暗い森の中に、様々に音が低く響いていた。
進む先は、重い闇に包まれて見通す事はできそうにない。
これ以上、進むのを急ぐのは無理だった。

「しばらく休憩するぞ」
「はぁ、ようやく止まった。兄さん、急ぎ過ぎだよ」
「だからついてくるなと言ったろう、キャン。今からでも遅くない、ジョグと一緒に家に帰れ」
「やだよ、大体兄さんを一人にしたら危ないじゃないか」
「遊びじゃないんだぞ」
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ。お前一人で何ができるってわけでもないだろう」

最後の言葉は弟からの物ではなかった。
一瞬、間が開く。
ジョグの言う事はもっともだが、マルジェノス軍を無視する事は出来ない。
そして、俺に出来る事が何かあるはずだ、
そう信じるからこそ、俺は今ここにいる。

「・・・・危険は覚悟しろ」
「兄さんこそ」

口の減らない奴だ、母さんも口うるさい所があったそうだから、そのいう所を受け継いでいるんだろうな・・・。

「休憩は終わりだ、いくぞ二人供」
「ええ〜、まだ全然休憩してないじゃないか」

ゆっくりしている暇は無い。
俺はキャンの言葉を無視して馬の方へ歩き出した。



「全然、追い着かないな」

アルスの言葉は俺の耳に軽い焦りを含んで聞こえた。
出発からすでに1時間余りが経過した。
既に深夜である事と、周りが鬱蒼と生い茂った森である事が重なって、
辺りは一面の闇となっている。
ミトラが魔法による光で進路を照らしてくれているから良かったものの、そうでなければ移動は困難を極めている。

「相当急いでいるみたいだからな、向こうは・・・・・ミトラ、道はこっちで間違いないのか?」
「確証はありませんがおそらくはあっています、まっすぐムーナムへ向かうつもりだと言っていましたから」
「・・・確かに、この道はムーナムへ一直線に向かってる様だが・・・・・いくらなんでも危険過ぎないか?」
「そんなに危ないかな、この道。ある程度舗装されてて進みやすいと思うけど・・・」

平時であれば、アルスによる後の言は間違っていない。
ただ・・・・・

「普通はな、・・・・だが今はマルジェノス軍の精鋭部隊に出くわす可能性がある」
「あ・・・・・なるほど」

一般から身を隠しつつ月都ムーナムまで移動するのにこれほど好都合な道もない。
今現在もいつ出くわすかわからないマルジェノス軍に対して、俺は緊張をゆるめていなかった。

「もう少し、急ぐか・・・・・ん!?」

微かに金属同士がぶつかるような音が聞こえた。
はるか前方からだが、それは森を貫く様に造られた道を伝いここへ届いたと考えられる。

「急いだほうがいいかもしれんな」

ザメルの言葉に無言で頷くと、馬に鞭を入れる。
先程までに倍する速度で、俺達は走り出した。



不意に耳慣れない音を感じて、キャンとジョグを置き去りに俺は馬を走らせていた。
『何かが起きている』、それだけを理由に耳慣れない音が少しずつ大きくなる方向へと急ぐ。
その耳慣れない音が、武器が人を傷つける音だと知った時、そこはもう戦場の目の前だった。
戦場にいたのは、希に見かける白い鎧姿の兵士の姿と、対照的だが俺は始めて見る黒い鎧姿の一団だった。
白い鎧姿のほうは、記憶にある限りムーナムの騎士団の兵士であるはずだ。
そして、黒い鎧姿の兵士に襲われたらしいムーナムの兵士の一団は、そのほとんどが大怪我を負うか死亡しいた。
目の前で必死の応戦を見せている兵士達は、ほんの数人だった。

兵士の一人の息は荒く、全身に負った傷は目に見えてひどかった。
迷う理由はない、助けるために反射的に俺は飛び出していた。
だが、俺の目の前でその兵士は、頭をかち割られて絶命した。

その一瞬、背筋に冷たい感触が走った。
同時に俺は、怒りを感じた。
はっきりと解ったからだ、奴等が『敵』であることが。

「・・・・・・・・殺せ」

低い声がよく通る声がぼそりと響いた。
同時に、黒の一団はこちらへ注意を向けた。
腰に差していた剣を反射的に引き抜くと、俺は吼えながらその中へと突っ込んでいった。

「ウオァァァァァッ!」

向かってきた最初の一人へ横殴りの一撃を叩きつける。
渾身の力をこめた一撃は、剣で受け止められてはいたが、それでも相手を吹き飛ばすだけの威力を持っていた。
吹き飛んだ一人が、後続の兵士に当たり、その態勢を崩す。
一度振りぬいた剣を振り上げ、態勢を崩した相手へ向かって思いきり振り下ろす。
鈍い音と供に、剣は兵士の身体を鎧ごと切り裂いた。
俺の注意は、そこで切り裂いた兵士からその背後に位置していた兵士へと移った。

「うおらーっ!」

またも、渾身の力を込めて、俺は突きを繰り出した。
相手の胸元を狙った一撃は、わずかに反れて、相手の腕をえぐる。
悲鳴と共に手の剣を取り落としたその兵士の顔面へ飛び上がりながら蹴りを見舞うと、そのまま相手を飛び越えて着地した。

「次は・・・・・!?」
「死ねぇ!」

ムーナム兵が頭をかち割られた瞬間にも感じた冷たい感覚が、再び背筋に走った。
反射的に振り返ると、黒い鎧の兵士が俺に向かって剣を振り上げていた。
切られる、一瞬そう思い身をすくませた。
次の瞬間、兵士は頭を蹴り飛ばされ、横へと吹っ飛んでいた。
一瞬の後、兵士を蹴り飛ばした青い髪の男が俺の眼前へ着地した。
ジョグである。

「大丈夫か!」
「ジョグ!・・・すまん、助かった」
「礼はいい、逃げるぞ」
「逃げるだって!?」
「それしか手は・・・ノール、後ろ!」

振り返ると、飛びかかって来る兵士が見えた。
とっさに、兵士を狙って思いきり切り上げる、最低相討ちだが、何もしないよりはマシだ、そう判断した。
風を切る音を耳が捉えた、同時に轟音が響く。
振り上げた剣は、空を切っただけだった。
兵士は煙を噴出しながら、俺からだいぶ離れた所へ跳ね飛ばされて転がっていた。

「何やってるんだよっ、兄さん!」
「キャン!?、お前がやったのか?」
「そんなことどうでもいいよ、逃げるんだ!」
「見過ごせというのか!俺等がやらなくて、誰が彼等の無念を晴らす!?」

倒れたムーナイア兵達を見やりながら、俺は吐き捨てる。

「無念を晴らす前に、僕達がやられちゃうかもしれないんだよ!・・・うわぁ!」

黒鎧の兵士がキャンに襲いかかろうとしていた、
俺もジョグも助けに入れない距離である。
万事休す、だがそう思った次の瞬間、キャンの腕から稲妻がほとばしって兵士を黒焦げにしていた。

「大丈夫か、キャン!?」

駆け寄りつつ、尋ねる。
キャンの顔色は良くなかった。

「ま、まあね、それより・・・・・」

俺とほとんど同時にジョグも駆け寄ってきていた。
そして、俺達三人は図らずも一箇所に集中する形になり・・・・・

「囲まれちゃったみたい・・・・だよ」

少々おどけたようなキャンの台詞に、俺もジョグも笑顔を返す事は出来なかった。



 森の中にも開けた場所というものは存在する。
森の中に作られたその街道は途中にそういう場所を有する物だった。
そこへ入った瞬間、森を抜けたのかと思ったほどだ。

「右だ!、あれは・・・・・ノール達か!?」

いきなり開けた視界に、どちらへ向かうべきか俺は一瞬混乱した。
だが、ライルの声は進むべき方向を間違う事なく指し示していた。
言われた方向を見た俺の目に、黒い鎧の集団に囲まれている数人の男の姿が捉えられた。

「ザコは放っとけ!、ノール達の所まで駆け抜ける!」
「待ってください、援護します」

最初のはライルの声、それに続くのはミトラの声だ。
ミトラの声に、今にも駆け出しそうだったライルはあわてて馬を制止した。
何事か呟いている所を見ると、ミトラは何か魔法を使うらしい。

「・・・れらを守る盾となれ、ライトウォール!」

ミトラの声が響くと同時に俺達4人の周りに光の球が出現した。

「俺をふっ飛ばしたあの魔法か・・以前と何か違わないか?」
「危害を加えようとする物に対して自動発動して壁になります、長くは持ちませんが一応保険です」
「保険ねえ・・一応、当てにしとく」

そう呟いて、ライルが馬を走らせた。
俺とザメルが後に続く。
前日、ノールに殴りかかる所を止めたあの魔法という事は結構頼りになるだろう。
ただ、ザメルはその事を知らない為か怪訝そうな顔をしている。
しかし、その事を説明する暇は無かった。
俺達の目の前に黒凱の集団が迫ってきたからである。

既に抜かれていたライルの剣が虚空を薙いだ。
放たれた気弾は人の壁に飛びこむと、それを崩して飛散する。
ライルはそのまま崩れた一角へ向かって突撃していた。
今度は俺がそれを援護する番だろう、俺は素早く剣を抜いた。
左手一本で手綱を持って、右手で軽く剣を振る。
ほとばしった気弾は俺の軽い高揚感を反映してか、ライルへ襲いかかろうとした無傷の兵士を加速して直撃した。



突然の光を伴った破裂音と共に囲みの一角から敵全体に動揺が走って行くのが解った。
何かが起きたのだ、詳しくは俺には知る由も無いが、囲みを抜けるのは今しかない。

「ジョグっ!」

動揺が最初に生まれた一角へ向かってためらう事無く走り出す。
剣の切っ先を前に、体ごとぶつかる感じで兵士の一人に体当たりを食らわせると、
横目にジョグが敵の中へと踊り込んでいるのが確認できた。

いける!

そう思った瞬間、目の前を馬が横切った。
一緒、気を取られた事に気付く、
そして同時に、それが自分にとって致命的な隙をとなった事を直感した。

「あぶないっ!」

キャンの声だと解った、そして俺は覚悟を決めた。
・・・が、俺を襲うはずの攻撃は一向に来ない。
直感で攻撃が来るであろうと思った方向を見ると、鎧の隙間の部分に短刀を投げつけられて、悶え苦しむ兵士がいた。

「何をぼんやりしてる、死にたいのか?」

背中からかかった声はザメルの物だった。
振りかえった俺は、馬上から俺を見下ろす奴の姿と、
馬に乗ったままマルジェノス兵達を蹴散らしているライルとアルスの姿を認め、息を呑んだ。

「無事な様ですね、3人とも」
「ミトラさん!?、どうして・・」
「あぁ、やっと追いついた、置いていかないでよ、二人供」

歩み寄ってきたミトラも、周りを警戒するジョグも、本来なら気遣って守ってやるべきキャンすらも今の俺の意識からは除外されていた。
目の前で、敵の兵士達を軽く薙ぎ倒しているライル達と俺とは年齢はさして変わらないはず・・・。
そう、そのはずなのだ。
だが、目の前の現実を自分が再現することはできるだろうか?
出来ようはずもなかった。
あまりにも、強さが、実力が違う。
桁違いも良い所だ、次元が違う。

「だっしゃぁぁぁぁー!」

アルスのやや抜けた声と共に、気弾を受けた兵士が倒れた。

「アルス〜、もうちょっと気合の入れ方考えろよな」
「え、何かおかしいか?」
「・・・いや、まあいいや」

間の抜けた会話をしながら、冗談のようにアルスとライルは兵士を倒してゆく。

「おい、お前等。何ぼさっとしてんだよ、見てねえでちったあ手伝わんかい!」
「お前達に手伝いが要るとも思えんがな」
「気弾連発すると疲れるんだよ」

言ってる事は嘘とは思えないが、ザメルと話すライルに疲れはほとんど見えない。
俺達を取り囲んでいた集団はそのほとんどが倒され、残った者は態勢を立て直す為か、後退したようである。

「お前等、一体どういう奴等なんだ・・・・?」

口をついて出たのは、ほとんど意味が無いであろう質問だった。
こうでも言わなければ、今の自分を取り繕う事すら出来そうに無い。

「流浪の冒険者かける2ってとこかな」
「何バカな事言ってんだ、それより今度こそ全員一丸にならねえとやばいぞ・・・」

得意気なアルスを製するように言ったライルノ視線は遠くの一点を見つめている。
その視線を追った俺は、既に態勢を立て直したマルジェノス兵の一団を見つめる形になった。

「全員突撃、逃すなよっ!」

先程、俺達を殺せと言ったのと同じ声がそう叫ぶのが聞こえた。
先程目の当たりにした、人が死ぬ瞬間が脳裏をよぎった。
自分の弱さなど、今はどうでもいい。
闘うのは俺の役目だ、弱い者達を守るのは人の上に立つ者の当然の務めなのだから。

「いくぞっ!」

決意を込めてその一言を搾り出すと、俺は走り出していた。



遠くに町の明かりが見えた。
目的地であるムーナムまで後少しらしい。
ようやく一息つける、そう思った時だった。

「アレル、いるか」
「はっ、ここに」

声をかけてきたのは、主君であるアーネスト皇子だった。
強行軍である今回の進撃に疲れないはずはないのに、疲れは無いように見える。

「殿(しんがり)をを任せた一隊が遅れているようだ、四・五人部下を付けるから見てきてくれないか」
「俺が・・・・いや、私がですか?」
「『俺』でいい、お前と私の仲だろう?」

皇子は俺よりも1つ年下だ、俺が皇子の親衛隊に入隊したのは1年前だが、
それ以前から親の縁で会う事はあった。
年の近さから気安く話しかけてもらえるというのは、家臣としては誇れる事だろう。

「はい、しかし義父から皇子をお守りする様にと言い付かっております。御側を離れる訳には・・」
「アレル、今回の進撃は少数精鋭をそろえたつもりだが、ムーナイアの軍に気付かれれば不利なのは確かだ、とにかく頭数が違う、
 殿軍に何が起きているのかは解らんがそれを調べる為に多くの人数を裂く訳にもいかない。お前なら人数差など問題にはしないだろう?」
「それはそうですが・・・」
「私の事なら心配要らない、危険なのはむしろ私よりも潜入役のジェニス卿のほうだ。・・・頼む、アレル。私は襲われているかもしれない部下達を見捨てたくはないんだ」
「そこまでおっしゃるとあれば・・・・、解りました。アレル=ハーマイン、主命により一時お側を離れます」

後方へと馬を走らせ始めた俺の後ろに、蹄の音が続く。
振りかえると皇子の後ろに付いていた黒剣士達が続いているのが見えた。
もし、戦いになってもこれなら安心だと思いながら、俺は進む速度を上げた。



短く苦悶の声をあげながら、黒凱の兵士が倒れた。
俺の放った気弾が直撃した為だ、一般に闘気技には普通の鎧を着ていた所であまり意味は無い。
闘気の質によっては割と有効であったりもするが、あくまでそれは例外である。

周りを見まわすと、俺を遠巻きにして隙を伺っている兵士が数人いるのが見て取れた。
俺達に最初に襲いかかってきた第一波とも言うべき連中は、
俺とアルス、ノールとジョグによってそのほとんどが倒されている。
前述した4人で前衛を務め、魔法を使う事ができる二人は怪我人の手当て、二人を狙う者はザメルが払い落とすという構えである。
各人の気性を反映した陣形と言えば聞こえは良いが、
実際はというとノールが先走った事と、ミトラが怪我人の手当てに行ってしまった為に結果としてこういう陣形を取る事になっただけである。
いきあたりばったりこの上なく、深い考えとか戦術なんてものはほとんど考えられていない。
今の所状況はこちらが優勢だが、その優勢っぷりはかなり怪しい。
とにかく、相手をすばやく殲滅するか逃げるかしなければならない。
しかも、逃げるにはノールをどうにかする必要もあるし、肝心のノールは戦う気満々だ。
ノールがばててくるまでにケリを着けられなければ逃げる、それが俺の考えだった。

「どうしたっ!、来ないのかっ!」

威勢の良い声が聞こえた方向を一瞥すると、ノールはまだ余裕があるようである。
剣を構えて吠えているが、ジョグの援護がなければそうする余裕は多分無いだろう。
本人がそれに気付いているかは謎だが、この調子で成長してくれれば、いずれはあなどれない奴になるかもしれない。
どっちにしろ、ノールはまだ大丈夫のようだ、まだ逃げるにはちょっと早いらしい。

「仕方ねぇなぁ・・・」

呟きながら剣を構え直した。
そのまま軽く剣を振るうと考えている間に襲ってきた兵士を狙って気弾を叩きつけた。
放った気団は二つ、倒れた兵士の数も二つ。
そして、倒れようとする兵士の影になる位置から、また別の兵士が飛び出した。
そいつヘ向かって、低い体勢で地面を蹴ると体ごとブツかる感じで剣を振り上げた。
相手の剣は俺の頭当たりを狙っていたらしい、
だがそれは俺には届かなかった。
攻撃をかわしながら、カウンター気味に相手の鎧の胸の部分へと叩きこんだ一撃が相手を行動不能にしていたからである。
そのままの勢いで剣を振り上げながら飛び上がると切り降ろしの一撃でさらにもう一人を行動不能にした。
最後に回りを薙ぎ払うように気斬を放って動きを止める。
同時に、周りの観察を開始した。
今ので、10数人を行動不能にしたはずだ、運が悪い者は死んでしまったかもしれないが、
大半は息があるはずである。
残りの敵はあと10数人の様である、そして、一際豪勢な鎧を着た兵士が遠くに見えた。
連中の指揮官らしい、部下の半数以上が倒れた為、自ら戦うつもりらしく、腰から剣を抜いていた。
兜に覆われた顔からは表情は窺えない。

アレを倒せば敵も退くかもしれない、一瞬そう考えてからそっちへ向かって走り出した。
俺が指導者を狙って動き出した事に感づいた者は俺に向かってくる素振りを見せている、だが、その数は少ない。
向かってきた3人ほどに向かって気弾を放つと、目標の敵リーダーに向かって一発気弾を放った。
一瞬の後、気弾をくらった一般兵は倒れ、敵のリーダーは俺の気弾をかわしてこちらへへと向き直っっていた。

「何物かは知らんが、これ以上好きにはさせん・・・。消えてもらうぞ・・・」
「消えてもらうねえ・・・・・、まあいいや。こっちも時間がねえんだよ、悪いがさっさと片付けさせてもらうぜ」
「良い度胸だ、小僧。儂の名はケルベス=ディオール!冥土の土産に覚えておけいっ!」

叫ぶと同時にケルベスと名乗った兵士は剣を振り上げ、振り下ろす。
その軌道から赤い闘気がほとばしった。
赤は炎の闘気の色だ、当たればただでは済まない、だがあくまで当たれば、である。
剣を振るって気弾をあいての気弾へ向けて撃ちこむと、間髪入れすに俺は走り出した。
眼前で俺と相手の気弾が衝突し、俺の気弾が残った。
闘気は闘気で相殺できる、だが、片方の力が勝れば当然勝ったほうが残るのだ。
俺は自分が放った気弾を追いかける形でケルベスに向かって突進していた。
形としては俺が有利だ、だがケルベスは気弾が相殺された瞬間、振り下ろした剣をもう一度上へと振り抜いた。

「戯けがぁ!」

2度目の斬撃の軌道から先程よりも幾分鋭い、三日月型の気弾が生まれた。
いうなれば気斬という所だろうか。
それが、俺の気弾の残りを打ち砕きながらこちらへ飛んでくる。
だが・・、

「甘ぇっ!」

俺は既に飛んでいた、相手の攻撃をかわすと同時に間合いを詰める動作は、そのまま切り下ろしの一撃へ繋がった。

「なぁっ!?」

交差する瞬間に生きてきた年輪を刻んでいる顔に驚愕の表情が見て取れた。
切り降ろしの一撃は相手の剣による防御をはじき、その直後に続く胴への切り上げでケルベスは大地に沈んだ。

「な・・・なんと・・・・いう・・・マルジェノスの騎士である・・・・儂が・・・・」
「相手が悪かったんだ。光龍牙・天、あんたがあと10年若かったなら見切られたかもな、結構やばかったぜ」
「ぬぅっ・・・・、貴様、何物だ・・・・?」
「ちょいと腕が立つ冒険者さ、そのまま寝てな」

痛みで気を失ったのか、言い捨てた言葉に呼応する様にケルベスと名乗った男は頭を垂れた。
それを見届けつつ周りを見まわすと、最後の一人がアルスの気弾を受けて倒れる所が見えた。

「なんとかなったな・・・大丈夫か、ノール、ジョグ」
「ああ・・・」
「なんとか」

荒く息を吐きながら二人は応えた。
素人に近い割には上出来だろう。
怪我してないだけでも大した物だ。

「俺の心配はしてくれねえのかよ」
「お前は心配要らないだろ、悪運強そうな気がするしな」
「なんだよ、ソレ・・・・」

俺の評価が気に要らなかったらしく、アルスは顔を歪めながら剣を鞘に収めた。
集まった俺達に、ザメル達が早足で近付いてくるのが見えた。
何故急ぐ必要があるのかと疑問に思った俺に、ミトラの声が答えを告げる。

「向こうから、何かが近付いてきます!気を付けてください!」

振り返ると、何者かが凄い早さでこちらへ近付いてくるのが見えた。
数は5騎、鎧は闇に溶ける色だった。
瞬く間に距離を詰めたそいつらは、俺達と距離を取ると停止した。

「・・・・・何物かは知らんが、ただでは済まさんぞっ!」
「何がただでは済まさんだ!侵略者の分際でっ!」

兜の隙間から長髪をのぞかせる相手のリーダー格の声に、ノールが言葉を返している。
相手は・・・俺の見る限り只者ではない、腰に差している剣は柄に黒いオーブを埋め込んだ魔剣の様である。

「ノール、やばいぞ、相手は黒剣士だ」
「黒剣士・・・!?、闇の魔剣を操るというあの黒剣士か・・・?」
「・・・ほぅ、少しは解っている者がいるようだな・・・・」

俺の言葉に、黒剣士達のリーダーは意外そうに言葉を返した。

「昔の知り会いが黒剣士の卵だったんでな、大体、黒剣士なんて物騒な奴とは簡単にお知り合いにゃあなれねえよ」
「その物言い!?・・・・・・・、お前・・・・」
「何だ?俺がどうかしたか?」

話している相手の口調が露骨に変わった。
暫く押し黙っていた相手は、ようやく口を開くと確認するような口調で一言俺に告げる。

「まさか・・・・・ラルバート=エミュタインか!?」
「何故その名前を・・・・・・!?」

俺に昔黒剣士の知り合いがいたのは事実である。
6年前、同じ師匠の元で修行したそいつの名前は・・・。

「アレル=ハーマインだなっ!?、お前」
「やはりライルか!」

俺とアレルのやり取りに、双方に動揺が走っている。
皆が固まっている中、アルスはその妙な図太さで俺に質問を放ってきた。

「おい、どういうことだ、知り合いなのかよ?」
「ああ、知り合い・・・・・・っつーか、俺の数少ない友達だった奴だよ」
「だった・・?今は違うのか?」
「6年間音信不通だったんだよ、たまに遊びに来いって言ったのに付き合いの悪い奴だぜ、全く」
「何が付き合いが悪いだ、手紙を送ったのに1度も返事をよこさなかったくせをして」
「おめえ、そりゃあひでぇぞ」
「面倒くせえんだよ、・・・って今そういう話をしてる場合か!」

周りの雰囲気は台無しである。
だが、敵として向かい合ったこの状況は変わらなかった。

「相変わらずだな、お前は」
「お前もな、嬉しいんならもっとオープンに喜んで見せろよ」
「お断りだ、・・・・しかし、まさかあの誓いが現実になるとはな・・・」
「誓い・・・まさか、アレか?」
「覚えているならばいい、行くぞ」

アレルが腰の剣を抜き放った。
鞘から抜かれた剣は刀身も黒く、うっすらと黒いオーラを放っている。

「おいおい、待てよ。こっちにはそっちの捕虜がいるんだぜ、見捨てる気か?」
「お前の周りにいる者達はどうだか知らんが、俺の知る限りお前は人質を取るようなマネはすまい、それとも誓いを破るつもりか?」

アレルの声はあくまで冷静だ、仏頂面で話す所は6年たっても変わらなかったらしい。
13の頃からあんな話し方してれば当然といえば当然だが。

「なんだよ、誓いって?」
「遠慮がねーな、お前。内緒だよナイショ」

アルスは絶対真性天然だ、この危機感のなさはただごとじゃあない。

「お前が言いたくないなら俺が変わりに言ってやる」
「おいっ!」

止める俺の言葉に耳も貸さずに奴は続けた。

「互いに騎士となり、味方となったならいかなる危機にも相手を見捨てず、敵となったら正々堂々手加減無しで戦う。
 剣にかけて誓ったはずだろう、お前が騎士となったのは知っている」

普段は黙ってるくせに、一旦話し出すとなかなか止まらないのはこいつの困った所だ。
「俺も、称号こそ黒剣士とはいえ、一人前の騎士として認められているのは事実、誓いは果たされるべきだとは思わんのか?」
「・・・・・ちっ・・・・・、そんなに俺と戦いたいのかよ・・・・」
「お前は俺にとってなかなか越えられぬ壁の一つ、簡単に敗れて俺を失望させるなよ・・・」

駄目だ、アレルはやる気だ。
こうなったら絶対に奴は退かないだろう。

「皆、こっから下がっててくれ」
「どう言う意味だ!?」

今度は今まで黙っていたノールがくってかかって来た。
どうにも扱いが難しい奴である。

「あぶねえんだよ、俺とアイツが戦えば結構シャレにならん事になる」
「それと俺達が下がる事がどう関係する?向こうは五人なんだぞ」
「それなら心配いらねえよ、なあアレル?」

兜から見えている口が歪んだ。
笑っている。

「ああ、俺達の1対1の戦い、邪魔は入らせん。・・・・・貴公等は怪我人を救出し後退してくれ」

アレルにそう言われた黒剣士達に驚きが見て取れた。

「アレル殿、どういう・・・?」
「無用な死者など出したくはない、頼む」
「しかし、向こうがこちらに手出しをしないとは・・・」
「ライル、そういう事だ」

そこで、今まで黒剣士達のほうを見ていたアレルはこちらへ向き直った。

「解ったよ、全員マルジェノス兵から離れてくれ、俺達が戦ってる間は休戦ってことで頼むぜ」
「な、何だと、正気か!?」

予想通りノールが食い下がってきた。
だが、その表情には怒りよりも戸惑いの色が強い。

「ノール、頼む」
「・・・・・・この状況はほとんどお前一人でやったようなものだ、マルジェノスの奴等は許せんが・・・・、俺にそれをどうこう言える資格は無い・・・」
「悪いな」

無茶苦茶な話だ、ついさっきまで自分達を殺そうとしていた相手を追い詰めながら、それを更に見逃せというのである。
だが、形はどうあれノールはそれに一応の理解を示してくれた様だった。
剣を握り直すと、アレルに声をかけた。

「じゃ、ちょっとあっちに行くか、ここでやったら怪我人に止めを刺しちまうかもしれねえからな」
「解っているさ・・・」

最後に戦ったのは師匠の元から家に帰る日だった。
その時を含めて、俺とアレルの戦いは全くの互角だった。
あれから6年、奴が修行をサボっていたとは思えない、強くなりこそすれ、弱くなっているはずはない。

「6年ぶりの手合わせか・・・・・お前、修行は続けているんだろうな?」
「・・まあ、腕が鈍らねえ程度にはやってるよ、心配しないでも失望はさせねえよ」

夏とはいえ、早朝である今の気温は割と低い。
外套を揺らす風は肌寒く感じるほどだった。
鬱蒼とした森の中、開けた草原の中央で少し離れて向かい合ったまま言葉を交わす。
相手は俺が修行時代に全くの互角だった奴だ、気を抜いたらあっという間にやられかねない。
手加減なんてする余裕は、恐らく、無い。

「では・・・・始めるか」

そう言ったアレルの声が合図だった。
次の瞬間、俺は手にした剣を軽く構えると、迷う事無く振り抜いていた。



いきなり、だった。
俺達が居る場所から少し離れた場所に立ったライルとライルにアレルと呼ばれた黒剣士は、
向かいあったまましばらく言葉を交わしていたが、その状態からいきなり気弾を撃ち合うと、間合いを開けた。
そのまま、ライルから放った気弾をアレルが自分の気弾で相殺するという状態が続いている。

「埒が明かないぞ、あれじゃあ」

堪り兼ねたようにノールが呟く、正直同感だった。
だが、俺にはそれよりも気になる事があった。

「何でだ・・・・・?」
「何がだ?」

思わず口をついて出た台詞はザメルに聞かれてしまったらしい。
思わずザメルのいる方に顔を向けた俺はザメルと顔を見合わせて一瞬押し黙った。
ノールもこちらに注意を向けている。
周りにいるのは俺達3人だけで、ジョグ、ミトラ、キャンの3人は怪我人の手当てに回っている。
辺りにはライルとアレルの気弾の応酬による轟音が響き続けていた。
俺は、ようやく口を開いた。

「いや・・・さ、ライルって、半年ほど前に盗賊団をアジトになってた村ごと壊滅させた事があるはずなんだ、それも一人で」
「ああ・・・、ディルム地方の餓竜党の話か・・・、なるほど、どこかで聞いた名前のはずだ・・・・」
「なんだって!?、あいつ・・・・・・そんな奴だったのか・・・・・?」
「ノールは知らないか、冒険者教会では結構有名なんだよ。それより、ザメルはなんで知ってたんだ?」
「餓竜党は盗賊団といっても盗賊ギルドの協定を平気で無視するような鼻摘み者の集団だ、中央ギルドでは討伐隊を派遣するかしないかでだいぶ揉めていた」
「揉めるって・・・何をだ?、鼻摘み者の集団なんだろう?、お前達盗賊ギルドはそんな連中を許すのか!?」

ノールの激しい口調にも、ザメルは大して動じていない。
静かに目を閉じただけである。

「餓竜党の党首はどうしようしようもない奴だったが、中央ギルドの役員の一人に気に入られていてな、しかもその役員は結構権力のある奴だった・・・運悪くな」
「そう・・・か、・・・・・すまん・・・」

語気を弱め、ノールはそう言った。
強い正義感と過ちを素直に認める潔さ、両方同時に持ち合わせた奴はそうザラにはいない。

「別にいい、俺とて苦々しく思っていた事だ・・・ライルがやらなければその内俺がやっていたはずだ・・・、しかし・・・そういうことか」
「ああ、ライルは軽く見積もっても村一つ完全に潰せる力を持ってるはずなのに・・」
「それを、使っていないのか・・・?」

そう、そうなのだ。
今のライルは先程までと違って表情は完全にマジだ。
だが、それでも・・・・・。



「全力は出していない・・・か」

何度目かの気弾を自分の気弾で相殺しつつ、呟く。
全力を出していない事など解り切っている。
あのライルが昔とほとんど変わらない力であろうはずがない。
別れてから修行期間の5年間よりも長い月日が流れているのだ、あの時とほとんど変わらないはずはない。

このまま根競べというのも悪くは無い、だが、今は時間が無い。

「いい加減にしたらどうだっ!」

振り降ろした剣を、俺は初撃に倍する速度で振り上げた。
黒い闘気が一条の残光と供にライルに向かって飛んだ。
それを、ライルは軽くかわす。
かわしながら放たれた返しの気弾は先程までの物とは明らかに違う勢いを持ってこちらへと迫ってくる。
剣を構え直して、周りへと放出する感じで闘気を一気に高めた、
直後、俺の周りを黒い薄布のような物が覆い尽くし、飛んできた気弾を遮断した。
これで、ライルの気弾はしばらく無視できる・・・が、ライルの姿がさっきまでの位置に無い。
俺は回りに注意を飛ばした。
一瞬の後、感覚に反応が来る。
上から剣が風を切る音が聞こえた。

「そこかっ!」

叫びつつ剣を上方へ振り抜く。
剣にまといついた黒い闘気が剣の軌跡に沿って局部的に膨れ上がった。

「はぁっ!」

ライルの声と供に金色の闘気が振って来た、
それは俺が今しがた放ったばかりの一撃にぶつかってその闘気の刃の部分を相殺する。
直後、反射的に後方へ飛んだ。
かわす必要は無い、むしろそのまま迎え撃ったほうが良い。
そのはず・・・・なのだが、何かが引っ掛かっていた。
俺が先刻まで居た場所の少し手前にライルが外套をなびかせながら着地する。
そして、俺は自分の判断が正しかった事を悟った。

「光気覇天流奥義・・・・・・」

叫ぶライルを前に、俺はとっさに切り札を使うべく構えを取っていた。



「光龍至天波(こうりゅうしてんは)!」

上段から振り下ろした剣を胸の前で無理やり制止させ、気弾と呼ぶにはあまりに巨大な光の柱を正面へ撃ち出す。
撃った後、反動で剣が跳ねあがるほどのこの技は、俺が餓竜党とかいう盗賊団を壊滅させたときにも使ったいわくつきの技だ。
圧縮闘気の一撃をまともにくらえば、肉が消し飛び、普通なら闘気をすり抜ける金属性の武具も焼け焦げたようになって劣化するという危なっかしい技でもある。
あまり使いたくは無いが、相手が相手だ、半分殺すつもりでやらなければこっちが死ぬ。
どっちみち、これでもらいだ、そう思った瞬間だった。

「闇天狼哭波(あんてんろうこくは)!」

アレルの直前と思われる位置で俺が放った光柱が停止し、同時に闘気と闘気が相殺する時特有の列音が響き渡る。
少し遅れて、爆発的に膨れ上がった光と闇の闘気が消えた空間に、大気が吹き込んで風が生まれた。
列音が途切れ、視界が回復し始める、同時にアレルの姿も見え始めた。
俺から少し離れた、光龍至天波を撃つ前に確認したその位置に奴は立っていた。
黒い鎧に合わせた黒いマントを、巻き起こる烈風になびかせながら無傷で奴は・・・・・立っていたのである。
冷や汗が頬をつたうのが、はっきりと解った。

その時俺は、状況が不利この上ない事をはっきりと理解していた。



続きを読む

前の話を読む

読むのを止める