「そう言えば、自己紹介がまだでしたね、私はミトラ=シファインと申します。」

酒場を出た所で、法術を用いてライルと青年の怪我を治療してしまうと、彼は無言で歩き出した。
俺達も後に続く、彼のその言葉はそんな中放たれた。

「じゃあ、俺も名乗らなきゃな、アルス=アズザウィアだ。んで、こっちは―」
「ライル=ローディスだ。そっちの二人は?」

ライルは俺の言葉に自分の言葉を繋げ、間髪入れずに脇を歩く二人へと質問を投げかけた。

「ジョグ=シーロンといいます。・・・・自己紹介くらいしろよ、ノール」

獣人のほうがそう答え、もう一人を促す。
促された方は黙ったままだった、御機嫌斜め、というべきだろうか。

「失礼ですよ、ノール、彼等は名乗ったのです。返答するのが礼儀です」

ミトラの言葉に、彼は答えた。

「ノールス=バーストラスだ」

ただの一言、しかしそれでも彼の人となりは伝わる。
気難しい様だが、悪い奴ではない―
そんな気がした。

ふと先に目をやると、街並みの中に一際大きな館が見える。
周りの建物と比べると明らかに一回り上の作りをした屋敷だ。
察するに、テスラ地方を統治する領主の館といったところか。

「でかいなあ、二階建てって所・・・・かな?」
「三階建てですよ」

俺の呟きにミトラがそう応えた。

「中に入ったことがあるんですか?・・・・まさか持ち主とか?」
「いえ、持ち主は領主のウィリアム様です。私は領主様のお手伝いをしていましてね」

街路樹を従えた大通りを歩きつつ、振り返らずに彼は答えた。

「この二人とはどういう関係なんだ?兄弟とかそういう物かい?」

今度はライルが質問した。
ミトラは先程よりも一拍開けて答える。

「・・・・それに近いですが・・・、違います」
「どういう意味だ?」
「俺は領主の息子で、ジョグは使用人、ミトラは俺達の教育係も兼ねている」

簡潔に答えたのはノールだった、言外にこれ以上のことは聞くなと言っているのは自分でも鈍いと思う俺にも解った。

「ふ―ん 、なるほどねぇ」

ノールを見やりつつ、ライルはそう言った。
それが気に障ったのか、ノールはライルを睨んだ。

「何が、『なるほど』なんだ?」

怒気を孕んだノールの言葉だった。
ライルの返答によっては、また喧嘩になりそうな感じである。
既に全員が歩みを止めていた。
その中で、ライルが答えた。

「あんたが自分の事、嫌いなんだなって思ってさ」
「何だと・・・!?」
「違うのか?」

ノールは押し黙ると、前に向き直って歩き出した。
しかし、直後にその動きが止まる。
彼の歩みを止めさせたのは言葉だった。

「俺は嫌いじゃないけどな、そういうの」

ライルの言葉だ、
険は含まれていない、
その証拠に俺の正面に見えるライルの横顔は穏やかだった。
ノールは振り返りライルの顔を暫く見つめると、
また前方へ向き直って歩き出した。

再び、俺達は歩き出した。
それから目的地である領主の館に着くまで、誰も口を開かなかった。



館に入って、暫くの間、俺とライルはマントを脱いで手に持ちつつ玄関に立ち尽くす事になった。
ミトラにここで待つようにと言われたからである。
ジョグとノールは自分達の部屋に帰ってしまったので、
ここにいるのは俺とライルの二人だけだった。

『逃げようかな』とも思った。
が、逃げてどうなるとも思ったし、よからぬ誤解を生む行動は避けたほうがいいとも考えた。
なにより、俺には逃げる理由はたいしてない。
ではなぜ逃げようなどと思ったのかと訊ねられたら、少々返答に困る。
要は、
『なんとなく、こういう雰囲気が苦手』
だからだ。

そのまま数分が経過して、ようやくミトラが帰ってきた。
先程まで着ていたマントと帽子は脱ぎ払っていた、
格好としては普通の秘書とか役人といった感じで、結構似合っている。

「バーストラス卿・・・領主様がお二人に会いたいそうです、ついて来てください」

やはり、逃げたほうがよかったかもしれない。
そんな事が感じられてならないのは、眼前に迫った扉の巨大さによるものだ。
こういうでかい扉の部屋に常日頃いる人間が、普通の人間の訳はない。

「お客様をお連れしました」
「・・・・・入ってくれ」

ミトラの言葉に応える声が扉の向こうから聞こえた。
ミトラは扉を開き、部屋の中へと入ってゆく。
俺は覚悟を決めた。

「失礼します」

一声かけて、中へと入る。
広い、
感想はその一言ですんだ、広い部屋に恥じない大きな机、
その向こうに見える大窓とここからは黙示確認できない椅子に座っているらしいスーツ姿の一人の男。
人の上に立つもの特有の厳格さ、とでもいうべき空気を感じさせるこの男こそ、領主に違いない。
そう思っていると、男は立ちあがって、こちらへと歩み寄ってきた。

「ウィリアム=バーストラスと申します、息子がご迷惑をかけたそうで・・・・・まあ、御座り下さい」
「ライル=ローディスと申します。御心遣い、有難くお受けします」
「アルス=アズザウィアです、よろしく」

気後れしてるせいか、反応も遅れがちだ。
こういう場に慣れてないせいもある・・・俺はこの場の対応はライルに任せてしまおうと心に決めた。

「迷惑をかけられたといえばそうかもしれないですが、今の場合、厄介者は俺達の方でしょう?」

応接用と思われるソファに腰を下ろすなり、ライルはそう言った。
無礼極まりない発言なのだが、不思議とそう感じなかった。
それも、ライルの人となりによるものだろう。

「手厳しいことをおっしゃいますな」
「失礼とは思いましたが、遠まわしに話す内容でもない・・と思いましたので。気に障りましたらお許しください」
「いえ、貴方方がそういうつもりならば、こちらとしても話易いですから、助かります」

領主・・・・いや、バーストラス卿の表情が穏やかなものへと変わった。
ライルの態度は、どうやら向こうにも好印象だったらしい。

「・・・それなら、もう一つ。ここへ呼んだのは口止めの為ですか?」

バーストラス卿の表情がまた真剣になった、その表情のまま卿は口を開く。

「はっきり言えばそうです。あれは行く末は私の後を継ぐ者となるでしょう。あまり悪い噂が立っては困ります」
「その点に関しては心配は無用です。俺は彼に対して悪い印象は持っていないですから。アルス、お前もそうだろ?」
「あ、うん」

とっさに答えたが、偽らざる本心だ。
きっと・・・良い奴なんだと思う。

「そう言って頂けると助かります・・・・・。親馬鹿と思われるかもしれませんが、あれは本来放蕩者ではないのです。
 ただ・・・・、自分の立場に苦しむあまり、本来の自分を見失っているだけなのです」

そういう、バーストラス卿の表情は寂しそうだった。
およそ権力者の顔ではない。
俺にはまだ解らないが、人の親なればこその表情なのだろう、きっと。

「失礼、見苦しいところをお見せしましたな、今日はここに御泊まり下さい、宿のほうには私共のほうで連絡いたしましょう」
「それも心配無用です、まだ宿を見つけてませんでしたから。感謝します」

正直な話、バーストラス卿の申し出は俺達にとって有り難かった、
あれだけの騒ぎを起こした後で、まともな宿を見つけるのは至難の技である。
最悪野宿という事態を考えれば、この申し出を断る理由は見つからなかった。
何の事はない、別段心配する必要もなかったのだ。
俺は自分の幸運に感謝した。

「感謝します、バーストラス卿」
「礼には及びませんよ、よければ夕食も御一緒したいのですが・・どうですか?」
「俺は構いません、・・・・アルス、お前はどうする?」

問われて、少し考える。
厄介な事なのかもしれない、
しかし、断るとなると先方に気を使わせるだけではなく、せっかくの只飯がふいになる。
だが、受ければさぼど立派でない俺のテーブルマナーを披露する羽目になるだろう。
迷った末の俺の答えは、

「慎んでお受けしますっ!」

変に力が入った返答になってしまった。
ライルが笑いを噛み殺しているのが視界の隅と耳で確認できた。
なんか、恥ずかしい・・・・。

「そうですか、では部屋の方へ案内させましょう。・・・ミトラ!」

ウィリアム卿の言葉に応えて、ミトラが再び室内へと入ってきた。

「お客様達を部屋へ案内してくれ」
「かしこまりました、・・・お二人共、後について来てください、案内します」

会談はこれで終わった、
部屋を後にする俺の心は入る前とは違い
テーブルマナーと夕食のことでいっぱいだった。



「普段は4人だけの食卓でしてね。寂しい限りでしたが・・・今日は楽しくなりそうだ」

普段着だと思われる服に身を包んだバーストラス卿はそう言うと口元を歪めて笑った。
食卓に着いているのは俺とライル、バーストラス卿、相変わらず厳しい表情のノール、そしてジョグと、
もう一人、初めて見る少年だった。
よくのりのかかった半袖シャツに薄手のズボンといういい所の坊ちゃんという感じの服装だ。

「ノールスの弟のキャニアムです。キャン、自己紹介なさい」
「キャニアム=バーストラスです!、キャンと呼んでください」

少年は椅子から立ち上がり、兄には似ない朗らかな調子でそう言った。

「ライル=ローディスだ、ライルと呼んでくれ」
「アルス=アズザウィア、アルスでいいよ」
「うん、ライルにアルスだね」
「キャン!、彼等は客だ、それにおまえよりも年上なのだぞ!」

叱り飛ばす声は、キャンの父、バーストラス卿からではなく、兄であるノールの口から放たれた。

「あ・・・・ごめんなさい」
「いいって、気にしてないし、俺もアルスもさっきみたいに呼んでもらった方が落ち着くから」
「・・・・だってさ、兄さん」

一瞬しまったという表情を浮かべたキャンだが、ライルのフォローが入るなり一転して悪戯っぽい微笑みを浮かべた

「・・・まあ、いいだろう」

そう言うとまたノールは押し黙ってしまった。
とはいえ、キャンのおかげで食卓の雰囲気はかなり和んだものになり、
俺は変に緊張することもなく食事をすることができた。
ただ、キャンは色々と俺やライルに色々と冒険者のことについて質問してきたので、その応対に少し疲れたが。
どうも、キャンは冒険者になることにあこがれているらしい。
自称『魔術師の卵』なんだそうだ。



冒険者になって3年経つが、そんなにいいもんじゃない。
結構危険な仕事だし、多分普通に定職に就いてたほうがよっぽど収入もいいだろう。
ただ、俺には向いてるのは確かだし、だからこそ続けているわけなのだが・・・。

食後、ライルと一緒に館の庭を散歩しながらそんなことを考えていた。
月が綺麗で、庭は明るく照らし出されている。
月の光というやつは、蜀台や魔法による光(俺はあまりみたことないけど)よりも、柔らかで優しい感じがする。
辺りは静寂に包まれていた。

「アルス、お前この後どうするんだ?」

静寂を崩さぬ調子でライルが話し出した。

「そうだな・・・この後は・・・傭兵でもやろうかな。この辺は駄目だけど、ダハードかオルファス辺りなら今なら傭兵の口も見つかるだろうし」
「傭兵?なんでまた?・・・お前って配達とか探索とかが専門じゃなかったのか?」
「いや・・・さ、なんかここのところ俺に回るような仕事があんまりなくってさ、ギルドの人からも傭兵の仕事とかもやってくれって言われてんだ、
 あんたから教わった技もあるし、すこしは安全だろうから」
「安全・・・・なぁ・・・。自爆しないようにしろよ。闘気技は使い過ぎるとふらふらになっちまうからな。 そこを襲われた日にゃあ目もあてられないぞ」

ぶっそうな事言いやがる・・・・・だがまあ、心配してくれてえるのだろう。

「お前はどうすんだ?ライル」
「俺は・・・・やることがあるからな、おまえとはここでお別れ・・・かな」
「やることって?」
「ワケ有りなんでな、詳しくは話せねぇ」
「そーか・・・」

ライルが話したくないと言ってるのだ、無理に聞くわけにもいかない。
良い奴だったし、闘気を使う技についてももう少しくらい教えてもらいたかったけど、ここでお別れだ。
そう思うと、なんとなく俺は黙ってしまった。
ライルも黙っている、多分向こうも同じ考えなのだろう。

そのまま横に並んで歩く、
しばらくすると、辺りの景色はただひらけただけの庭ではなく計算された空間を持つ庭園の様相を呈してきた。
大きな池を中心に木々や植物が配置されたなかなかの庭園だ。
そこに一つの人影があった。
バーストラス卿だ。
こちらに気付いたらしく、顔を上げてこちらへと向き直った。

「・・・これは、どうされました、お二人で?」
「すいません、散歩していたらなんとなく迷い込んでしまって・・・お邪魔でしたか?」

バーストラス卿は何か考えているようだった、それでなんとなく謝らねばと思ったのだが・・・。
よく考えると、別に悪い事はなにもしていないのだ。
やはり俺はこの手の人に弱いのかもしれない・・・。

「いえ・・・そんなことはありませんよ」
「ウィリアム様はここで何を?」

ライルが問う。
それに、バーストラス卿は小さく笑うと、答えた。

「息子達の事を、考えていました」
「というと?」
「私の妻・・つまりあれらの母親は早くに他界しましてね、以来男手一つで育ててきたのです。その為か、何かと心配事が多いのですよ」
「なるほど、御察しします」

ライルは頭を掻きながらそう言った。

「それより、夕食のときキャンが色々と聞いていたようでしたが、ご迷惑ではありませんでしたか?」
「あ、それは全然」

今度は俺が答える。
ほとんど即答であった為、ライルが口を挟む余裕は無かった。

「そうですか・・・、冒険者に憧れているようなので私としては少し心配なのです。当人が望むなら無理に止める事もできませんが・・・やはり・・・・・」
「・・・冒険者・・ですか・・・・」

親としては当然の反応だろう、きっと心配なのだ。
空を見上げて、親の事を考えた。
・・・・・反対も賛成もされなかったな・・・俺の場合は・・・。

「明日にでもこの職業の辛さを語って聞かせますよ、彼がどう思っているにしろ、現実は知らないと不幸になりますからね」
「・・・・すいませんね」

バーストラス卿はそう言うと、穏やかに笑って池の方向を見やる。
つられて俺もそちらを見ると、池に落下した木の葉が池に波を立てていた。
静かに風が流れる中、ライルが口を開く。

「ノールの事なんですが、何故彼はああも荒れているんです?」
「その事・・・・ですか・・・・」
「正直、俺が口出しすべきではない・・・とは思います。でも、彼に殴られた人間として、少しは興味があるんです、良ければお話願えませんか?」
「そうですね、貴方方には話してもいいでしょう。あの子は・・・・私の力の及ばぬ場所へ行きたがっているんです」
「力の及ばぬ・・・?」
「長男ですからね、私もあれには期待しているのです。そして、ノールは努力もしています。しかし、周りからのあれの扱いは腫れ物を触る様だというのです」
「・・・・領主の息子だから・・・・・ですか?」
「そうです、学校でも、私の手伝いをするようになってからも・・・・・・・この所は、あのように荒れることが多くなりました」

場が沈んで行く、その雰囲気が俺にはちょっと重かった。
なにか雰囲気を変えるきっかけは・・・と考え、どうにかその糸口を記憶から探り出す。

「あの・・・さっき男手一つとおっしゃいましたけど、ミトラさんは昔からここにいるんじゃないんですか?」
「ミトラは身寄りのない子でしてね、ただ魔法の才能に優れていてその学費をなんとかしてくれないかと相談を受けまして、
 勉強が終わったらこの地方のために働くという条件で私が学費を出したのです。
 ここに帰ってきたのはつい5年ほど前です、以来ノールとジョグとキャンの教育もやってもらってはいますが・・・」
「はあ・・・ジョグはただの使用人ではないんですか?」
「ジョグですか?、あの子は・・・・あの子の親から預かっているのです。
 ただ、あの子の親はもう故人でしてね、私としては実の息子のように思っていますし、ノールもキャンも実の兄弟のように接しているんですが・・・、
 本人はそれでは済まないと言っておりましてね・・・いい子ですよ、本当に」
「なるほど、それで・・・・」

よく考えればただの使用人なら食卓まで一緒というのは変だ、納得もいく。
いや?・・・まてよ。

「あの、普段は4人の食卓だとおっしゃいましたが、5人ではないのですか?」
「?・・・・ああ、キャンは魔法の先生の所で住みこみで勉強していましてね、普段はここにいないのです。
 だから4人で間違っていませんよ」
「なるほど」
「時に、ライル君」

俺とバーストラス卿とのやり取りの間、黙って何事か考えていたライルは不意に声をかけられて一瞬驚いた様子を見せた。

「何か?」
「以前、どこかでお会いしておりませんか?」
「・・・・気のせいでしょう、おそらく。俺のような顔はありふれてますから」

内心嘘つけと思った、こいつみたいな奴がありふれてたら、それこそ俺みたいな十人並みの顔のやつが困る。

そう考えた矢先、嫌な感じがした。

周りにいきなりたくさんの人の気配があらわれる、
いや、今まで押し殺していた気配を一気に露にしているのだ。
何のためか?
回答は一つ、気配のいくつかから放たれる物で解る。
背に感じる軽い悪寒、殺意だ、俺達を殺すつもりらしい。

俺とライルはほぼ同時に腰の剣を抜き放った。
刀身に一気に闘気を収束させると、気配達の一角へ叩きつけるように打ち放つ。
ライルの金色に輝く闘気と、俺の白い闘気とが気配達の中に飛び込んだ瞬間、
多数の悲鳴と共に暗がりから人間が数人飛び出してきた、
がらの悪さとかから察するに盗賊のようだ。

「昼間の奴らか・・・・?」
「みたいだな・・・アルス!、屋敷内までバーストラス卿と一緒に走れ、後ろは俺が守ってやるっ!」
「ライル君、無理せずにあなたも屋敷の中へっ!」

そう叫ぶなり、バーストラス卿は走り出す。
解っているのだろう、自分が丸腰で一番に狙われやすく、俺達三人がここから逃げ切るるには一番に逃げなければならないということが。
走り出しながらそう思った、
バーストラス卿の前へ出ると突っ込んでくる盗賊達を切り倒し、道を切り開く。
急がねばならない、時間がかかれば危険なのはバーストラス卿だ。
たかだか数分内の出来事なのだろうが、体感的にはその倍はあった。
屋敷の扉までたどりついて扉を開けるとバーストラス卿がまず中へ駆け込む、
後を追ってきた盗賊は俺が切り伏せ、ライルの姿を探した。
ライルは走っていた、かなり速い。
バーストラス卿を狙い、ライルには背を向けていた盗賊隊に追いつき、ついでに頭を殴りつけて気絶させるぐらい速かった。
ライルが中へ入った直後、俺も中へ入ると、扉を閉めて鍵をかけた、
これでしばらくは保つだろう。

「何かあったのですかっ!」

物音を聞きつけたらしく、ミトラがやってきた、反応がはやい。
少々遅れて、ジョグ、ノール、キャンが続く。

「どうもな、襲われてるみたいだぜ、ここ」

ライルがそう言った直後、屋敷の裏手の方向からかすかに窓が割れるような音がした。



「どうもな、襲われてるみたいだぜ、ここ」

周りの事態から予想される答えを俺が口にした瞬間。
アルスを含めた俺以外のその場の全員に緊張が走ったのが解った。
まあ、無理も無い。
いきなり襲われるのだ、動揺しない奴のほうがぶっ壊れている。
俺は壊れた奴の方に入るが。

「ここで一番狙われそうな所は?」
「3階の宝物倉だ、テスラ地方の文化遺産や公共の宝物が保管されている」

俺の問いに答えたのはノールだった。
どうも俺の問いの真意を理解したらしい。
つまりそこに行けば、十中八九連中の本隊がいるか来るかするわけだ。
隠れるか逃げるかすれば安全ではあるが、この無法を放っておくのは俺の正義に反する。
俺一人で、連中を片付けて、宝物を守れば、俺以外の人間が危険な目に逢う事も無いだろう。

「そうか、じゃあノール。この屋敷内で一番頑丈な部屋はどこだと思う?」
「・・・・・親父殿の執務室だと思うが・・・それがどうした?」
「じゃあ、全員そこに行って立て篭もってくれ。俺は一人で連中を叩き潰してくるから」
「なんだと・・・!」
「俺は一番安全だと思う選択をしてるだけだ、別にお前が足手まといとか、そういうわけじゃないんだぜ」

嘘ではない、俺が全力で戦えば、一番犠牲も危険も少なくて済む。
明確に言うと、少なくなるのは『こちらの犠牲』ではない、『向こうの犠牲』である。
加えて言うなら、盗賊ごときにやられる俺ではない。
これは自身を過大でも過小でもなく、正当に評価した上での自信だ。
正直ある程度の人数差があっても俺にとって大した問題にはならない。
・・・だが、ノールにはそういう俺の考えは通じなかった、

「納得できるかっ!、俺は行くぞ、盗賊なんぞに俺の家を好きにさせるかっ!」
「待たないかっ、ノール!」

走り去るノールにバーストラス卿の声は届かない。
心の中で舌打ちする。
解りきっていた事ではないか、
ああいう風に言えば、ノールがああ反応することは。

「アルス!、追ってくれ、今のノールは一人じゃ危ない」
「解った」

短く応えてアルスはノールを追った、普段はどこかぼんやりした雰囲気があるが、こういう時はさすがに行動が早いようだ。

「申し訳ありません、バーストラス卿。俺の不手際です」
「いや、君のせいではない。・・私にも責任はある・・・」

そういうバーストラス卿の表情はやはり冴えない。
ここでノールが死ぬことにでもなれば、二度とこの表情は変わる事は無いだろう。
そうさせぬ方法は一つ、急がねばならない。

「この上は方法は一つ、御子息の身に危険が及ぶ前に盗賊を一掃します。宝物倉の位置はどこです?」
「俺が案内するよ!」

ジョグが名乗りを上げた、バーストラス卿の表情はまた曇る。

「よろしいですか、バーストラス卿?」
「あなたの言う通りですな、ライル殿。おまかせします」
「承認、ありがとうございます。ミトラ、バーストラス卿とキャンを連れて執務室で待機しててくれ、ノールと盗賊達は俺達でなんとかする」
「解りました・・・気をつけて下さい」
「僕も行くよ!」
「キャン、お前は足手纏いになるだけだ、私達と一緒にいなさい・・・、ライル殿、息子を頼みます」

バーストラス卿に遮られ、キャンは意気消沈したようだ。
キャンには悪いが、足手纏いになる可能性は大きい。
ここで待っててもらうほうがこっちとしても安心だった。

「よし、行こう、ジョグ!」

剣を握りなおし、俺はジョグを従えて上階へと走り出す。

「上に上がる階段は二つある。一つはノールの部屋の近くを通ってる。ノールはそっちを使って上を目指してるのはまず間違いない」

ジョグに館内の構造を聞きながら、俺はどう動くか考えていた。
ただしそれは走りながらであるため、あまり複雑な事は考えられないのがネックなのだが・・・。

「もう一つは?」
「この家を正面から見たら左右対象になる位置にあるんだ、ここからは少し遠回りになる。
 ただ、宝物倉は三階の中ほどにあるから、ここからかかる時間はあまり変わらないと考えていいと思う。
 あと宝物倉の入り口は一つだけだ、だから絶対にノールは入り口の前に来る」
「ノールはなにか戦闘の手段を持ってるのか?」
「我流で剣や斧の修行をしてる、真剣も一応持ってるはずだ」
「じゃあ、遠回りで行こう。アルスもついてるし俺達がサポートに回るより、別ルートを使って挟み撃ちにすれば多少は有利になる」

少々危険な考えではあるが、この方法が一番時間がかからないし有利に戦闘を展開できる。
結果的にノールの身の危険を軽減できるだろう、
ただ、あくまでノールが盗賊達と戦える力量の持ち主であれば・・・だが。

「解った、じゃあこっちだ」

走りながら会話している俺の耳にはあちこちから破壊音が聞こえている、
急いだほうがいい―
そう考えながら階段を駆け上がった俺の視界に、グレーのマントを羽織って剣を手にしているという
この屋敷には似つかわしくない風体の連中が映った。
グレーのマントは冒険者なら普通は着ない、
また普通の冒険者がこんなところをうろついているはずもない。
深く考えるまでも無く盗賊だろう。

「蹴散らすぞ、ジョグは下がってろ!」

と言った瞬間、ジョグは大きく跳躍していた。
頭上を飛び越えて行く、ジョグのしなやかな身体が視界の隅に映った。
ジョグは素手だ。

「おいっ・・・?」

一瞬自分の目を疑った。
最初は跳んだその態勢から空中で前転して踵落としを前方の盗賊へ見舞うと、
着地と同時に踵を食らわせた相手の鳩尾へ肘を叩きこみ、そのまま顎を打ち上げてふっ飛ばした。
そして・・・・その動きは盗賊が剣を振り回すよりも、速く見えた。
更にはジョグは明らかに相手の動きを見切って攻撃をかわし、 反撃を体術のみで行っていた。
瞬く間に目の前の盗賊達が倒れていく。

「はっ!」

正拳突きが炸裂し、最後の盗賊が吹き飛ぶ。
一分とかからず盗賊達はうずくまってうめくだけの存在となっていた。

「『闘士』・・・・か」

闘士とは近距離格闘戦のスペシャリストだ。
武器をほとんど使わないという職業特性上、先天的に腕力に優れた人間や獣人に向いた職業でもある。
考えてみれば、つくづくジョグに向いた職業だ、それに彼の格好で気付くべきだった。

「ああ、一応ね。それより急ごう」

そう言い、ジョグは状況に不釣合いなほど柔らく自然な笑みを一瞬見せると、再び走り出す。
俺もまた、その後を追って走り出した。



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