俺に向かって吹いたのを最後に、闘気の激突と相殺が生んだ激しい風が止んだ。
兜に隠れた奴の顔からは表情は読み取れない。
しかし、昔の奴はこういう時涼しげな表情をしていた、
例え倒れそうであっても・・・である。
そのせいだけではないが、相手の状態は俺には良く解らなかった、
向こうにまだ余力が残っているなら、俺の勝ちは無くなる。
「今の・・・闇凪至戦流(やみなぎしせんりゅう)の奥義か?」
「ああ、至戦流と覇天流が対を為す事はよく理解しているだろう?お前の光龍至天波に相対する奥義だ」
「・・・なるほど・・・、しかし、無茶な奴だ、あのタイミングだったらギリギリだったはずだぜ」
「それはお前も同じだろう、・・・・しかし、何故こんな所にいる?」
だしぬけの質問に俺は一瞬呆けてしまった。
が、すぐにその意味を考えつつ返答する。
「ここは俺の故郷なんだぞ、いちゃおかしいか?」
「お前の実家は月都ムーナムにあるのだろう?こんな辺境に何故いる、見たところムーナイアの騎士団にも入ってないようだが・・?」
「・・・・良く解ってる奴だな、まあこっちにも色々事情があるんだよ、察しろ」
「自分自身の不確かな推測など報告できるか、・・・通りすがりの冒険者といった風情か?」
「・・・・・・ああ、そうだよ!・・・相変わらず融通の利かない野郎だ・・・・」
沈着冷静で感情をあまり表に出さない所も
多少融通が利かないくらい真面目な所も、6年経っても全く変わらなかったらしい。
昔、奴のそういう所が頭にきて、何度か喧嘩になった事があったが・・・。
「お前が適当すぎるんだ・・・・・、すまんな」
またも話が飛んでいる。
こいつのこういう話し方は慣れていないと混乱するばかりになってしまう。
「・・調子狂うな・・・・何いきなり謝ってんだよ、何の事だ?」
「お前のおかげで死ぬ人間が減った」
「何ぬかしてやがる・・・・、そっちから言い出したんだろうが、半分くらいハメじゃねーか」
「お前がのってくれなかったら、上手くいかなかった」
「俺が断ったら全面対決で少なからず2・3人は死んでたろ、お前らはともかく俺の連れには死んでもらっちゃあ困る奴がいるからな・・。
それよりだ、お前のオヤジさんは確かマルジェノスの将軍だったよな、一体のお前達の国は何考えてやがる?」
アレルはしばらく沈黙する。
俺もまた無言だった。
しばらくして、アレルが口を開く。
「それには答えられん、だが、ムーナムの事なら心配は要らん」
「なんだと!?」
俺の反応を無視するようにアレルは周りの様子を窺っている。
「どういう意味だ?マルジェノス軍が進軍してきてるのにどうして心配いらねえってんだ?」
「明日までには解るさ・・・・怪我人の救出も終わった様だな・・・・俺はもう行く」
「俺との戦いはどうすんだ!、後ろから斬りかかるかもしれねえんだぞ、ちったあ用心しろよ・・・」
半ばあきれた様に俺は呟いた。
だが、アレルはというと、俺の言う事にはお構いなしで俺に背を向けて歩き出してしまった。
「お互いもう満足には戦えんだろう?、アレはそういう奥義だ・・・・・お互い、修行不足だな」
「!・・・・・お前・・・・」
絶句した。
相手の状態を計り兼ねていた俺よりも奴のほうが一枚上手だ。
弱冠、アイツの方が腕が勝っているという事実に、俺はあまり良い気分はしなかった。
「縁があったら又会えるだろう」
そう言い、アレルは振り返らずに去ってゆく、怪我人の救出を終えた黒剣士達が奴を出迎える様に待っていた。
一方、俺のほうにもアルス、ノール、ザメルの3人が駆け寄って来る。
「大丈夫か!?」
ノールが俺に呼びかけながら走ってくるのを視界の隅に捕らえつつも、
俺はそれに返事を返すこともなく、ただ去ってゆくアレルの姿を見つめ続けていた。
アレルは馬に跨ると、こちらを一瞥し去って行く。
戦闘は終了した。
なんとか・・・切り抜けられたか・・・・。
安心感が俺を包んだ瞬間、足元から力が抜けてゆくのが解った。
「ライルっ!?」
「おいっ、しっかりしろよっ!?」
アルスとノールの声が遠くに聞こえた。
俺の意識は、そこで闇に飲み込まれて途絶えた。
そこに、10年前1つの異変が起きた。
セリュタリアの北西の島が一つの国として独立を宣言したのである。
もとより未開の地であっただけでなく、セリュタリアも領地として開発しようとも思わないほどに荒れ果てた島に建国された国は、
一人の皇帝によって統治される帝国の体裁を取っていた。
自らを魔皇帝と称する皇帝マクアルトの指導の元、未開の大地はわずか数年で大陸の名だたる都に勝るとも劣らぬ都市へと生まれ変わり、
厳格な法と強大な力を有する黒天騎士団と海という天然の結界に護られた強国へと生まれ変わったのである。
ここに至って、セリュタリアはマルジェノス帝国の存在に懸念を覚え、警戒の念を強めていった。
無理も無い話である。
マルジェノスの存在は、セリュタリアの人々にとってあまりに異質で、その理解の範疇を越えた未知なる物であったからだ。
普通の人間なら、未知なる物に出会った時、それに恐怖を覚える。
今から2年前・・・沈黙を守っていたマルジェノス帝国はセリュタリア王国とザルナス王国に宣戦を布告、戦争が始まった。
二千年あまりの間、大乱と言う大乱も無かったラムサウス大陸に戦争は徐々に拡大を始め、
大陸内において平和な国が大陸南東部のムーナイアとアスバルドを残すのみとなった頃・・・、
俺―ライル=ローディスとアルス=アズザウィアが出会ったのはそんな時だったのである。
伝令の兵士が、入ってきた時と同じように慌しく退出していった。
ムーナイアの首都ムーナムを始め、ムーナイア全土の守護役である天雷騎士団の詰め所はいつも閑散とした印象があるが、
流石に今日はそうではなかった、なにしろ他国の軍に襲撃されているのである、
大部屋の一部をしきって作られたこの部屋には外の慌しさも良く伝わってくる。
戦いの流れは完全にこちらにある、
昨日の朝方ムーナムを襲撃してきたマルジェノスの黒天騎士団は一日がかりの戦闘の結果、今の報告をいれると、その8割が撤退を始めている。
ここまでくればあと一息、市民への被害は無くも無いが、奇襲に遭った割には少なく済んでいる、一般市民には怪我人こそ出たものの、死者は出ていない。
後は北の一角か・・・陣頭指揮を取って一気に蹴散らすか・・・。
そんなことを考えていると、先程の兵士がまた慌しく駆け込んで来た。
「どうした?」
「度々申し訳ありません、先程報告し忘れた事がありまして・・・些細な事なのですが一応ご報告しておこうかと・・」
「ほぅ・・。どんな事だ?」
「はい、それが郊外の家から密かに知らせてきた事なのですが、7人程の冒険者のような身なりの者達が昨日の明け方宿を求めてきたとかで・・」
「それがどうかしたのか?」
「はぁ・・それだけなら大した事はないと私も思うのですが・・」
伝令の兵士はいまいち用を得ない様子である、それが何故か気にかかった。
「何か、妙な点でもあったか?」
「はい、なんでもその者達の一人が、『我々は黒天騎士団と交戦した』とか言っているそうなのです、それも1個小隊を壊滅させたとか・・・」
「何だと・・・・・・?」
1個小隊といえば最低でも30人はいるはずだ、
冒険者といっても戦闘の方はピンからキリまでと言われているが正規の騎士団を相手に勝利しているというのはどう考えても尋常ではない。
人数が互角かそれ以上の冒険者が集まっていたなら話は違うが、そんな人数が一緒に行動してるなら、
それはむしろ傭兵団である、彼等は冒険者とはあからさまに格好が違うから、見間違う事は考えにくい。
となると、その中に1個小隊と同等程度の実力を持った者がいるわけだ・・・・・、どういう事だろうか?
「どうにも胡散臭い連中で不安だから、騎士を派遣して欲しいと言っているのですが・・・いかが致しましょう」
「そうだな・・場所は何処だ?」
「市街から北西部です、地図はここに」
差し出された地図を一瞥すると、これからの予定をすばやく頭の中で立ててゆく。
そして予定の最初を速やかに実行に移した。
「では、手が空いている者を2・3人連れて私が出向こう」
「団長自ら・・ですか!?」
「事実なら礼の一つも言わねばなるまい、そうでなくとも前線へ行く途中になる、どっちみち損にはならんさ」
今日は出勤してから1度も座っていない事務机の椅子から、その背もたれに掛けておいた剣を手に取ると、私は予定を実行に移す為に外へと向かって歩き出した。
「私が貴方様にお伝えせよと言付かった事は以上です」
不気味な仮面とも見まがう兜、光を吸いこむかのような奇妙な黒さを持った外套。
私が気付いた時、彼は今と同じく跪いた格好で部屋の暗がりの中にいたのである。
跪いたまま大鎌を肩にもたせ掛けた彼は、古い伝承に残る死を司る神のようにも見えた。
だが、その態度には恐ろしげな物は微塵も無く、ただ静かで穏やかで、優しさすら感じてしまうほどだ。
「解った・・・が、私は何をすればいい、議会に2つの議席を持つ以外何の権利も持たぬ形だけの王である私に何をしろと?」
「我が国とセリュタリアとの戦いに不干渉を決め込んで頂ければ良いのです。
権限がどうあれ、貴方様の発言は強い影響力があります、恐らくは貴方様が言い出せば実行するのは容易い事でしょう」
「確かにそうだが・・・、先刻の話といい、にわかには信じ難いが・・・・」
「信じられないのは無理もありません、はなはだ無礼で不躾なのは百も承知、ただ・・・解って頂きたいのです。
でなければいずれこの国も戦火に巻き込まれます。このような美しい国を戦火に巻き込むのは私個人としても忍びない事ですから」
口からでまかせを言っているようには聞こえなかった。
この男は本気でそう言っている。
「恐らく、明日は議会がある、その席で発言してみよう。だが、もし期待に応えられなくとも許して欲しい」
「そのお言葉だけで十分です・・・。それと最後に一つ」
「何かね?」
「今日、私がここで話した事は内容も含めてお忘れ下さい、我が国のためにもこの国のためにも、それが一番良い・・・、それに時が来るまで必要な事ですから」
「時が来るまで・・・・?、聞いても答えてはくれないのだろうな・・・」
「申し訳ありませんが」
「いや、構わない。議会の発言は私の意思から出たこと、そして、私は今日部屋で読書にふけっていた、それでいいのだな?」
「大変結構です、では、これにて・・・・・・」
その言葉が聞こえた直後、彼は現れた時と同じように、闇に溶け込んで音も無く部屋から姿を消した。
「帰ったのか、ライル」
「兄貴、いつも同じ事しか言って無い気がするぞ」
自分が言った物でない俺の声と、兄貴の声が部屋の外から聞こえた。
部屋を出て階段を降り、声の出所・・・家の玄関へ行くと、学生服姿の俺と、金髪長身さらに長髪で、俺には少々不釣合いな『兄』の姿が見えた。
俺が学生服を着ているということは、3〜5年前ということらしい。
同時に、俺はこれが過去の映像だということも理解した。
何故、過去の映像などが見えるのか、別段不思議にも思わなかった。
考えた所で明確な回答が出るわけで無いし、同時に、なんとなくだが俺には原因が解っていたのだ。
それこそ、なんとなく、であるが。
どうやら、俺が学校から帰ってきた直後のようだ。
「余計なお世話だ、普段の会話に変化をつけるような余裕は私には無いんだよ。それより、お前に来客だ」
「誰だよ?」
「セレネちゃんだ、応接室に行くように言っておいたからな。後、私は今から出かけるから、夕飯はお前一人・・・いや、セレネちゃんと二人ででも食べてくれ」
そういう兄貴はいつもきちんとした格好ではあるのだが、
いつもと比べてもかしこまった格好だった。
スーツなんか着ている・・・出かけ先は俺の苦手なかたっくるしい所らしい。
「出かけるのか?、どこにだ?」
「おじさんの家さ、父さんから呼ばれた」
「ふーん・・・セレネの奴は出なくていいのかよ、自分の家なのに」
「天雷騎士団の重鎮の方々と一緒だそうだ、王室関連の話ではないから、あの娘は出なくていい・・というか、居辛いだろうから夕飯はこちらで取るようにとのことだ」
「なるほど、じゃあいってらっしゃい」
そして、俺達は別れ、兄貴は外に、俺は応接間に向かって歩いて行く。
俺も、昔の俺を追った。
色々と思い出が残る家の中を、俺は昔の俺の後をついて歩いた。
廊下の一部、柱の一本に至るまで、見るだけで色々と思い出される。
だが、『昔の俺』はそういう感慨は無いのか、脇目も振らずまっすぐ目的地へ向かっている。
そして、行きついた先で、昔の俺は一つの扉を開いた。
部屋の中に、一人の少女が立っていた。
窓の外の風景を眺める横顔に、夕陽が映えていた。
「おう」
「あ・・・、お邪魔してます」
昔の俺に声を掛けられて、彼女は振り向いた。
「お構いもしませんで・・・。それよりお前、どうして俺より早くここに着いてるんだよ、俺は別段寄り道もしてねえんだがな・・・」
「そっちがぼんやり歩いてるからでしょ?、私が自転車使ってるってのもあるかもしれないけど」
「何言ってやがるんだ。俺は色々と崇高な考えを巡らしながら歩いてたんだ、お前みたいに何も考えないで道路を爆走なんかしない」
「何言ってるんだか。どうせ月末で財布の中身が苦しくて、どこかで遊ぼうか悩みながら歩いて来たんでしょ?」
「・・・・見て来た様な事言うな・・・・・」
図星を差されてちょっと嫌な顔をしている昔の俺と、何もかもお見通しと言った彼女を見ながら、
俺は苦笑した。
いつもの事だった、それこそ日常的な会話だった。
「・・・それより、いい機会だからノート写しとく?」
「おお、毎度毎度済まないな」
「お礼言うくらいだったら、いい加減自分でノート取ればいいじゃない」
「面倒だもん・・・・・それにお前のノートは解り易い」
「私のノート見てるだけで、よくあんな成績取れるわよねぇ・・・・頭良いのに不精するんだから・・・昔はそんなことしそうになかったのに・・」
ちょっとあきれたような顔をして、彼女はそう呟いた。
もう2・3年もすれば、もっと大人びてくる、ややあどけなさを残した顔だ。
もっとも、これの更に前、修行から帰ってきて最初に会った時は、お互い余りに変わっていて驚き合った覚えがあるが。
「いつの話してんだよ・・・・」
「9年くらい前の話かな?」
「んなガキの頃の事言われてもねぇ・・・・・・、晩飯、何が良い?」
「言ったら反映されるの?」
「まあな、今日はモルファスさん居ないから、俺達が作るんだ」
「俺・・・達?、私も入ってるの?」
「当然だろ、手伝ってくれよ。てーか、俺が作るよりお前が作った方が美味しいからな」
「何よそれ・・・、私もあなたも対して料理の腕前は変わらないじゃない・・まあ、言われて悪い気はしないけどね」
「で、何作る?」
「そうねえ・・・・・」
話ながら、二人は部屋を出ていった。
これからキッチンで夕飯作りだろう。
追い掛けるかどうか迷った俺は、その判断が無意味である事に気付いた。
彼等の姿が、途中で消えたからである、それこそ、霞か何かの様に。
そして、2階から兄貴の怒声が聞こえた。
どうやら、俺の部屋で話をしているらしい。
俺は、自分の部屋へと向かって走った。
走る途中でも、怒声は止まない。
怒声の理由を思い出しつつ、自分の部屋の前に着くと、開け放たれた扉と、その向こうで向かい合ったまま話す、俺と兄貴が見えた。
「明日の葬儀に出たくない理由は解る、私だって同じ気持ちなんだ!、・・・・だが、消息が途絶えてはや半年だ、法が定めた事なんだ、非情だか・・受け入れるしかない」
「遺体があるわけでも無いのに葬式はやるんだよな・・・・・、そんなの親父が望むのか?」
そう・・そうだった。
今から、1年前だ、これは。
団長でありながら、自ら特殊任務に着いた親父が消息を絶って半年が過ぎ、法的に死亡扱いになって、その葬式に俺が出ないと言い出した事、
それががそもそもの口論の原因だった。
「望む望まないはともかくだ、対外的な事もある」
「それで親父が死んだって事にしていいとは言えないだろ!」
「では実際死んでいたらどうするんだ!・・・・・考えたくはない・・・だが・・実際そうだったら・・私達は、二人でこの家を守らなければならないんだぞ・・・」
俺も兄貴も、そこで押し黙った。
兄貴の最後の台詞・・・・・、それは、額面上よりももっと深い意味を持った言葉だ。
俺の事を思いやった・・・、親父の気持ちを良く理解した言葉だった。
そして、言っている本人が一番辛いであろう言葉だった。
「・・・・・御免な、兄貴。我侭言ってすまなかったよ。俺、ちゃんと明日の葬式には出るからさ・・・」
「ライル・・・・・すまない・・・・・」
「いいんだよ、気にするなよ。気持ちの整理がつかなくて、ちょっとイライラしてたから・・明日までには気持ちの整理しとくから・・・」
「ああ・・・・・、じゃあな・・・・」
やり取りを見ていた今の俺の前を通りすぎて、兄貴は去って行く。
部屋に一人残された俺は、微動だにしなかった。
そして、その直後、赤と黒に彩られた夕暮れの世界は、闇に包まれて消滅していた。
魔の前の俺もかき消える。
兄貴は・・・・もう俺を弟とも思っていないかもしれない。
セレネも俺を恨んでいるだろう。
俺はこの翌日・・いや、正確にはこの日の深夜、家を出た。
親父の葬儀には出なかった。
親父の死を認める事が、俺にはどうしても出来なかったからだ。
・・・・そんな事はありません、貴方達の絆は、血で繋がった物よりもずっと深いのだから・・・・・
だしぬけに声が聞こえた。
聞こえたと言うより、頭に直接響いている。
どこかで聞いた事がある声だった、しかし、思い出せない。
・・・・貴方は一人かもしれないけれど・・・、貴方を想う者は沢山いるのです、それを・・・忘れてはなりません・・・・
思い出せない、この声の持ち主を。
そもそも、俺はこの声の主と、何処で話したのだろう?
解らない・・・・思い出せない。
そして、それきり声は聞こえなかった。
身体が軽くなって行くのが解った、同時に、周りがすこしづつ明るくなってゆく。
明るさはやがて目が眩む程になり・・目を開けていられなくなった俺は目を閉じた。
夢は、そこで終わった。
「・・・・・気が付いたか!?」
アルスが心配そうに俺を見ている。
自分がどうしてこうしているのか、記憶を探った。
そして、思い出した、自分が何故倒れたのかを。
どうやら俺は、光龍至天波で闘気を使い果たし、力尽きてぶっ倒れたらしい。
「アルス・・・俺、どれくらい寝てた?」
「丸一日と半分って所かな、心配したぜ・・・、お前ピクリともしないんだから」
「わりぃな、心配かけて・・・・」
笑顔を見せつつ話しかけてくるアルスに返答を返しながら、俺は何故か安心していた。
アルスの笑顔に、心底俺の無事を喜んでくれているのが見て取れたからかもしれなかった。
「この調子だと・・・夜は月が綺麗に見えるかな・・・・」
呟きながら、ムーナム城の中庭を突っ切って城の敷地内にある家へと歩く。
手にした剣はの重みは、1年前に比べればだいぶ軽く感じた。
こういう時でもなければ、持って歩くと何かと面倒なのだが、正直剣を持つのはこの1年珍しくはなかった。
ただ、ここ1ヶ月程はあまり手にしてはいなかったが・・・。
「・・・・だいぶたくましくなっちゃったわね」
別に悪い事ではない・・・・だろう、何より自分で望んだ事だ。
陽が傾いて行く、この1年の間、夜に月を見上げた事はほとんど無い。
泣いてしまいそうだったからだ。
「・・・久々に、月見でもしてみようかしら」
誰に聞かせるためでもなく、自分への決意表明としてその一言を口にした。
踏ん切りを付ける為である。
ライルが気が付いた事を別室に居たノール達に伝えると、皆が安堵の表情を浮かべた。
各人ごとに表現方法は異なるものの、心配していたのは全員同じだったらしい。
「ああ、腹減ったとか言ってるよ、のんきなもんさ」
「一安心だね、これで」
ジョグが大きな溜息と供に吐き出したその言葉は、俺達が昨日の夜から感じていた不安の大きさを物語っていた。
「うん、良かった良かった、じゃ、挨拶しにいかなきゃ」
「行くのは良いが、あんまりうるさくするんじゃないぞ、キャン」
「それぐらい解ってるよ、・・・兄さんもいちいちうるさいなぁ・・・」
「お前はいまいち自覚が足りないからな・・・・」
ノールとキャンがそんな事を話しながら部屋を出て行く。
ザメルが無言でそれに続いた。
俺もまたそれに続こうとして、歩みを止めた。
部屋の中にミトラさんが残っていたからである。
「ミトラさん、どうかしたんすか?」
「いえ、家主の方に挨拶してこようかと思いまして」
「え・・・ああ、それも、そうですね。俺も行きましょうか?」
「いえ、私が代表して行きますから、アルス君はライル君についてあげててください」
「あ、じゃあお願いします」
そう言うと、俺は先に行った3人を追って部屋を出た。
一緒に来た者達を家の外に残し、私だけが家の中に入る。
用心の為だ。
密かに私達を出迎え、家の中へと通してくれたその男は、悪い人間には見えなかった。
ただ、少し臆病そうではあったが。
「いえ、お構いなく。それより、まだここにいるのですか?」
「あ、はい。一人が目を覚まさないのでまだここに留まってます、昼間は外出していた方もいるようなんですが今は全員居るはずです」
「そうですか・・では、早速会ってみましょう」
そう言った時だった。
扉がノックされ、丁寧な口調で男の声が聞こえた。
「すいません、入ってもよろしいでしょうか?」
「あの・・・」
こちらを見て不安気にしている家主に対して、無言で頷くと、意識的に低くした声で入るように伝えて下さいと伝える。
「入ってください」
「失礼します・・・・・。お客様・・でしたか、不都合でしたらまた後ほど出直しますが・・」
「いえ、私も貴方方に用がありましたから」
家主の変わりに答えた私を、その男は怪訝そうに見つめている。
「天雷騎士団団長、ディナンドル=エミュタインです。黒天騎士団を撃退した方がここにいらっしゃると聞きましてね、一言お礼を申し上げに参った次第です」
「天雷騎士団長・・・・!?、何故、そんな方が・・・」
私の肩書きを聞いて、向こうは驚いた様ではあった、だが、様子がおかしくなったということはない。
どうやら、私の直感は間違っていなかったらしい・・・。
内心の高揚を抑えつつ、私は笑みで相手の驚きに答えていた。
ひとしきり俺の無事を喜んでくれた皆の中で、最後まで黙っていたザメルがようやく口を開いた。
「おう、ありがとよ」
「礼を言われる筋合いは無い、むしろ礼を言わねばならんのはこちらだろう?」
ザメルは何やら確信めいたものを持ってそう言っている様だった。
「どう言う事だ?」
例によって例の如く、ノールが一番に反応する。
どうやら、説明しなければならないらしい。
「闘気技は体力の消耗が激しい、手練の者ならともかく、未熟な者なら命に関わる事もある、俺達をカバーする為にほとんど休まずにそれを使っていたんだからな、
倒れない方が不思議というものだ、それに・・・最後のあの技、放出系の大技だろう?」
「良く知ってるんだな、お前。確かにありゃあ放出系だ。一歩間違えれば自爆技になる・・・な。闘気技の知識は何処で身に着けたんだ?」
俺とザメル以外の全員が絶句する。
「少し手解きを受けた事があってな、危険だから放出系の闘気技は使うなとも言われた」
「なるほど。まあ、個人に向き不向きがあるからな、俺の事なら心配要らねえよ、最後のアレは・・ちょっと制御が難しいんだ、
アレ以外ならどれだけ使ったってどうって事は無い」
「え、じゃあ、俺も大丈夫なのか?」
アルスが心配そうに聞いてくる。
俺はそれに笑って答えた、いや、正確にはアルスが妙に真剣なので、それがおかしかったのである。
「お前は少し気を付ければどうって事はないさ、才能あったし、アレみたいな危険な使い方さえしなけりゃ、命の危険はねえよ」
「そっかぁ、いやあ、ちょっと焦ったぜ・・」
雰囲気が和む、ただ、ノールだけは少々真剣な面持ちではあった。
俺はそれが少し気になったが、あえて触れない事にした。
「しかしさあ、すごいよね、闘気って魔法とかと同じだけど、使うの難しいんでしょ?」
「慣れればどうってことはないぜ、俺には魔法のほうが扱い難しいくらいだし・・・」
キャンの言う事に答えていると、不意に扉が開いた。
反射的に扉の方を見た俺は、そのまま固まった。
ミトラと、そしてもう一人、俺の良く知った顔の男が姿を見せたからである。
「元気そうで何よりですね、ライル君。皆、こちらの方は・・・・」
「兄貴・・・・・!?」
ミトラが脇の男について説明するより早く、俺の呟きに反応して、皆は沈黙していた。
呆気に取られているというほうが正しいかもしれない。
「・・・・・・ライル・・?お前・・・だったのか・・・なるほど・・お前なら出来る訳だ・・」
「なんで・・・ここに・・?」
俺の疑問には全く答えず、兄貴は俺に歩み寄ってきて、いきなり襟元を掴み上げると、そのまま俺を殴り飛ばした。
全員声も無い、俺は殴られて床に転がると、無言のまま兄貴を見上げた。
「随分と、色々やっていたようだな」
「・・・まあな、今の、ちょっと痛かったぜ・・」
「お前のような奴には!、こうでもしなければ私の心は伝わらないだろうっ!」
「・・・・悪ぃな・・・・・」
微かに笑いながら、俺は立ちあがった。
「シファインさん、みなさん、弟を助けていただいてありがとうございました」
「いえ、私達は逆に彼に助けられたんです、お礼を言われるような事はしていません」
俺に対して激昂したのが嘘の様に、兄貴は落ち着いていた。
ミトラもやや驚いていたものの、落ち着いている。
周りの奴等・・・特にキャンは驚きのあまり声も出ないらしい。
「皆さん、私の家に移って頂けますか、お礼がしたいので・・」
「はい・・・。皆、いいですか?」
「俺は・・・やだなぁ・・・」
「お前は首に縄を付けてでも連れて行くからな」
俺のぼやきにも兄貴の突っ込みは容赦無い。
怒ってるのかそうじゃないのか、どうにも良く解らん・・・・。
「なあ・・アレ誰なんだ、兄貴って言ってたけど、名前違うよな・・?」
ここに至っても、アルスの奴はマイペースだった。
「・・・・・・色々あるんだよ、俺は・・・」
説明すると長くなるので、とりあえずそう答える。
「元々ムーナムへ向かっていたのだから、都合が良いといえば都合が良いか・・」
ザメルは大して動じてもいない。
ジョグとノールは多少うろたえている様ではあったが普段とそこまで変わった様子は無く。
キャンは訳が解らないのかパニックになっているのか、落ち着かない様子で部屋の中を見回していた。
月都ムーナム、俺が一番帰りたいと願い、一番帰りたくなかった場所。
日は既に落ち、辺りは闇に包まれ始めていた。
月の都に月が昇るまで、後わずかであった。