ジョグの案内で宝物倉の前へと到着した時、既に辺りは金属同士がぶつかる鈍い音と怒号に支配されていた。
もう始まっているらしい。
「そこを曲がった所だ!」
ジョグの声を聞きつつ、角を曲がった俺の目に、こちらに背を向けた盗賊達に混じって、剣を手に奮戦するアルスとノールの姿が見えた。
間に合ったらしい。
「二人とも無事か!?」
「一応!」
盗賊の一人を切り倒しつつ、アルスが応える。
ノールは多少押されているらしく、応えるどころではないらしい。
ああいう状態で飛び出した手前、俺への面目もあるのだろうが・・。
片や盗賊達はといえば、後ろからの予期せぬ襲撃に浮き足立っていた。
今がチャンスだ。
「ガァァァァァァッ!」
吼えながらジョグが俺の後方から跳躍して盗賊達の中へ踊りこんだ。
盗賊達がすくみあがったのが見て取れる。
手にした剣に、闘気を込める、それを横へ軽く振りぬいた。
剣先からほとばしる闘気は、その場を激しく駆け抜ける気流となって飛散する。
盗賊のなかで動きの鈍っていた者はそれで倒れ、まだ動けた者の動きは一瞬釘付けになる。
それを狙って、俺もまた跳んだ。
打撃音が数回、そしてその場に立っているのは俺達4人だけになった。
「大丈夫か、ノール?」
一息ついて俺はノールに声をかけた。
「ああ・・・なんとか、な。しかし・・、もう少し考えろ、危うく巻き込まれるところだった」
そう言うノールは、少々息が上がっている。
「わりぃ。でも一気に仕留めねえとまずいと思ったんでな。それより、後少しだぜ。頑張らなきゃな」
それを聞いた、ノールとジョグは意外そうな顔をした。
「親父に言われて、俺を止めにきたんじゃないのか?」
「止めたところで、素直にゃ聞かないだろ?、それに、せっかく手伝ってくれるってんだ、ご好意には甘えねえとな。
ジョグ、バーストラス卿には内緒だぜ」
「ああ、そうするよ。それが一番いい」
先程の反省をふまえつつ、ノールの性格を考えての判断だ。
とはいえ、ノールの性格を熟知しているわけではないので当て推量で判断したのだが、
ノールをよく知るジョグの反応から察するにこれで正解だったようだ。
「・・・・・殴ってすまなかったな」
「・・・はぁ?」
意味不明な台詞に俺は当惑した。
「酒場での事だ。酔っていたとはいえ、すまない」
「なんだ、その事ならもう気にしてねえよ、今の今まで忘れてたし、そのおかげで晩飯と寝る場所を考えないですんだんだ。
逆に感謝してるくらいだぜ。・・・・まあ、今面倒に巻き込まれてるけどな」
「・・・そうか・・・・・・」
そう言うと、ノールは苦笑した。
そして剣を握りなおすと、宝物倉の入り口へと身体を向けた。
俺の反応に呆気に取られているという所だろう。
意外と気を使うタイプの様だ。
「もういいか?、そろそろ突入するぜ、ライル」
宝物倉の扉の前で様子を窺っていたアルスがそう言うと少し後ろへ下がった。
扉を蹴破るつもりらしい。
「待てよ、俺がやる。お前は下がってな」
「心配してくれてんのか?、でもお前がやったって危険な事には変わりないぞ」
「頭を使えよな、頭を」
「何だよ、それ?」
渋い顔をしたアルスを脇へ押しやって俺は剣を構えた、
恐らく、扉の向こうには盗賊達の残りがいるだろう。
扉を蹴破る瞬間を狙われる可能性は高い。
ならば、待ち伏せる盗賊共々吹き飛ばすのみ!
「フゥゥゥ・・・・・・」
俺は、剣に闘気を集中した。
剣を大上段に構え、集中した闘気を、裂帛の気勢で標的である扉へと遠距離から叩きつけるのが俺の狙いだ。
「ハァッ!!」
掛け声と共に剣を振り下ろした、同時に切っ先から気弾が飛ぶ。
放った気弾は、今まで使っていた気弾とは大きく異なり、鋭利な刃物の形をとって扉に吸い込まれた。
『光気覇天流光波斬』、それがこの技の名前だ。
俺が本気で使えば普通の人間を真っ二つにできるほどの威力だが、
今回は、扉とその後ろにいると思われる人間をふっとばすくらいの威力に押さえてある。
解り易く言うと、切れる刀の刃をわざわざ潰して斬りつけてるようなもんだ。
轟音と共に扉は吹き飛び、叫び声が一つ上がった。
俺の予想は当たっていたらしい。
同時に、指示と思われる声も上がった、
「チィッ、かかれぇ!」
聞いたことがある声だ、昼間のヒゲもじゃ野郎の物である。奴はやはり連中のリーダーだったらしい。
昼間言ってた『準備』というのはこのことだったようだ、
それに気付くと同時に、闇の中から突っ込んでくる気配にも気付いた。
ジョグとノールが俺が制止する間もなく、部屋の中へと突っ込んだ。
「気を付けろよ、二人共!、アルス、お前は入り口を頼む」
「解った」
二人を追って宝物倉の中へと入った俺は、盗賊達と戦うジョグとノールの姿を確認すると同時に、
宝物倉がおれの想像よりもずっと広いことに気付いた。
入り口近くのここからは見渡せない場所もある。
そして、光が差し込んでいる・・・月明かりによるもののようだ。
ということは、ここからは見えないがどこかに窓があるということだろう。
そして、一番重要な事に気付いた。
ジョグとノールが戦う盗賊達の中に、昼間の髭野郎の姿が無い。
逃げたか・・・・?
だとすればどこへ?
一瞬考えると、答えはすぐに出た。
「ジョグ、ノール、窓はどこだっ!?」
「何!?」
「どういう事だ!?」
「こいつらの頭は窓の近くだっ、外へ逃げようとしているっ!」
叫んで、辺りを見渡す。
左のほうから光を感じると同時に俺は走り出した。
棚と棚との間走り抜け、端の通路は入ろうとした瞬間、通路の奥の方から矢が飛んできた。
反射的に身を反らしてかわす。
ボウガンを使ったのだろう、下手すれば死んでいた。
棚の影に隠れてもう1度様子を窺うと、髭野郎が窓から鉄格子を外して、脇へ投げ捨てるところが見えた。
逃すわけにはいかない・・、気弾で男の動きを止めるべく俺は剣を振り上げた。
その瞬間、髭野郎が開けようとしていた窓から足が伸びて男を蹴り飛ばした。
影が降り立ち、壁へと跳ね飛んだ髭野郎へ近寄っていった。
影は滑らかな動作で腰の剣を抜き放つと、それを髭野郎の首筋へと突き付けた。
そこで影の動きが止まる。
同時に、いままで動いていてよく見えなかった顔や身体つき等が月光で照らし出されて明らかになった。
月光を背に受け、男に剣を付きつけるその影の正体は、昼間の青年だった。
半ばあきれ顔でキャンが言った。
屋敷内に入り込んだ盗賊達の処置がほとんど完了したことをバーストラス卿に告げ、
それを横で聞いていたキャンの感想がこれだ。
まったく同感だが、小悪党の考えとしては模範的と言えるかもしれない。
バーストラス卿の執務室には、俺、アルス、キャン、ノール、ミトラ、ジョグ、バーストラス卿、そしてあの青年がいた。
あの後、異変を察知したテスラの騎士達が到着し、程なく盗賊達の残りも含めて襲撃してきた者達を捕縛し、連行していった。
頭の髭野郎だけは、バーストラス卿からの指示でまだこの屋敷の別室に捕らえてある。
色々と聞く事があるからだそうだ。
だが、それよりも気にすべきことがある。
「まあな、小悪党だからしかたないさ。・・・・えーと、俺はライル=ローディス、あんたの名は?」
前半部はキャンの感想への応答、
後半部はあの青年に向けた質問だ。
隣家の屋根からロープで屋根によじ登り、
更に屋根からロープを伝ってあの派手な登場と相成ったらしい、
質問したら、必要最低限の言葉で奴はそう答えた。
必要な時以外はしゃべらないため、彼と話したのはその事についてだけだ。
今の今まで屋敷内の盗賊の掃討を協力して行っていたが、
その間もほとんど会話は無かった。
バーストラス卿やミトラには『協力者』と紹介してあるが、本当のところどういうつもりでここに来たのかは不明だ。
バーストラス卿に言いたい事があるというので共に連れてきたのだが、
まだお互い名前すら知らなかった。
「ザメル=プラパス・・・そういえば昼間会ったな・・・」
短く、静かに答えがあった。
「ああ、俺も覚えてるぜ。ちょいと聞きたいんだが、何故ここに来たんだ?」
「通りがかった・・・・と言ったら、信じるか?」
「ふざけるなっ!真面目に答えろっ!」
ノールが激昂した、
対するザメルは全く動じていない。
「落ち着けよ、ノール。いくら怪しいとはいえ、手伝ってくれたのは事実なんだし・・・な?」
「そうだぞ、ノール」
俺の台詞にジョグも同調する。
ノールは納得いかない様子ではあったが、とりあえず口を閉じた。
この後に及んでも、やはり、ザメルは表情一つ変えない。
ただ、ゆっくりと話し出す
「歯に衣着せぬ評価だな」
「仕方無いだろ、俺はあんたのことをよく知らないんだから。
かわりと言っちゃなんだが、俺はあんたがそう言うのなら、それを事実と信じる。
あんたの事、よく知らないからな」
そこで、始めてザメルが表情を変えた。
口元のみを歪めて笑う。
「・・・・良い答えだな、ライル=ローディス・・・と言ったか?そっちの奴にも同じくらいの冷静さが欲しいもんだな」
ノールの表情が鋭さを増した、
『そっちの奴』というのが、暗に自分の事を言っているのだと気付いて癇に障ったのだろう。
無理もないことだが、構っていてはいつまでたっても話が進まない。
「バーストラス卿、ザメルが話したいことがあるそうなんですが、聞いて頂けませんか?」
「いいだろう、話してくれ」
ザメルの表情が再び消える。
「単刀直入に言うが、今夜の襲撃、盗賊ギルドは一切関わっていない、あの男の独断によるものだと御理解願いたい」
「何故・・・そう言えるのだね?」
「盗賊ギルドでは、今夜のような襲撃は一切許可しないし、襲撃に関して支援もしない、絶対にだ。
俺がここへ来たのは奴のやる事を阻止する事でそれを証明するためでもある」
「君は、ギルドの関係者かね?」
「そうだが」
ザメルが少し顔を歪めた。
ギルドの関係者ということは、盗賊だということだ。
わざわざ確認したという事は、判断材料に使われたということだろう、
ザメルにはそれが気に入らなかったらしい。
「ふむ・・・ミトラ、今夜の件をどう思う?」
「そうですね、先程の襲撃、手際が悪すぎます。綿密に計画されたものでは有り得ないでしょう、突発的に起きた事だと思います」
「君もそう思うか・・・。ザメル君、君の言う事を信じよう」
「盗賊ギルドの一員として感謝する、バーストラス卿」
「こちらこそ、わざわざの報告と協力、感謝する。おかげで息子達が怪我をすることもなかった、ありがとう」
バーストラス卿は立ち上がると深々と一礼した。
それを見たザメルは複雑そうな表情を浮かべている。
ノールもまた、今までの怒りをたぎらせた表情が解けていた。
「ミトラ、盗賊達を率いていた者への尋問を頼みたい」
「了解しました」
表情を一変させたバーストラス卿が指示をとばす。
この表情こそが普段のバーストラス卿なのだろう、
同時に俺は、よく似た表情をした人間を思いだした。
兄貴と親父だ。
「明日からでも始めて欲しいのだが・・・」
「いえ、今から始めます・・・何か妙な感じがしますので」
妙な感じ・・・そう、突発的な襲撃をする理由が解らないのだ、
その理由は単純なものではないだろう。
影響しそうな世間の出来事といえばここ最近激しさを増している、セリュタリア王国とマルジェノス帝国との戦争だが、
ここは、直接的に戦争に巻き込まれてはいない。
直接的に影響したとは考えにくい、一体何が、盗賊達に無法を行わせるのだろう?
「そうか・・よろしく頼む」
「俺にも手伝わせてくれないか?」
何でもない風にザメルが言う。
しかし、この男が何の考えもなく行動するとも思えない、
大方、連中が動いた原因が奴も気になるのだろう。
「盗賊に物を聞くときはコツが要るからな」
「ウィリアム様、構いませんか?」
「許可しよう。ザメル君、よろしく頼む」
「俺も行く」
今度はノールだ、ザメルに対する牽制のつもりだろうか?
揉めなきゃいいが・・・。
「俺が信用できないか?」
ザメルが言う。
「違う、奴が暴れ出さないとも限らないだろう、だから俺も行くんだ。取り押さえる奴は要らないのか?」
無言でザメルはノールの目を見つめている。
ノールの真意を推し量りでもしているらしい。
「構いませんね?」
ミトラがバーストラス卿に訊ね、バーストラス卿は頷いた。
「行きましょう、二人共」
ミトラのその声を合図に、ノールとザメルは睨み合いのような真似を止めた。
無言のまま一礼し部屋を後にするミトラに続き、二人も部屋を出て行く。
妙な雰囲気だったが、大丈夫だろう。
それに、俺も連中が動いた理由は気になるが、
それを知るにはミトラ達が情報を引き出してくれるのを待つしかないのだ。
信じて待とう、あの三人を。
部屋に残ったのは、俺とアルスにバーストラス卿とキャンだけになった。
これ以上ここにいても仕方ない気もする。
俺はアルスと一緒に部屋に戻ろうと、アルスに声をかける事にした、
その時である。
「キャン、部屋の外に出ていなさい」
不意にウィリアム卿が言った。
キャンは、不可解そうにしながらも、「解りました」と言って、部屋を出て行く。
「俺達も帰ろうか、ライル」
「あ、ああ」
「お待ち下さい、御二人共」
バーストラス卿が俺達を呼びとめた。
「あの、俺達になにか御用ですか?」
極めて怪しい丁寧語でアルスが聞き返す。
「お聞きしておきたいことがいくつかあります、答えて頂けませんか?」
「質問の内容にもよりますが」
答えた俺の内心はあまり穏やかではなかった。
「一つ目の質問はあなた方がお持ちの資格についてです。お二人共『騎士』でしょう?」
騎士と言う資格、それは厳密な職業としてのものを指してはいない。
ここでいう『騎士』という資格は、『闘士』等と同じく世界的に認められた資格制度における資格だ。
記録に残った最古の時―1997年前―以前の時代の遺産ともいうべき物といえる。
こいつがあれば、実際の職業としての騎士になることも可能だ。
「ええ、そうですよ。もっともライルがどうなのかは解りませんけど」
薄々感づいてはいたがアルスも騎士だったようだ。
騎士の特性は、汎用性の高い能力と適性にある。
いうなれば、平均的な所が長所の職業だ。
どういうつもりかは知らないが、この程度のことなら答えてもいいだろう。
「俺も『騎士』ですよ」
「やはり、そうですか。興味本位で聞かせて頂きたいのですが、何故冒険者などに?
、あなた方ほどの実力があれば、王宮騎士になることも夢ではないでしょう?」
「宮仕えが肌に合わないもんで。・・・・正直言うと敬語とか丁寧語つかって話すのも慣れてないんです」
アルスの今の言葉に嘘はないだろう。
こいつが宮仕えとか公務員とかやってると、どやされっぱなしな気がする。
納得できるというものだ。
「俺もそんな所ですよ」
「そうですか、・・・最後にこれはライル君だけへの質問になりますが・・・ライル君」
「はい」
「偽名を使っておられるのではありませんか?」
俺はただ黙っていた。
答えられない類の質問だったからだ。
「本名はラルバート=エミュタイン、とおっしゃるのではありませんか?」
考える、
そして答えられる範囲の言葉で俺は答えを作った。
「過去に、そういう名前だったことはあるかもしれません。それと、俺の今の本名はライル=ローディスですよ」
「なるほど・・・・、そうですか」
アルスは疑問符を頭に2・3個つけたような顔で俺とバーストラス卿のやりとりを見ていた。
「聞きたい事はそれだけです、もう帰ってもよろしいですよ」
呆気に取られた、もう少し突っ込まれるかと思ったからだ。
どういうつもりなのだろうか?
「それだけですか?」
「ええ、そうです」
どうにも、気負ったところを上手くすかされたような感じがして面白くない・・・・。
「それでは・・・これで」
「ええ、・・ライル君、グラム卿はお元気ですか?」
「当分死にそうにないですよ・・・・!」
そこまで答えて『やられた』と思った。
「・・・するいですよ」
「申し訳無い。しかし、本当によろしくお伝え下さい。議会に出かけてもあまり会えない方ですから」
「会ったら伝えておきます、それでは」
「おい、どういうことなんだ?」
アルスはちんぷんかんぷんといった様子で聞く。
「俺がかなりの有名人だってことだよ」
それを適当にあしらいつつ扉を開ける、と同時に、
「のぁぁぁぁぁぁ」
キャンがバランスを崩して部屋の中へ転がり込んだ。
「何やってんだ?キャン」
「いや・・・あの・・・ちょっと散歩を・・・・」
「おめーは、扉に寄りかかって、聞き耳立てながら散歩すんのか?」
「えへへ・・・・・」
愛想笑いを浮かべるキャンを見ていると、不思議と怒る気にはならなかった。
「もう少し言い訳は考えたほうがいいぜ」
「そうする・・・・、あのさ」
「キャン、何をしていたかはともかく、もう寝なさい」
「あ・・・・はい、父上・・・・・」
キャンは悪戯を見つかった子供の様に(実際そうだが)歩いてゆく。
俺に何か聞きたかった様子だったが・・・・まあいい、
色々と詮索されるのは嫌だ。
俺とアルスの部屋に戻ってベッドに腰掛け一息つくと、とたんにあくびが出た。
身体はもう眠りを求めているらしいが、心の方はというとそうもいかない。
さっきの事が気になって目がかなり冴えている。
アルスはというと。
「ひとっ風呂、浴びてくるよ」
とか言って浴室に入ってしまったので、今のところ部屋には俺ひとり、
話でもして気を紛らわせようにも話し相手がいない。
不意に、昔よくこんな状態になっていた事を思い出した。
同時に、こういう時にどうするのが一番かも思い出す。
ベッドから立ちあがって扉を開けると、俺は外へ向かって歩き出していた。
夜の空気を吸い込むと、少し気分が落ち着いた。
そのまま、ぼんやりと風景を眺める。
心なしか、今日の夜は騒がしい気がした。
騒がしい夜―その言葉に起因して、一人の少女の姿を思い出す。
あまり会いたくない相手だ、
気分も落ち着いたし、俺は思い出すのをやめて部屋へと戻る事にした。
声を掛けられたのはその途中である。
「ライル君」
振り返るとミトラがいた。
「おお、ミトラ。尋問終わったのかい?」
「いえ、まだです。ただ、大変な事が解りましてね、ウィリアム様がどこにいるか知りませんか?」
「さあな、執務室で別れたきりだから、まだ執務室じゃないか。・・大変な事ってのは?」
「一刻を争いますから、ウィリアム様への報告をあなたも聞いてください」
「同席していいのか?」
「力になってくれるのならば」
笑みを浮かべつつミトラは言った、話せる男だ。
「交換条件か、まあいいや。人探しをするなら人数は多いほうがいい、アルスも呼んでくる」
「その必要はないですよ、後ろ」
ミトラの注意で振り返るとアルスがいた。
「いいタイミングだな、話は聞いてたか?」
「まあね、ん・・・?あれ、バーストラス卿じゃない?」
また振り返ると、今度はバーストラス卿がこちらへ歩いてくるのが見えた。
手間が省けて何よりだ。
「どうしました」
「襲撃の理由の一端が解りました、マルジェノスの工作員にそそのかされたようです」
『マルジェノス』というのはマルジェノス帝国のことだろう、
バーストラス卿の表情もこわばる。
俺もまた、事態が楽観できないことを悟った。
「それだけではないのでしょう?」
「ええ、月都へ黒天騎士団の精鋭部隊が向かっているそうです」
「確かなのだね?」
「間違いありません。今度の襲撃はテスラ地方における安全性を確保するための工作だと考えれば納得がいきます」
「すぐに騎士団を召集してください、朝になり次第、騎士団の半数と共にムーナムへ向かいます。他の騎士団へも連絡を」
「了解しました」
「親父殿っ!」
不意に会話にノールの声が割り込んだ、
バーストラス卿の更に向こうからこちらへと歩いてくるノールは何か異様な気合のような物を纏っていた。
「今度の戦いには俺も同行させて頂きたいっ!」
「駄目だ、お前はまだ実戦経験が・・・・」
聞くに耐えない親子喧嘩に発展しそうな会話の内容を俺は聞き流す事に決めた。
しかし・・・・ムーナムか・・・・・。
「放っておくわけには・・・・いかねえか」
「そう思うなら止めてやればいいだろ」
アルスの声で思考が中断した。
俺の呟きを聞いて、バーストラス卿達の事と誤解したらしい。
「いや、向こうじゃなくてムーナムのほうさ」
「ムーナムって・・・・・行くのか!?」
「協力するって約束したし、ムーナムにはどうしても放っておくわけにいかない人間がいるんだ」
「そーか、なるほどねえ・・・・・・。よし、俺も行くよ」
だしぬけにアルスはそう言った。
藪から棒、である。
「傭兵になるんじゃなかったのか?」
「俺だって、協力しなきゃいけないんだろ?それにお前と一緒の方が面白い」
「そうかい・・・・・・」
笑ってそういうアルスを前にして俺はそれ以上何も言えなかった。
脳天気な奴だとは思ってたが、戦闘をお祭りかなんかと勘違いしてそうな印象が今のこいつの笑顔にあったからだ。
しかし、物好きな奴だ・・・・・。
「・・・・くそっ!」
「待ちなさい、ノール!」
今後の方針を決めた所でバーストラス卿達のほうへ注意を向けると、ノールが走り去り、ミトラが後を追っていく所だった。
交渉はめでたく決裂したらしい。
「アルス、すぐに出発したいんだがいいか?」
「OKだ」
小声で話す。
バーストラス卿に大声で聞かせることでもないからだ。
「又、お見苦しい所をお見せしましたね」
バーストラス卿が悲しそうにそう言った。
気の毒だが、親子の間を取り持ってやる程、今の俺に時間は無い。
「バーストラス卿、お世話になりました。俺達は今からムーナムへ向かいます」
「もう行かれますか、お二人共。出来る事なら我々に同行して頂きたかったのですが・・・・仕方ありませんな。
我々は後から参ります、くれぐれも無理をなさらぬ様に、それと、私共の馬をお使い下さい。お急ぎでしょう?」
バーストラス卿の言葉は暖かさを含んだ物だった。
おそらくそれは、俺達に対する時に限った物ではない。
「お心遣い、ありがたく・・」
「あなたの大切な方はムーナムにいらっしゃるのでしたね、確か。 大切な者を失うつらさは、良く解っています。礼など要りませんよ、急ぎなさい」
バーストラス卿は、俺の素性を理解しているが故にこう言っているのだろう。
ありがたい事だと心の中で感謝した。
俺達ははそのまま振り返り、自分達の部屋へ向かおうとした。
その時だ、
「ムーナムへ向かうなら、俺も連れていけ」
又も声がかかった、今度は・・・ザメルだ。
顔だけ向けた方向に、奴の姿を確認する。
「急ぎの用でもあるのか?」
「元々ムーナムへ向かっていたんだ、俺は。市街戦でも始まったら、俺の用事に支障が出るんでな、少し急ぎたい。お前達と一緒なら少しは早くなる」
「バーストラス卿、ザメルの分の馬もお借りできますか?」
「ええ、彼にはお礼らしいお礼もしていませんから」
「ザメル、玄関で待っててくれ。10分で行く」
「解った」
ザメルの言葉を背に、俺とアルスは部屋へと向かって走り出した。
「ほぼ、時間通りだな」
「悪いな、少し手間取った」
「この程度なら問題無い、・・・馬はどうなっているんだ?」
言われて、どうすればいいのか聞いていなかったことに気付いた。
貸してくれるのは確実だとしても、どこにあるのかは聞いていない。
「悪い、二人供ここで待っててくれ」
アルスとザメルに向かってそう言うと俺は振り返った。
今から聞きに行くのもマヌケだが、それしかないだろう、
そう思うと同時に蹄(ひづめ)の音を耳が捉えた。
気を利かして玄関まで馬を回してくれたのかなどと考えながら再び振りかえった俺は面倒な未来を予感させる映像を見た。
人が乗った3頭の馬が玄関の前を走り抜けるというものだ。
1頭が先行し、残りの2頭がそれを追っているらしい。
特筆すべきは馬に騎乗した人間で、先頭の馬にはノールが、追う2頭の馬にはジョグとキャンが乗っていた。
「何だい、あれ?」
アルスは相変わらずボケた感想を口にしている。
俺は何が起きたのか、なんとなく理解したがそれを口にする気になれなかった。
「マジかよ・・・・・・・」
口から出たのはその一言のみだ。
「キレて強行手段に出たという所だな」
ザメルの言葉は、俺が口に出すのをためらった、おそらく真実に近いであろう予想とほぼ同じ内容だった。
「そうなのか?」
「おそらくはな」
「もしかして大変なんじゃねえか、これ?」
アルスの言動はかなり天然が入っていると思う。
どこか遠くに二人の会話を聞きながら俺はそう思った。
こいつの相手はザメルに任せるのが一番だと思ったその時、
結構な早さで何かが近付いてくるのに気付いた。
「ライル君!」
「何かと思えばミトラか、ノール達を追ってきたのか?」
「ええ・・・・・、まさかあんな行動に出るとは・・・・・」
表情に陰りを交えつつそう言ったミトラは、少々息切れしている。
「どうかしましたか?」
言葉はバーストラス卿の物だった。
見送りにきてくれたらしい。
「ご子息が家出したようだ」
「ザメル!」
「何と!?」
俺の注意とバーストラス卿の反応はほぼ同時だった、
どうやらバーストラス卿にも伝わってしまったらしい。
「隠した所でどうなる物でもなかろう」
「ま、そらそうか・・・・・、バーストラス卿、何でしたら俺達がノール達を連れ戻して来ましょうか?」
俺の言葉にバーストラス卿は首を横に振って応えた。
「他の二人はともかく、ノールは言って素直に戻って来る子ではありません、むしろ意固地になるだけでしょう・・・・」
「でも、放っておくわけにもいかないでしょう」
「ライル君、こんな事を頼める義理もありませんが、息子達が帰る気になるまで息子達に同行していただけませんか?」
話は俺の予想外の方向は進み始めていた、
ノール達を俺達で連れ戻すだけなら予想内だが、同行となると面倒の度合いも増す・・・、
だが、不思議と断る気になれなかった。
・・・・ノールの姿が昔の俺と妙にダブるせいだろうか・・・?
「ザメル、アルス、いいか?」
「別に俺はいいよ」
「同感だな」
「じゃあ、異論はありません、引き受けますよ」
「私も行かせて頂けませんか、多少はお役に立てるはずです」
「ミトラ・・・!」
半ば呆然としていたバーストラス卿は弾かれた様にミトラの方へと顔を向けた。
同行すると言ったミトラの表情は対照的に決然としていた。
「あの3人は私にとっても弟達のような物です、迷惑をかけるつもりはありませんから同行させてください、ライル君」
「バーストラス卿、いいですか?」
「私としてもありがたいが・・・・・」
「じゃあ、断る理由は無いな。あの3人の相手は大変そうだし、よろしく頼むぜ、ミトラ」
「ええ、こちらこそ・・・・・ウィリアム様、後の事をよろしくお願いします」
「後の事は気にしなくていい、ノール達を頼んだよ」
「別れを惜しむのは良いが、出発の準備を急いだ方がいい、追いつけなくなるぞ」
ザメルのその一言に、ミトラはすばやく反応していた。
バーストラス卿に一礼して、屋敷の中へと走りこんでいく。
それからさらに10分後、俺達はノール達が通ったと思われる道を馬に乗って疾走していた。