位置はこれで解ったよな?」
「あーっと・・・・どうかな・・・?」

ムーナム城の警備隊の部屋をできる限り解りやすく説明したのだが、
不安そうにそう言うアルスを見ると、どうにもコイツが解ってない事が見えてくる。
他の奴が解っていればいいのだが・・・。

「今の説明で解った人」

アルス以外の5人が手を上げた。
ムーナム城の城門前で男7人で何事かやっている姿は相当に変だが、幸いにも回りに人の姿は少ない。

「良かったな、アルス。皆解ってるから、お前は何も心配しないでいいぞ」
「おお、ラッキー」

手放しで喜んでいる。
駄目だ、コイツ・・・。
話しながら、城門を皆でくぐると、俺はしばらく立ち止まって最後尾にいたミトラに話し掛けた
とりあえず後を頼む為である。

「じゃあ、そう言う事で先に行っといてくれ、俺は用事を済ませてから行くからさ」
「ええ、エミュタイン卿にはそのようにお伝えしておきます」
「ああ、ミトラ。引率よろしくな」
「私は学校の先生ですか?」
「そんな所だろ?」
「そうですね」

ミトラは笑ってそう答えた。
俺もそれに笑顔を返すと、先に行った連中とは別の方向へ走り出す。

約束の時間までは多分後少しだ、通用口をくぐり、良く見知った廊下を書け抜けるとこれもまた見覚えのある階段が姿を現した。
間髪入れずに階段を4階まで一気に駆け上がると俺は最後の廊下を歩く事にした。
理由は二つある、一つは息を整えるため、もう一つは、4階の廊下は静か過ぎるからである。

廊下とはいえ、そこに含まれる空間は大きい。
所々にある外を直接見渡せる展望スペースは空とムーナム城下を大きく見渡せる程で、子供の頃は少し怖いくらいだった。
そして、その広さから来る畏怖の念、それこそが4階が鈴か過ぎる一番の理由だと思う。
1階から3階までも静かではあるが、一般の国政業務を行う部署が入っているためか、ここよりは多少うるさくはある。
ただ、それにした所で普通の家屋に比べればずっと静かなのだが。

そこに、俺の靴音が響いていた。
それに、別の靴音が混じる。

反射的に立ち止まると、音の源を探った、靴音は俺の後ろ、先程駆け上がって来た階段のほうから伝わってくる。
振りかえると、人影が丁度階段を上りきる所だった。何者かと一瞬身構えて、すぐにそれを崩す。
必要無かったからである。

「階段は駆け登るものではないぞ、息子」
「おどかすなよ、じいさん」

白髪交じりの頭髪に頑強そうな体をスーツに包んだ初老の男が立っていた、そして、その男は俺の良く知った男でもあった。

「仮にも義理の父に向かってじいさんはなかろうが」

少し不機嫌そうにそう言う。
初老の男の名前は、グラム=ローディス。
俺の、戸籍上の父親にあたる人物だった。

「今年もう70だろ?親子って感じじゃないし、俺にとってじいさんはじいさんだよ、それとも、昔みたいにおじいちゃんって呼ぼうか?」
「・・・・じいさんでいい」

少し考えた後、そう答えた顔は少し渋いものだった。

「で、こんな所で何やってるんだよ?」
「ザルステム陛下に呼ばれてな」
「おじさんに?、じいさんもか?」
「・・・お前も呼ばれたのか?」
「昨日からの約束でさ」

俺の答えを聞いて、じいさんは何事か黙り込んで考えている。
じいさんが呼ばれたのは、おそらく俺が来る時間に合わせて呼ばれたのだろう。
ということは、俺とじいさんの二人に対して何かを言うつもりらしい。

「そういえばお前は何故ここにいる?、直接ライトラムへ来るのではなかったのか?」
「いやま・・・・成り行きでさ・・・テスラからムーナムへ向かったのが運のツキで、運悪く兄貴に見つかっちまってさ、そんでまあ今に至るんだけど」
「なるほど・・・・大体解った。それでバーストラス卿があんな事を・・・・」
「あんな事?」
「礼状をもらった、しっかりとした奴をな」
「・・・・わりぃ・・・勝手な事してさ」
「何謝っとるか、人助けはしっかりやるもんだ。儂は嬉しいよ」

心底嬉しそうな顔だった。
一年前、養子にしてくれといきなり無茶言った時と同じ顔だ。

そもそも、俺がムーナイアへ戻ってきたのは、じいさんに呼ばれたからである。
一年間割と好き勝手にやっていた俺だったが、財政的な支援をもらっているじいさんからの呼び出しは無視する気にはなれず、
それで一年間寄り付かなかったムーナイアへ戻ってきたわけである。

「しかしまあ、じいさんは何の用で呼ばれたんだ?」
「・・・・大体の予想はついとるがな、まあとりあえず陛下の元に向かうか・・」
「ちょっと待てい、大体の予想はついてるってどう言う事だよ?」
「詳しくは後で話す、簡単に言うと、儂がお前を呼んだ理由だ」
「何か碌な理由じゃない気がするぜ」
「気のせいだ」

なんとなく嫌な予感がした。
が、さっさと歩き出したじいさんを追って俺も歩き出していた。
静かな廊下に、二人分の靴音が響く、程なくして、俺が歩みを止めると、それもまた止んだ。

「グラム=ローディス、お召しにより参上いたしました」
{ライル=ローディス、お召しにより参上しました」

ほとんど時間を開けずに扉に向かってそう言うと、返事もまた間髪入れずに返ってきた。

「二人ともどうぞお入りください」
「失礼します」

同時にそう言うと、俺とじいさんは扉を開けた。



警備隊詰め所内の私の部屋に案内されてきた者達の中に弟の姿はなかった。

「わざわざ呼びつけてすみませんね」
「いえ、皆で暇を持て余していましたから」

一団の先頭に立つ形になっているシファインさんに挨拶をすると、
不意に私はこの男と昨日以前にどこかで会った覚えがあるような気がした。

「ライル君は用事を済ませてからこちらへ来ると言っていました」
「ああ、そうですか。それでは、先に話をしておきましょう」
「よろしいのですか?」
「ええ、弟には別の方から話が行っているはずですから、それに、今からする話は弟よりも貴方達のほうに聞いて欲しい話ですからね」
「どういう意味です?」

疑問は、目の前の白衣の男ではなく、その後ろに立っている赤い髪の青年から放たれた。

「君は・・・・・」
「ノールス=バーストラスです」
「ああ、バーストラス卿の・・・・君には後で話す事がある。それと、質問だったら、一応私の話を聞いてからにしてくれ、話が重複する可能性が高いからね」
「解りました」

弟に良く似た雰囲気を持った青年だと思った。
バーストラス卿も苦労してらっしゃるのだろう・・・。

「では、説明を始めます」

そして、私は話を始めた。



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