独り言だ、誰に聞かせるわけでもない。
自分に聞いているのである。
しかし、答えは出ない。
夢の中で、俺は俺でなかったような気がする。
髪も短かった気がするし、
着ていた服だって、学生時代に着てた奴とはデザインがちょっと違ったような気がする。
だが、完全に自分の意思が介在しない夢でもなかったような気がする。
まあ、自分の夢なんだから、当たり前なんだが。
「俺は、アルス=アズザウィア、ザルナス出身の冒険者で、冒険者暦は三年と少し、
ただいまの持ち金は・・・・・・300セルか、ちょいと苦しいな。
・・・・んでま、苦しいから仕事を探していた・・・・と」
間違ってない、ならば・・・
「なんで、あんな夢なんか見る必要があったんだ?大体、俺はあんな所の心当たりが無いのに・・・・」
やはり回答は出ない。
それどころか、考えれば考えるほど訳がわからなくなる。
こういう時は・・・・・そうだな。
「忘れるに限る!」
今まで飯を食っていたテーブルを勢いよく立ち上がる・・・が、
強く立ち上がり過ぎて、バランスを崩し、倒れそうになってしまった。
「お客さん、大丈夫ですか?」
店員に心配されてしまった、
やはり、真面目に何かを考えるとろくな目に逢わないようだ。
俺は愛想笑いを浮かべつつ、宿の中にあった食堂を後にした。
それほど意味のあるものでもないのだが、俺の髪は長かった。
普段は後ろを縛っているが、今はそうしていない。先は背中の中程まで達していた。
鏡を覗き込んでいたのは、その髪に寝癖がついていないかを確認するためだ。
「おーし、問題無し。朝飯も食ったし、出発すっかな」
服の上から冒険者であることを示す意味ももっているマントを羽織ると、ほとんど護身用にしか使っていない長剣を鞘ごとベルトに金具で止める。
動作が完了するまで、わずか数秒だ、最後に後ろ毛を縛って荷物を担ぐと俺は部屋を後にした。
ムーナイア王国テスラ地方。
ラムサウス大陸東岸の地域であり、
大陸最東部のムーナイア王国の東の玄関口である。
海沿いの地域故に、当然のことながら 港町が多い。
俺―アルス=アズザウィアは今、そのテスラ地方の港町の一つ、ラインにいた。
彼の目的地は仕事の斡旋所、
向かう理由は先に述べた通り路銀を稼ぐためである。
道を確認しつつ足早に歩く。
「3番目の・・・・なんだこりゃ?、読めねえな。か・・・・ど?・・角か!、
角を曲がって・・・・・・・何ぃ、曲がってだぁ!?通り過ぎちまったじゃねえか。
・・・ええと、・・ここか!・・んで?・・・・・正面の建物ね・・はいはい、今いきますよー」
ついつい独り言が出てしまう・・・。
そう思いつつふと周りを見回すと、周りを歩いている人々がそろってこちらを見ている。
振り返ってもとりたてて変わった物は無かった。皆、何を見ていたのだろうか・・・・俺は考えながら正面の建物へと向かって歩き出していた。
カウンターに腰掛けると、とりあえず俺はそう言う。
18になって以来のくせのような物だった、酒に弱いと碌な事にならないのでマメに鍛えようとしているのである。
「20セルだが・・・年は18以上か?」
「17以下に見えるんなら、身分証見せてもいいよ」
これも良く言われる。
若く見られるのは俺にとってあまりありがたくないが、
実年齢は18才なのだから、仕方ないといえば仕方ない。
「・・・・・・失礼、お詫びと言っちゃあなんだが、2割引でいい」
「そいつはどーも」
懐の財布を探ると紙幣を二枚差し出す、釣の硬貨と一升瓶、そしてグラスが返された。
「ここで冒険者ギルドの代行もやってるって聞いたんだけど」
「ああ、お兄さん会員かい?」
質問に答えるかわりに、俺は懐から折り目に沿って破れ始めている紙を取り出して、カウンターの男に示した。
「なんか仕事ないかな?」
「ちょいとそいつを拝見するよ、どれ・・・・・アルス=アズザウィア!?、あんたが・・か?」
エプロン姿のその男は驚いたが、良く言われることだから別に大した事ではない。
駆け出しの頃なんかは単純に若い事で驚かれていたのを考えればどうという事はないだろう。
「若いとは聞いてたが・・・・歳いくつだい?」
「18、それより仕事はなんかあんの?無いってんなら、すぐ言ってね。がっかりしたくないから」
「まあ、待ちな。あんた程の人間にゃあ、相応の仕事を廻さねえと、駆け出しの冒険者に不公平なんでな・・・」
まともな話である。
彼は冒険者としては相当な場数を踏んでいるが、
冒険者として、熟達すればするほど、廻ってくる仕事も厳しいものとなるのだ、
冒険者の絶対数が決して多くないのは、この為に他ならない。
「・・・・・うーむ、ん!?、そうだ、あったぜ」
「おお!・・で、どんなの?」
「商人一人の護衛、テスラまでな。報酬は1000セル。詳しい話は隅にいる兄ちゃんに聞いてくれ」
店の奥を親指で指し示しながら、カウンターの男が言う。
「何で?」
「向こうの兄ちゃんも受けるんだよ、そうそう、報酬はもちろん別だぜ」
報酬の額1000セルは、普通の暮らしなら一ヶ月は生活できる額だ。
しかし、商人一人を護衛するのに、一ヶ月は過ごせる額が一人一人に払われるというのは、
持っていく荷が相当な貴重品ということだ。だからよく狙われる事になり、結果として危険度は上がる。
駆け出しの冒険者には荷が重い仕事と評価できる。
「ふーん・・・悪くないな、受ける事にしたよ。仲介料はここに置いときます」
そう言って、紙幣を2・3枚置くと、アルスは店の奥へ行くため、一升瓶を手に立ち上がった。彼の後ろから、
毎度ありー・・などと聞こえたが、彼は振り返ろうともしない。
薄暗い、店の隅で、アルスはその男を発見した。
彼はマントと剣を椅子の背もたれに掛けてその椅子に座っていた。
背格好はアルスとほぼ同じ、半袖シャツにズボン、冒険者用の安全靴を履いていた。
違いは髪の色とその長さだけである。
俺は黒髪で長髪だが、その男は金髪でやや長めだった、伸ばしているわけではなく、伸びてしまったという所か。
考え事でもしているのか、ぼんやりと天井を見つめている。
しかし、こちらに気が付かないという訳でもなかった、
「・・・俺に、何か用なのか?」
振り向きもせずにそう言ったが、その男の言には悪意は無く、純粋に質問しているだけらしい。
「前に座ってもいいかな?」
「どーぞ」
向かいあって座ると、先に話し出す。
「あんたと同じ仕事を受ける事になった、俺はアルス=アズザウィア。詳しい話が聞きたいんだけど。構わないか?」
男の眉間が動いた。二人の間の空気が変質する・・。
「あのさ・・・」
「何だ?」
男の異様な眼光に俺はたじろいだ。
「その酒、もらってもいいか?切れちまったんだ」
空瓶を持ち、俺の持っている酒瓶を指差して、その男はそう言った。
「はあ!?、・・・・・・別に、いいけど・・・・」
「よっしゃあ!、あ、俺の名前は、ライル=ローディス。 アルスって言ったっけ、あんた?あんたとなら、仲良くやって行けそうだぜ」
一瞬間を置いて、俺の笑いが爆発した。
グラスをテーブルに置くと俺は青年の方へ顔を向けた。
グラスの中身も酒瓶の中身ももうほとんど残っていない。
「冒険者暦3年で依頼達成件数が120をオーバーしてるって事がだよ。 普通はそこまでいかないだろう?良くて、その三分の一って所だろ、確か」
「節操無しに仕事こなしただけだよ、あんたの方がずっと凄いじゃないの」
ライルのにやけていた顔が不意に真顔に戻る。
「どうして?」
「隠れ家ごと盗賊団を壊滅、とかさ・・結構有名なんだぜ、あんた」
俺が出会ったその男は、1年ほど前から冒険者協会内で色々と有名になっている男だった。
「・・・・・その話はするなよ・・・」
ライルの表情が曇る。
その表情につられて俺も割と真面目な顔を意識して作ってみた。
「何で?」
「ついでに、廃村寸前の村まで完全壊滅させちまったんだ、自慢にもなりゃしねえ」
「おーおー、そうだったそうだった!、落ちまでついてるって評判だったんだ」
俺はそこでまた笑ってしまった、何故か解らないがついさっきから薄いネタでも大笑いしてしまう。
場所が昼間の酒場で、そのせいか周りに人がいないので問題にはならないが、
あまりいいことではないだろう・・・・でも笑いは止まらない。
「・・・・知ってて聞かなかったか?」
「え!?、まあね〜♪」
一瞬真顔に戻るが、3秒ともたない。
またも笑ってしまう。
「やな奴だな、お前」
「照れるな〜♪」
全然止まらない、頬の筋肉がゆるみっぱなしだ、明日になっても直らなかったらどうしよう。
「・・・・・・・・・・わかった、もういい」
ライルの表情は、目の前のどちらかといえばワケのわからない俺を嫌う様ではなく、
かるくたしなめるような感じだった。
その表情を見ながらもやはり俺の笑いは止まってくれなかった。
猛烈に頭が痛い、飲み過ぎたせいだろうが。
相棒となるライルは、俺とほとんど同じくらい酒を飲んでいたにも関わらず、全くの普通と言った様子である。
「おい、大丈夫かね?」
「ええ、全然問題ないっす」
「それならいいんだが・・・」
護衛対象に心配されてしまった。
見た感じ駄目さが解るらしい、かなり飲み過ぎのようだ。
「ここいら辺はそこまでヤバイ化け物は出ないから、安心してていいぜ、二人供」
商人を挟んで反対側を歩いていたライルが不意に口を開いた。
「二人供って事は、俺も護衛してくれてんのかよ」
「二日酔いが治るまで、な。明日からはしゃんとしててくれ」
「そいつはどーも・・・・・」
実際、今襲われたら俺はひとたまりもないだろう。
集中力が極端に落ちている、軽く景気付けにやるつもりだったのに・・・。
俺の方が年季長いのにとんだ不注意である、なんか情けない。
そう思いながら、軽く頭を振った俺は激痛に襲われて変に硬直した。
俺の口から悲鳴になりそこねたうめき声が漏れる。
「大丈夫かぁ?・・・・・・・・・ん?」
俺に声をかけたライルが明後日の方を向いたまま動きを止めた。
だがそれは一瞬の事で、無言のまます素早く商人の前へと進み出たライルは、
剣を腰の鞘から間断なく抜き放った。
表情は見えない、だがその背には彼より前に進む事を躊躇させる圧力がある。
二日酔いの頭には少々キツイ緊張感に俺は顔をしかめた。
「さがっててくれ、・・・多分、すぐ済む」
その言葉は先程までの穏やかな雰囲気をたたえたままでありながら先程までにはなかった気合の様な別の何かを含んでいた。
俺は、情けない事にそこで始めて周りにの幾つかの動物的な気配があることに気付いた。
「・・・・ゴブリンか何かか・・・・?」
知性の低い下位亜人種の種族名を俺が口にするのとほぼ同時に、
ライルは剣を軽く振り上げ、次の瞬間には振り下ろしていた。
直後、剣の軌跡から光が飛んだ。
それは右前方の茂みへ吸い込まれると、茂み共々『何か』をふっ飛ばしていた。
「・・・後は、そことそこかっ!」
間髪要れずにライルは動いていた。
剣で空間を薙ぐ軌跡が光を左右へと打ち放ち、路の左右の茂みからイヤな悲鳴が上がる。
悲鳴の主は先程の何か・・・俺の予想どうりのゴブリン達だった。
茂みから前のめりに倒れた奴等は苦しそうにうめいている。
「よし、さっさと行くぜ、ここはヤバイ」
そう言い、振り返ったライルは涼しげな表情を浮かべた。
俺はそこで始めて、かつて小さいとはいえ盗賊団をそのアジトごと壊滅させた凄腕の冒険者とライルが同一人物なのだという事に納得した。
俺の希薄に応対してくれた男はだいぶ怯んでいた。
仕方が無い事なのに、気持ちばかりが焦っている・・・。
「・・・悪かったな、10年以上も前の事を調べさせてしまって」
「あ、いえ・・・・」
踵を返すと、どこでも大して作りは変わらない薄暗いギルド内部を出口へ向かって歩き出す。
その俺の前に、誰かが立ち塞がる気配があった。
「これはこれは・・・中央の若頭じゃございませんかぁ」
皮肉を含んだ口ぶりだった。
低くしていた視線を持ち上げると、言葉相応の下衆の顔があった。
「新しいギルド長だったかな?、挨拶が遅れてすまない」
「いえいえこちらこ。ここへは何しにいらっしゃったんですか、ザメル=プラパスさん」
「私用だが・・・何か?」
「いえ、それならいいんですがね・・・・」
そう言い、髭だらけの男が離れて行く。
何かを企んでいるのはすぐに解った・・・が、具体的な事は解らない。
確か、先代のギルド長が病死してから後継ぎのごたごたを力でどうにかしたとかいう黒い噂がつきまとう男だったはずだ・・・。
調べてみる価値はあるかもしれんな・・・俺はそう思うと、再び歩き出した。
凄い男だ。
捻りも何も無く、ただその一言のみが感想で、それ以上言うべき言葉も見つからない。
十数匹のゴブリンをただ一撃の闘気弾で片づけたあたりが尋常ではない。
聞きしに勝る腕というやつである。
闘気弾の洗練の具合から見ても、彼が名の有る剣士に師事して修行していたのは間違いないだろう。
技の冴えというかキレというか・・・・・そういう物が我流じゃ、ああいうふうには行かないからそう思ったのだが、
その事について聞いても、はぐらかされるばかりで何も教えちゃくれないから、詳しい事は解らなかった。
だが、詳しく解らなくても凄い事には変わりない。
数歩先を護衛対象の商人と一緒に歩いているそいつを見ながら、
俺―アルス=アズザウィア―は世の中の広さと言う奴を実感していた。
さて俺に世界の広さを再認識させたそのライルが護衛対象と何事か話していたと思ったら、こちらへと歩み寄ってきた。
「1時間ほど休憩にするってさ、向こうの予定よりもだいぶ早いらしい」
「へえ、そうなのか・・・・・」
「話は変わるけど、あんた気弾使えねえのか?」
「ああ、別に必要だとも思えなかったし、わざわざ、剣術道場に授業料払いたくもなかったし・・・・」
「よーし、俺が教えてやるよ、授業料も無料!うん、早速練習始めようぜ」
「え?・・・・・・いや、いいよ・・・」
なんとなく嫌な予感がしたので、とりあえず手を振って拒否してみる。
「遠慮すんなって、あんたって多分才能あるし、すぐできるようになるよ、きっと。俺が言うんだから間違いねえ」
「そうなのか・・・・・・・?」
何だか騙されているような気がしないでもないが、才能が有るとか誉められて悪い気はしない。
俺は、ちょっとやってみようかなという気になっていた。
目標の木を見事に薙ぎ倒して子供の様にはしゃぐアルスを見ながら、
俺はちょっと凄い物を見つけちまったなあという気分になっていた。
幸か不幸か、俺の適当な予言は的中し、アルスは気弾を使えるようになった。
なったのはいいのだが・・・・・・俺にとってはちょっとした事件である。
そもそも、「気弾」という技術事体は割と一般的なのだが、その出力に問題がある。
普通の方法では、どう頑張っても大岩を破壊する程度の威力しか得られない。
しかも使った後は疲れ切って動く事すらままならない、それが普通である。
俺のように高い破壊力で連続して気弾を使うには普通の方法では無理なのだ。
俺の剣術流派は、「光気覇天流」という。
詳しい事は忘れたが前述した「普通でない気弾の打ち方」を伝える剣術流派だ。
当然、光気覇天流の技を使うには、それなりの才能を必要とする。
俺自身、気弾の扱い方を他人に教えた事はある。
ただ、光気覇天流の技を使えた者は一人としていなかった。
教えてやった奴らは一様に「そんな真似できるか」と異口同音に言うばかりだった。
以来、俺は他人に気弾の使い方を教えるときは、一般的で簡単な方法を教えていたのだが、
このときはたまたまそれを忘れていて、適当に理論を教えた後 、実践させる時になって始めて思い出したのだ・・・・・・が、
幸か不幸かアルスは「普通でない方法」で気弾を使うことに成功した。
結果オーライという事にしとくか・・・・・。
大体、アルスは自分が結構すごいという事には気付いていない。
俺が言った、
「出来て当たり前の事なんだから、取り立てて意識しないでやってみな」
というアドバイスを鵜呑みにしているらしい。
こう言う奴にわざわざ本当の事を教えて混乱させるよりは、ほっといた方が良い気もする。
大体、これでアルスが俺の様にように気弾を使えるかと言うと、そうではない。
アルスに教えたのは基礎の部分であり、さらに修行を積まないことには無理というものだ。
更にいえば、俺達の技は厳密には同じではない。
理由は、闘気の属性の違いにある。
俺の属性は「光」、アルスは「真」である。
生まれた月によって決定されるこの属性という物は、一年が1ヶ月24日の月16個で構成されるため、全部で16存在する。
この内「真の月(しんのつき)」は多少他と違い、月の構成自体が5・6日という変則的な物で、それ故「真」属性の人間は実に少ない。
その意味でもアルスは珍しい人間だといえるだろう。
話を元に戻すが、そういう訳で、俺達の技は細かい部分では異なっているのである。
「しかしまぁ・・・・・・・・実は天才とかかもな・・・こいつ」
呟く俺の声はアルスには届いていなかった。
丁度、休憩も終わりそうだった為、喜ぶアルスを無視して俺が出発の準備を始めると、
アルスはそれにようやく気付いたのか、解りやすく慌ててくれた。
本当に、珍しい奴である。
・・・・・テスラに着いてから俺とライルはどこへ行くでもなく町中をうろついた挙げ句、
「腹が減ったから」という理由で、手近にあった酒場(というか、食堂と言ったほうがいいかもしれない)に入った。
そこで昼食を取った後、済し崩し的に俺達は飲み始めてしまった訳だが・・・。
「酔ってる様には見えないなあ・・・お前って俺と年、同じくらいだったよなあ?」
「アルス、年いくつだよ」
「18才」
「うん、じゃあ同じだ」
「同じったって、飲酒が許可されんのは今年からだろ・・・?」
「確かそうだったな」
「確かぁ?・・・・ライル、未成年の飲酒は体に・・・」
「良くないな。けど、お前も俺と同じくらい飲んでるよな?」
「まあな、酒にはつきあうのが礼儀ってもんだ」
「お前も全然酔ってる様には見えねえんだがな?」
「ライル。細かいこと気にしてるとお肌に悪いぞ」
「なんで、俺がお肌の事を気にせにゃあならんのだ?」
「知らん。俺に聞くんじゃない」
「・・・・・」
「・・・・・」
会話は一瞬止まった。
そして再開する。
「飲むぞ、アルス」
「おう、望む所だ」
そう言った直後、窓が割れた様な音がしてライルの後ろの方の窓から木箱が突っ込んで来た。
文字通り割れてしまった窓からは、激しい語調の会話が聞こえて来る。
「・・・・いい気になってんじゃねーぞ!、若造のくせに俺達の邪魔すんじゃねえ!」
「邪魔だと・・・?、あの店を襲うのはギルドの協定に反する事だ。中央ギルドがら見放されれば、お前達とて生きては行けまい」
「脅す気か、てめえ!?、いいか、会長の威光を・・・」
「笠に着る気など無い!・・・俺はこの事を中央へ報告するつもりも義務もない。これはただの忠告だ、よく考えろ。馬鹿でなければ解るだろう?」
何事かと店から飛び出した俺とライルが聞いたのは、こういう会話だった。
若い男を数人の男が遠巻きにしている。
若い男の顔の黒髪の間から覗く目つきはかなり鋭い。
かなりいい男の部類に入るだろう。
着ている上着がやけにポケットが多かったりする所から察するに、
『盗賊』の様だが、腰に差した二本の剣を見る辺りは剣士なのかもしれない。
外見からではこれ以上の判別は不可能だ。
対する男達の人相は悪い、悪すぎると言ってもいい、
中央のリーダー格の男など、ヒゲもじゃで子供などがにらまれたら、まず泣き出すであろう人相だ。
先の男の姿とどこか似通った服を着ている所をみると、こいつらも盗賊のようだ。
状況から察するに若い男を取り囲んでいたらしい。
店の中へ飛んで来た木箱は若者を狙ったのが外れた奴・・・の様だ・・。
「よっぽどのノーコン野郎が投げたんだな、窓ってあの兄ちゃんから大部離れてるぞ」
「・・・あのな、ライル。あの兄ちゃんが避けたから、店の中に木箱がぶっ飛んで来たんじゃないのか・・・?」
そんな野次馬状態の俺達の会話は男達にも聞こえたらしい。
男達は騒ぎが大きくなった事に気付いたらしい。
「ちっ、用意もある・・・こいつにかまってる暇はねえ!ずらかるぞっ!」
ヒゲ野郎がそういうと、男達は路地へと消えていった。
「・・・色々盗賊見てるけど、あんまり変わらねえな、言う事は。な、そう思うだろ?」
「連中が盗賊だってのはなんとなく気付いてたけどさ、それよりもあの兄ちゃんのほうを心配すべきだと思うぜ」
「解ってるって、・・・おーい、兄ちゃん。大丈夫か?」
そういいながら、ライルは若い男に近寄っていった。
「・・・ああ、大丈夫だ・・・」
「あいつらって盗賊だろ?ああいう奴等ともめるのはまずいと思うぜ」
「・・・確かにそうだが、俺の事は心配無用だ」
「あんたも盗賊だから・・・・か?、でも、それにしちゃあ身なりが剣士っぽいな」
一瞬、場が緊張した。
若い男の視線が度を増して鋭くなる。
「・・・確かに俺は盗賊だ、剣士じゃない。・・この店の人間か?・・これで勘弁してくれ」
そう言って、若い男は懐から一つの布袋を取り出すと、
それをライルに渡して男達が去ったのとは逆方向の路地へと消えていった。
「・・・・なんか訳有りっぽかったな・・・これ持って行こうぜ」
「それって、やっぱ金貨かな?」
「多分な。・・・重さからすると・・・2・3枚ってとこか、1000か1500セルなら窓の修理代としちゃあ多すぎるが・・・口止め料も兼ねてるな、こりゃ」
「大事にしたくない理由でもあるのかな・・・?」
「わかんねえ、お前に想像つかねえ事なら俺にも解りゃあしねえさ」
若い男が去った方をじっと見たままライルはそう言った。
あいつらと俺と、何が違うのだろう?
ただ生まれが違うだけ・・・・それなのに、それだけのことが何故大きな隔たりになるのだろう。
何の力も無い俺は、ただ血筋なんて訳の解らない物だけで親父からこの地方の覇権を受け継ぐ事になるのだろうか?
それでいいんだろうか?
考えても、答えは解らなかった。
目の前のグラスを一気に空にすると、周りの雑音が加速的に意味を為さなくなってゆく。
世界が歪んでいた、酒の力で歪めた世界でも、今の俺には心地良かった。
「なんだ、廻ってきたのか。・・しょうがねえな、しばらく一人で飲ましてもらう」
俺の様子に気付いたライルは、そう言うなり酒瓶を自分のほうへと引き寄せた。
「ああ、そうしてくれ。お前にまともにつきあったら身がもたん」
言いながら振り返った俺は、男が一人倒れこむのを目に捉えた。
酔っ払って倒れだだけらしい、
この手の場所ではよくある事だ、さして珍しくもない。
だがまあ、滅多にないことではあるが万が一ということもある、
店主に知らせるくらいはするべきだと思い、上機嫌の店主に歩み寄った。
「おっちゃん、向こうで男が倒れたぜ」
「何だって!・・・ああ、本当だな。困るねえ、ああいう客は・・」
「なんなら俺が起こしてきてやろうか?」
いきなりライルが会話に入ってきた。全然聞いてなさそうに見えたが、ちゃんと聞いていたらしい。
「そうかい、すまないが頼む」
「おお、任せといてくれ」
ライルはあれだけ飲んだにも関らず、ほとんどいつもの調子で倒れている男に近寄った。
「おおーい、起きなよ」
そういいつつ、男の頬をはたく。
直後、ライルの体は弧を描いて、冗談のようにふっとんだ。
何が起きたのか訳が解らない。
状況判断が出来ないほど酔いが回っているはずもないなと考えて、
俺は良く観察してみる事にした。
ライルは頬をさすりつつゆっくりと立ちあがろうとしている。
頬をさすっているということは、
・・・・殴られたのだろうか?
とか考えていると、ライルが殴り返した。
相手は派手に吹っ飛んだ、痛そうだ。
・・・・・・これって喧嘩じゃないのか?
そう思った瞬間、俺は正気に立ち戻った、 まだ酔ってるのは自覚していたもののいくらか判断がましになる。
ライルと男は壮絶に殴り合っている。
「一発入れられたら、二発殴り返す」そう言う表現が当てはまる喧嘩、
それが呼ぶ結末は何か?
解答は・・・・「本人達を含め、周りが目茶苦茶になる」だ。
とはいえ、この二人。お互い相当喧嘩慣れしているらしい。
派手な打撃音はするものの、お互い急所への攻撃はうまくかわしている。
とはいえ・・・・、まずいことになっているのは変わりない。
騒ぎが大きくなってきた為、野次馬が増えてきたのだ。
どっちが勝つか、賭けてる奴等もいる。
それだけならまだいいが、店主の顔が徐々に渋くなってきている。
止めなきゃいけない・・・・。
しかし・・・止めるったってまともに割って入ったら どっちかに殴られるのは明白だ。
俺的にそれは避けたい。
・・・・・・・どうする?
「あんた、あの男の連れだよな?」
突然、声を掛けられた。
話し掛けてきたのは男、ついでに言うなら十中八九獣人だった。
獣人の特徴は主に体つきが筋肉質になることと、顔つき、それも特に瞳に現れるのだが、
この男にはその両方が現れていた。
ランニングの上に半袖の上着を羽織りやけにゆったりとしたデザインのズボンとシューズという姿だった。
彼が着ている服のコンセプトは『動き易い服』だろう。
格闘家なんかが好んで着る服だ。
「違うのかっ!?」
獣人の観察に気を取られて返事を忘れていた事に気付いた。
「あ、ああ。あんたむこうの連れか?だったら・・・」
『あいつらを止めるのを手伝ってくれ!』
最後の一言は俺と男の口から同時に放たれた。
絶句したまま俺達はしばし見つめ合ったが・・・
「いくぞっ」
「ああ」
お互い、やや照れが入ってるのに気付いた。
・・・・「なにも言わないほうがいい」、と思ったが多分向こうだってそうだよな・・。
後ろから近寄って、ライルを羽交い締めにする。
酒臭い。
まわった状態で今まで気付かなかったが結構なもんだと思った。
向こうでは獣人が同じように青年を止めている。
「ぬぅっ!・・・・離せぇ!」
「止めるなぁ!」
『あの野郎と決着をつけるんだ!!』
最後の一言は二人の口から同時に放たれた。
二人供凄い闘争心だ。
説得が効くような状態にはとてもじゃないが見えなかった、
周りの雰囲気からして二人の喧嘩を楽しんでるのだ、俺と向こうの獣人は周りにいた人間の中で、
正常な判断力を保っている数少ない者の内の二人だったようだ。
「やめろっ、ライル!、ここで飲めなくなるぞ、周りにも迷惑だっ」
「ぐぬっ・・・・・た、確かにそうだなあ・・・・」
いきなりおとなしくなった。
・・・結構冷静なんじゃなかろうか?こいつ・・・。
どっちの論が功を奏したのかは解らないが、なんとなく・・・・・飲めなくなるせいのような気がした・・・。
ライルが力を抜いたのを確認して、俺は羽交い締めを解いた。
これでこちらは収まった・・・・が、向こうはそうもいかないようだ。
青年は羽交い締めにされてなお激昂している。
「離せ、ジョグ!あの野郎と決着を・・・・」
「親父殿になんと言い訳するつもりだっ!これ以上は駄目だっ」
「そんな事・・・・・構うかぁ!!」
咆哮と供に青年はジョグと呼ばれた獣人を振りほどき、こちらへ突進した。
直後、青年と俺達の間に割ってはいる影が一つ。
突如現れた影に対応できるはずもなく、青年はその影に激突した
・・・・かに見えた瞬間、
影は叫んだ。
「ライトウォール!」
声と供に影は光に包まれ・・・刹那、青年は影にぶち当たって真後ろへ吹き飛んだ。
光が消えると、影の位置に一人の男が立っている。
端正な顔立ちではあるが・・・怒りと思しき感情が表情に見て取れる。
白い帽子に、白の礼服用のマント、下に着ているのは白のスーツという白で統一された服装から察するに、
この男『識者』だろうか?
魔法使いの系統分けの一つである『識者』は正装としてこういう格好をすることが多いからそう思ったのだが、
防御用高等魔法術「ライトウォール」を行使し、
あの、「ものすごい突進」を完全に止めたのを考えると、
よりハイクラスである『賢者』なのかもしれない。
・・・・いや、そういうウンチクは抜きにしても、だ。
魔力障壁のみでものすごい物理攻撃を止めたのだ、
只者では無いのは明らかだ。さらに・・・、
先程まで五月蝿い事この上なかった野次馬供が完全に押し黙っている。
この辺りでは顔が効く方らしい。
「御怪我はありませんか、旅の方?」
「い、いや、俺は大丈夫だ、・・・向こうの心配してやったほうがいいと思うぜ・・・」
いきなりの質問に少々狼狽しながら、ライルはそう答えた。
「そうですか。・・・ジョグ!、ノールはどうですか?」
「だ、大丈夫です、気を失っているだけです・・」
「そうですか」
言葉には感情が見えない、結構な切れ者の様だ・・・。
「申し訳ありませんが、御同行願えませんか、旅の方。こんな所ではお詫びもできませんので」
俺とライルは、その発言に有無を言わせぬ威圧感を感じて・・・・
首を、縦に振っていた。